木原圭翔さんの映画批評 『映画金魚』 『 No.007 誤ったつなぎ - 『帝銀事件 大量殺人・獄中32年の死刑囚』 テレビ映画を観る③』 をアップしましたしたぁ。木原さんはまだビデオカメラがなく、フィルムで撮影していた時代の 〝テレビ映画〟 に注目して連載しておられます。今回の 『帝銀事件 大量殺人・獄中 32 年の死刑囚』 も、脚本・新藤兼人、監督・森崎東さんという豪華な顔合わせです。
帝銀事件はGHQの占領下の昭和 23 年 (1948年) 1 月 26 日に、東京豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店で発生した毒物殺人事件です。厚生省技官を名乗る男に毒物を飲まされた行員ら 12 人が死亡し、多額の現金と小切手が奪われました。現在ではだいぶ記憶が薄れてきましたが、発生当時は大事件でした。あ、そう言えば、金魚屋でインタビューした俳優の寺田農さんが、実家の近くに帝銀椎名町支店があったとおっしゃっていましたね。
そんで帝銀事件の犯人として、画家の平沢貞通さんが逮捕されたわけですが、自白はしたものの公判では一貫して無罪を主張し、昭和 62 年 (1987年) に 95 歳で獄中死しました。物証より自白優先の時代であり、かなり厳しい取り調べが行われたようです。真相は藪の中ですが、平沢さんに毒物の知識がなかったことなどから冤罪の可能性が高い事件です。また帝銀事件は当初から細菌兵器などを研究していた旧陸軍 731 部隊との関係が疑われていましたが、捜査中にGHQから旧陸軍関係者への捜査中止命令が出ていたことが現在ではわかっています。
簡単にまとめちゃいけないのですが、帝銀事件、どーもうさん臭いといふか、何かの闇を抱えている。冤罪だとすると平沢さんは気の毒ですが、現場捜査関係者が全力を尽くしたのも確かです。でもその努力が、彼らの知らないところで歪められていた可能性がある。それを木原さんは 〝誤ったつなぎ〟 と表現しておられます。
木原さんは 『このドラマが原爆投下の記録映像、そして、マッカーサーと昭和天皇が並んで写るあの有名な写真で始まっていたことを思い出さずにはいられない。事実として客観的に提示されているアメリカ人と日本人が二人並んだ写真。彼らの思惑は果たして一致していたであろうか。日本の戦後はこうして始まったのである』 と書いておられますが、松本清張を始めとする識者が帝銀事件にこだわった理由がそこにあります。これも木原さんの言葉ですが、『責任をめぐる何か別の真実』 があるわけです。
■ 木原圭翔 映画批評 『映画金魚』 『 No.007 誤ったつなぎ - 『帝銀事件 大量殺人・獄中32年の死刑囚』 テレビ映画を観る③』 ■