今回取り上げる四枚目のアルバム『母乳(Mother’s Milk)』の発表は1989年。当時のレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下、レッチリ)は、とにかく格好いい存在でした。
写真ではメンバー四人のうちの誰か――大抵は全員――が筋肉質な上半身を露わにし、その表情は今風に言えば「変顔」。もちろん、シリアスな表情の場合もあります。例えば彼等の名前を広めるのに一役買った有名な写真は、四人とも凛々しい表情で正面を見据えています。ただし一糸まとわぬ姿で……。まあ、かろうじて大事な部分には靴下を履かせているのですが。
音楽の一ジャンルとしての「パンクロック」以上に、「パンク」というイメージ、即ち「パンク的な何か」に惹かれていた十代の私にとって、レッチリは決してパンク的/パンキッシュではありませんでした。「パンク」という単語が内包する、反社会的/反抗/反逆の匂いを彼等からは嗅ぎ取れなかったのです。とは言え、がっかりしたわけではありません。反抗や反逆が、暗く面倒くさいものだということを、レッチリは全裸と変顔で文字通り身を以て示してくれました。新しい価値観がそこにはあったのです。そんな彼らの印象を一言で表すなら、「好き勝手」でしょうか。
好まざる状況に「反抗」をする為には、その状況と向き合う必要がありますが、「好き勝手」にするならその必要はありません。いや、そんな理屈を持ち出すまでもなく、局部に靴下を被せることは、「反抗」ではなく「好き勝手」なのです。
そして大事なことですが、その姿はとても魅力的でした。毎日せっせとバンドの練習に励む軽音楽部の部員より、帰宅部の不良(時代的には「チーマー」)の方が楽しげに見えるものです。
見た目だけで、そこまで期待値を上げてしまうレッチリ。肝心の音は実際どうなのでしょうか。
さあ、とにかく聴いてみましょう。
1.ファンク、ラップ
当時、レッチリの音楽は「ミクスチャー・ロック」という日本独自の呼び方で括られていました。Mixtureは混合、混和。具体的には、ファンク/パンクロック/メタル/ラップの混合――少なくとも私の耳にはそう聴こえました。ちなみに「レッチリ」という略称も、日本独自のものです。
まずは、複数ある要素中、最も割合が大きい印象のファンク。その中でもセカンドアルバムのプロデューサーを務めたジョージ・クリントン率いるPファンク軍団からの影響、また類似性は筆頭に挙げられるべきでしょう。
もちろんスラップ・ベースが牽引する音色もですが、それ以上にヴィジュアル面、「全裸&変顔」が醸し出す雰囲気は、Pファンク軍団の「奇抜な出で立ち」を想起させます。レッチリは、パンキッシュよりもファンキー。個人的にはその印象がどうしても拭えません。
例えばローリング・ストーンズのリズムの核は、(一般的な)「ドラムとベース」ではなく、「ドラムとリズム・ギター」であると、かのウィキペディアにも記されています。ええ、もちろん異論はありません。それに倣うと、この時期のレッチリの核は、スラップ・ベースとラップ・ヴォーカルです。ええ、もちろん異論はあるでしょう。
ただ、ベースのフリーとヴォーカルのアンソニーが、学生時代からの悪友でバンドの中心人物/オリジナルメンバー、という事実は有力な裏付けになり得ると思います。
本作『母乳』の発表から遡ること五年、記念すべきファーストアルバムでも既にアンソニーのラップは聴けますが、そこから更に一年半遡った(レッチリの原型としての)初ステージでも、彼の表現手段はラップです。その理由は、更に更に半年遡った夏の日にありました。ニューヨークのラップ・グループ、グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴの名曲「ザ・メッセージ(The Message)」という刺激的なヒントと出会っていたのです。
【The Message / Grandmaster Flash & the Furious Five】
2.メタル
ファンクとラップの要素は、『母乳』以前のアルバムからも確認できます。人によって基準はまちまちでしょうが、パンクロックの要素も然りです。但しメタルの要素に関しては、本作が初ではありませんが、それまでとは違う形で表出しています。
レッチリに於いて、メタルの要素を最も吸収し/最も放出している楽器はギターです。ただ、それまでの音色は軟らかめ、はっきり言えば少々パンチの足りない音色でした。ドラムとベースが織り成すグルーヴの上に「乗っかっている」印象が強かったのです。
ファンキーなグルーヴにハードなギター、という組合せはレッチリ以前にもありました。デファンクトやエドガー・ウィンターズ・ホワイト・トラッシュ、といったバンドはメンバーからも名前が挙がりますが、やはりギターが「乗っかっている」印象は否めません。
ところが本作の一曲目「Good Time Boys」で鳴り響くギターは、元々の屋台骨であるスラップ・ベースに、時には寄り添い/時には張り合い、互いを補完し合う形になっています。音色も粒の立った硬質な歪みへと成長していて、大鉈を振り回すような瞬間さえあります。決してテンポの速い曲ではありません。ただ、そう感じさせない疾走感を演出しているのです。
【Eraserhead / Defunkt】
3.パンクロック
レッチリから「パンク的な何か」を感じることはありませんでしたが、彼等の楽曲――四曲目「Magic Johnson」や十一曲目「Punk Rock Classic」――から音楽としての「パンクロック」の影響は確認できます。
元々LAの高校の同級生たちにより結成されたレッチリにとって、ブラック・フラッグ、サークル・ジャークス、ジャームス、といったLAパンクのバンドは身近な存在でした。
LAパンクについて、無茶を承知で強引かつ乱暴にまとめるならば、肉体性の強い音、でしょうか。所謂「Aメロ→Bメロ→サビ」のような整然とした展開よりも、幾つかのコンパクトなフレーズが結合/反復を繰り返す構成が多く、必然的に旋律(=メロディ)の比重は減少します。
荒々しい音塊がぶつかり合い、歌い手の口からは旋律よりも咆哮(=シャウト)が放たれるパーカッシヴなそのスタイルは、ファンキーなグルーヴに合わせてラップをするレッチリと重なる部分が多々あります。
メンバーたちの証言を基にするなら、本作の六曲目「Knock Me Down」はバンドにとって初めてのメロディアスな曲です。その他の収録曲に旋律がないわけではありませんが、『母乳』の大部分がパーカッシヴな楽曲であることは間違いないでしょう。
この項で紹介するのは、ブラック・フラッグ~サークル・ジャークスを渡り歩いたLAパンクの生き証人、キース・モリス率いるハードコア・パンク・バンド「OFF!」。結成は2009年(!)辺りで、2014年には来日公演(!)も行っていますから、兎にも角にも心強い存在です。
【Void You Out / OFF!】
4.ミクスチャー
駄作、ではなく失敗作のファーストアルバム『レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)』、その後の作品と比較すると明らかに不完全燃焼なセカンドアルバム『フリーキー・スタイリー(Freaky Styley)』。そんな前二作の経験を活かしたサードアルバム『ジ・アップリフト・モフォ・パーティ・プラン(The Uplift Mofo Party Plan)』を、私は長らくレッチリの最高傑作だと思っていました。その座が本作『母乳』へと移動するまでには、随分と時間がかかったことを覚えています。
また世間では次作、五枚目にあたる『ブラッド・シュガー・セックス・マジック(Blood Sugar Sex Magik)』をキャリアのピークと見る向きが多いようですが、個人的には曲の出来不出来の差がどうしても気になり、賛同する気にはなれません。
『母乳』が彼等のその他のアルバム、また同時代の他のバンドのアルバムをリードする最大の要因は、一曲一曲の表情が豊かなところです。前述したように多くの曲がパーカッシヴではありますが、各々個性も際立っていて、尚且つ極端なアイデアの重複も見受けられません。
皮肉なことに『母乳』は、本来自由/雑多であるべき「ミクスチャー・ロック」という言葉の定義を大枠で決めてしまいました。ファンク/パンクロック/メタル/ラップの混合、いや、『母乳』的な音そのものが「ミクスチャー・ロック」の意味するところとなってしまったのです。
その余波は当然日本国内にも伝わり、多くのバンドに影響を与えました。それこそ数えきれないほどの候補が浮かびますが、斡旋屋としては当時既にキャリアがあったバンドにも、その余波が及んだ事例を紹介したいと思います。
音楽性以外の様々な事情により伝説化されつつあったフールズは、元々ファンキーな音楽性を持つバンドでしたが、1991年発売のミニアルバム『No More War -地球の上で-』からは、レッチリの影響がはっきりと確認できます。当時、ライヴハウスで何度も生の演奏に触れた記憶が一発で蘇るほど、躍動感に溢れた音色です。
寅間心閑
■ レッド・ホット・チリ・ペッパーズのアルバム ■
■ Grandmaster Flash & the Furious FivetとDefunktのアルバム ■
■ OFF!とThe Foolsのアルバム ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■