僕のヤバイ妻

フジテレビ

火曜 22:00

No.120_TVドラマ批評_01

 

 

 関テレ制作で、佳作だと思う。裏のTBSドラマと数字を分け合う形になっているが、こちらの方が出来はいいのではないか。もちろん、出来の良し悪しの基準はひとつではない。ただ一般に言えるのが、重要なのはリズムであって、原因はともあれ上手くいっているときはリズムがいい。

 

 原因はともあれと言うものの、本当に根本的なところはテーマにあって、後はそれを製作者、役者、視聴者が共有すればよい。視聴者はそのテーマを明確に意識するとはかぎらないが、伝わらないということはあり得ない。ただ、それを邪魔する紹介記事、かえってつまらなく感じさせる宣伝はある。

 

 たとえば「妻の本性が明かされていくサスペンスドラマ」といった説明は、ちょっとずれている。そういうドラマを期待して観ると、続かないかもしれない。テレビドラマは書籍と違い、買わせれば終わりではないから、むしろ厳しいところがある。「本性」も何も、最初に妻の殺害を計画するのは夫の方である。カフェの経営が上手くいかず、完璧な妻に金を借りているのが息苦しい、という理由で。

 

 おかしいのは、自分を殺そうとするという夫の「本性」を前にしても、妻はあまり動じず、それより夫に愛人がいることが許せない様子である。夫婦で億の金を奪い合い、たとえ命を狙い合っても、二人の世界で完結しているかぎり、それらも愛の変型にすぎないと、タカをくくっているようでもある。夫は所詮、妻の掌の上から逃れられない。

 

 妻の方もしかし、必死ではある。愛人の前ですら取り乱さず、完璧を崩さない。よくいる可愛くない奥さんなので、逃げ出したくなる男にもちょっとは同情するのだが、何事においても程度を超えると様相が変わってくる。可愛くないというか、この妻は恐るべき犯罪能力、察知能力を発揮し始めると、夫や周囲の人間を追いつめ、恐怖のどん底に叩き込む。

 

 それはつまり最初から優秀で美しい、完璧な妻だからできた技であると同時に、夫への執着が為せることなのである。ドラマは極端を描き、ここまでくればもはや諦めるしかない、と思わせる。そう、人生には諦めるよりほかないこともある。それが男たちへのメッセージだろう。

 

 まあ、こういう情けない男は実際、奥さんの尻に敷かれているぐらいが幸せなのだ。ドラマでは9千万円を持って愛人と海外へ逃げようとするわけだが、現実的に考えても破綻への道、まっしぐらだろう。税関の問題は別として、家や仕事を放り出して逃げるのには1億や2億でもさほど十分ではない。

 

 夫婦の愛憎のドタバタであり、サスペンスでもあるが、諦念を含んだ文学的なところはちょっぴりフランス映画っぽくもある。知的で完璧な、完璧すぎる美貌をたたえた木村佳乃にもその雰囲気は漂う。何か原作が、と思ったら、そうではなかった。数字の如何を問わず、各局のテレビドラマ制作の姿勢は全体に少し底上げされ、変わってきている気もする。ネットによってハードルを上げられているからだろうか。

山際恭子

 

 

 

 

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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■