鶴山裕司さんの連載エセー『続続・言葉と骨董』『第37回 スペインの陶器(後編)』をアップしましたぁ。スペイン人によるイスラーム教徒からのイベリア半島奪還運動(レコンキスタ)は、770年もの歳月をかけて行われました。しかし鶴山さんが書いておられるように、「スペインではイスラーム時代に作られた陶器作品が、ほとんど先史時代の遺物のように扱われている。その大半をキリスト教徒ではなくムスリムが作り、レコンキスタが現在のスペイン人のアイデンティティそのものだからである。いわゆるスペインは、プラド美術館所蔵のゴヤなどから始まると言っていい」わけです。

 

しかしイスラーム文化がスペインとヨーロッパに与えた影響は大きい。イスラーム神秘主義思想と呼ばれるスーフィズムの巨人・イブヌ=ル=アラビーはアンダルシア生まれです。鶴山さんは、「中世スペインでは、アビラの聖テレサ(一五一五~八二年)、十字架のヨハネ(一五四二~九一年)といったキリスト教神秘思想家が現れた。・・・スーフィズムを中心とした東洋思想がスペインのキリスト教思想家たちに流れ込んでいるのである。それは・・・イグナチオ・デ・ロヨラ・・・にも指摘することができる。・・・ロヨラの『霊操』にも神秘主義思想の色彩が濃い。日本にまで来航した宣教師たちの精神には、神の声を聞き、それに従うといった神秘主義的思想があったのである」と書いておられます。

 

どんな国・民族・宗教共同体にとっても絶対に譲れないアイデンティティはあります。一つの事件について、立場が変われば評価(解釈)もガラリと変わってしまふことはしばしばです。鶴山さんは「現代は情報化時代で・・・誰もが情報の洪水にさらされているわけだが、そこで起こっているのは開かれた知の発展ではなく、むしろ保守化である。・・・情報自体は等価だと言われるが、そんなことは絶対にないのである。情報には必ず価値判断が付いてまわる。ある〝事件〟が起こり、それが人間の精神を通して文字化され、広く伝達される際に、情報の方向付け=価値判断が生じるのである」と批評しておられます。

 

ただ鶴山さんは、「情報が価値判断を含む思想だということを理解すれば、事件は多面的なものとして認識されるようになる。それが情報化時代の開かれた人間の知の基盤を形作ってゆくはずである。・・・情報化時代ではまず一定の方向付けをされた情報を等価に扱い、ある事件の全貌を球体のように把握する全体的知性が求められる」とも批評しておられます。言葉と骨董は単なる美術批評ではなく、情報化時代の知を模索するための、鶴山さんの思考の実験でもあるやうです。

 

 

鶴山裕司 連載エセー『続続・言葉と骨董』『第37スペインの陶器(後編)』 ■