星隆弘 連載評論『翻訳の中間溝――末松謙澄英訳『源氏物語』戻し訳』(第10回)をアップしましたぁ。第二帖「帚木」の続きで「雨夜の品定め」です。『源氏』は西暦1000年頃には成立していたと言われますので、今から1000年以上前に書かれた小説です。長編小説であり登場人物も多いので複雑そうで敬遠されがちですが、読んでみるとそうでもない。「雨夜の品定め」などその典型です。
左馬頭という位の低い貴族がかつて愛人だった女について語ります。「その女の心立ては、何につけても私の為になるようにとばかり意を注ぎ、女手に余るような事さえ厭わぬのでして、不得手なことでも申し分なくこなせるように努め、真によく我が心向きを斟酌し、いつでも私の気に入るようにとまめまめしく尽くしてくれました」。でも「顔貌(きりょう)のすぐれない」女で「嫉妬(ねたみ)深さ」が直らないので別れることにした。女は男になんと言ったか。
苦笑いを浮かべて答えました、見栄えのしない暮らしを忍ぶとか、有るか無しかの出世の見込みに期待することなど、辛くもなんともないのです、真に辛いのは男がいつか品行の正しさを身につけてくれると期待して明けども明けども心疲れするばかり日々を忍ぶことです。だからきっと、別れたほうが良いのでしょう。
星隆弘 末松謙澄英訳『源氏物語』戻し訳
左馬頭さん、当時の社会では出世しても限界がある。女はそれがわかっていて男を見切っている。男に期待しているのは「いつか品行の正しさを身につけてくれる」ことだけ。それができないようなので「別れたほうが良いのでしょう」と話す。女が書いた小説ですね。
■星隆弘 連載評論『翻訳の中間溝――末松謙澄英訳『源氏物語』戻し訳』(第10回)縦書版■
■星隆弘 連載評論『翻訳の中間溝――末松謙澄英訳『源氏物語』戻し訳』(第10回)横書版■