イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第一章 空から舞い降りたイケチン(前編)
晴れ渡った冬の空を引き裂いて、それは近づいてきた。
轟音が空気を震わせる。
あたりの家の窓ガラスにヒビが走りまくる。
空を横ぎっていくのは、銀色に輝く細長い物体だった。
学校のある方角へ向かっている。
不時着する飛行機?
ミサイル?
恐怖の大魔王?
いずれにしても、直撃すれば校舎は大ダメージを受けるだろう。
「ぐほっっ!!」
おれは腹に大ダメージを受け、しゃがみこんだ。
おれの腹を直撃したのは、通学鞄だった。どでかいクマのストラップがぶらさがっている。
幼なじみの先斗町未来の鞄だ。
「映一なにしてんの行くよ!!」
アーモンド形の大きな目を、未来は見開いていた。
「そうだった! さっき兎実さんから、メールがきてたんだよな? 公認ファンクラブの会報の撮影があるから先に行ってるって」
謎の飛行物体が向かっていった校舎のなかには兎実さんが……!!
おれは弾かれたように立ちあがる。
「アントニオ小猪木の激レアDVD! 昨日ふらりんと羊歯ちゃんに見せびらかして、そのまま机んなかに置きっぱで帰っちゃったんだよっ」
絶叫したかと思うと、未来は猛スピードで駆けだした。
……そっちでしたか心配なのは。
ふたりぶんの鞄を拾いあげ、おれは腹を押さえながら後を追う。
未来からかなりの遅れをとって、おれは校門に辿り着いた。
校庭では、大勢の生徒たちや教師たちが、空を見あげて立ち尽くしていた。
「……なんだありゃ」
「ヘリ……いや飛行機か」
「低空飛行しすぎじゃね?」
「てか妙にちっちゃくない?」
爆音をたてながら校舎の上空を旋回しているのは、銀色の飛行機だった。
いわゆるセスナ機だろう。数人が乗ればいっぱいになってしまう大きさだ。
やがて飛行機の乗降口が開き、
「おいっ」
「まじかよ」
「やだ―――――っっ!!」
人影が飛びだした。
人影がまっすぐに墜落し、校舎に叩きつけられる……前に、その背中から巨大な傘が生え、大きく広がった。
「パラシュート?!」
「てかあれエルメヌ? あんなの作ってたんだ」
パラシュートには、世界的に有名な服飾ブランドのロゴが、でかでかと入っていた。
三階の窓にパラシュートが接近したところで、人影はなかに滑りこんだ。
おれや未来や兎実さんのいる、二年F組の教室の窓だった。
その姿を見届けたというように、飛行機はもときた方向へ飛び去っていった。
立ち尽くしていた連中のあいだから、ため息がいっせいに漏れる。
「誰だよあれ」
「避難訓練?」
「いやいやいや何から避難してんだよ」
我に返ったおれは駆けだしていた。
飛行機が校舎に激突しなかったことに胸を撫でおろしている暇はなかった。
怪しい人影が教室に侵入したのだ。無差別テロや襲撃事件のニュースの映像がよぎった。
兎実さん!
いやそれ以前に、未来も先に教室に着いているはず。
駆けつけなきゃ!
……あとでどんな目にあわされるかわかったもんじゃねえ。
「円山! 遅せーよ!!」
おれが教室に到着するやいなや、口をとんがらかして近寄ってきたのは、蛸錦小太郎だ。自慢の一眼レフカメラを首からぶらさげている。
「お前ぶじだったかよかったよかった。未来は? 兎実さんは?」
蛸錦の、蛸形ウィンナーのように襟足の伸びた頭を押しのけ、おれはせわしなくあたりを見まわした。
ふだんと変わらない光景だった。
クラスメイトたちはいくつかのグループに分かれ、担任が現れるまでの喋り溜めとばかりに喋り散らしている。
ついさっきパラシュートをつけた謎の人影が飛びこんできたようには、とうてい……。
いや。なんか違和感がある。
「だろ? おれもうどうしていいやら」
後ろから、蛸錦がおれの両肩を万力のような力で掴み、激しく揺さぶってきた。
試合に敗れたボクサーのようにうなだれている男ども。
ひと塊になって顔を見合わせ、石油のたっぷり入ったシャンプーの匂いを撒き散らしている女子たち。
そのど真んなかに、天使がいた。
眉にかかるかかからないかのあたりでぱっつんに切り揃えられた、長い黒髪。
笑うと三日月形になる目。
くるくると変わる表情。
溌溂と動く小さくて華奢なからだに、よく通る声。
背中から射している後光は、行く先ざきで乱反射し、天の川を残していく。
超絶美白天使。
あるいは極東のマザー・テレサ。
その名も、兎実ふら。
どんなにさえない奴にも話しかけ、クラスの輪のなかへ自然と引き入れてしまう。
孤立していた未来の初めての親友になってくれたのも兎実さんだった。
小学生の頃に竹下通りでスカウトされていらい、未来は家計を支えるため、モデル活動を続けてきた。
男子はもとより女子たちからも、手の届かない存在とみなされている。
腐れ縁の幼なじみだったおれも、そのせいで皆から敬遠されていた。
そんなおれたちになんのこだわりもなく話しかけてきてくれるのは、蛸錦を除けば兎実さんだけだった。
日々の登下校を超絶美白天使とともにできるようになったのも未来のおかげ。
未来と幼なじみでよかったと、腹の底から思える唯一の理由だ。
「早く座ったら?」
氷点下の視線でおれを串刺しにしているのは、未来だった。
おれの心配をよそに、未来は机に突っ伏すようにして座っていたのだ。
「お、おお。小猪木に別状はなかったか。よかったなあははは」
「ふん」
アントニオ小猪木の激レアDVDを枕代わりに、未来はほっそりとした顎をすりつける。
「そうだ、お前は先に来てたから見てなかっただろうけどさ、さっきこの教室にパラシュート……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
「出ちゃう! 出ちゃうよお」
何人もの女子たちが、絶叫しながら、抱きつきあっていた。
口や頬を押さえ、目を潤ませている者もいる。
そのど真んなかで、超絶美白天……ん?
「わわっ。すっごい筋肉じゃん。やぁん、ふらがこすってたら、だんだん硬くなってきたぁ♪ ふっと~い!! おっき~い!!」
三日月形の目で笑いながら、兎実さんが透けるように白い両手を差し伸べ、触っているのは。
浅黒い男の腕だった。
男は真っ赤なジャケットを片袖だけ脱いでいた。
胸ポケットには、一輪の青いバラ。
ワイシャツはピンク色だし、ズボンは真っ青だった。
「誰だあのチンドン屋は。全面的に校則違反じゃねえか」
「夢だよな。円山。悪い夢だよな」
「………………っっっっっ!!!」
尻の肉を思いっきりつねられ、おれは飛びあがった。
「お前、おれ痔ろうだって何回いったら」
おれは蛸錦の襟首に掴みかかる。
「あぁふら様っ。ふら様ぁーっっっ!!」
ふら、のひとことで我に返り、おれはド派手なジャケットのチンドン屋に向き直った。
たしかに見たことのない男だった。
しかも。
絶妙な長さにカットされた髪。
大きく涼しげな目もと。
鼻すじのとおった横顔の線。
上にドが百個ほどつくほどの、イケメンだった。
「あのっ。こ、これ……どうぞ」
イケメンチンドン屋の斜め後ろから声をかけてきたのは、野球部のマネージャーの爽やか系青春女子だった。
ぐちゃぐちゃに丸まった巨大な布の塊を両腕で差し出している。
「ほんと気がきかねえ奴だなー。こーゆーのは畳んで返すの」
真っ白い歯を剥きだして、イケメンチンドン屋は爽やか系青春女子の頭をぽんぽんと叩いた。
女子は鼻から血を流し、白目を剥いて卒倒する。
その屍に、十数人の女子たちが蟻のように群がった。
青春系女子の腕から、布の塊を引っぱがす。
「ちょっとそっち持って」
「痛っ、押さないでよ!」
「あたしにやらして! お願い」
手に手に布の端を握ると、女子たちは、教室内をドタバタ走りまわる。
やがて、教室の半分ほどのサイズに布が広がった。
布の真んなかにでかでかと現れたのは、世界的に有名な服飾ブランドのロゴだった。
さきほどセスナ機から飛びだし、この教室の窓辺まで舞い降りてきたパラシュートだった。
十数人の女子たちは、さらに勢いよく走りまわる。
ピクニックのあとのビニールシートのように、パラシュートは徐々に折り畳まれていった。
「みんなぁりがとぉ★ゴクロー様ぁー、ふら代表として渡すね」
女子たちの手からパラシュートを強奪したのは、兎実さんだった。
両手で捧げ持つようにしてイケメンチンドン屋の鼻先に差し伸べる。
「みんなからの気持ちだょ♪」
三日月形の目で、兎実さんは微笑みかける。
男どもがやるせないため息を合唱した。
「ご苦労。ロッカーしまっといて」
イケメンチンドン屋は兎実さんのほうを見もせずに、前髪を掻きあげる。
あらたにふたりの女子が、鼻血を噴きだしながら卒倒した。
「タコくん、これっ」
兎実さんに手招きされ、蛸錦は忠犬のように駆け寄っていく。
蛸錦にパラシュートを押しつけると、兎実さんは教室の後ろの扉を顎でさした。
「とりあえずタコくんのロッカーに入れといて。まだ新入生用のロッカー決まってないから」
いい終わらないうちに、兎実さんは自分の席へ走り、鞄のなかをまさぐりだした。
蛸錦は血走った眼でこちらを見つめてくる。
あまりにも不憫で、おれはやむなく教室の外のロッカーまで付き添っていった。
蛸錦のロッカーを開けた瞬間、落ちてきたのは大量の紙や封筒の束だった。
「おまえこれ……捕まるぞ……」
廊下に散らばった封筒からは、未来や兎実さんの映った写真が盛大にはみだしていた。
遅刻寸前の生徒たちがすぐ横を走りながら向けてくる視線が痛すぎる。
「待て待て触るなよ円山。ふら様未来様の公認ファンクラブ会長の示しがつかんわ!」
「会報のバックナンバーか。何百冊はあんだよ」
写真の入った封筒とともに、冊子の山もすべて、蛸錦はロッカーから引っぱりだした。薄汚れた風呂敷でバカがつくほど丁寧にくるんでいく。
空にしたあとのロッカーに、チンドン屋のパラシュートを四苦八苦しながらつめこんでいくのだろう。
親友の無様すぎる姿は、想像しただけでいたたまれない。
お言葉に甘えておれは離脱する。
教室に戻ると待ち受けていたのは、だがそんなものとは比較にならないほどの惨劇だった。
「新入生限定の、ふらのスペシャル★ランチボックスだょ♪ 今朝三時に起きて作ったんだぁ」
弁当らしき包みを、兎実さんはイケメンチンドン屋に差しだしていた。
兎実さんの視線はチンドン屋の目に、熱狂的な熱さで注がれていた。
もしもこれが夢だったら、自分の叫び声で飛び起きていただろう。
(第02回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■