皆さま、明けましておめでとうございます。って、一月ももうずいぶんだけど。1月号だから。
昨年中は、りょんの詩誌時評にたくさんのメール、お便り、@ツィートをありがとうございました! 文学金魚リスポンス女王の栄冠を頂戴した、りょんでございますよ。
詩壇は終わってるとか聞いてたのに、りょんごときの時評にこんなに反応いただくなんて、すごい活気あんじゃん。ってか、詩人ってヒマ? なんて言ってたら、「りょんさんがあんまし無知だから、黙ってられないんちゃう?」とスタッフの一人に。
だって詩人の皆さんが絶対ヤダって、りょんに押し付けたんじゃん。「何はともあれ反響があるってことは、采配大当たりなのら」とか言っちゃって。采配なのかよ。りょんの名文ぢゃなくて。
ほならクロウトの詩人さんたちが今、現代詩手帖で一番何が目に入るのかぐらい教えてたもれ、とメールしたら、「新人選評」と返事が来た。
新人選評!? すごいルーキーでもいるのかと思いきや、「『新人』ぢゃなくて『選評』のほう」だって。稲川方人という詩人が新人選評やってるのがちょっと、だそうな。
「ちょっと、って何?」「いや、だからちょっと」「だからちょっと、って何?」「うーん、何だかなあ、って言うか」「何だか、何なの?」「…。」
その後も、あんまりだとか、詐欺だとか、意味不明な愚痴というか、不満を詩人たちは呟くのでした。クロウトの詩人さんが言語化できないことを、りょんが? と思ったんだけど。
「言語化できないんじゃない。あまりに不愉快でしたくない」んだそうな。それって同じことぢゃね?
ってゆーか、この稲川方人という詩人さんは、すごーくカッコつけてたらしい。どうにかこうにか聞き出して、りょんの理解したところだと。それを今さら、新人選評って何なんだよ、ということみたいだけど、新人選評を担当するって、そんなにカッコ悪いことなんだ。。。
「人によってはさ、そういう子供騙しのエセ制度みたいなもんの片棒を担いで、ちょっとでもエラそうに振る舞うなんてこっ恥ずかしいこと、死んでもできないぐらいナイーブですってのが、ウリだったってのもいるわけよ。それをさ」
しょーがないぢゃん、って、りょんは思うけど。男は特にね。頭がハゲたり腹が突き出るのといっしょに、メッキがハゲたり神経図太くなったりするんちゃう?
少なくともさ。
「『文学の特権性』に触れる問題なので簡略に述べるのには躊躇を伴うが、『詩形式』は、ともすると個的な表現形式であるかのように理解される。(中略)とりわけ昨年の三月十一日以後は殊更に。心的な構築と描写が『個』の特権性/特異性に依存するなら、これは「文学以前」の問題だし、(中略)この「個人」とは他者を抑圧する装置のことではないのかと考えるからである。逆に見れば、今日の無軌道なまでに顕現する個人 = 他者への認識を介在しない限り、詩の有効性はない …」
みたいな、およそ新人選評とも地震への言及とも思えない、ちんぷんかんぷんの前フリを見るところ、やっぱ「他者を抑圧」っぽく振る舞うことに、なんかこっ恥ずかしさの痕跡みたいなもんはあるんでないの? それとも、こーゆーのがその、カッコつけってやつだったのか。それを新人たらんとする世間知らずの若い人相手にやるか!?って、ヤキまわったんでないのって話?
まあ、でもさ今、こーゆー雑誌でこーゆー文章読んで、カッコいい!とか思っちゃってさ、後になってから、詐欺じゃん!とかって怒る若い人なんていないから。ぜんぜんダイジョブ!!
りょん
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■