児童文学作家で翻訳家、ジャーナリストであるドイナ・チェルニカ氏の短編小説! 日本人の感性にとても近い人間と自然が一体化した物語展開がドイナさんの作品の大きな特徴です。翻訳は能楽の研究者であり、演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんです。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
雨になりそうだったけど、こよみは冬で、雪のきせつだと少女はしっていました。もうかれ葉さえ見えなくなっていたのです。ずいぶん前に、つめたい風にふきちらされてしまいました。
カメはどこかで夢を見ているはずでした。なにも言わずに出かけてしまったからです。少女はひとりぼっちで、雪を待ちながらずっとまどべに立っていました。冬は好きじゃなかったけど、そのあとにかならず春がおとずれるのです。あたたかいひざしのきせつをみぢかに感じるために、今は雪がふるのを見たいと思いました。春はカメといっしょに外をあちこちあるきまわったきせつでした。カメに会いたかったし、夏がなつかしかった。だから早く雪がふってほしいと思いました。
外へ出てみましたが、くもり空と寒さで身ぶるいしました。すぐにあたたかい部屋にもどろうとしたのですが、ふといちわの鳥が見えました。ほそくて黒い、せのたかい姿が、こがらしの音もおそれずにクルミの木の枝の上に立っていました。赤くて暗いひとみで少女を見ていました。ふしぎな鳥でした。こんな鳥はいちども見たことがありません。近づいてゆき声をかけました。
「あなたはだれなの?」
「渡り鳥よ」
「まだ雪はふっていないけど、冬よ。あなたはとっくに旅だってるはずじゃない。もしかして飛べないの?」
渡り鳥はほこりたかそうに頭をもたげました。少女はこんなに美しい鳥を、雪が殺してしまうのではないかと思い、不安で体がふるえました。
「もう行くのよ! 早く! 空に雲がひくくかかってるじゃない。ここにのこってたら、死んじゃうのよ」
鳥は少女をかなしげに見ました。
「わたしたち渡り鳥が、あたたかい南の国へと飛んでいくとちゅうで、疲れはてた鳥が海に落ちることがあるの。それを見ると、自分もいつか、目的地まで行きつけない日がくるって思うのね。今までは旅先から、いつもここへ帰ってきてたんだけどね。昔ね、山のてっぺんで見かけたもみの木が、雪の歌について話してくれたの。その時からあの歌がずっと夢にでてくるの。今度はもしかしたら、海に落ちるのはわたしの番かもしれない。でも、あなたたちしか知らない、あの白い歌をきかずに死にたくないわ」
「でも、死んじゃうのよ」少女はさむけがとまりません。
渡り鳥は少女を見ました。その目にはしずかな火がもえていました。
少女はハッとして言いました。
「でもあなたが旅立たないと、ここには雪がふらないのよ。渡り鳥と雪は出会えないの」
渡り鳥はやさしく笑いました。
「そうね、忘れてたわ。じゃ、あざむくの、手伝ってくれる?」
「あざむくって、だれを?」
「冬よ。さあ、いっしょに集めましょ。小さな羽や枝、土、そしてもみの木の針や、クルミのとげ*1。巣をつくるために*2」
巣ができあがると、渡り鳥はあたまを空にむけました。雲がもくもくとわきたち、風は地上をふきあれて、狂ったようにうなりました。少女は窓のうしろにかくれ、カーペットの上にうずくまって泣きました。
なみだでかすんだ目を上げると、はかない巣のそばに、渡り鳥がまっすぐに立っているのが見えました。息をひそめ、雪のおそろしく、でもとても美しい歌をきいていました。
*1 普通鳥が巣を作る時は藁や草、土などを使うが、渡り鳥が「小さな羽や枝、土、そしてもみの木の針や、クルミのとげ」で巣を作るのはお墓を暗示している。
*2 頑丈な巣があれば冬を越せるが、渡り鳥は冬に備えるための巣を作るふりをして、実際ははかない墓のような巣を作ったのである。
(了)
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