No.03_H_BOOKレビュー_03

書名:『アンドレ・ブルトンの詩的世界』

発行:慶應義塾大学法学研究会

発売:慶應義塾大学出版会株式会社

初版発行:2015年10月30

定価:4,900円(税別)

 

 

 朝吹亮二の『アンドレ・ブルトンの詩的世界』を読んで驚いた。ストレートに言えば、朝吹氏がここまでシュルレアリストだったとは思っていなかった。朝吹は慶應大学の先生だが、日本に初めて本格的にシュルレアリスムを紹介したのは慶應大学の先達で詩人の西脇順三郎である。西脇門下から自他ともに正統シュルレアリストを称した瀧口修造が出た。戦後になってその影響下に東大系の飯島耕一、大岡信、東野芳明らがシュルレアリスム研究会を結成し、戦前は不十分な受容に終わった日本のシュルレアリスムが、理論研究でも実践面でも軌道に乗ったのである。ただシュルレアリスムはすでに終わった過去の文学運動のはずだった。

 

 もちろん〝シュルレアリスムが終わった〟というのは言葉の綾のようなものだ。それが当初持っていた衝撃的な思想(パラダイム転換)が、今ではポピュラリティを得て一般化してしまったのである。ごく素朴な言い方をすれば、シュルレアリスムは人間の無意識(前意識)を解放した文学運動だった。サルバドール・ダリなどの絵に典型なように、人間の夢を芸術の世界に解き放ったのである。

 

 現実世界ではモノとコトバが一対一対応で結びついている。しかし無意識界にはモノ以前の存在が蠢いている。それが時に現実界に現れてモノ=コトバとなり、あるいは新たな発想や発明の源になる。無意識界の解放を前提としなければ、前衛絵画やアニメなどは成り立たない。このシュルレアリスムの無意識界の解放を、広い意味での言語実験としていち早く取り入れたのが日本の自由詩だった。絵画では印象派が現代絵画のベースになったが、シュルレアリスムは現代では自由詩の基本技法の一つである。

 

 ただその発生当初にまで遡れば、シュルレアリスムは「シュルだね」といなされるようなポピュラリティとは異なる面を持っている。シュルレアリスムを生んだのはダダ(イズム)である。日本では第二次世界大戦(太平洋戦争)の惨禍の記憶が強烈だが、ヨーロッパでは第一次世界大戦がかつて経験したことのない悲惨だった。ヨーロッパ全土が戦場になったのは第一次世界大戦が初めてである。銃や戦車や飛行機といった近代兵器を使う戦争だったが、多くの戦いは凄惨な肉弾戦になった。この肉弾戦の悲惨は第二次世界大戦まで続くが、同世代の若者たちがバタバタと戦死してゆく第一次世界大戦は当時の若い芸術家たちに甚大な影響を与えた。

 

 これも簡単にまとめてしまえば、ダダイズムは徹底した虚無主義である。圧倒的な現実世界の悲惨を目の前にして、倫理を含む前時代までの思想や芸術など信じられるものではない、ということだ。そのためダダは凄まじいまでの思想や芸術形式の破壊を始めた。その代表的作家はダダの創始者トリスタン・ツァラよりも、前衛美術家のマルセル・デュシャンだろう。

 

 デュシャンは社会的評価や金銭的見返りなども含め、あらゆる既存価値を拒否した。デュシャンは美術界で〝デュシャン以前と以降〟に区分されるほど巨大な存在だが、その評価が決定的になったのは死後のことである。美術家を含め、芸術家の誰一人としてデュシャンのように生きられた者はいない。それはデュシャンにとってダダイズムがほとんど肉体的思想だったことを示している。デュシャンは原理主義的ダダイストとして、怒りと諦念渦巻く第一次世界大戦の虚無的精神地平に立ち続けた。

 

 あくまで廃虚に留まろうとするダダイズムと比較すれば、シュルレアリスムはぬるい芸術運動だろう。しかしダダからシュルレアリスムへの移行は必然でもあった。デュシャンのような一握りの芸術家を除いて、なんびとも虚無的廃虚に留まり続けることはできないからである。なんらかの形での廃虚からの復興が必要になる。それを担ったのがシュルレアリスム運動だった。

 

 ただシュルレアリスムはダダを母胎としていた。絵画を中心にすれば、シュルレアリスムは人間の無意識的想像力を解放した向日的芸術運動に見える。しかしその理論と実践の中心だったアンドレ・ブルトンは違う。ブルトンはダダ的な破壊と虚無に留まりながら現実世界の上位審級にあるシュルレアル(超現実)世界を探求した。それは残酷で悲惨な現実世界を直視しながら、その上位審級にある(だろう)シュルレアル世界を出現させるためのアクロバティックな芸術運動だった。

 

 このブルトン的シュルレアリスムは、日本の自由詩では瀧口修造から飯島耕一に至る系譜としてたどることができる。瀧口の『詩的実験』は自動筆記によってほぼ絶対的なシュルレアルを探求した日本のシュルレアリスム詩の金字塔である。飯島の『夜明け一時間前の五つの詩他』(昭和四十二年[一九六七年])や『私有制にかんするエスキス』(四十五年[七〇年])は六〇年、七〇年安保闘争の時代に書かれたが、どのような社会状況にも影響されないシュルレアリスム的上位言語を模索している。

 

 僕は長い間、飯島耕一が日本のシュルレアリスム詩の下限だろうと考えてきた。しかしそれは訂正しなければならない。驚くべきことに朝吹は正統シュルレアリストである。アンドレ・ブルトンが生きていたら、シュルレアリスト名簿にその名が記載されても良いような正統シュルレアリストである。

 

 思えばシュルレアリスムは常に時代の危機とともにあった。フランス本家のシュルレアリスムは第一次世界大戦後に生まれ、瀧口は狂信的な皇国主義が吹き荒れる第二次大戦前夜にシュルレアリスムに惹きつけられた。飯島は皇国少年として敗戦を迎え、戦前の皇国主義社会への怒りと背中合わせの、戦後の青年たちの理想主義的な夢が潰えてゆく六〇年代にシュルレアリスムに強い関心を示した。朝吹についても同様のことが言える。彼はある時代の掉尾を飾る詩人である。(後篇に続く)

鶴山裕司

 

 

 

 

 

■ 鶴山裕司さんの本 ■ 

国書

 

■ 朝吹亮二さんの本 ■ 

アンドレ・ブルトンの詩的世界 (慶應義塾大学法学研究会叢書 別冊(16))

 

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