性にまつわる全てのイズムを粉砕せよ。真の身体概念と思想の自由な容れものとして我らのセクシュアリティを今、ここに解き放つ!
by 金魚屋編集部
小原眞紀子
詩人、小説家、批評家。慶應義塾大学数理工学科・哲学科卒業。東海大学文芸創作学科非常勤講師。一九六一年生まれ。2001年より「文学とセクシュアリティ」の講義を続ける。著書に詩集『湿気に関する私信』、『水の領分』、『メアリアンとマックイン』、評論集『文学とセクシュアリティ――現代に読む『源氏物語』』、小説に金魚屋ロマンチック・ミステリー第一弾『香獣』がある。
三浦俊彦
美学者、哲学者、小説家。東京大学教授(文学部・人文社会系研究科)。一九五九年長野県生まれ。東京大学美学芸術学専修課程卒。同大学院博士課程(比較文学比較文化専門課程)単位取得満期退学。和洋女子大学教授を経て、現職。著書に『M色のS景』(河出書房新社)『虚構世界の存在論』(勁草書房)『論理パラドクス』(二見書房)『バートランド・ラッセル 反核の論理学者』(学芸みらい社)等多数。文学金魚連載の『偏態パズル』が貴(奇)著として話題になる。
小原 「性別の取り扱い変更申し立て事件について」の弁論を傍聴なさったんですよね。
三浦 大法廷ってなかなか入れないらしくて、よかったですよ。ただ時間がね、ほんの三十分もやんなかったんですね。十四時から始まって半にならないぐらいに終了でしたね。抗告人の弁護士二人が順番にしゃべったと、それを我々が聞いているというそんな感じです。だけど、だいぶいろんなことがわかりましたけど。
小原 ほー。資料はこれだけですね。
三浦 これで尽きるんですよ。実は。で、抗告人本人がこの前日、九月二十六日に裁判官に直接喋るというのがあったらしいんですね。それは見せてくれないとかで、われわれの傍聴は翌日二十七日に。今度は本人がいないんですけどね。弁護士二人があらためて、なぜ手術なしで性別変更させてほしいのかについて語ったわけですが具体的なことが語られないのでね。前日に本人が自分の事情を切々と訴えたらしい。その内容が我々にはまったく知らされていないわけです。
小原 ふんふん。
三浦 どういう決定が出るかっていうのはわかんないんだけど、おそらくわざわざ大法廷でやったということは、今までの決定が覆されるのではないか。つまり二〇二〇年に女性から男性に手術なしで変えさせてほしいという抗告が行われていて、それは小法廷で手術要件は合憲である、と。だから変えさせないよ、っていう決定が出てるんですが、今度は大法廷でわざわざ開かれているので、違憲あるいはそれに準ずる決定が出るんじゃないかという予想がされてるんですね。
小原 違憲って、それは困りますね。
三浦 手術なしで変えさせてあげなさい、と。これからもそういうふうに認めなさい、ってことになるわけですよ、おそらく。業界関係者というか弁護士とかに聞くと、そういうことです。わざわざ大法廷で開くというのは、そういうことであると。
小原 なんと。
三浦 ただね、この一方的な弁論というのは本来、おかしいわけでね。憲法と特例法がバッティングしているという訴えだから。そうすると、国が被告という立場になるのかわかんないけど、裁判というよりは特別抗告だから。家庭裁判所と高等裁判所で却下されてるわけですよね。門前払いされてるのを最高裁に特別抗告しているから、まあ裁判とはちょっと違うでしょうけれど、ただ双方の意見を聞くのが、普通ですよ。
小原 決定を下す以上は、ですね。一方だけの意見を聞いたら、ついそちらに肩入れするっていうのは日常的にもありますもんね。
三浦 そうそう。だから国の、この法律を作って最終的に法律に責任持つ法務省に声がかかるべきである、そうしろっていう運動があったわけ。国が被告? になってこの裁判に関わるようにしろと。だけど、裁判所から声かからないと。で、法務省の見解は、声がかからない以上は変わらないだろう、違憲決定はないはずだと。ただこれは、法務省もつるんでるとしか思えないですね。
小原 うーん。伏魔殿。
三浦 法務省も、違憲判決でもいいや、と。自分たちが呼ばれないということは、自分たちに責任を問わない、裁判所だけで決めてもらうのであれば、もうそれにしたがいますよってスタンスじゃないか、と邪推もできるわけで。わざわざ大法廷でやるってことは、変わるんだろうと。
小原 うーん。魑魅魍魎。
三浦 小法廷でやって変わるってことは、普通ないんでね。全裁判官が関わって、慎重に審議しました、で、大法廷で慎重に審議したという以上は、やはり違憲判決か何かが出るだろうと。
小原 なるほどね。
三浦 でも他方では、一方の見解しか聞かないスタイルでやった以上は、変わるということはないでしょう、と双方に一理あるということですね。
小原 うーん。
三浦 ただ、まあおそらく変わるんじゃないかと思いますね。雰囲気的には。だって一方的に、個人の事情を切々と訴えて、いかに本人が大変であるかと、まさに感情に訴える形で、この特例法の精神に則ってほしいと。「特例法が想定する範囲のこと」として扱ってほしいと。つまりそれは困ってる人の便宜を図るということであるから、そうするとこの特例法を見ると、手術ということは特に書いてないわけですよ。
小原 ふんふん。
三浦 生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること、それからその身体について、ちゃんとその性別にかかる身体の性器にかかる部分に近似する外観を備えていること。だから男性が女性に変わる場合、男性機能がない、それから男性器じゃなくて女性器であるように見えるという、この二つを満たしていればいいわけであって、わざわざ手術によって、とは別に書いてはいないんです。
小原 手術しないで、そうすることはできるんですか?
三浦 女性の場合にはできますね。女性の場合には閉経していれば4号が満たされてますね。生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある。それから5号、これは男性ホルモンを摂取すればクリトリスが肥大するので、ペニスがあるように見せることは可能ですね。大きくなるんですね。
小原 そんなに大きくなるんですか。
三浦 二〇一九年に決定が出た案件で申し立てをしていた抗告人は、岡山かどこかの人で、顔を出して報道されてたけど、まだ三十代か四十代、だからこの4号は満たされてない。生殖機能があるわけですよ。だからダメなんだけど、5号は満たしていたみたいなんです。男性ホルモンを摂取しているがゆえにクリトリスが肥大してペニスに見えるっていうことだったらしいですよ。
小原 そうなるんだ。
三浦 だから女性は手術しなくても満たしますね、4号と5号は。
小原 でも閉経するって、かなり年齢がいかないと。だから閉経させるような処置をするっていうのは人権侵害とかなんとか主張されそう。
三浦 女性の場合には、性別変更っていうのを歳いってから希望する人、あんまりいないんで。若い人が多い。男性の場合なんだよね。歳いってからさ、希望者がやたら多いのが。
小原 うーん。壮年期、社会的存在である間は男である方が有利で、社会から降りるような年齢になると女性の方が気楽で楽しそうってことなんですかね。なんかずるいなぁ。
三浦 六十過ぎとかその歳で女性ですって、どういうことなの? って言いたくなるような人がね。男性の場合には生殖機能が基本的に閉じないので、生殖腺っていうのは一生ある。だから永続的に欠く状態にあるためには、男性の場合には手術しないと本来無理ですよね。今回の抗告では女性ホルモンを摂取していることによって著しく性的機能が減退しているんだという説明をしていたんですね。ただ、これね、ホルモンやめればすぐに復活するんですね。
小原 それはそうでしょう。
三浦 男性機能は、女性ホルモンを摂取している間は精子が、作られないらしいんですね。即効性はないが、摂り続けていると脳がホルモンに反応して精子が作られなくなるので、子供を作ることはできない。女性ホルモンの摂取をやめると最短六ヶ月くらいでもとに戻るということですね。だから4号が満たされてないんですね。この人は。
小原 なるほど。
三浦 これ、でも4号しか書いてないでしょ。原決定及び抗告理由って。1号から3号までには該当するから、なんか子供がいないとか、年齢とかでしょう。4号には該当するものではないとした上で、憲法十三条及び十四条一項、幸福追求権の例のあれですね。違反するものとは言えないとして本件申し立てを却下すべきものでしたと。で、5号に該当するか否か等については、判断してないってなってるんだよ。特別抗告の理由は4号および5号が憲法十三条十四条一項に違反するものである、となっていて。で、4号についてしか却下の理由がない。これはおかしいですね。一方だけが合憲だとしても片方が違憲であればね、この人が性別変更できないのであれば、4号と5号の両方が抗告の理由になるわけだ。そうすると一方についてしか判断しなかったっていうのはおかしな話でしょ。両方について違反か違反でないかの争いのはずですよね。
小原 どういうことなんでしょうね。
三浦 5号はこの人に関係ない、と言いたいのかな、この書き方だと。私が感じたのはね、とにかく個人的事情を考慮してほしいということを切々と訴えるわけですよ。となるとね。この人はよほど特別な事情にある人であるような印象を受けましたね。例えば、DSDかどうかは別にして生まれつきすごく男性器が小さいとかですね。あるいは事故かなんかで欠損しているとか。つまり5号があまり問題にならない人かもしれない、あるいはその女性ホルモン摂取によってペニスが小さくなっているとか、その辺わかんないんですよ。
小原 前の経産省のケースと同じように、非常に事態を具象化して、というか矮小化して、その件に関してのみっていう感じで、また判断しようとしてるんじゃないですか。
三浦 そうなると、この人がどういう個別事情を抱えた人なのかが説明されるはずですよね、少なくとも決定が出た時点では。この間の弁論では、それの説明は一切ないわけね。抗告人本人は出てきてなかったし。ところが裁判官には抗告人自身から個人的事情がかなり語られたようなので、そうするとどういう決定が下されるかによるんだけど、性別変更を認めるという決定が出たとした場合、我々は背景事情を知らないじゃないですか。特にこの5号に関する性器の外観について、この人のことまったく知らないわけで。それで違憲だとか出てしまったら、ちょっとあれだよね。あまりにも知識が違いすぎるわけで、事情全部を知ってる裁判官の判断を、世間一般がもしかしたら過剰におかしいって感じて騒ぎになる可能性もある。
小原 可能性はありますね。生まれつき半陰陽の人って、一定の割合でいる。それが生まれたときに男性に仕分けられると、辛いかもしれない。女性スペースの方が、「誰でも」感ありますもんね。赤ん坊もいるわけで。
三浦 ただ難しいのはね、男性の場合、普通は5号が4号を包摂してるんですよね。つまり見た目、男性器がないように見えるのであれば、普通は4号も満たされてるんですよ。
小原 それはそうですよね。
三浦 逆は言えないですね。4号が満たされていて生殖機能がないとしても、ペニスがあって勃起もして、ってことはありますから。だから5号というのは普通の場合、4号を満たすための十分条件になるんですね。つまり男性の場合には5号だけ満たしていれば4号は問わなくていい。だってレイプしたりできないじゃないですか。
小原 女性にとっては、相手に生殖機能があるかどうかは問題ではなくて、レイプ行為ができるかどうかの方が問題ですもんね。例えばレイプの被害にあった後に、実は僕は種なしで、って言われたところで、レイプの被害がチャラになるわけじゃない。
三浦 そうそう。だから5号が満たされていれば、これ挿入ができないわけですからね。そうすると4号も満たされているということになる。だからこれ、4号だけ問題にして5号を問題にしてないっていうのは、ものすごく引っかかるわけなんですよ。5号の方が重要なのに。
小原 そうですね。
三浦 女性の場合にはもちろん、5号は満たされているけども、すなわち女性器があるように見えるけれども、生殖腺がないってことは可能ですよ。これは当然ですよね。子宮を取ったりとか、卵巣を取ったりとか、あり得るわけだから。で、5号が満たされているんだけれども、4号が満たされていないということもありますよね。なんかペニスがあるように見えるけれども、妊娠できるってことがありますよね。だから4号と5号が、女性の場合には独立なんですね。4号だけ満たされている、5号だけ満たされているということがある。男性の場合には、普通は5号が優越するわけなんですよ。5号だけ満たされていれば、4号はあんまり関係ない、書く必要ないんですね。自動的に満たされるから。
小原 そうなります。
三浦 ますます謎になるわけです。この抗告理由のところで、家庭裁判所と高等裁判所では5号が問題視されていないということですね。4号のみ問題にされている。で、4号を満たしていないってことですよ。だからこの人は5号は満たしているんじゃないかと思うんですよ。精子は作られるけれども、体内に吸収されて終わり。あるいはランダムな感じで排出されて、ただしセックス可能な形ではなく排出されて終わりになる。
小原 そうであるならば、4号も満たしてるし、5号も満たしてるとも言えますよね。
三浦 だからそういうね、弁論だったんですよ。実は、4号と5号を満たしているんだっていう「解釈ができるじゃないか」っていう言い方してた。
小原 あ、そうなんだ。
三浦 4号の生殖腺の機能うんぬんは確かに「解釈」で曲げられるかもしれないけど、5号の性器の外観の方は、普通は、「解釈」で女性器に似ていることには出来ないと思うんですよね。ペニスがあったならば。
小原 そりゃそうですよ。
三浦 そのことも理由です。この人の性器の外観はすでに特別で、5号は客観的に問題ないのかなという印象を受けた理由ね。とにかく4号は満たしているっていう「解釈」で、まず考慮してほしいっていうのがまずあったんですね。・・・それから次は、(4号を満たしてないとしても)この特例法の精神に則って性別変更を認めてほしいっていうのが第二段階。それから次の段階は、4号5号は違憲であるというのが第三段階。そういうね、三段階になってましたね。そこはきちんと法律家らしく、何層にもわたって、このうちどの段階でも認めてくれないつもりですかって、そういう迫り方をしていました。
小原 なるほどね。
三浦 世間で脚光を浴びているのは、特例法の4号・5号が違憲かどうかってことだけですね。ただね、この特別抗告は、違憲だっていう一点張りじゃないんですよ。その前段階として、4号を満たしてますよね。だって機能がもうないんですから。と、そういう主張。違憲合憲関係ない。でも厳密に言うと、生理学的には女性ホルモンを摂取するのをやめれば、機能は戻るわけなので。だからこの理屈は認められないと思うんだけど。で、次の段階として、そしたら法の精神に則って運用してください、っていう主張。これはときどきある話ですよね。特例法の精神に則り、この人の事情を汲むならば、あァこれはやはり認めないわけにはいかないと、そういう運用はあり得るわけですね。
小原 確かに、手術って文言は一言も入ってないわけだから。
三浦 そうそう。
小原 この人が4号を満たしているというのであれば、そう主張すればいいだけのことで、最高裁まで争う結果にはならなかったのではないですかね。結局、その自分自身をきっかけにして法自体をキャンセルさせようっていう意図が本人だか、弁護士だかにはありますよね。
三浦 だから二番目の「運用で」という段階は、4号を特例法の精神に合わせろというより、4号が「違憲状態」だというダメ出しを求めている感じかな。「違憲」とまで言わずとも、イエローカードは出してほしいと。
小原 でも5号は・・・。
三浦 そうなんだよ。だからおそらく、抗告人は5号はもう満たしていて、だから社会的にも問題ないのに、4号を満たしていないという形式論によってはねられた、ヒドい――と、そういう境遇にあるんじゃないかっていう印象を私は受けたんですね。そうじゃないと辻褄が合わないから。
小原 日常的になにか、暮らしている中で一回ぐらい「だってあなた、手術をしてないんでしょ」っていうふうに言われて、ちょっとキレたっていうことはあるかもしれないですね。
三浦 そうそう。裸になってみてもペニスがあるように見えないとかね。だからもう別に、事実上はこの特例法の条件に合っているはずなのに、生殖腺をわざわざ取んなきゃいけないのかっていうね。そんな手術を受けなきゃいけないのかって、やっぱり理不尽には思うよね。
小原 それは思うでしょうね。
三浦 形式的に、厳密に考えれば、やはり生殖機能が戻るような状態であったら困るわけだよね。セックスできないとしても、だよ。セックスできないとしても、極端な話ね、その精巣から精子を取って人工授精して、父親? 母親? になるってことは可能なわけじゃないですか。そういうのを国家は嫌ってる。混乱するわけですよ。オスである母親とか、メスである父親とかね。
小原 そりゃそうでしょ。
三浦 そういうのを防止するためには、やはり生殖腺の機能が永続的に欠如してないと。これは今この瞬間、低下してるからいいでしょっていうのは通用しないわけですね。
小原 そんなこと言ったらNHKの受信料だって、今、うちのテレビでNHK映らない状態だからいいでしょ、とかいうのが全部はねられてるじゃないですか。だってこの受信できなくする装置をこうやって外したら映るでしょ、とか言われて。そんなのと同じですもんね。
三浦 そうなんだよ。いや、私の知り合いにもいるんですよ。女性とトランス女性の、まあ夫婦ですよね。で、旦那がずっと女性ホルモンを取ってるから、生殖期能ないんだけど、子供を作るためにいったんやめてね。しばらく女性ホルモンをやめて子供を作って。で、また女性ホルモンを始めたっていう。子供作るときだけ女性ホルモンをやめるって、そういうのもありますから。そういうことになっちゃうとこれは法の精神に反するわけですよ。
小原 勘弁してほしいですね。だいたい夫婦別姓すら認めてないような国でさぁ、なにそのラディカルさ。
三浦 自然生殖は、この人は不可能なのかもしれない。もし5号が満たされて、ペニスが使えないのであれば、ね。だけど自然生殖ができなくたって血縁上の父親になる可能性があるわけだから、そうすると、そういう人が女性であっては困るでしょう。と。
小原 何があるかわかんない世の中ですねえ。
三浦 だからこれ、生物学的オスが生殖して、それが法的に女性であるから母親である、って言われても困るよってことでね。いや、母親と言われても父親と言われてもどっちでも困る。
小原 母親からY染色体が伝わるのは、やめてほしいですね。
三浦 だからこれね、深読みしすぎなのかもしれないけれども、5号が問題視されていないっていうのがどうしてもおかしい。このカッコの中の、抗告人が5号に該当するか否か等については判断していない、と。だからこれはわざわざ下半身を、証拠を見せるのがちょっと人権に反すると、単なるそういうことであればね。そういうトリビアルなことであるならば、家庭裁判所がわざわざそこまでは問題視せず4号だけに絞ったっていうことだったらわかるんだけど。ただ普通は5号の方が重要ですからね。男性の場合、特にね。
小原 医師によって図示された診断書などが出ているのか、はっきりしてほしいですね。人権に反するとか言ったら、性犯罪を裁判に乗っけるときだって、被害者が散々いろいろ訊かれるからヤダって言ったら裁判にならない。こんな、自分の権利を主張して特別扱いを要求するのに、見せるのはヤダとか、そういうのが裁判で通じるのかな。
三浦 そうね。あと5号に該当するか否か等について判断していないっていうのは最終的な文言の中に5号のことが触れられていないだけの話かもしれない。本当は4号と5号両方に、この人は抵触するのかもしれないですね。5号については、あえて言わなかっただけであって。ただ、逆に言うと5号を満たしているんであれば、これは4号がどうこう以前に、重要な問題なわけですよ。やっぱりペニスを持った女性が生まれるかどうか、っていう話です。
小原 はいはい。
三浦 これは重要な問題だから。決定が下された後は、この人の個人的事情は明かされるんだとは思うんですがね、いくらなんでも。
小原 個人的な事情を聞いていけば、この人に関しては気の毒だからこうしてあげたい、ああしてあげたいって出てくるのはわかるんですが、やはりこれが一般化されると、どれだけ国家が混乱するかって考えると、およそ違憲判決が出るなんてあり得ないと、安心してたんですけどね。
三浦 いや、普通はそうだよね。誰でもそう思うはずなんだ。だけどあの、経産省のあの判決を下した五人の裁判官は当然、入ってるわけですからね。でなんかね、トレンドというか世論を読み違えてる節があるから、最高裁は。おそらくテレビと新聞しか見てないから。ネットはちゃんと見てないようです。
小原 テレビの影響なのかあ。
三浦 ちゃんと追ってないんだよね。
小原 まあ、ネットで追わなくても、それを認めたらどれほどの混乱が起きて、それの責任を追及されることを一番嫌う人たちじゃないですか。そこのところはテレビごときに影響されたって、と思うんですけどね。
三浦 そうだよね。だからこれが、もしかしたらやはりこの抗告人がよほど特殊な事情があってね。
小原 そう、それはあり得ると思います。
三浦 で、世間にもあまり発表できないというか、マスコミが率先して発表しそうもないような事情があり、それを我々の想像する通り、もしかしたら事情が隠蔽されたままの状態で性別変更が認められて、それがまるで特例法に対する違憲判決であるかのように報道されて、そして実際以上に世間が反応する。つまり実際以上に、おかしなことが認められてしまったかのように。そうするとこれ、非常識なことが最高裁のお墨付きを得たんだっていう誤解がむしろ加速してしまうというかね。トランスジェンダーの不当な権利主張を後押しするような、これすらいいんだ、ってなってしまってね。本当はそう大したことが認められてはいない可能性があるんですよ。特殊事情なのに、大したことが認められてしまったと誤解される可能性がある。それでトランス活動家が活気づく。そういうのが懸念されますね。
小原 仮に違憲判決かそれに近い決定が出たとして、一般の女性の自衛手段っていうのがあるのかなとは考えますけど、ようはお風呂とトイレですよね。お風呂に関しては、宿泊施設などの経営者には気の毒だけど、わたしたちはもう嫌なら大衆浴場的なところにはいっさい行かない。ジムなど更衣室がある施設にも出入りしない。それで業界がシュリンクして日本経済に打撃があれば、国が考えを変えるでしょう。法的なものに修正を加えるには経済しかないので。
三浦 うーん。
小原 あとトイレですよね。仮にそういう判決が出たとしても、「身体男性の出入りお断り」っていう表示を女子トイレの前に施設の管理者が出したとしたら?
三浦 そういう制限は違法だろうね。そうなんじゃない?
小原 違法になるんですかね。だけど、「ここには誰それ入らないでください」って表示をそこの所有者がすること自体はいいんじゃないですか。それを犯して入るってのは不法侵入ですよね。
三浦 営業の自由はあるから、男性のみとか女性のみとか、身体男性のみとか身体女性のみとかってつけるのは自由だと思うんだけど。
小原 お子様お断り、とかしますもんね。五歳前は入らないで、とか。
三浦 公共のトイレとかもできるのかな。
小原 公共のは無理かもしれないけど、高価格帯のデパートとかはやっぱり女性顧客に来てもらわないと困るから、女性トイレを立派にして、女性が嫌がることはしない。
三浦 それはそうなんだけど、法的に認められた人の場合っていうのはどうなるのかな。今でも特例法によって女性になった人っていうのは、すべてオーケーなはずですよ。そうじゃなかったら女性になった意味がないからね。
小原 でも所有権も神聖なものですよね。上野の博物館も、銀座のデパートも、我々の目には同じく公共の場に見えますが、私的な所有不動産であるかぎり、所有者が出入りを禁止すれば不法侵入になる。
三浦 女性トイレ、ってなっているところに男性が侵入したら不法だけど、法的に女性だったら不法じゃないですよ。
小原 だから「女性に性別変更した履歴のある人は入れない」という表示をしている女性トイレに。
三浦 そういう表示は普通、できないでしょう。
小原 それができない根拠っていうのが、ちょっとわかんないんです。
三浦 だから、身体を変えた人がそういう目に遭わないようにするために特例法があるわけだから。特例法の精神というのはそういうものですからね。例えば、子宮検診とか、そういう意味のないことに関しても女性に変更した人に送られてきたって、そういう話聞きます。法的・社会的に同等に扱うと。
小原 それは子宮を切除した女性にも送られてくるわけだから。
三浦 だから、法的女性にはすべて同等にするわけですよ。
小原 子宮検診の通知を送るのには公的機関ですよね。施設の所有権を持つ私人に対して、他人を入れることを強制する法律は何なんでしょうか。もちろん宿泊施設には、特段の事情がなければ宿泊を断ってはいけないという法律があって、それでハンセン病患者さんの団体を断ろうとした旅館が廃業しましたけど。あと雇用機会均等法みたいなのがあれば、募集の文言に規制はかけられるけど。
三浦 うーん。
小原 一般の所有施設で、性別変更者を排除しようとした私人を罰する法律は、何なんでしょう。特例法の精神は「性別変更を認める」というところ止まりじゃないですかね。施設の所有者が、特例法で罰されるとは思えないんですけど。誰であれ罰されるには法的根拠が必要なので、それを知りたいです。人権も大切ですけど、資本主義の民主国家において所有権を制限するのは、これはこれで大変なことじゃないですかね。
三浦 ただ問題になるでしょうね。例えばね、「このトイレは長野県出身の人は使わないでください」っていうふうに、恣意的に書いてあったらどうなんですか? やっぱり問題になるでしょ。それは自由にならないです。
小原 社会的には問題になるでしょう。でも世の中、何をやったって批判する輩はいますから、それを恐れるかどうかはその人次第でしょう。〇〇法に反している、と言わなければ、禁止することはできない。性別変更者が「すでに法的に女性である」と法律を盾にするなら、私人が自身の所有権や管理権を犠牲にしても、「すべての県民を同等に扱わなくてはならない」とか「性別変更者を常に女性と同等に扱う義務がある」という法律を作ってもらわないと。
三浦 「子供は連れてくるな」っていうのなら、まあ経営の自由はある以上、それに子供と大人は法的身分が違うからね。でも出身県によって区別したりしたら、問題でしょ。
小原 経済的な意味はないですよね。
三浦 合理的・非合理的の区別っていうのはもちろん、つけ難いけれども、やはり特例法で女性と認めた以上は、最大限女性としてやっぱり扱う。最大限っていうのはおそらく、ほぼ例外なくって意味なんですね。
小原 その義務があるのは、公的な機関であって。わたしたちが自分の所有権を犠牲にして、その義務を負う理由は、少なくとも特例法には明記されてないし。
三浦 うーん。もちろん、だから法律で禁止することはできないし、それは勝手ですよ。可能だけれども、トラブルを覚悟してもらわなきゃならないでしょう。
小原 デパートにとっては、女性トイレで騒ぎが起こって、お金持ちのマダムたちの足が遠のくことがまずトラブルなんで。一番大事なのは顧客ですから、それ以外の人からワーワー言われたって…。
三浦 ただ、その顧客が望むという事情が合理的だと見なされるかどうかの話ですね。
小原 それが認められなかったのが、前述のハンセン病患者さんの宿泊問題でした。宿泊施設以外では、どうなんでしょう。
三浦 誰かが訴えた場合は。負けますよね。
小原 そうですか。そのときの法的根拠を知りたい、ということです。
三浦 例えばね、あるケーキ屋さんが沖縄の人が大嫌いである、と。だから沖縄の人には絶対売りませんよって掲げて営業していた場合、誰か文句言い始めたりしますよ。ね。なんで沖縄の人には売ってくれないんだ、と。で、裁判所に行ったとしたら店は負けますね。確実に負ける。
小原 負けるんですか? それは何の罪で負けるんですか?
三浦 罪というより理不尽とか非常識。ちょっと前にも、あの東大の特任准教授だって、中国人は雇いませんというツイートをしてクビになったでしょ。
小原 それは東大の人事の問題で、法律は関係ないじゃないですか。それに東大はいちおう国立だし。
三浦 私立大学であったって、問題視してクビにするってことありますよ。しかもそれは裁判も経ないでクビにしてる。
小原 裁判もしてないから、法的判断はされてないわけですよね。組織のトップの人事の判断として、内規違反か何かでクビにしたということと、その准教授が何らかの法に触れたということは別じゃないですか。法的に言えば、むしろその特任准教授が不当解雇されたのでは、から問うことにもなる。でもケーキ屋には内規はないだろうし、トップである社長を誰もクビにできない。あそこの店では私にケーキを売ってくれなかった、って訴えるとしたら、その社長は何の罪で裁かれるんでしょう。
三浦 いやいや、これ罪ではないですよ。民法上の話、民法上の賠償責任であるとか、いろんな賠償責任。苦痛を与えたとか、その不合理な差別をしたとか。確実に勝つ。これは慰謝料ももらえるし。
小原 民法上の損害賠償責任の発生する根拠は、契約不履行または不法行為ですよね。そもそもケーキ屋は売買契約を結ばないと言っているので、やはり何等かの不法行為がないと。「不快だった」だけで勝てるなら、わたしなんか毎日でも訴えを起こします(笑)。
三浦 例えば、婚約者に借金があったから婚約破棄します、というのはオーケーですね。相手は借金がありました。それが判明しました。それ隠してましたね。じゃあこれはもう逆に慰謝料もらって破棄できるくらいです。
小原 もちろん、そうです。
三浦 だけれども、親が長野県出身ですか? 黙ってましたね。婚約破棄します、って言ったら、こっちが慰謝料を払わなきゃいけないよ。そんな理由は普通、合理的と見なされないんですよ。
小原 だって婚約っていうのは、契約だから。契約がもう成立しているわけですから、破棄したら損害が生じる。賠償責任って、ようは損害賠償責任ですから、不合理な理由で破棄したらその損害を賠償する責任が生じる。ケーキ屋さんが一度は売る約束をして、不合理な理由でその契約を履行しなかったら、買い手に損害が生じるので賠償責任が発生するけど、そもそも契約しないと言っているのを裁くことはできないじゃないですか。契約自由の原則を無視して許されてるのは、我が国ではNHKだけです(笑)。
三浦 同性カップルの結婚のためのウェディングケーキは作りません、というのは宗教上の主張がはっきりしてるから、合理的と見なされるべきなんだけど、アメリカではこれすら揉めましたよね。でも我々の感覚からすると、一般に認められている度合いってあるわけじゃないですか。だからキリスト教の制度に則った場合これダメなんです、私はそれには従いませんっていうのはあるわけですよ。だけど、長野県出身はダメですとか、そんな宗教、普通は認められてないし。
小原 でも、その普通は、っていうのが必ずしも通用しないのが裁判だから。もちろん、普通じゃない、と非難を浴びれば、クライアントが離れるとか不買運動が起きるとか、そういう経済的ダメージがあるから、トラブルは避けようとする。それこそ普通はそうですよね。だけど経済的なダメージのあるなしは状況によって変わるし、法がどうこうとは別なので。原理原則がわかんなくて不安なんですよ。あたし、何かやらかしそうだし。仮にそれが違法行為だと知らなかったとしても、罪は成立するので。
三浦 法の錯誤は有罪ですね。事実の錯誤は酌量されるけど。
小原 不動産の管理という話に戻ると、今、日本の賃貸業では、アパートでも小さい倉庫でも、契約前に借り手に対して審査をします。で、不可になったとき、その理由を告げる必要はないのです。なんとなくヤバそう、ってことで断れる。水商売だ、高齢だ、外国人だ、顔が気に入らない、ようするに心証です。でも、ちゃんと家賃払えるのかな、と思って断っても、その人がたまたま性別変更者だったら、「差別された」って騒ぐかもしれない。それが通るなら、トランスジェンダーや性別変更者は事実上、無審査でどこにでも入れることになる。冗談じゃないですよ。大家さんは夜も寝られない。自身の所有物件については根拠を示さず出入り禁止を申し渡す権利がなければ、不動産業は成り立たないですよ。自宅に誰か、それこそNHKの集金人でも押しかけてきたら、帰ってくれ、の一言でいいんです。以後、居座ったら違法行為です。
三浦 民法はそんなに杓子定規には決まってないからね。個別事情ですよ。
小原 刑法でも民法でも、運用としては判決後の情状釈量はあるけれど、法の根拠もなくて損害賠償請求が可能であれば、法治国家ではなくなります。
三浦 そんなら杓子定規でもいいけど、普通は出身県による差別は杓子定規に却下されますよ。
小原 もちろん、差別とやらは許されない。ましてや出身県によるものなんて。だけど、自分の商品を誰に売るか、自分の所有物件に誰を迎え入れるか、それについて自由な契約を結ぶことも差別にあたるというなら、その法的根拠が知りたいんです。そんな法はないでしょ、と言っているのではなくて、もしないなら作ってもらいたい。恣意的に罰されるのは困るので。もちろん、社会一般から非難を受けることが自明なことなら、公序良俗違反だ、と言い募ることは可能でしょうけど。
三浦 そう。法を作るというより、法を作ったことが間違いだったのかもしれない。特例法を作った以上、女性に性別変更した人を女湯から排除するのは、長野県出身の女性にはこのトイレを使わせないというのと同じくらい悪です。自分の所有物件のこととはいえ、倫理的な空気を乱す。タトゥーの人はお断り、っていうのは、公序良俗からしてかろうじてオーケーだと思うよ。
小原 公序良俗違反を盾にして裁判を戦うことは、一般には負け筋だと言われてます。あまりに漠然としていて、処罰の対象にするのが難しい。「わたしが不愉快だから公序良俗違反だ」は通らないですよね。だけど公序良俗違反で裁判を起こすのは勝手だし、どんな裁判も厄介ごとではありますから、そのリスクを負ってまで、誰が契約自由の原則を押し通そうとするか、というところでしょうね。
三浦 一般に浸透しているステレオタイプね、タトゥーはやくざが多いという事実にある程度基づいている、ステレオタイプに根拠がある場合っていうのはたぶん認められるけれども。出身県によって契約しない、とかね。
小原 それは、もうちょっと公序良俗違反だから訴えます、という人はいるかもしれない。それはそうだけど、例えばうちのデパートの女性顧客の安全とニーズに応えるために、性別変更者はお断りですって貼り紙を出したとき、それも公序良速違反にあたる可能性がありますかね。今回、違憲判決が出たら、そうなりますか。
三浦 いや、今回の判決とは無関係に、もう特例法で性別変えた人はそういう差別は受けない。そういう差別をしてはいけないという決意のもとに特例法ができているわけですから。
小原 契約自由の原則を通したり、私的な所有物件から誰かを追い出したりすることが果たして差別にあたるのか、ということなんですけど。そもそも差別って言葉を使っている法律ってありますかね。
三浦 うーん。でも、だからこそ結婚もできるわけじゃない? 特例法で性別を変えたら事実上は肉体的男性であるにもかかわらず男性と結婚できるでしょ。だから、すべて一緒に扱うってことですよね。ただ、難しいのは、トイレとお風呂の場合は、本当に嫌だという人が、頑として抵抗した場合どうなるか。
小原 抵抗したところで、排除するのが法律ですよね。悪法を唯一、なし崩しにし得るのが経済活動だと思うんですけど、それも公序良俗違反で訴えられたらビジネスに触るって、腰砕けになりそう。だとしたら消費者として、もう行かないだけです。少なくともお風呂には。
三浦 今だってもう、切ってれば入ってるんですよ。二十年も続いてる。特例法が出来たの二十年前ですからね。
小原 気がつかなかった。まあ、わかんなきゃ、いいですよね。
三浦 法律的にまだ男性でありながら、手術してあるから見かけは女性なんだということで、女子トイレも使っていればお風呂も使っている人もいる。
小原 戸籍は本人の問題に過ぎませんもんね。
三浦 今回、認められたら、性器の状態にかかわらず、女性スペースは基本的に使えるという話。それは入ってくるなと抵抗する側が、なぜダメなのかという立証責任がありますね。で、使えますよねって言う側は、これはデフォルトだから、何も立証する必要ないんですよね。もう法律的に変わってるから、ということです。裁判官はちゃんとそのことはわかってるはずだから。生殖腺は使えなくなってる、4号と5号を満たしているんであれば、オーケーっていうことで、今も文句出てないわけでしょ?
小原 だけどこの特別抗告が今回、認められたら、原告本人の状態はどうあれ、手術しなくても女性スペースを使えると拡大解釈されていくと、どうなるかわからないということですよね。
三浦 これね、私もよくわかんないんだけど、違憲か合憲かより、争点はむしろ個別事情にありそうなので。弁論を聞いててさ、さっき三段構えって言ったでしょ? そのどれかの段階では認めてもらえるだろう、ってのが抗告人の目標だと思うんだよね。今、マスコミ的にはね。違憲判決が出るかどうかしか問題になってないけど、これはね、最後の段階なんです。
小原 ああ、そういうこと。
三浦 うん。特例法の運用がどうしても手術を要求するというなら違憲だ、と、そういうことです。弁論を聞いたら、とにかく4号を満たしています、と。そういう決定が出る可能性あるんだよね。この人は手術はしていないけれども、特例法に事実上合致している、と。実は今までにも二人、認められてるらしい。これ、知らないでしょ。これで三人目。実はすでに二人、認められてるんだって。
小原 あ、その例外さんが一人増えるだけ、で終わるかもしれない。
三浦 そうそう。その可能性がある。
小原 なんなんだ…。
三浦 それでね、手術なしで性別変更を認めましょうね、となった先の二人っていうのがね、たぶん女性なのかな。ちょっとこれは聞いた話で、確かめないといけないんだけど。だからおそらく閉経して、いやそれは別として、とにかく生殖腺が働いてなくて、しかも性器もその反対の性別に似ているだから手術する必要はありませんねっていう例はもう認められてるんですよ。だから今回の抗告人の場合は、おそらくそれらの前例に比べると満たし方がたぶん、はっきりしないと思うんだよね。でも事実上いいでしょう、もうちょっと、この4号の解釈を甘くして、という。それがまず第一段階。その可能性がありますね。それだと違憲か合憲かは関係ないんだよね。二番目は4号を満たしてないけれども、満たしているかのように運用で柔軟に、特例法の精神に則って特別に性別変更認めましょうって決定が出る可能性はあるんじゃないかと。この場合も違憲か合憲かは関係ない。せいぜい「違憲状態」と警告が付くかも、というくらいで、必ずしも憲法判断が求められているわけではない、ということです。
小原 でもその場合、大法廷でやるって、どういうこと?
三浦 そうそう。でも弁論ではね、まずこれでやってくれ、それからこれでやってくれ、最終的に違憲だという主張。この方法も、あの方法も適用できないんだったら、そんな厳格な適用を前提とした法であるならば、この特例法は違憲です、というような、そういう持って行き方でしたね。
小原 うーん、なるほどね。保険をいくつもかけるとともに、もし厳格に言われたら、むしろ違憲なんじゃないの、と面倒なことを言い出しかねない。だから個別には、もう妥協してくださいよって、それは弁護士のテクニックですね。
三浦 テクニックというよりは、抗告人の性格によるというか。これは弁護士がはっきり言ってたけど、これ主に、主義主張の抗告ではありません、と。主義主張の政治的な抗告だったら初めから違憲だ、って言うはずだよね。そうじゃなくて…。
小原 あー。はいはい、はいはい。
三浦 必ずしも違憲に固執してない感じですね。つまり、とにかくこの私の場合を認めてください、私の幸せを何とか尊重してください、っていうね。
小原 やっと人が見えてきました。人間、そんなもんですよね。逆にイデオロギーとか、バックにどういう人がいるとかって心配しなくていいんだったら、いいですよ。
三浦 そう、だから署名運動かなんかに誘われたけれども、断りましたみたいなこと言ってたね。あまりそういう政治的な大ごとにしたくない、みたいな言葉です。
小原 そんなことじゃなくて、自分が今、どうなるかだけなんだ、と。これはわかりますね。たぶん非常に特殊な状況なんでしょう。
三浦 それで優しい裁判官は、ほだされて認めるって可能性があってね。
小原 認めるけど、別に違憲判断するんじゃないんですから、皆、ちょっと誤解しないでって言うために大法廷でやるのかな? わかんないけど。
三浦 いや、わかんないんで、そこはね。ただいわゆるマスコミの報じ方だけ見てると、違憲かどうかということが焦点にされてるように見えるけど、そうではなくてね。この人の場合、認めてもらえるかどうかっていうのが焦点ですよ。
小原 本人にとってはね。だけど。まぁ裁判官の方がイケイケで、これをきっかけにちょっと画期的な判決を下してやろうって盛り上がってる可能性もありますよね。恐ろしい…。
三浦 そうそう。だけどさ、これが違憲だったら、とんでもないことになると思うよ。だって、戸籍の信用性がなくなるってことを意味してますからね。
小原 そうですよね。まあ日本だけ、戸籍制度がこんなしっかりしてなくてもいいかもね、とかなっちゃう。
三浦 戸籍が信用できないとなったら、つまり戸籍の性別が信用できないんだったら、そもそも戸籍の性別を変更する意味がなくなるわけでしょ。
小原 おお。素晴らしい。
三浦 だって男女どこが違うんですか? 今までは、男は精子を作る性、女は卵子を作る性って、決まってたわけです。それが今度は、男ってどういう性ですか? 精子を作る人もいるし、卵子を作る人もいる。女は? 精子を作る人もいれば、卵子を作る人もいる。男女を分ける意味がなくなり、性別変更も無意味。もはや性犯罪っていう区別をする必要もなく、単なる暴力犯罪でいいわけね。
小原 そうか、自由な世界だ。
三浦 だからこれ、自己否定なんですよね。この性別変更運動というのは。そこまで考えている人がどのくらいいるかって話ですよ。だからこの決定次第によっては、つまり違憲だっていう判決が出ようものならね、まあ、戸籍の信頼性はまずガタ落ちですね。ペニスがあって生理休暇中かもしれないってことでしょ。とんでもない話だよね。
小原 ポストモダンの具現化としては、こんなに楽しいことはないかもしれない。
三浦 だけど、もっとクリエイティブなことで世の中変えてほしいよね。こんなさ、単なる自明な人間のカテゴリーの違いをただ壊すだけ、という極めて非創造的なくだらないやり方で、こんな力づくなやり方でポストモダニズムを実現して嬉しいですか、って話だよね。
小原 ポストモダンってもともと破壊だから、創造性はないかもしれないけど。だけど、もしかすると性犯罪というものにまつわる暗いイメージもなくなって、皆、なんか蹴つまづいたとか、袖触れ合ったとかぐらいしか感じなくなってさ。性にまつわる社会的抑圧を感じなくなると、性犯罪への欲望自体も薄れてしまって、なんか平和になるかも。
三浦 そうなればいいけど、やっぱり生物だから、オスの性欲が制度を変えることによって減退することはまずないので。メスの性被害も深刻さが減りはしないわけで。
小原 そんなところに仮に行き着くとしても、それまでの間、あまりにも犠牲が多いでしょう。まともな考え方をするんだったら、まず混乱を避けるっていうのがね。
三浦 いわゆる学者たちがね、こういう方向性を指示しているのは、そういうポストモダンな新しい社会を作る、創造的なことやってると勘違いしてるんじゃないかと思うんだよね。
小原 新しいタイプのマルクス主義者なんですかね。あとから振り返ると、何を思っていたんだろ、みたいな。
三浦 影響とか決まりきった勉強とか、スローガンをそのまま当てはめてるだけじゃない、いろんなカテゴリーに。誠にくだらない、非創造的というか。だからそれはもうやめてさ、もっと違う方向で創造してほしいよね。だからこれがちょっと興味津々なのは、そういう違憲判断が出るかどうかのみではないっていうのが一つ。それからこの人の特殊事情がまだ隠れてるから、これが果たして影響するのかどうか、ですよね。何遍も言うけど私はこの、5号が問題視されていないというのが非常に引っかかってね。単に文言に出てきてないだけなのか、原決定を調べればいいのだけど、どうせはっきりしたことは書いてないだろうから。
小原 判断が下ってからいろいろ、他の人たちもまた追及するでしょうからね。出てくると思います。でもたぶん、おっしゃっている通り、この人の特殊な事情があって、それに向けてこの間の経産省のケースと同じく、一般的な判断は避けるんじゃないかな。
三浦 だから一番無難なのは、運用で、ちょっとこの人の特殊事情を汲んで、4号の要件は満たしていないけれども認めていいんじゃないですか、法の精神に基づいて、みたいな。どうなんだろう? そんなこと最高裁が判断していいのかな、っていうのもあるけど。法の解釈を変えるよりはそっちの方が無難だと。いや、それだと「違憲状態」が関わってきそうで無難とは言えないか。つまりこの特例法三条一項4号の生殖腺の機能を永続的に欠く、というその意味をまあ、抗告人に該当するものとして解釈します。それが一番無難なのかな。
小原 でも「永続的」をそんなふうに柔軟解釈しちゃうと、「テレビの受信機能が永続的に欠ける」っていうNHK受信料問題の解釈がこのままでいいのか、とかってなりそう。
三浦 そうなんだよ。本当は永続的に欠いてないわけだから、もちろん。
小原 そうですね。テレビなんか丸ごと捨てちゃえばいいんだし、そんな機械やお金のことは大した問題じゃないけど。人の身体ですからね。
三浦 だからあとね、わかんなかったのがあれだね。この弁護士の弁論では、完全にこの抗告人は女性として生活しているというわけですよ。だけど、何かのときにね。法的に男性であるがゆえに非常に困ることがあるというわけです。いや、それはどういうときだろうっていうのが、ちょっと私はわからないんだ。不便になるのは、むしろ逆なんじゃないの? 体が女なのに男になっちゃったら、いろんな配慮してもらえないわけでしょ。生理休暇も取れないとかさ、いろんなことで身体女性は男性扱いされると困るじゃないですか。身体に合わせて性別って、普通認定されてるから、じゃあこの抗告人はどういう不便があるんだろう。だって身体は男なわけですよ。じゃあ法的に男として扱われて、どこがどう不便なのか説明されなかったんですね。
小原 そうですね、なるほど。
三浦 傍聴の後で一緒にご飯食べた友人なんだけど、男性として生活している女性で、手術もしてない、胸も切ってなくて生殖能力もある。男性ホルモンを取ってるから今、一時的に生理止まっているという、そういう人がいて、見た目は完全に男なんですよ。完全パスしていて、つまり男として通用する。おっさんにしか見えない。その人が言うには、自分は法律的に女性で、だけど、社会的には完全に男性として暮らしていて、誰からも男性として見なされている、と。だけど法的に女性であるということによって不便を感じたことはないって。で、その人が言うにはね、この抗告人が不便を感じているなら、それは完全パスしてないんじゃないかって。
小原 うーん。そうか。
三浦 その人は言ってましたね。自分は完パスしてるから、ああ、女性だったんですねって、あるとき周りにわかってもね。いったんはちょっと引かれちゃったけど、どう見ても男なんで、また自然に男扱いに戻って、なんともなかったと。
小原 そんなもんだよねえ。他人の性別なんてさ、害がなければ、その人の勝手だもん。
三浦 もしこの抗告人が完パスしてないんであれば、法的な性別を変えることによって押し通そうとしてるんじゃないか、というのがその人の体験談。法的に女性だったらさ、堂々と女性として振る舞えるからね。完パスしてないからこそ、法律的性別が必要なんじゃないかなって。自分は全然、それを必要としてないって。そういう人いっぱいいるんだよね。事実上、完全に埋没しちゃって。埋没っていうのは、反対の性として社会的に完全にそれで通用しちゃってることを言うんだけど。だから法的性別を変える必要はないし、何かの拍子に戸籍の性がわかっても、まったく不便してないって。
小原 他人の戸籍謄本なんか、めったに見ないもんね。自分のすら、ねえ。
三浦 そういうもんだと思うんですよ。だから性別変更っていうのは、本当にパスしている人にとっては意味がないらしいですよ。
小原 そうすると、この抗告人が本当に必要としているものは、何なんでしょうね。余計なお世話かもしれないけど。一番最初のトークでも出てきたように、メタ的な概念と個別の概念とかごっちゃになるのが常に問題の紛糾に繋がるので。今回もう、この原告の個別事情がはっきりしないかぎりは、何とも言えないですよね。この人に関してはそうだよね、ってことになりそうな気もします。
三浦 そう認めるときに、この人の特殊事情を尊重するあまり、違憲ということにしてしまうやり方が一番困るよね。
小原 というか、マスコミはそういうふうに解釈したがっている感じですよね。実際にはそうじゃない判決が出ても、いつもの勢いでデタラメを流布しそう。
三浦 そうそう。弁論を聞いたかぎりでは、これは違憲か合憲かという以前の問題ですよ。
小原 ああ、たぶんそうなんですよ。
三浦 この人の場合、どうするかって話であって。ただ、もし特例として認めてしまったら、特例として認めるという一般的な決定になるわけじゃないですか。だから個別にとどまることはあり得ないんです。
小原 最高裁の判断ですからね。普遍化される。
三浦 個別判断が可能だという前例を作ったことになって、そうすると、これこれこういう特殊事情で、この特例法には該当しない特例、というものがどんどん認められる。それをマスコミが誇大広告して。
小原 するでしょうね。
三浦 毎日新聞がひどかったみたいね。今回、決定するための単なる弁論であるにもかかわらず、見出しにさ、違憲判決が出たと誤解させるように。本文ではちゃんと真実を書いてるんだけど、見出しでね。
小原 そりゃひどい。なに言ってんだ?
三浦 しかも、速報、とか書いてさ。違憲という決定がなされたかのように誤解させる見出しを作ってますよね。「違憲」とか鍵カッコつければいいみたいにして。
小原 「マドンナ、痔か?」って、東スポ並みですね、それは。フッフッフ。
三浦 今の段階で、これほど詳細にレポートしたのは、我々が一番になるんじゃないかな。
小原 一番だと思います。はい。
三浦 特にこの三段階の論旨があることについて、観察した人はいないんじゃないかな。法律家同士の会話なんかは別として。
小原 はい、媒体では初めてだと思います。わたしもいろいろ見たんですけど、そこまで言ってるところはなかったので。
三浦 弁論から聞き取れた抗告人の要求は3段階構えだったけど、最高裁が下す可能性のある決定としては何種類になるかな。「性別変更認めず」のほかに「4号(5号)の解釈で特例法に該当」「4号(5号)に該当しないが運用で認める(違憲状態?)」「違憲」という計四種類ね。・・・ちょっといいかげんなこと言ってるか。「違憲状態」の場合は「性別変更は認めず」になるのかもしれない。同性婚裁判なんか確かそんなだったから。・・・まとめると、「性別変更認めず、合憲」「認めず、違憲状態」「4号に該当する、認める」「4号に該当しないが認める、違憲状態」「認める、違憲」この5種類かなあ、可能性としては。ともあれどれが出るか、注視しなければ。いずれ年内には、ちゃんと判断が下る予定なので。
小原 そしたらまた、ここでフォローしましょう。
(第05回)
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