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早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!

by 仙田学

 

 

 

第七章 吊り橋の手塚様(上)

 

 

雲ひとつなく晴れ渡った空の下には、いちめんの銀世界が広がっていた。

まだ足跡のついていない純白の雪に、真っ先にダイブしたのは蛸錦だった。

「円山、なにぼさっとしてんだ、おれを撮ってくれ、ほら!」

自慢の一眼レフを投げつけられ、おれがよろめいたところへ、

「すげ――――これが雪か、初めて見た!!」

「冷てぇっ」

「おいおい食うなよいきなり」

どやどやと現れたのはクラスメイトたちだ。

手早く朝食を済ませた皆は、色とりどりのスキーウェアに身を包み、スキー板を抱えてゲレンデへ飛びだしていく。

冷たい空気に乗ってはしゃぎ声は遠くまで広がっていく。

修学旅行二日目の午前中は、班ごとに分かれての練習をする予定になっていた。

午後からはクラス対抗のスキー大会になる。

とはいえ経験者未経験者が入り混じっているため、班ごとの練習など不可能だ。

できる者たちはさっさと連れだってリフト乗り場へ、できない者たちはゲレンデの裾野でよちよち歩きをしたり雪遊びに興じたり。

旅行の予定は昨晩に引き続き崩壊しっぱなしとなった。

引率教師代表の御殿場なたねはおそらく二日酔いで倒れたままだった。

ロドリゲスは出発前のホームルームで褒め殺しにされていらい自信を喪失したのか、表にはでてこなくなっている。

仕切る者のいない修学旅行はまさに学級崩壊の極み、サファリーパークの一歩手前の様相を呈していた。

「上手上手、つなちゃん、爪先閉じて、ゆっくり滑ってご覧」

「にゃ~~! つんのめる~のめる~!!」

内股を引き締めて、ストックを両腕でぶんまわしながらノロノロ滑っているのは、妹のつなだ。

猫耳パーカーの上から猫耳スキーウェアを着こんでいる。

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ゴーグルから手袋から、自前のもので身を固めていた。

昨晩、自分の部屋に戻るなりおれは母親に電話をしたのだが、母親から返ってきたのは、

――ケガしないようにね。お土産あれがいいな。ほら、あのポテトチップにチョコレートかかったやつ。

という、要領をえないものだった。

問いつめたところ、母親は未来にこんこんと諭されたらしい。

曰く、小学校五年生というのはいちばん多感な時期だ。

曰く、兄の修学旅行について行かせてやるのは情操教育の一環になる。

曰く、この機会を逃せば日本の将来にとって重大な損失になる。

気がつけば、未来に指示されるまま、つなの小学校に電話をかけて欠席を届けていたらしい。

つなをスーツケースに詰めるのも手伝ったとか。

嘘のつけないおれは、電話を切ると教師たちが宴会をしているチェーン店の居酒屋「怒怒」へ出向いた。

担任のなたねはチャックを全開にして、ちゃんちきおけさを舞っていた。

――先生すいません、実は妹が。

――よく来たな少年! 食べちゃうぞわはははは。

俺は走りまわって逃げようとしたが、押さえつけられ……。

ツーショット写メを撮られてしまった。

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「ちょっと! なにしてんの映一! 危なっ」

「おにいしゃん! どどと、どいてどいてっ」

振り向く間もなかった。

一列になって直滑降で滑り降りてきた未来とつなに、おれは正面衝突をして吹っ飛んでいた。

「これすごいね、いーしゃん! じぇっとこーしゅたーみたい」

「つなちゃんさすが! じゃあ今度はあの上からいくか!」

ストックの先端で、はるか彼方の雪山のてっぺんを未来は指してみせる。

「おっけ~い親方!」

勢いよくハイタッチを交わしたかと思うと、ふたりはリフト乗り場へと勇ましく進んでいく。

ふたりの前に、おれは立ちはだかった。

「お、おい。いいのかそっちで」

「は? あんたの目って本格的な節穴? リフトって一個しかないじゃん」

未来はストックの先でリフトを指し、ついでおれの目を指した。危ねえっ!

「い、いやリフトもさることながら。あの、兎実さんたしか麓のほうで練習してたような」

「ふらりんが? 練習なんか要らないのに。だって陸上部のエースだよ?」

「だよな? おれもヘンだなあって。池王子の個人レッスン受けてんだよ。ホテルの裏の、ひと気のないとこで」

「なに? なにそれ? ふらりんがイケチンとふたりきりで……? 危なすぎるじゃん!!」

未来の目の色が変わった。

「行くよつなちゃん! ゴングは鳴った!」

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ふたりはおれの指した方角へと、スキー板を装着したまま器用に歩きはじめる。

ついさっき羊歯が来て耳打ちしていったとおりのことを、おれは伝言しただけだった。

兎実さんが池王子とふたりきりでいる……。

いますぐおれも飛んでいきたい気分だったが、ここは未来に任せよう。

池王子の名前を聞くたびに、未来はいてもたってもいられないというようにそわそわし、池王子のあとを追いかけまわす。

無理難題をいいつけられることが減って、おれはずいぶん楽になったもんだ。

「うまくいった」

背後から声をかけてきたのは、羊歯だった。

毛糸の帽子を目深にかぶり、ぐるぐるメガネの上からぐるぐるゴーグルをつけているせいで、表情がまったくわからない。

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「ああ……。だな」

おれは羊歯と連れ立って未来とつなを追い、ホテルの裏へと向かった。

すべては羊歯の提案だった。

未来の気持ちに揺さぶりをかけてみようというのだ。

ふたりきりになっている兎実さんと池王子を見れば、未来も自分の気持ちに気がつくのではないか、という提案には、おれも乗らざるをえなかった。

羊歯にいわれるがまま、朝食のあと、

――池王子がひとりでホテル裏にいたよ。

とおれがさりげなくつぶやいてみると、兎実さんは飛んでいった。

――ホテル裏で羊歯がおまえに話あるって。

と告げてみると、池王子は顔色を変え、ドMっぽく目を潤ませながら食堂から消えていった。

ふたりを前にしての態度を見れば、未来の本当の気持ちがわかるはず。

もしふたりがうまくいけば、おれは長年の圧政から開放されるんだ!

おれは、はやる気持ちを抑えられなかった。

 

ホテル裏には、薪の積まれた小屋が隅にあるだけの空き地が広がっていた。

空き地の端はゆるやかな斜面になっていた。

「きゃあ★ぃけくん怖いっ。転んじゃう転んじゃう」

「こんな真ったいらなとこで転びようがねえから。ほら、もういいだろ離すぞ」

「ゃぁん、手ぇ離しちゃゃあ♪」

スキー板を履いて向かいあい、兎実さんと池王子は手を取りあっていた。

誰がどう見ても池王子が兎実さんに手取り足取りスキーを教えているところだ。

なのに、おれの心は一ミリたりとも乱されなかった。

ふたりの様子にえもいわれぬ違和感があったからだ。

わーきゃー騒ぎながらも、兎実さんは腰を落とし、素晴らしいフォームで両脚に力をこめている。

竜巻に襲われても微動だにしないだろうほどの安定ぶりだ。

そのくせ、上半身は激しく揺れていて、両腕をばたつかせながら池王子にしがみついている。

ひとことでいうと、白々しい。小学校の学芸会レベルの茶番劇だ。

だが至近距離で密着している池王子には見破れないようだ。

おそらく池王子はスキー初心者らしい。

下半身をふらつかせながら、兎実さんの体重を支えてやっている。

「いーしゃん、あの遊びなに? ふらりゅんが考えたの?」

「たぶん」

未来とつなは、ふたりから離れたところで棒立ちになっていた。

ふたりが和気藹々と練習をしているところへ未来は乗りこみ、邪魔をするつもりだったはず。ところが実際に繰り広げられていたのは、別の意味で横槍の入れづらい光景だったのだ。

「ゃぁんぃけくん、ふら滑っちゃぅ★」

「そりゃスキーだもん。おいおい、どさくさにまぎれてどこ触ってんだ!!」

「ぃけくん早ーぃ★まだふらたち、付きあってないんだょ?」

「近い! 近いって離れろ!!」

兎実さんは三日月形の目にアヒル口の笑顔を、池王子の顔面スレスレに近づけだした。

毒蛇の攻撃を避けるような動きで、池王子は右に左にと首を振り続ける。

やがてふたりは揉みあうような格好になり、

「ぃけくんぃけくん、ゃぁん転んじゃぅ♪」

と兎実さんが池王子に飛びかかったのをきっかけに、本格的に転倒した。

「ぇっ、ゃ。なに?!」

兎実さんの声が一気に切迫した。

兎実さんの小柄な体だけがバウンドし、斜面を滑り落ちていったのだ。

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「お、おい。兎実!」

しりもちをついたまま池王子の伸ばした手は、むなしく宙を掴むだけだった。

兎実さんっ!!!!

おれは勢いよく飛びだしたが、

「……!!!」

二、三歩も歩かないうちに、頭から雪に突っこんでいた。

スキー靴を履いているのを忘れていたのだ。

やっとのことで身を起こし、雪に足をとられながらもおれは斜面のほうへ向かいかける。

ジャッ!!

おれの鼻先を、猛スピードで滑っていったのは、未来だった。

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空き地の端まで数秒で達すると、斜面を直滑降で滑り落ちる。

ようやくおれが斜面のへりに辿り着いたときには、下のほうで兎実さんが未来に抱きついていた。

未来は少し先でわざと転んでぶつかり、兎実さんの落下を食い止めたらしい。

「いーちゃんいーちゃん! 助けにきてくれるとぉもってたんだょ★いーちゃん大好きっっっ」

「ふらりん! ぶじでよかった! あたしも、ふらりん大好きだよ」

未来と兎実さんは、雪まみれのままひしと抱きあった。

兎実さんの目から、大粒の涙が幾つも零れ落ちる。

「……鬼の目にも涙」

いつの間にか隣にいた池王子が、ぼそりとつぶやいた。

そのとたん、おれは思いだした。

振り返ると、羊歯と目があった。

羊歯は、未来を追いかけようともがくつなを押さえながら、うなずいた。

「あ、あのさ。羊歯なんだけど」

「おお。おまえいたのか」

「いや、羊歯もあそこにいんだけど」

とおれは背後を肩で示す。

「しっ羊歯」

池王子は顔を真っ赤に染めて、目を潤ませた。

わかりやすい反応をする奴だ。

しかし、ここまでのイケメンがなぜ羊歯みたいな地味な女に執心するんだろう。

おれはイケメンになったことがないからわからないが。

「昨日さ、おまえいってたよな。こないだ羊歯に襲われたときのこと、思いだすと安心するって」

「あ、ああ。かもな。それがどうしたってんだよ」

慌てたように羊歯をちらちらと見ながら、池王子は小声で答える。

いつものような、過剰なほど自信に満ち溢れた表情はその顔から消えていた。

明らかに羊歯に脅えていた。

脅えが滲めば滲むほど、だがその顔には恍惚に満ちていく。

池王子は額に汗を滲ませながらも目をぎらつかせ、鼻息を荒らげているのだった。

襲われたくない。だからこそ、襲われたい。

池王子の思いが、おれの頭のなかで、まるでおれ自身の思いのように駆け巡った。

それは実際におれが、何度も何度も反芻したことのある思いに似ていた。

毎朝、未来の髪を巻いてやるとき。

テストのたびに、あんちょこプリントを作ってやるとき。

モデルの仕事へ向かう未来を駅まで送ってやるとき。

おれがいなければ、未来は上手く髪を結べないし、学校と仕事の両立もできないだろう。

感情のアップダウンが激しく、突拍子もないことばかり次から次へといいたてる。

従兄弟の三歳の男の子よりも目を離せないのが未来だ。

自分の時間のほとんどを、おれは未来に捧げ、自分のためには使ってこなかった。

だが、もし未来がいなければ。

簡単に想像がつく。おれは時間を持て余し、途方に暮れていただろう。

おれがいなければ未来はなにもできない。

それ以上に、おれは未来がいなければなにもできない。

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――後で思い返すと、なんか妙に安心すんだよな。なんで羊歯のやつ、もう襲ってこないんだろ。

昨日の風呂場で、池王子はそういっていた。

羊歯に脅えながらも羊歯を求めずにはいられない。

池王子にとっての羊歯は、おれにとっての未来と同じような存在なのかもしれない。

羊歯を横目で見ながら顔を赤らめている池王子の姿に、録音された自分の声を聴かされでもしたような、いやーな汗がおれの背中を伝った。

だめだ。これ以上考えてると、自己嫌悪が募るだけだ。

「正直、羊歯にまた襲われたいだろ」

「おいおい。ひとを変態みたいにいうなって」

池王子は苦笑してみせる。

だが目はまじだ。縋るようにおれを見つめてきた。

「こないだの体育館のときのこと、思いだしてみろよ。なにしてるときに襲われた?」

「なにって。先斗町のプロレスの相手してたときだろ」

「だよな。ってことはさ、試してみる価値ねえか。おまえが未来と絡んでるところを見りゃ、また襲ってくれるかもしれんぞ」

「ジュニアと? 嫌だよ! めんどくせえもんあいつ。ぜったいヤだ!」

池王子は顔の前でぶんぶん手を振ってみせる。

(第17回 了)

 

* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 仙田学さんの本 ■

盗まれた遺書 ツルツルちゃん キャラ設定画付kindle限定版 (NMG文庫)

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■