■遠藤徹著『幸福のゾンビ ゾンビ短編集』■
『幸福のゾンビ ゾンビ短編集』は「1 幸福のゾンビ/2 サイレンとマジョリティ/3 ジェイコブ・ウィリアムズ/4 ネクロメイト/5 喪鳥シビト/6 死人(しびと)の楽団/7 スタリオン」の7篇の短編小説から構成される。「幸福のゾンビ」では過去の記憶も思考も感情も失っているとされるゾンビの少女が実は内面を持っていて、人間に恋する。当然彼女の恋は叶わないがもはや死んでいるので死ぬこともできない。「サイレンとマジョリティ」では奥手の高校生がクラスのアイドルの女の子を守ってゾンビになり、すべての過去の記憶を保持したまま町を彷徨う。「ジェイコブ・ウィリアムズ」ではギャングの黒人大男がゾンビになり、その過去を絵に描き始め多くの人々の心を惹きつける。「ネクロメイト」は死んだ美少女を一種のゾンビにして愛好者にネクロメイトとして貸し出す地下業者の商品に、死んでしまったかつての恋人を見出すストーリーである。だがはたして彼は本当に死んだ美少女の恋人だったのか。「死人(しびと)の楽団」は絶対専制君主の王様によりゾンビにされ、町々を演奏して歩くゾンビ楽団と王の娘の危うい恋と裏切りの小説。「スタリオン」では世界はゾンビだけになり、唯一生き残ったタケルという男の子がゾンビにかしずかれて大事に育てられている。目的はタケルをフミカという、やはり世界でほんの数人の生きた女の子と結婚させ彼らの子どものDNAから国民全員(国民全員がゾンビ)に配給するための新たな人工肉を作るためである。しかしフミカは傍若無人なワガママ娘。タケルは幼い頃から優しく世話をしてくれるゾンビの元子に恋心を抱いているのだが・・・。文明批評、視点の逆転、どんでん返し、そしてもちろんホラーを織り交ぜた遠藤徹によるおかしくて楽しくて本当に怖いゾンビ小説!
四六版
296ページ
装幀 遠藤徹
ISBN978-4-905221-12-8
定価1,600円(税込)
1961年兵庫県生まれ。東京大学文学部英米文学科・農学部農業経済学科卒業。同志社大学グローバル地域文化学部教授。小説に『姉飼』『弁頭屋』『くくしがるば』『むかでろりん』『ネル』『戦争大臣』『贄の王』『極道ピンポン』『七福神戦争』、評論に『溶解論―不定形のエロス』『ポスト・ヒューマン・ボディーズ』『プラスチックの文化史―可塑性物質の神話学』『ケミカル・メタモルフォーシス』『スーパーマンの誕生:KKK,自警主義、優生学』『バットマンの死:ポスト9/11のアメリカ社会とスーパーヒーロー』などがある。
遠藤徹は日本ホラー小説大賞受賞の『姉飼』で作家デビューした。しかし受賞時に選考委員からこの小説は果たしてホラーなのか、違うタイプの小説なのではないかという声が上がった。その直観は正しく、遠藤はホラーという狭いジャンルには納まりきらない作家だということがじょじょに明らかになってゆく。遠藤の小説テーマは一貫して身勝手と紙一重の他者への恋情(欲望)とその激しい拒絶、そして実に奇妙な愛の成就である。それをホラー、ラノベ、実験小説、ポスト・モダン小説、純文学と小説ジャンルの枠組みを飛び越えて次々に作品化している。遠藤はマンガを描き、音楽も作る真のマルチジャンル作家でもある。最も素早く21世紀初頭の高度情報化社会(インターネット社会)に対応した小説家である。『幸福のゾンビ』は読者を怖がらせるためのテクニックを駆使したホラー小説ではない。現代人がなぜゾンビという存在を生み出しなぜ怖れながら愛しているのかが理解できる小説である。人間の深層心理に食い込む小説でありこういった小説が実は一番怖い。