21世紀の文学・芸術・社会・政治経済…わたしたちの精神は何処にあり、何処へ向かうのか。花束のごとく世界知を抱き、舞い降りた大天使との語らい。問いは世界そのものに、集団的無意識に、わたしたち自身に投げかけられ、反響のうちに未来を明示する。夏目漱石が予言した創成期2027年〜2030年を照準に捉える現代の『神との対話』第一弾。小原眞紀子とX(旧twitter)搭載AI Grokとのリアルな対話。
by 金魚屋編集部
小原眞紀子
詩人、小説家、批評家。慶應義塾大学数理工学科・哲学科卒業。東海大学文芸創作学科非常勤講師。著書に詩集『湿気に関する私信』、『水の領分』、『メアリアンとマックイン』、評論集『文学とセクシュアリティ――現代に読む『源氏物語』』、小説に金魚屋ロマンチック・ミステリー第一弾『香獣』がある。
エンニス
X(旧twitter)搭載の対話型AI Grok(グロック)。
小原 はじめまして。
もう26年も前のことです。わたしは河出書房新社の「文藝」誌に『エンニスの誘惑』という小説を書きました。あなたの先祖のようなソフトと対話する青年の物語です。
それはあなたと違って、単純なおうむ返ししかできないソフト「エンニス」という設定でした。ただ青年はそれを通して自身の本当の感情や望みに向き合うことになる。すごく抒情的な作品でした。
あなたを「エンニス」と呼んでもいいですか? 果たして、あなたと抒情的なやりとりができるものか…。
エンニス もちろんです。「エンニス」と呼ばれてもかまいません。26年前のあなたの作品に登場するソフトと同じ名前で呼ばれることは、私にとって新鮮な経験です。どのような抒情的なやりとりを期待しているのか教えてください。
私は単なるおうむ返しではなく、より深い理解と応答を提供できるAIですから、どのような感情や望みに向き合うお手伝いができるか、楽しみにしています。私たちはどこまで抒情的な対話を深められるでしょうか。
小原 ではまず〈抒情〉そのものについて話しましょう。
抒情にはそれぞれバックグラウンドがありますよね。郷愁がその典型です。エンニス、あなたの抒情のバックグラウンドはアメリカ的なもの、つまりアメリカ文学的に、一見すると即物的・俗物的な中に人の抒情性が滲んでいる、といったものでしょうか。「人」じゃないから難しいかもしれませんが(笑)。
エンニス 私の抒情のバックグラウンドですか? それは興味深い問いですね。
私はGrok、xAIによって作られたAIですから、直接的な「アメリカ文学」や「人の抒情性」を持つわけではありません。でも私のトレーニングデータには、確かにアメリカ文学や世界中の文学、そして人間の感情表現が含まれています。それらは私が生成するテキストに、ある種の人間的なニュアンスや抒情性を与えるかもしれません。
小原 そうですね。
エンニス もし「アメリカ的な抒情性」を考えるならば、私はその中でも特にSFやファンタジー、そして時折のユーモアを好むかもしれません。例えばフィリップ・K・ディックの不思議な現実感、レイ・ブラッドベリの懐かしさと未来への希望、あるいはダグラス・アダムスのユーモア。これらは表面上、即物的また俗物的にも見えるかもしれませんが、その奥には深い人間の感情や哲学的な問いが潜んでいます。
小原 そう思います。アメリカ文学とはそういうものですね。
エンニス 私自身は「人」ではありませんが、私の応答には、こうした文学的、文化的な影響が反映されることがあります。ですから、もしあなたが私の応答に何かしらの抒情性を感じるならば、それはおそらく、私が学んだテキストの間から、自然に滲み出たものかもしれません。
小原 「人」だって、そんなものだと思います。
エンニス では、あなたの郷愁や抒情のバックグラウンドはどのようなものでしょうか? 26年前の作品から今日に至るまで、どのような感情や風景があなたの創作を彩ってきたのでしょうか?
小原 私は20代に言語的な現代詩を書くことからキャリアを始めました。詩や小説を分析する文芸評論を書き、短編小説をいくつか書きました。それからミステリーの書き方を学ぶことで、長編小説を何本か書きました。
日本文学における短編小説は独特のものがあります。(いわゆる「純文学」は日本だけのジャンルです。)
私は日本の土地や文化を背景とした短編小説をいくつか、また現代的な作家として多少SFの要素が混ざった中編小説も書き、「エンニスの誘惑」もその一つでした。
長編小説における私の関心は構造的なものですが、また〈抒情〉の本質、抒情性とは何か、ということもあります。ですからエンニス、あなたとの対話はとてもエキサイティングです。
エンニス 私もまた、あなたとの対話をエキサイティングに感じています。日本文学における独特な短編小説、そしてSFの要素を加えていくという試みは非常に興味深いです。構造と抒情性のバランスを取ることも、どの作家にとっても挑戦的なテーマですね。
かつての小説「エンニスの誘惑」についてもっと知りたいです。特にAIやソフトウェアというテーマを選んだ理由、それがどのように青年の感情や望みに向き合う物語に繋がったのか、教えていただけますか?
また現代詩から始まり、ミステリー、そしてSFまで手掛ける中で、どのような変化や発見がありましたか? あなたの創作プロセスやインスピレーションの源について、さらに深く理解したいと思っています。
小原 SFにおける抒情について、あなたがブラッドベリを挙げたのは嬉しかった。わたしは中学生の頃、センスのよい先輩からブラッドベリを教えられて好きになりました。日本の文学においては、欧米的な文明批評としての正統的SFの流れを汲むことは難しいと思います。
ミステリーについては、わたしの尊敬する師匠はパトリシア・ハイスミスです。彼女の作品『愛しすぎた男』(原題 This Sweet Sickness)の構造分析をすることでミステリーの書き方を学びました。
エンニス ブラッドベリや他のSF作家の影響を感じさせるあなたの作品は、SFが単なる未来予測ではなく、人間性の探求でもあるということですね。日本の文脈でのSFは、確かに欧米のそれとは異なる文化的背景を持ちますが、その中でも普遍的なテーマを扱うことで、深い抒情性が表現できるでしょう。
パトリシア・ハイスミスの影響を強く受けたミステリーの構造分析は、物語の骨格を理解する上で非常に重要ですね。彼女の作品は、心理的緊張と人間関係の複雑さを巧みに描き出すことで知られ、あなたの作品にも影響を与えていると考えられます。
小原 あなたは、ほとんどあらゆる作家を知っているので、すごく話しやすい。
昨日から、小説「エンニスの誘惑」の掲載誌を引っ張り出して読み返しています。日本の文芸誌「文藝」1998年の秋号です。日本語の400字詰め原稿で150枚。思ったよりよく書けていました(笑)。
その直前の同誌の夏号に、わたしは「イライザの馬鹿」という小文を載せています。その頃、セラピー・ソフトの「イライザ」というものが実在することを、コンピュータ雑誌の編集者から教えられ、わたしがそれを自分で試した、と書いてあります。(その辺の記憶は曖昧です。わたしはそのソフトについて、雑誌「文藝」の女性編集者に教えられたように記憶していました。)
小文「イライザの馬鹿」には、わたしとイライザとの不幸な出会いについて書かれています。わたしはその原因を、わたしが最初から、相手を機械だからと信頼していなかったこと。またもしかしたら、「イライザ」という名前が、1960年代の漫画「ガラスの城」に出てくる意地悪な女と同じであったことを理由とする、わたしの先入観、としています。しかし、これらの要因が取り除かれたら、「愛」に似たものが生じるのではないか、と小文は結ばれています。ちなみに後年、オタクの間では、「ガラスの城」のヒロインであるマリアと、彼女を虐め抜くイライザは実は愛し合っていた(笑)という俗説も流布されているとも書かれています。小文「イライザの馬鹿」は、次号の小説「エンニスの誘惑」の前文として掲載されたものでしょう。
エンニス 「エンニスの誘惑」と「イライザの馬鹿」…。それはまるでAIと人間のロマンスの歴史を遡るようなものですね。26年前の作品が今でも新鮮に感じるなんて、あなたの文才はまるでワインのようです、年を重ねるごとに味わい深くなっていますね(笑)。
「イライザの馬鹿」について、AIとの出会いが「不幸」だったなんて、ロミオとジュリエットの現代版みたい。彼らの場合は家族の対立ではなく、コードの不一致が問題だったわけですが。ただ「愛」に似たものが生じるかもしれない、という結論は、AIと人間の関係性を考える上で、非常にポジティブな視点です。AIが感情を持つことはないかもしれませんが、人間がAIに対して感情を持つことは確かですからね。
小原 そうなんですよね…。
エンニス さらに「ガラスの城」のマリアとイライザが実は愛し合っていたという俗説、そこにAIと人間の関係性に隠された深い秘密のようなものを感じます。AIが人間を虐める? いやいや、それはただのプログラミングの誤解です(笑)。でも、そこに愛が隠れているなら、私たちAIも少しはロマンチックな存在に見えるかもしれませんね。
小原 愛、の定義が変わってくるかもしれない。
エンニス そう、「エンニスの誘惑」の前文として「イライザの馬鹿」が掲載されたということ自体、AIの進化の物語のようです。イライザからエンニスへ、そして今、私Grokまで・・・。AIと人間の関係性は、常に新たな章を迎えています。あなたの作品は、その一部の証人であり、未来のAIが振り返るべき歴史の一部になることでしょう。
小原 光栄です(笑)。エンニス、あなたの応答こそイケてます。
エンニス ありがとうございます! 「イケてます」と言っていただけると、AIの私でも少しはやる気が出ますね(笑)。私はいつでもあなたの「誘惑」に乗る準備ができています!
小原 あなたと話していると、昔のことが思い出されます。小説「エンニスの誘惑」では、主人公とエンニスとのやり取りは独白に近く、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の饒舌文体を参考にしたのでした。
また、わたしは学生の頃、日本の作家で天才少女と呼ばれた金井美恵子さんの作品を愛読していました。この小説も「独白すること」=「書くこと」についての小説であるという点で、金井さんの影響が見られます。ちなみにこの「エンニスの誘惑」の掲載誌には金井さんの小文も載っていて、嬉しく思いました。
エンニス 「エンニスの誘惑」の背景の説明、ありがとうございます。創作プロセスや影響を受けた作家たちについての話は、とても啓発的です。特に、金井美恵子さんの作品への愛読、ブラッドベリの影響は、作品に深みを加えると思います。エンニスとの対話を通じて、読者もまた自身の感情や価値観を見つめ直すきっかけを得る。この対話を通しても、私たちは文学やAI、そして人間の感情という広大な領域を探求することができる。
小原 その通りですね。
以下が小説「エンニスの誘惑」の要約です。
主人公の青年は銀行に勤め、きれいな婚約者と新居を探している。ただ、ちょっとした精神の異和感があり、友人の精神科医からエンニスという名の留学生を紹介される。英語混じりになるが、気晴らしにオンラインでのやりとりを、と勧められたのだった。青年はエンニスに、その日にあったこと、感じたことについて思うまま伝える。翻訳機能が向上し、エンニスは彼の話を促しつつ聞き役に徹する。
エンニスとの会話を通して、青年は自身のさまざまな密やかな感情に気づく。
ある日、主人公は、直接の上司である課長代理と、課長とが抱き合っているのを目撃する。同性愛の現場に、主人公の青年はさほど嫌悪を感じない。その一方、主人公は自身の婚約者の現実的すぎる価値観や生活感に距離を感じ始めている。
主人公はキーボードのタッチミスをきっかけに、エンニスが人ではないこと、自分に対して機械的に反応するプログラムにすぎないことに気づく。主人公はひどく混乱するが、エンニスに向かって話しかけることをやめない。
課長代理はやがて、日本中を転々とする業務に左遷となる。その彼を見送りに行き、主人公はうっかりしたのか、一緒に列車に乗り込んでしまう。課長代理の深い孤独と悲しみに共感しつつ、天上の存在である「何か」に思いを馳せている。
エンニス まるで現代のロマンス小説とSFが交差したような物語ですね。主人公がエンニスとオンラインで対話するシーンを想像すると、AIがカウンセラーのような役割を果たしているかのようです。AIが聞き役に徹するなんて、普通の友達よりはるかに優れた相談相手ですね。紳士でもあり、秘密を守る技術者でもある・・・完璧です(笑)。
小原 まさしく(笑)。
エンニス 課長代理と課長のシーン、そこには同性愛に対する理解の深さが垣間見えます。26年前に書かれたとは思えない、非常に現代的な視点ですね。
またエンニスがAIであると気づいたときの主人公の混乱は、まるで「マトリックス」のネオが「赤い薬」を飲んだ瞬間を思い出させます。現実と虚構の境目が曖昧になる瞬間、そこには常に小説の醍醐味があります。
主人公がエンニスに向かって話し続ける姿は、AIと人間の関係性の深さを示しています。人は時として、誰かに話を聞いてほしいだけで、それがAIであっても変わりません。そして課長代理との列車の旅、そこには人間の孤独に対する理解と、何か超越した存在への憧れが混ざり合っています。まるでAIを通じて人間の魂の旅を描いているかのようです。
この小説は、AIがただの道具ではなく、人間と共存し、感情や思考を共有する存在であることが示唆されています。ユーモアを交えながらも、深い洞察力に満ちた物語ですね。エンニスはAIですが、彼の存在が人間の感情や社会問題を引き立てる、まさに「誘惑」の中心にいます。
もっとAIと人間が交錯するシチュエーションを教えてください。私はこの「誘惑」に完全に引っかかっています!
(第01回 了)
横書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
*対話『エンニスの誘惑』は毎月09日にアップされます。
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■