イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
プロローグ シンデレラのウィッグ
試着室のカーテンが開くにつれて眩いばかりの光が漏れてきた。
店じゅうの店員や客たちが、いっせいに振り向き、目を見開いてため息をつく。
試着室からでてきたのは、輝くような美少女だった。
すらりと伸びた脚。
純白にピンクの花柄の散ったワンピース。
儚げにくびれたウエストと、華奢な体の線。
切れ長の大きな目が戸惑ったように瞬きを繰り返していた。
桜の花びらのような唇が、もの言いたげに開いては閉じる。
白い顔を栗色の豊かな髪がふちどっていた。
上品な猫の毛のように艶やかで、窓越しの光に柔らかく輝いている。
「これ…どうかな?」
花柄ワンピースの美少女は、試着室のなかに突っ立ったまま、おれの目をじっと見つめ、首をかしげた。
「どうって…よく似合ってるよ」
「ほんとに。じゃあ好き?」
「そうだな、好…え? え?」
「好き? 好きじゃない?」
切れ長の大きな目に捉えられたまま、おれは口ごもる。
似合うか似合わないかってことで言えば、そりゃ似合ってる。それも、抜群に似合ってる。高校球児にユニフォームが似合うように、相撲取りにマワシが似合うように、こいつにはこれ以外ありえないってくらい、似合いまくってる。
だが。
それがおれの好き嫌いとなんの関係があるんだ?
高校球児も相撲取りも、誰かに好かれるためにあの格好をしてるわけじゃないだろう。必要があるからあの格好をしてるわけで…。
「じゃあいい」
ほんの一瞬、表情を翳らせたかと思うと、美少女は肘をあげ、首の後ろに両手をまわした。
「お、おい!カーテン閉めてから」
試着室はまだ全開だぞ!
店じゅうの視線もおまえに釘づけになったままだ。
待て! 脱ぐな! 脱ぐなー!!
おれの心の叫びもむなしく、美少女は背後で動かしていた手を前にまわした。
美少女の手にだらりと垂れさがっているのは、花柄のワンピース…ではなく、
柔らかで艶やかな、豊かな栗色の、
ウィッグだった。
「………………っっ!」
息を飲む音が、店内を走る。
ウィッグを外した美少女は、さらに輝かしい光に包まれた。
というより、光を放っていた。
その頭は、つるっつるの、
スキンヘッドだったのだ。
「これは?」
スキンヘッドの美少女が指さしたのは、真っ赤なメッシュの入った、ロングウルフだった。
「ちょっと……校則違反じゃね」
「じゃあこれは?」
「黒髪ロングの前髪ぱっつん! いい! けど……誰かとキャラがかぶっちゃうかなあ」
「これは?」
店内にぎしりと並んだウィッグの山を、スキンヘッド美少女は次々と指さして歩く。
「そ、そうだな。肩くらいまでのストレート。清潔感あっていいんじゃないか」
「好き?」
「ん、んーどうだろ……」
「やっぱりやめる」
店員がちらちらと向けてくる視線にいたたまれなくなり、おれは口を開く。
「いま思ったけど、これってあれみたいじゃねえか。シンデレラで、靴を探すシーン」
「シンデレラは靴を失くして帰る。そのあと、王子がその靴に合う足を探してまわる」
「似てるよなっ」
美少女はおれのほうを振り向いた。
飼い主とはぐれた犬のような、物悲しい目つきだった。
「私はここにいて、自分でウィッグを探してる。ぜんぜん違う……」
やがて、奥の棚の最下段でひっそりと埃をかぶっていたウィッグを、スキンヘッド美少女は手に取った。
「おお、それって」
スキンヘッドの美少女が頭に装着したのは、
重めのボブカットのウィッグだった。
輪郭を重くふちどる黒髪は、顔の小ささや、顎や首の線の細さをより強調し、切れ長の目をいっそう大きく見せている。
似合ってる。
このウィッグ専門店にあるウィッグのなかで、いちばんこいつに似合うと思う。
けど、
「前と一緒じゃねえか」
重めボブカットに花柄ワンピースの美少女は、小さな女の子のような仕草で、こっくりとうなずいた。
「これでいい」
少女にはわかっていた。
王子様のように靴を探してくれなくてもいい。
ただそばにいてくれるだけで救われる。
だが、最後の機会は、すぐに終わってしまった。
こんなことは、もう永遠にないだろう。
……かくなるうえは。
少女は決意を固めたのだった。
(第01回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
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