エズラ・パウンド、T・S・エリオット、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドらと並ぶロスト・ジェネレーションを代表する作家、e.e.カミングス。優しくて人嫌いで、前衛作家で古典作家でもあったカミングスの処女作の星隆弘による新訳!。
by 星隆弘
第五章 大部屋の面々
彼の後を引き継いだ男、ガリバルディというが、これがとんでもないやつだった。
全能のフランス政府がいかにその全知全能を揮ってガリバルディを我々のもとに送りたもうたのか俺には理解できないし理解する日も来ないだろう。色褪せた青灰色のフランス軍服を被った小男、汗ばむと悩ましげなおでこに不気味に重たく垂れ下がった前髪を軍帽で掻き上げる。ガリバルディの複雑とまでは言わなくともひどく難解な血筋は記憶している、イギリス人の母とイタリア人の父がここフランスの地で授かった子だ。この三部作がどんな出来であれ、あいつはある時はイタリア軍またある時はフランス軍イギリス軍と各軍に従軍していた。ラ・フェルテ・マセには詐欺王ポンジの子分もいないしカルーソーの弟子もいないしあいつの名がなんであれ縁のある者はいなかったので(もっとも俺たちがガリバルディをイタリア人呼ばわりしなかったらって話だ、あいつは実際ちっともイタリア人っぽく見えなかったし)、それにまた生粋の楽しき英国市民も皆無だったから、ガリバルディは自己表現において――とりわけトランプ遊びの席で、と言っておくが――フランス語とも間違われかねない珍妙な言語を駆使する癖があった。Bと俺にもあいつはおなじく珍妙な言語で接してきたけど、俺たちには完全に聞き分けることができた、つまるところホワイトチャペル界隈のロンドン鈍りの英語なんだ。ホワイトチャペル近隣にある慈善団体から家族が施しを受けていたことを証した正真正銘の被援助者証を見せてもらったこともある、それはつまり、こうも言える、一家はその施しを受ける暮らしを抜け出せず、またそういう施しを求めることが一家の置かれた困窮のために至極正当なことと認められていたわけだ。この貴重な認可証はさておくとして、ガリバルディ(みんなそう呼んでいた)は大いなる矛盾に達していた。あいつは不遇だった。いつも誤解されていた。あいつの人生はわけのわからない苦難の連続だった。俺個人の見込みではガリバルディはつまらないにもほどがある代物を盗み取った廉で逮捕され、罪滅ぼしのためにラ・フェルテの監獄送りにされたんだろう。この思いつきは秀才が無くしたナイフの捜索を始めたときにあった出来事がきっかけなんだが――この人騒がせな事件の一俉一什を語る前に秀才のことを読者諸賢にご紹介しよう。
たっぱがあって、洒落ていて、どちらかといえば体育会系で、如才なく、身なりは小ぎれいできちんとしていて、知性があり、一瞬たりともしょぼくれたりしない、総じて優秀で若々しい(二十九くらいだ)禿頭の男を思い浮かべてほしい。彼は夜毎に銀行ゲームで勝ち抜けてはツキのなかった奴に水汲み雑用の代わりをやらせていた。当然の成り行きとして彼は毎朝寝床でまずいコーヒーを啜り、だらだらとタバコを一本か二本味わい、ちょっと二度寝して、朝の散歩がはじまったあとで起き出してくる。起床時には自分の剃刀を研いで(どうやって正規品の剃刀を持ち出したのかはだれも知らない)、石鹸の泡を顔と首元にまんべんなく塗り――そのあいだじっと昼夜問わず枕元に吊り下げている高級そうな鏡を覗き込んでいる、鏡の下には小さな棚があって洗顔中には身支度の道具一式が陳列されるんだ――ようやく鏡が映し出すたいして伸びてもいない顎髭を殲滅しにかかる。殲滅が完了すると、次に取り掛かるのは我らが大部屋の誇る三四の手桶の一つを用いた最も大規模なお浄めの儀式だ、この手桶は一同の同意のもと彼専用に献じられたものだった。お浄めの最中はいつも大声で朗々と次の壮麗な幻想詩を歌っていたよ。
こぉん夜ゆめぇの国であぁいましょう
ぎぃん色に輝くつきぃのしたぁあ
ゆめぇの国で逢いましょう
甘美な夢見るゆめぇの国で
ぼくのゆめぇはみな叶うぅ
(第35回 了)
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