後藤弘毅さんの連載映画批評 『No.032 SFノワール論―犯罪と腐敗の新世界』 をアップしましたぁ。今回は一本の映画に関する批評ではなく、〝SFノワール〟 と呼ばれる映画ジャンルについての総括的批評です。〝フィルム・ノワール〟 と 〝SF〟 がバインドされた映画ジャンルで、アメリカではごく一般的な映画ジャンル名称になっているようです。
詳細は後藤さんのコンテンツをお読みいただければと思いますが、わかりやすい批評ですねぇ。まず 〝フィルム・ノワールとは何か?〟 から始まり、その後に 〝SFノワールとは何か?〟 を論じておられます。もちろん本格的映画評論ですから簡単な内容ではないですが、ちゃんと読めば 〝フィルム・ノワール〟 や 〝SFノワール〟 のあらましが理解できると思います。
不肖・石川、『「ブレード・ランナー」 におけるフリッツ・ラング的フィルム・ノワールの主題は・・・』 といった文章がどうも苦手です。誰もが 『ブレード・ランナー』 や 『フィルム・ノワール』 について知っているわけではありません。特に現代のように人々の興味が拡散した時代はそうです。極端なことを言えば、現代では万人が 〝中心〟 だと考える作品やジャンルは存在しない。すべてが白紙還元された状態であり、まず用語定義とそこからの思考の構築が必要だと思うわけです。
わかりやすい文章を、と言うと反発を覚えられる方も多いですが、ある集団にしか通じないジャーゴン (仲間言葉) を並べてわかったようなつもりになるのは危険なことです。わかりやすい文章を書くと、作家が所属するジャンルや表現形態は相対化されます。それが全てではないことがわかるはずです。不肖・石川は、難解であっても、〝なぜこの文章は難しいのか〟が伝わってくる文章が好きなのであります。
■ 後藤弘毅 連載映画批評 『No.032 SFノワール論―犯罪と腐敗の新世界』 ■