「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
列
ひとは並ぶ
光にむかって
直線になるのは
光の性質である
重力によって歪むと
列も曲線をえがく
例えば
ビッグサンダー・マウンテンの引力で
列は浦安駅までつづく
例えば
配給の米を命と天秤に
列は38度線までつづく
いまも
いつまでも
列とは例の羅列である
ひとは並べばヒトになる
誰もがひとの例である
例であるにすぎない
それに甘んじるのは
陰湿な喜びでもある
だからヒトとの間をあけて
快楽にひたる
光と陰が交互に
時をきざんでゆくのを
どこかにとどく前提のもとに
どこにも行き着かない存在であることを
日と夜が入れかわり
年老いて並ばなくなれば
そこに息子が並ぶのを見るのを
双
目はふたつ
君を左右からとらえるため
耳はふたつ
君の不満と笑い声を聞きわけるため
手もふたつ
君を抱きながら奴を殴るため
鼻の穴ふたつ
二倍の風速で世界を吹き飛ばし
二本の足で歩きまわる
空疎な場所を
ひたすら歩きまわる
君に出逢うため
君のふたつの目で僕を見るため
僕が君であることを
君が僕であることを
言い聞かせるため
たったひとつの口で
でも誰に?
もう一度
目はふたつ
耳はふたつ
手もふたつ
出逢えば口もふたつ
僕が問い
君が答えるだろう
逆ならばいいのに
君が問いつづけ
僕が答えるなら
さよならなんて言わないから
間
いつだったか観た映画で
人は死ぬと天国に行くまで
天上の間のような場所に集い
思い出を選ぶ
ドキュメンタリータッチの映画だったので
僕はつい、その間を探した
飛行機の窓から
人びとががやがやと
忙しそうにしているところに
なぜかまだ存命の
父の姿を見つけて
いつものように眼鏡を拭いている
父の選ぶ思い出は
母とのものである
それは間違いないが
母の選ぶ思い出は
謎である
少女の頃のものかもしれない
飛行機は雲間をゆく
音もなく
ただ過ぎるのは許されなくて
僕にも選べと
半生を振り返れと
告白しなくてはならない
僕の思い出はまだ
未来への希望と怖れにみちた
哀れなものばかりだ
たったひとりで
父と母との間に生まれ落ちたことのほかは
写真 星隆弘
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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月09日に更新されます。
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