ショートショート_No.018_cover_01「詩人と呼ばれる人たちに憧れている。こんなに憧れているにもかかわらず、僕は生まれてこのかた「詩人」にお会いできた試しがない。・・・いつか誰かが、詩人たちの胸ビレ的何かを見つけてくれるその日まで、僕は書き続けることにする」
辻原登奨励小説賞受賞の若き新鋭作家による、鮮烈なショートショート小説連作!。

by 小松剛生

 

 

 

ま、ま、ま

 

 

 

 ま。

 それは詩だった。

 その最後の曲線に彼女がどんな想いを込めたのか、凡人の僕にはわからなかったけど、まぎれもなくそれは彼女の書いた、世界で一番短い詩だった。

 「ま」

 ま。

 ま。

 

 

 彼女が詩人だと気付いているのは、僕の知る限りでは、僕しかいなかった。それでも彼女が詩人であることは僕からすれば確かなことだった。

 本物の詩人は、自分で詩人だと名乗らない人のことを言う。もっとも彼女からすれば本物か偽物かどうかなんて、どうでもいいことなのかもしれないし、実際に彼女の書いたものを彼女が自分で「詩」だと言ったことは一度としてなかった。僕は彼女が羨ましかった。彼女のような詩人に僕もなりたくて、生まれて初めて僕も詩を書いてみた。

 

 あなたのニューヨークはどこですか

 

 

 初めて書いた詩にしては上出来ではないだろうか。

 そう思って、僕は彼女に見せた。

 首を傾げただけだった。

 ま。

 ま。

 ま。

 

 

 残念ながら、残念なことかどうかもわからないけど、彼女が世間的な注目を集めたことは一度としてなかった。詩の専門家の人から評価を得たという話も聞かなかったし、雑誌で彼女の特集が組まれたりすることもなかった。それでも、そういったこととは関係なく彼女は詩を書いた。詩を書くために彼女は詩を書き続けた。

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 唐辛子の詩。

 ピアノ教室の詩。

 物干し竿の詩。

 多くの詩が彼女の手によって生み出され、それに目を通すたびに僕はなんだか一種の流行り病にでもかかったかのように胸の奥が熱くなるのを感じた。

 そして、僕は生涯で2作目となる詩を書いた。

 

 駅の裏にひとつ、流行り病を忘れてきました

 

 彼女に見せた。

 首を傾げただけだった。

 ま。

 ま。

 ま。

 

 

 彼女の詩は全体をとおしてみれば、文章にして一行あるかないかくらいの、短いものが目立ったけれど、長い詩を書かないわけではなかったし、むしろ長い詩こそが彼女の本水域のようにも思えるから不思議だった。

 彼女の詩にはいつも何かが不足しているようでもあった。僕が言うのはおこがましいのかもしれなけれど、そういった不完全さこそが逆に彼女の詩を詩たらしめていた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

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 例えば、僕が唐辛子のことを書いても、それは唐辛子に関する文章でしかなかった。でも彼女が唐辛子について書くと、それは唐辛子ではない何か、になった。唐辛子に必要な何かが欠けていたからだ。僕にはそれが何かわからなかった。

 足りないことがこんなにも美しいことだなんて。

 僕は彼女に、不足することを教わった。

 

 

 「ま」の詩は、彼女が住んでいたアパートの一室に残された机の上のメモ書きから見つかった。そこにはそれ以外、何も書かれていなかった。彼女は消え、詩だけが残った。書き置きのひとつも残されていなかった。書き置き、というには情報が足らなさ過ぎるメモ書きが残されていただけだった。

 胸が震えた。

 ま。

 ま。

 ま。

 あなたのニューヨークはどこですか。

 なんとなくではあるけれど、その質問の答えこそがこのメモ書きなのではないかと、勝手な推測を立ててみた。

 ニューヨーク。

 ニューヨーク。

 ニューヨーク。

 

 

 僕は首を傾げてみた。

 ニューヨークではない何かに、触れた気がした。

おわり

挿絵担当:くぢらもち

 

 

 

24番目の潜水士

 

 

 

 わ、こんでる。

 いけますよ。

 二人の潜水士が、片腕をロープにからませながら下をのぞいていた。今、二人の横で23人目の潜水士が潜水を開始し、その先には他の多くの潜水士たちがなにやら、それこそ深海の生物のようにうじゃうじゃと蠢いていた。

 最初に飛び込んだ潜水士はまだ上がってこない。それを考えると、下には23人の潜水士が溜まっていることは間違いない。

 23人。

 また微妙な数字だ。

 サッカーで試合をするとひとり余ってしまうし、ラグビーをするには人数が足りない。

 

 

 こんでるよ。

 いけますって。

 そりゃ行けば何とかなるってことぐらい、俺にだってわかってる。けどそれはあくまでも何とかなる、程度のものであり、絶対にだいじょうぶだなんて保証はどこにもないじゃないか。

 それともお前が保証してくれるのか。

 いやたとえこいつが「保証しますから行きましょう」と言ったって、その保証には何の価値もない。

 結局、こいつも俺と同じ地点にいる以上、俺以上に何かを知っているなんてことはありえないのだ。

 そんなようなメッセージを込めて、彼は隣にいる潜水士を無言でにらみつけた。

 その視線を受け止めたほうは一度うなずくと「よし、じゃあ行きましょう」と、今にも飛び込まんと体勢を前のめりにする。

 彼はため息を吐き、世の中には伝わることより伝わらないことのほうが多いことを水の中で理解する。

 彼は上を見上げる。

 そこには海面があり、今降りてきたばかりの船の船底が不気味な影となって浮いていた。

 ここから戻る、なんていう選択肢がありえないということも彼にはわかっていた。せめて最初に飛び込んだ潜水士が戻ってきてくれれば、そいつに奥の感想を訊くことだってできるのに。だがこれだけためらっていても未だに戻ってくる様子はない。

 いったい奥に、というか深くに何があるというのか。そんなに魅力的なところなのか。思い切って訊いてみる。

 

 

 おくになにがあるんだろう。

 えーと、ですね。

 「ドライヤー売り場みたいなところだと思うんですよ」

 きっとあの深い場所には世界中のありとあらゆるドライヤーを集めたような素晴らしいところになってると思うんです。

 ほら、ドライヤーって見ているだけじゃなかなかわからないじゃないですか。いろんな機能、マイナスイオンがたくさん出たり、すごく細かい単位で風を調整できたり、いろいろあると思うんですよ。

 で、見ているだけじゃわからないから試供品もたくさん並んでいるはずなんですよね。

 きっと、奥はそんな場所になっていると思うんです。

 

 

 せかいじゅうのどらいやーか。

 はい。

 隣の潜水士はうなずいて、満足げにウェットスーツの袖をぽりぽりと掻いてみせる。

 彼はうなだれた。

 伝わることより伝わらないことのほうが多いことを水の中で理解する。

 だいいち、水の中でいちばん必要のないアイテムがドライヤーなのではないだろうか。なぜ隣の潜水士はそれを比喩に使ったのだろうか。もっと良い選択肢があったような気がする。

 でも、ひとつなんとなくわかったような気もする。

 世界中のドライヤー売り場では、自分のようにそこに飛び込むことを迷っている潜水士がいる可能性について思う。

 20人以上の人々がたくさんのドライヤーに列をなしている。

 戻ることもできず、その売り場の華麗さを理解できるとも思えないのに、行かなければならない。

 つまるところ、世界中にはなんて多くの24人目の潜水士と25人目の潜水士が存在するのだろうか。

 その果てしなさに彼は目まいすら覚える。

 

 

 いきましょうよ。

 うーん。

 彼は迷う。

 いや、俺は自分のことなんてどうでもいい。

 むしろ世界中に存在するであろう24人目の潜水士のためにも、ここで飛び込むべきかどうなのかを考える必要がある。今、俺の背中にはそんな彼らのドライヤー売り場に対する想いが乗っかっているといってもいい。そんな彼らに、俺は敬意を払うべきだ。

 彼はロープをもう一度ぎゅっと強く握りしめた。

 下では23人の潜水士たちにより、ありとあらゆる可能性がひしめき合っていた。

 

 

 僕はどうしよう。

 僕が敬意を払うべきはどっちだろう。

 世界中にいるであろう24人目の潜水士か。

 それとも隣にいる25人目の潜水士か。

 僕はまだ。

 それを考えている。

おわり

 

 

【参考及び引用文献】

『真珠貝亭の潜水夫たち/pearl divers』小林大吾

オーディオビジュアル ©℗ 2010 FLY N’ SPIN RECORDS

 

 

 

ラムレーズンより愛を込めて

 

 

 

 「ねえ、パパ。一生のお願い」

 今年、高校に無事進学を果たした天平(てんぺい)の愛娘が、夕飯が終わったあとの居間で口を開いた。

 「む」

 天平は威厳たっぷりに続きを促す。彼は家主なので、それっぽい態度で娘の発言を粛々(しゅくしゅく)と受け止めなければ行けないと決めている。

 ユダヤ教徒におけるエルサレム、キリスト教信者におけるバチカンとも匹敵するべき神聖な場所、中野家にとってのリビングでの出来事だ。

 「アタシのお弁当を学校まで届けに来てくれるのは嬉しいんだけど、授業中の静かな時間に、ノックもしないで教室に入ってくるのだけはやめてほしいの」

 「だめかい」

 娘は肩をすくめた。

 「だめっていうか」

 恥ずかしいよ、と床に敷いてあるコーヒー色のカーペットに目線を下げて(うつむ)いてしまった。この色であればコーヒーをこぼしても目立たないし、掃除のとき楽でいいわよと嬉しそうに妻の惠美(めぐみ)が引っ越しの際に家具量販店で見つけたものだ。

 家具をそういう基準で決めるのはいかにも彼女らしい考え方だった。カーペットって何かをこぼすときのことを考えて買うものなのかな、と夫である天平は疑問に思わないわけでもなかったが、じぃっとカーペット売り場でその品物を見つめている、何かの歌の歌詞に出てきた「クラリネットを欲しがる少年」のような雰囲気が当時の恵美には漂っていて、買わないわけにはいかなかった。

 おかげで中野家のエルサレムはいつ、コーヒーをこぼしても問題のない場所となった。

 「恥ずかしいかい」

 「うん。それにパパ、その、なんていうか、とびっきりの笑顔で教室に入ってくるでしょ」

 「不機嫌そうな顔をしているよりか、いいかなと思って」

 「確かにそうなんだけど」

 あそこまで笑顔だとアタシがお弁当忘れること自体が嬉しいって感じになっちゃってるよ。なんかちょっと違う気がするの。

 天平は首を傾げた。

 違ったかな?

 うん、違った。

 「クラスでさ、パパのことがけっこう噂になっちゃってるの」

 「なんて」

 「中野のお父さん、弁当届けるの楽しそうだなって言われたりする」

 「なるほど」

 確かに。

 「ちょっと違ったかな」

 「うん」

 違った、と娘は言った。

 

 

 実際、天平にとってお弁当を娘の通う学校まで届けるのは、けっこう楽しみな日課となりつつあった。学校へ向かう車中にて、必要以上にバックミラーで今朝の自分の髪型を気にしたりもしていることは口が避けても言えなかった。もちろん年頃の女の子なので、父親の身だしなみの真剣度合いには気付いている可能性は高かったけれど、そこにかんして指摘しない優しさが彼女にはあるんだね、と彼は自分の娘を評価することにした。たぶん、妻に似たのだ。

 天兵は台所(恵美は「キッチンって言ってよ」と文句を言うけれど、どうしても天平にとっては「台所」というほうがしっくりくるので、心の中でだけそう呼んでいる)に立っている当の本人、娘の母親、つまりは彼の結婚相手を眺めてみる。

 「なに」

 何を言ったわけでもないのに睨みつけられてしまった。愛情というのはどうしてなかなか伝わらないなという真実を、改めて確認したりもした。

 「なんでもない」

 「ふーん」

 

 

              *

 

 

 「ふーん」

 そうなんですか、と柴田(しばた)君はガラスに貼り付けた専用フィルムの余った端っこをカッターで慎重にカットしながら相槌を打ってくれた。

 彼は天平より5つほど年上ではあるけれど、ガラスフィルム工歴は天平のほうが10年ほど先んじているので、彼のことを「柴田君」と呼んでいる。額を垂れる汗の量がすごいことになっていた。

 「2ミリ切っちゃっていいんだから、そんな慎重になんなくても大丈夫だよ」

 「中野さん。職長なんですから、そんな無責任なこと言わんでください」

 相変わらず柴田君の視線はフィルムの切れ端から外れることがない。とても大切なことだ。彼はとくに器用なわけではないけど、素直に言われたことを実行してくれるのでありがたかった。

 フィルムを切るときにいちばん大切なことは、そのフィルムから目を離さないことだからだ。

 二人は日本橋の、新築されたビルの現場に来ていた。

 他のガラスフィルム業者が貼り忘れた箇所があるとの知らせを受け、現場に近かった二人が急遽、発注を受けた。単品でしかも緊急だったので現場仕事としては単価の高い、いわゆる「おいしい」仕事だった。

 おまけに全作業工程をほとんど終えているので空調も完備されており、涼しい環境で作業に取りかかることができるのは、なおさらありがたかった。ガラスフィルム工は作業場が窓付近ということもあって、暑さとの闘いは仕事の常だった。それが今回は軽減されているのだ。

 「柴田君、人の話を聞いてるかい」

 「はいはい、聞いてますよ」

 「「はい」を2回続けて言う人ほど信用できないものはない」

 「はい、聞いてますよ」

 「む」

 なんだか最近は仕事中に家庭の話をしすぎるせいだろうか、どうも柴田君に軽んずられている気がしないでもない。気のせいだといいのだけれど。

 「お弁当を届けるのが日課っていう話ですよね」

 「やっぱり聞いてないじゃないか」

 違うんですか、とようやく作業を終えた柴田君が3尺脚立(しゃくきゃたつ)から降りてこっちを見た。

 「全然違うよ、僕はね、なんていうか、その」

 「その?」

 「愛について話していたんだよ」

 はぁ、と柴田君は額の汗を一度左手の甲の部分で拭うと、さっさと床に落ちたフィルムの切れ端を回収し始めてしまった。作業が終わったらすぐに片付けに取りかかるべき、という天平の教えを忠実に守っている証拠だ。

 素直すぎるのも考えもんだな、と天平は思った。

「愛、ですか」

 「そう、愛だよ。柴田君、なんでそうもさっさと脚立を片付けてしまうかな、僕の話を聞いているのか」

 「はいはい」

 「やっぱり聞いてないじゃないか」

 「はいはい」

 どうも柴田君に軽んじられている気がする。

 天平はため息を吐くと同時に、ガラスフィルムを貼りたての窓から日本橋の街並みを眺めた。晴れているにもかかわらず、どんよりと灰色に似た重たい空に鈍く照らされた東京がそこにはあった。

 愛が足りないよ、と彼は心の中で思った。

 

 

              *

 

 

 話はいつかの台所に戻る。

 いつか。

 素敵な言葉だ、と天平は思った。

 

 

 リビングに置かれた45インチの液晶テレビでは、去年のツール・ド・フランス中継の再放送が映されていた。

 「パパ、聞いてる?」

 「ん、聞いてる聞いてる」

 「2回続けて返事する人ほど信用できないものはないよ」

 確かに、そうかもしれない。

 最近、彼は娘からいろいろなことを教わっている自分がいることに気づいた。不思議と悔しさや苛立ちは湧かなかった。自分のプライドよりも、子どもの成長のほうが嬉しいからかもしれない。

 「確かに、君のいうとおりお弁当の届け方はもう少し考えた方がいいかもしれない。提案自体は僕としては、素直に受け入れたい気持ちがある」

 でもね、と天平は続けた。

 「それを君の一生のお願いとして、訊いてしまうのはどうだろうかと考えるんだ。一生のお願い、とやらはもう少し大切にすべきではないか、というのが僕の意見だ」

 「パパ」

 「なんだい」

 「お弁当を忘れないようにしろとは言わないのね」

 む。

 天平としては、お弁当をもう届けることのできない状況には(つら)いものがあった。彼にしてみれば、お弁当を娘の通う学校まで届ける楽しみが奪われてしまうのだ。その権利までも。

 それだけはなんとしても避けなければならない。

 「パパからの一生のお願いだ」

 「なに」

 「お弁当は静かに届けるようにする」

 「うん」

 「だから、どうかこれからもお弁当を忘れ続けてほしい」

 

 

              *

 

 

 もう一度、あの素敵な言葉を使わせてほしい。

 いつか。

 いつだったか、娘に訊かれたことがあった。

 「どうしてパパはガラスフィルム職人さんになろうって思ったの」

 まだ、彼女が中学生に入ったばかりの頃のことだ。

 ああ。

 いつか。

 「うーん、なんとなく、かなあ」

 「なんとなく、ガラスフィルム職人さんってなれるものなの?」

 「いや、なんていうか、その」

 なんとなく、だから良かったのかもしれないよ。

 「どういうこと?」

 「「なんとなく」っていう言葉が好きなんだよ、パパは」

 「「なんとなく」が好きなの?」

 「そうだよ」

 アイスみたいに?

 「アイス?」

 「パパ、いつもラムレーズン味のアイスばっかり食べてるじゃない」

 「うーん」

 ちょっと違うかな。

 違うの?

 うん、違う。

 それでも彼女は天平の曖昧な回答に納得したのかはわからないが、それ以上質問を重ねてくることはなかった。

 それにしても。

 ラムレーズン味のアイスなんて、気の利いたことを娘が口にしたことに、彼は奇妙な満足感を覚えていた。今の「なんとなく」の話とはあまり関連性はないけれど、そこには確かに愛があるような気がしたからだ。

 ふむ。

 天平は「キッチン」に向かった。

 冷凍庫を開けようとしたところ、彼の手をぴしゃりと叩く者がいた。

 「アイスならさっき食べたでしょ」

 妻に怒られた。

 愛が足りない、と天平は心の中で思った。

 

 

              *

 

 

 あの時はまだ世田谷区の古いアパートに住んでいて、コーヒー色のカーペットも買ってはいなかった。あの時からツール・ド・フランスが3回以上は開催されているのかと思うと、時間の流れの早さに驚いたりもする。

 「パパ」

 「む」

 「一生のお願いを今、お弁当を届けるために使っちゃっていいの?」

 娘は高校生になった。

 もう僕らと一緒にコーヒーを(たしな)むようにまでなった。

 彼女がコーヒーをこぼしたことはまだない。残念ながら、カーペットはまだその役目を果たしきれてはいない。

 「じゃあ、君にとっておきのことを教えてあげよう」

 「なに」

 「一生のお願いっていうのはね」

 「うん」

 「何回使ってもいいんだよ」

 「そうだったの?」

 「ああ」

 だから、さっきの僕の意見は忘れてくれ。

 僕がそう言うと、我が娘は巡礼者のごとく(おごそ)かに「わかった。忘れる」とうなずいてくれた。

 台所では妻が呆れた様子で僕らの会話を訊いていたらしく、「素直すぎるのも考えものね」と、腕組みをしながらつぶやいていた。

 

 

              *

 

 

 僕らは互いに影響を与え、そして影響を受けながら生きている。

 いつか。

 中野家のリビングを聖地巡礼として訪れる人も出てくるかもしれない。

 その人に僕はお願いしたい。

 どうか。

 くれぐれも台所のことを「台所」とは呼ばないでほしい。

 ちゃんと「キッチン」と呼んであげてほしい。

 僕からの、一生のお願いだ。

おわり

(第18回 了)

 

 

* 『僕が詩人になれない108の理由あるいは僕が東京ヤクルトスワローズファンになったわけ』は毎月24日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■