言葉と骨董_No.048_01

 

 

 骨董は辞書的な定義では「美術的価値や希少性の高い古物」と「今では役に立たなくなった古物」の二つの意味がある。テレビの『なんでも鑑定団』などを見ていてもそれは納得できるだろう。古ぼけて小汚い軸や茶碗が昔の珍しい美術品だと鑑定され、高値が付くと、とたんに有難く見えてくる。その反対に見た目通りのガラクタとわかれば、少なくとも所有者はおおいに落胆してしまう。役立たずだけど、価値ある貴重な古物だと思っていたのである。

 

 つまり骨董は文化だということだ。だから骨董の世界に〝素晴らしい贋作〟は存在しない。古い文化財を装った贋作だとわかった時点でそれは無価値である(加藤唐九郎が作った写し物なら別だが)。また「気に入っている酒器だから真贋や値段は気にしない」というのも嘘である。たいていの新作は骨董品より遙かに使い勝手が良く、美的にも洗練された物が多い。趣味だろうと過去の時代の文化の香りのする物を手元に置きたいと思わなければ、高いお金を出して骨董を買う人はいない。これが骨董好きにとっての絶対ルールである。

 

 ただそうなってくると、百年くらいは経っている古い物だとわかっていても、作られた場所などが不明だとなかなか手が出なくなる。もちろんこれは東アジアあたり、中東、エジプト、南米エリアだなという当たりはつけられる。しかしそんな漠然としたことではダメなのである。現在のどの国の、どの時代に作られたのか、はっきり特定できなければ骨董を持つ意味は半減してしまう。もちろん物に魅力があるからという理由で持っていてもいいのだが、骨董好きなら日頃図録などをチェックし、それが何かをはっきりさせなければならない。いつ、どこで作られたのかわかれば、物は必ず物以上の何かを語ってくれる。文章にするかどうかは別にして、骨董は〝読むもの〟である。伊万里や唐津など、すでに先人が読み尽くしてくれた物も多いが、読みが不十分なら自分なりに読んでみる必要がある。

 

 と言ってもどうしてもわからない物も多い。一番頭を悩ますのは木工品である。特に二十世紀初頭まで連綿と作られ続けた西アジアから東南アジアの木工品は難儀だ。日本、中国、朝鮮などの東アジア圏では、技法は異なるが板を切って組み合わせて木工品を作るのが一般的である。ところがアジア全域で見ると、それはもしかすると少数派かもしれないのだ。東南アジアでは小さな木工品は木を刳り抜いて作る。彫刻や模様が入っていれば、「これはインドあたりだな」などと当たりが付けられる。しかし無文のボウルや物入れは各国で大量に類似品が作られている。

 

 そういった木工品には雰囲気が良いものが多く、値段もそこそこなので骨董屋でしばしば見かける。僕も多分フィリピン、ネパールと踏んでいくつか買ったことがある。ただそれなりの数の木工品を見続けているうちに、東南アジアは本質的に混沌としているのではないかという考えが湧いてきた。もちろん現在の東南アジアは複数の国に分かれている。各国ごとにはっきりとした国家のアイデンティティもある。しかし多くの国は第二次世界大戦後に独立した。欧米列強の植民地になっていた国が多いが、それ以前は小さな王朝が群雄割拠していたエリアなのだ。歴史を遡れば東南アジア諸国の民俗・宗教は激しく変化しており、その文化は地下茎(リゾーム)のように複雑に絡み合っている。

 

 ユーラシア大陸の東半分は、上の方に西からロシア、中国、朝鮮があり、島国の日本がある。下の方は西からアラビア、インドエリアがあり、東南アジア諸国となる。中国、朝鮮、日本は王朝の興亡はあるが古くから統一国家であり、ロシアも十七世紀のピョートル大帝以降統一国家だ。アラビアもイスラーム教世界という意味で統一性がある。ただインド、東南アジアエリアになると事情が違ってくる。インドは多民族・多言語・他宗教国家であり各地にマハラジャが群雄割拠していた。インドの国境線はイギリスによる植民地化後に定まったのである。それは多くの東南アジア諸国も同様である。特に南シナ海とインド洋、太平洋に接する島嶼部になると、国家の歴史はもちろん文化も複雑になる。

 

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インドネシアの位置 * 赤線で囲んだ部分がインドネシア (Googleマップより)

 

 日本が典型的だが、島国には大陸の古い文化が残りやすい。中国や朝鮮ではとっくの昔に失われた文物が日本にはたくさんある。東南アジアで日本と同じような位置付けになるのがインドネシアだろう。ただインドネシアの地政学的位置付けは日本より遙かに複雑である。インドネシア共和国の人口は二億三千万人超の世界第四位である。領土も広いが大小一万三千四百六十六の島から構成される。インドネシアには古くからいくつもの王国が栄えたが、その版図がほぼ定まったのは十七世紀のオランダ統治(植民地)時代以降である。

 

 ただ地図を見ていただければわかるが、カリマタン島の上部はマレーシアとブルネイ国の領土であり、ニューギニア島の右半分はパプアニューギニア国である。このような不自然と言えば不自然な領土になったのは、このエリアを植民地としていたオランダ、イギリス、ドイツ、それにオーストラリアなどの複雑な力関係の結果である。昭和十七年(一九四二年)には日本に占領された。独立宣言は一九四五年八月十七日だが、オランダからの無条件独立の承認を得たのは一九四九年十二月で、初代大統領の座にはスカルノが就いた。

 

 よく知られているようにスカルノは、オランダからの独立運動の闘士だった。オランダ植民地政府によって投獄されていたが、日本軍によって解放されて日本軍に協力した。それによりオランダを始めとする欧米列強からの独立の道を探った。日本が唱えた大東亜共栄圏は、原理を言えば中東からインド、東アジアに拡がる西洋列強の植民地支配から、日本が中心となってアジアの人々を解放するという構想だった。現実には日本は西洋列強にならってアジア同朋の植民地化を進めたわけだが、スカルノは日本が掲げる建前を上手く利用してインドネシア独立を画策した。スカルノは一九六六年の政変で失脚し、大統領の座をスハルトに明け渡して軟禁状態に置かれたが、インドネシアの〝国父〟の名にふさわしい政治家だった。

 

 インドネシアは恐ろしく複雑な国家である。細かく数えれば民族は三百を超える。公用語はインドネシア語だが六百近い言語が話されている。人口の八〇パーセント近い一億七千万人がムスリムで世界最大のイスラーム国家ではあるが、ヒンドゥー、仏教、カトリック・プロテスタントのキリスト教徒も居住している。そのためスカルノは日本軍政末期に、パンチャシラというスローガンを発表した。サンスクリット語で「五つの徳」を意味する言葉で、唯一神の信仰(憲法で信教の自由は保障されるが原則として無神論は違法)、人道主義、インドネシアの統一、民主主義、インドネシア全国民の社会正義を国是とした。

 

 このスカルノの国是に基づいて、インドネシアは今も「多様性の中の統一」を掲げている。歴史が浅くても深くても、国家には必ず固有のアイデンティティがある。多民族・多言語・多宗教国家でありながら、インドネシアやインドが紛争を最小限度に留めていられるのは、建国の父であるスカルノやガンジーの思想が今も生き続けているからである。

 

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ワヤン・クルチルまたはワヤン・クリティク(著者蔵)

ジャワ島 木に彫刻と彩色 腕の部分は紙製 二十世紀初頭の作

本体 縦55・7×横23・7×厚さ1・5センチ(いずれも最大値)

 

 最初からインドネシア文化は面白そうだと思っていたわけではないが、なんとなくインドネシアの物を五、六点持ってる。恐らくすべてジャワ島で作られた物だ。写真掲載したのはワヤン人形である。正確にはワヤンを上演するための大型の人形だ。板を人型に切って両側に同じ彫りを施し彩色してある。腕の部分は紙製で、棒で動かせるようになっている。それほど古くなく二十世紀初頭に作られた物だが、壊れたら廃棄されてしまうせいか、十九世紀以前に遡ることができるワヤン人形は少ない。

 

 ワヤンはインドネシアのジャワ島とバリ島、それにマレーシアで上演されている演劇である。ジャワ島やバリ島では観光ワヤン上演が盛んなので、バカンスで行った時にご覧になった方も多いと思う。一番ポピュラーなのは人形を使うものである。舞台前面に白い幕を張り、人形の後ろから光を当てる影絵である。じゃあなぜ人形に彩色してあるのかというと、舞台後ろから彩色された人形を見て楽しんでもいいのである。ワヤンには立体的な人形を使う上演も、俳優が演じる形式もある。人形も、実は図版掲載した木製のものは少なく、牛の皮を使ったものがほとんどである。新しい様式のワヤンも次々に生み出されている。

 

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【参考】パーンダヴァ五兄弟のワヤン・クリ(影人形) ウィキペディアより

 

 ジャワ島とバリ島では、ワヤンほど人々の間に浸透した娯楽はない。ただインドネシアに深く根付いたワヤンが、国境を越えて他の国家や民族の人々の胸に訴えかけてくることは少ない。多くの人がそれを、観光用のエキゾチックで廃れかけたデモンストレーションだと思っている。しかしワヤンはインドネシアの生きた芸術である。にも関わらずワヤンが世界的なポピュラリティを得られないのは、上演様式が多様なのと同様に、その内容が恐ろしく複雑だからである。ワヤンを単純な劇として楽しめるのは、恐らくインドネシア人だけだろう。

鶴山裕司

(図版撮影・タナカ ユキヒロ)

(後半に続く)

 

 

 

 

■鶴山裕司詩集『国書』■ 

国書

 

■ インドネシア関連の本 ■

インドネシア 多民族国家という宿命 (中公新書) ジャワの芸能ワヤン 〜その物語世界

 

 

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