情報化社会になり、電子書籍による本の刊行も一般化し始めています。しかし人間の始源と終末への問いかけは、わたしたちがどこから来てどこに行くのか知りたいという欲求は、失われることはありません。そして文学こそが、わたしたちの最も根源的な欲求に答えを与えてくれる芸術形態です。
本には始まりのページがあり、終わりのページがあります。優れた文学作品はそれ自体で一つの小宇宙です。わたしたちはそれを読むことで、始源と終末を体験し、生と死を生きることができます。文学に関する限り、人間の根源的な欲求として、これからも紙の本が失われることはないと考えます。
わたしの発案で、2012年2月に総合文学ウェブ情報誌文学金魚を始めました。Web Magazineにした理由はいくつかあります。一つはWebが情報発信に優れたメディアであること、もう一つは少なくとも文学作品発表の場として、紙媒体雑誌は必要ないと考えたことです。もちろん紙の本が不要だという意味ではありません。
これからますますWeb上で文学作品を発表する人は増加すると思います。その果てしのない情報の海の中から、紙の本として刊行する作品が選ばれればいい、というのがわたしの考えです。紙の本を出すことは、それまでWebで作品を発表していた作家の意識を変えます。始まりと終わりのある本の形態の意味を考え、怖れるようになります。紙の本は取り返しがつかない刊行形態なのです。Webという新しいメディアは21世紀初頭の現代において、本という人類が作り出した最も原初的な形の意味を再定義し、その本質をしっかりつかむきっかけになると思います。
今回刊行する書籍の一部または全部は、ウェブ情報誌文学金魚に掲載されたものを含みます。しかし書物として手に取ってお読みになった方は、Webと紙媒体の違いを痛感なさることと思います。実際わたしがそうでした。これほど違うのかと驚きました。文学に関しては、Webに作品を発表することと紙の本を出すことの間に大きな飛躍があります。一昔前は原稿用紙に手書きで作品を書くのとそれが活字になるのに大きな飛躍がありましたが、今はWebと紙でしょうね。
ようやく文学金魚の書籍刊行がスタートします。わたしがやりたかったことの全貌を、やっと明らかにできるのを嬉しく思います。長かったですね。
今回刊行するのは小説と文芸評論ですが、いずれも神話的書物です。紙の本でなければならない必然性を持った本だということです。神話とは始源と終末を持つ擬似的小宇宙のことであり、曖昧模糊とした作家の特権的才能や感受性を指すものではありません。書物の原理に忠実な本を選び刊行し続けるのがわたしの目標です。文学金魚が古い文学神話を剥ぎ取られた現代の、21世紀の新しい神話を作り出してくれることを願っています。
斎藤都(文学金魚顧問)
■ 原里実 短編小説集『佐藤くん、大好き』■
・四六判並製
・376ページ
・定価1,728円(本体価格1,600円+税)
・2018年12月1日刊行
【目次】
レプリカ/海辺くん/なんかいいこと/たろうくんともも/みよ子のまつげちゃん/ハレ子と不思議な日曜日/雨がやんだら/千晴さん/水出先生/三分間/家/タニグチくん/インストラクター/新年会/面影の舟/ある日々のできごと/君を待っている/佐藤くん、大好き
「とうとうわたしの愛の告白は受け入れられたのだ。じつに19,999回かけて――」
(『佐藤くん、大好き』より)
第3回 金魚屋新人賞授賞 原里実の鮮烈な恋愛小説集
18人の女の子の風変わりな日常を描く短編集
金魚屋の新たな純文学!
■ 小原眞紀子 評論集『文学とセクシュアリティ―現代に読む『源氏物語』』■
・四六判並製
・696ページ
・定価2,376円(本体価格2,200円+税)
・2018年12月1日刊行
【目次】
第1回 ガイダンス講義/第2回 『桐壺』そして谷崎潤一郎/第3回 『帚木』そして『空蟬』/第4回 『夕顔』あるいは「女」/第5回 『若紫』と『末摘花』異形の女たち/第6回 『紅葉賀』あるいはプレからポスト・モダンへ/第7回 『花宴』から『葵』不吉な影が射すとき/第8回 『賢木』から『花散里』花が散るまで/第9回 『須磨』天上から海へ/第10回 『明石』海から天上へ/第11回 『澪標』海=生と欲動のエネルギーによって/第12回 『蓬生』と『関屋』媒介変数としての光源氏/第13回 『絵合』あるいはジャンルの掟について/第14回 『松風』と『薄雲』あるいは麗しき母系支配/第15回 『槿』から『乙女』世代交代の二重構造について/第16回 『玉鬘』物語と小説について/第17回 『初音』あるいはテキストを生きること/第18回 『胡蝶』と『螢』すなわち宙を飛ぶ物語/第19回 『常夏』と『篝火』そして中上健次/第20回 『野分』小説構造と枚数/第21回 『行幸』と『藤袴』ダブルバインドの魔境/第22回 『真木柱』あるいは近代的自我の柱/第23回 香る『梅枝』/第24回 『藤裏葉』偏愛と格調について/第25回 『若菜 上』因果とデジャビュ1/第26回 『若菜 下』因果とデジャビュ2 ~浅い証し~/第27回 『柏木』あるいはイカルスの墜落/第28回 『横笛』あるいは念の力/第29回 『鈴虫』と『夕霧』あるいは虫どもの世/第30回 『御法』と『幻』すなわち現世での終焉/第31回 『匂宮』あるいは同じ香のする/第32回 『紅梅』と『竹河』物語の始末/第33回 『橋姫』あるいはクライマックスの再来/第34回 『椎本』鏡像の顕在化について/第35回 『総角』あるいは恋愛という観念/第36回 『早蕨』そして三角と四角/第37回 『寄生』ふたたびの主人公論/第38回 『東屋』より「宇治物語」のテーマへ/第39回 『浮舟』まさしく女主人公の誕生/第40回 『蜻蛉』男女あるいは生死の影と光/第41回 『手習』そして文学者の姿/第42回 『夢浮橋』古代から現代への/後記
これほどエキサイティングな『源氏物語』読解があったとは――
人気の講義から生まれた〝テキスト曲線〟が
千年にわたる謎を今、完全解明する!
詩人、小説家、評論家の小原眞紀子さんによるかつてない斬新な『源氏物語』論。
男女性差に基づくテキスト曲線を活用して、『源氏物語』の現代性はもちろん、古典にまで遡り得る現代文学の根源を解明する。
■ 鶴山裕司 評論集『夏目漱石論―現代文学の創出』■
・四六判並製
・400ページ
・定価1,944円(本体価格1,800円+税)
・2018年12月1日刊行
【目次】
Ⅰ 序論 ― 漱石と「夏目学」/Ⅱ 漱石小伝 ―『漱石とその時代』を未完のまま自死した江藤淳に/Ⅲ 英文学研究と文学のヴィジョン ―『文学論』『文学評論』『野分』/Ⅳ 写生文小説 ―『吾輩は猫である』/Ⅴ 漱石的主題 ―『琴のそら音』『趣味の遺伝』『坊っちやん』『草枕』『野分』/Ⅵ 写生文小説の限界 ―『文芸の哲学的基礎』『虞美人草』『坑夫』『文鳥』『夢十夜』/Ⅶ 大衆小説三部作 ―『三四郎』『それから』『門』/Ⅷ 前衛小説三部作 ―『思ひ出す事など』『彼岸過迄』『行人』『心』/Ⅸ 小説への回帰 ―『私の個人主義』『硝子戸の中』『道草』/Ⅹ 現代文学の創出 ―『明暗』/後記
没後102年目の漱石文学完全読解!
「古典中の古典作家である漱石を論じる際には、もちろん従来的な文学史検討とテキスト読解も重要である。漱石の歴史的位置づけは避けて通れず、文体構造分析の前提となる作品の意味解釈も不可欠である。そのため本書は漱石小伝から始め、英文学研究から遺作『明暗』までを年代順に読んでゆく。いわば正面中央突破で漱石文学の全容を明らかにする。」(『序論』より)
小説家としての漱石はもちろん、正岡子規俳句、漱石が晩年精力を傾けた漢詩、禅との関係など、漱石文学の本質を明らかにした画期的評論集。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■