本棚食堂

BSプレミアム

10火曜 23時15分~

No.098_TVドラマ批評_01

 

 

 魅力的な設定だ。それがどうして、と残念でならない。料理と同じだ。素材がよいのにいじりすぎて台無しにしてしまっている。この過剰なイジリは果たしてどこからきたものか。世の中、たいていそういうときは予算か時間があり余っていることが多いようだが。

 

 小説や漫画に出てきた美味しそうな料理を再現する、というコンセプト。ようはそういうことだし、視聴者が期待するのだって、その瞬間に決まっている。ならばそれに向けて期待感を高め、期待を裏切らぬようにシンプルに仕上げていけばよいだけではないか。遠山の金さんや水戸黄門と同じなのだが、NHK、それもBSではその構成は踏襲が禁じられているのか。

 

 放映局が違っても、観ているのは同じ視聴者だ。その番組だけをじっと観ているわけではないし、そんなに暇ではない。制作を仕事としてかかり切りになっていると、それがわからなくなるのかもしれない。予算や時間の潤沢さにどれほど差があるか知らないが、あのテレビ東京の忙しげな、ちょっとぞんざいな造りが視聴者の感覚にフィットするということはある。

 

 書物に出てくる美味しそうな料理というのは、昔から幻想的なところがある。しかしとりわけグルメ漫画ならリアルに取材されたものだろうから、再現が難しいことはない。ならば設定は単純に、ブンガク的な幻想性は無用だ。料理の作り手たちを漫画にからめて少女漫画家にする必要はない。

 

 ましてその少女漫画家たちがグルメ漫画家に憧れている、という設定については、視聴者はその漫画のジャンルの微細な差異を感じとれない。トリビアとしか思えない格差から生じる夢や情熱を語られても時間潰しに映る。女編集者まで出てきて彼らを諭したり、二人の漫画家の一方の姉たちが出てきて家族物語が展開しても、視聴者についてゆく気力はなかろう。

 

 それで彼らの作り出す本棚グルメ料理は、単なる気晴らしだそうである。情熱のありかの設定が間違っているのではないか。それに従い、料理の場面はごく短い。泣いたり叫んだり諭したり和解したりのエピソードで、時間が押してしまうからだ。でもそんなに面白いエピソードなのか。

 

 たくさんの俳優を使える状況なら、たくさんの見せ場を作ってやりたい。そんな現場の想いもあるのかもしれない。けれども観るのは視聴者だ。俳優の宿命としても、テーマから外れてアピールできる魅力は存在しない。テーマが本棚食堂なら、その魅力を全身で体現して初めて俳優も認知される。

 

 本棚食堂の魅力を伝えようというのに理解できないのは、あらかじめ本のページをたどる形でその料理の出来かたから何から、ざっと見せてしまうことだ。後からそれをこしらえて食べる場面は、まったくの二番煎じになる。どう考えても、めずらしい不思議な料理をまず実写でこしらえて、エピソードとともに出典を紹介すべきだと思うが。本編のエピソードとのダブりの方が気になる、ということか。

山際恭子