火の粉

フジテレビ

土曜 23:40

No.119_TVドラマ批評_01

 

 

 深夜枠であるので、数字はそう高くなりようがないが、内容もまたしっかりした原作があるので、つまらなくなりようがない。しかもユースケ・サンタマリア。何を考えているかわからない犯人役をやらせたら、こんなに怖い人はいない、みたいな。サンタマリアって、名前まで怖い。何を考えているのか。

 

 今は大学で教鞭をとる元裁判官の自宅の隣りに、かつての被告人が引っ越してくる。偶然を装っているが、もちろんそうとは思えない。普通、考えられるのは恨みを抱えて、ということだが、この男は当時、無罪判決を受けた。自信をもって無罪にしたはずの男だが、三人を殺したという容疑のかかった男の出現に、元裁判官の家族は揺れはじめる、というストーリーだ。

 

 これだけでも面白くないはずがない、とわかる。ただ、社会的な枠組みもあることだし、それで何を言いたいのかは、ひとつの考えどころではある。もちろん小説やドラマには、陳腐な教訓的メッセージなどない方がいいのだけれど、たとえ社会派でなくたって、書く側や制作側に伝えたいものはあるはずだ。

 

 いっときゴールデン枠で話題になったような心理サスペンスというのは、たとえばストーカーになるような男の異常さを強調していた。このドラマでの元被告人は、元裁判官一家のストーカーではあるし、確かにちょっとおかしいのだが、ユースケ・サンタマリアの雰囲気からしても、少なくとも最初のうちは異常さが強調されることはない。だからよけい怖い、とは言えるが。

 

 テレビドラマというものが初回、ツカミが勝負である以上、徐々に見えてくるもので視聴者を惹きつけるのは苦しい。では初回で印象に残るものはと言えば、元裁判官の妻が姑の介護に追われている、そのポケットでしつこく鳴り続ける呼び出しのベルだ。異常といえば、家族はすでに異常を抱えている。

 

 元被告人はそこへつけ込み、傷口を押し広げてゆく。「あの男は有罪だった。あなたの家族はバラバラにされる」と雑誌記者が警告するが、家族は最初からバラバラだ。感謝の念を伝えるよう、元被告人に促された姑は遺言書を書くが、日々こき使う嫁に遺すのは「3万円」。家族の誰もそれに異議を唱えない。たいした財産もなく気持ちの問題に過ぎないが、気持ちの問題だからこそ、ではないか。

 

 もしここで、自分の取り分のことでなしに、彼女への「3万円」に憤りを示す家族がいたら。きっとユースケ・サンタマリアにつけ入る隙はなかったろう。しかし所詮、単に仕事として、何の痛みに共感することもなく「無罪」としてしまうような裁判官の家族なのだ。

 

 その元裁判官の息子の嫁は、幼子を抱えて、入り込んでくる元被告人を警戒する。その直感は正しいのだが、あまりに露骨な保身、警戒心には、どこか社会的な倫理の欠如も匂う。姑が「早く死ねばいいのに」と思ったという元裁判官の妻に対して非難の念を覚えない私たちには、「善人ヅラした」元被告人の陥穽にはまるまでもなく、すでに善悪の逆転が起きている。

山際恭子

 

 

 

 

■ 脚本・雫井脩介さんの本 ■

火の粉 (幻冬舎文庫) 犯人に告ぐ 上 (双葉文庫)

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■