Interview:市原悦子 (2/2)
市原悦子: 女優・声優。高校時代に演劇部に所属し、卒業後、俳優座養成所に入所。昭和32年(1957年)に俳優座に入団し、『りこうなお嫁さん』で舞台デビュー。同年、新劇新人推賞受賞。舞台を中心にラジオ、テレビ、映画で女優・声優として活躍し、芸術祭奨励賞、新劇演劇賞、ゴールデン・アロー賞新人賞、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞するなどその演技が高く評価されている。代表作に映画『喜劇 女売り出します』、『黒い雨』、テレビドラマ『家政婦は見た!』、『帰郷』などがある。常田富士男と2人で全ての登場人物の声を演じたテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の声優としても知られる。
市原悦子氏は俳優座で舞台女優としてデビューして以来、映画・テレビの第一線で活躍されている昭和・平成を代表する大女優である。身近なところでは大ヒットテレビドラマ『家政婦は見た!』はもちろん、アニメ『まんが日本昔ばなし』の声優の仕事も多くの人々の心に残っている。今回は市原氏と舞台・映画関係者との対談をまとめた『やまんば 女優市原悦43人と語る』(春秋社)の刊行を機に、最新舞台『市原悦子 うた語り2013 たそがれの舞踏会』の稽古場におじゃまして、演劇についてのお考えや女優業についてのお話をおうかがいした。なおインタビュアーは文学金魚編集委員の小原眞紀子、映画批評の木原圭翔、玉田健太、演劇批評の星隆弘が担当した。
文学金魚編集部
■声優のお仕事について■
星 市原さんはさまざまなお仕事をなさっていて、僕らの世代で一番なじみ深いのは、テレビ放送されていた『まんが日本昔ばなし』の声優のお仕事です。僕はなぜか咀嚼音が好きで、『飯ぬすっと』というお話を覚えておられますか、松脂か膠で作られた魚を見ながら飯を食べるというお話なんですが、一分ぐらい、ずっとクチャクチャ咀嚼音が続くんです(笑)。あれはなぜかすごく印象に残っています。
市原 わたしたちはラジオドラマ全盛の時に育ちましたから、音楽と同じように、音で楽しむ、音で伝えるということをものすごく叩き込まれました。音のみの表現というのは、それはそれは大変です(笑)。でもとても楽しいですね。一つの音でも面白く、心地よく、またスリリングに伝えようと考えます。今の俳優さんにはそれがあまりないですね。カメラの前に、なんにもしないで映っています。でもわたしたちの場合は身体の線、ちょっと斜めに座った線、クスッと笑う音、そういった全部が一つずつ表現にならなければいけないと教わりました。そうそう、今お稽古している『たそがれの舞踏会』に、男性ボーカルグループ・エクセランド(EXCELLAND)の若い四人のイケメン男性が出ているんだけど、舞台の上を歩く時に無造作に靴の音をたてるんですね、それを注意されています(笑)。舞台では基本的に音はないもので、歩いている時に音が出るとすれば、それは表現だということで。
星 見ている方は、音を感覚的に捉えているところもありますね。舞台では風が吹く時に風の音を流したりするわけですが、そういう演出がない舞台でも、台詞と台詞の合間に風が吹いている映像が浮かんでしまう瞬間があると思います。
市原 朗読なんかはまったくそうですね。絵が浮かぶとよく言いますが、ただ朗読を聞いていて、海鳴りがしたり、木々が風で鳴るような音が聞こえてくれば楽しいですね。
星 抑制された舞台装置の中で、そういう瞬間があると凄いと感じます。
市原 わたしも昔風のしっかり飾った舞台装置よりも、できるだけシンプルな舞台の方が好きです。役者に課せられる部分が多いし、表現は大変になりますがやりがいがあります。色もあまりない方が好きです。
星 今日は『たそがれの舞踏会』の稽古場におじゃましているわけですが、本番の舞台装置はだいたい稽古場と同じ感じなんでしょうか。
市原 まったくこの通りですね。壁なんかは、もうちょっと華やかになりますが。
小原 このへんで、ちょっと映画とテレビのお仕事のお話をうかがいたいと思います。
■森崎東監督について■
木原 インタビューのはじめに、理不尽な社会に対する怒りや、テレビで見られるような浮ついた楽しさへの異和感などについてお話されましたが、そういった世間に対して激しく憤る市原さんの姿が大変印象的な作品があります。森崎東監督の『喜劇 女売り出します』です。
市原 ちょっと忘れちゃっていますね。なにをそんなに怒ってたんでしょう(笑)。
『うた語り2013たそがれの舞踏会』稽古中の市原氏とヴォーカルグループ・エクセランド(EXCELLAND)の皆さん。
木原 夏純子さんが女スリの役で出てるんですね。一度スリをやめて新宿芸能社に居着くんですが、デパートかどこかで、やってないのにスリだと間違えられて警察に捕まっちゃうんです。それに対して市原さんがものすごく怒って、「最近の警察は、白を黒にする研究でもしてるのか」と怒鳴るんです(笑)。で、お聞きしたいのは、市原さんが出演された森崎監督映画はこの一本だけなのですが、テレビでは随分森崎さんと一緒にお仕事をされていますよね。市原さんにとって森崎監督の印象はどういったものだったのでしょうか。
市原 大好きですよ。森崎監督は「欲しい」という言葉が口癖なんです。それがとても印象的でしてね。「これはこうして欲しい」、「それはラーメンにして欲しい」とかいう感じです(笑)。面白いことがあったの。泣くシーンだったんですが、監督が「じわじわ涙が出てきて欲しい」っておっしゃってね。瞼の下にメンソレータムを塗ったらどうかっておっしゃるわけよ。でもちょっとつけたら目が真っ赤になって、痛くて芝居ができなくなっちゃってね。俳優部屋でしばらく休んで、おさまるのを待ってたんだけどダメで、現場に戻って「ダメです、こんなことをしたって」と監督に言うと、「じゃあ訴えればいい」って云うんですよ、その云い方がね(笑)。
インタビューで活字になっちゃうと伝わりにくいと思いますが、その言い方がいかにも監督らしくてね(笑)。心にもないことをおっしゃってるわけだけど、なにかその時の口調に、森崎監督のお人柄がすごく出ているように感じたんです。その時のことは忘れられないですね。威張ってる風で、優しくて、恥ずかしがり屋が一緒になった監督さんです(笑)。それがあの言葉によく出ていたわ。
木原 まさに人間そのものというお人柄ですね。
市原 そう、だから大好きです。
木原 今のエピソードは映画の時のことですか。
市原 いえ、テレビ作品でした。
木原 森崎監督はテレビ作品も実は数多く手がけてらっしゃるんですよね。市原さんが出演されている番組ですと…。
市原 『浅虫温泉放火殺人事件』でしょ、『家族の肖像』、『帰郷』『金のなる木に花は咲く』なんかがすぐ思い浮かびますね。みんないい作品です。わたしは舞台育ちだから。でも出目昌伸監督がおっしゃっていますけど、テレビ作品がちゃんと残らないのは残念ですね。わたしはテレビドラマも、ちゃんと残っているものだとばかり思っていたんですが、そうでもないんですね。
木原 『家族の肖像』は市原さんが主演ですか。
市原 中国との合作作品で、中国に弟を置いてきた姉の話です。それで戦後になって弟を探し求めて中国で会うんです。ところが弟は完全に中国人になっているのね。中国人の奥さんと子供がいて、もう日本には帰ってこない。姉は弟にただ会って、元気でいることを確認して日本に戻ってくるんです。いい作品です。
それで弟は中国の役者さんが演じられたんですが、わたしは撮影するまで、その方とは会わないようにしました。会ってご挨拶して仲良くしちゃうと、広大な中国を弟を探し求めていく姉の気持ちが、薄れてしまうんじゃないかと思いましてね。素敵な俳優さんでしたが、撮影まで会わないようにはからってもらいました。
木原 今年(2013年)、森崎監督は約十年ぶりに『ペコロスの母に会いに行く』という新作映画をお撮りになって、それに合わせて過去の作品の連続上映が都内で行われたり、関連本(『森崎東党宣言!』)が出版されるなど、今ふたたび森崎東という監督が注目されています。
市原 森崎監督、お元気で新作をお撮りになったのね。出していただきたかった。
木原 これが最新作のパンフレットです。
市原 あら、お変わりなくいつものまま。男性的で優しくてね。
木原 スタッフからも愛されている方のようですね。
市原 ほんとうにそうです。可愛いいの、あら失礼!(笑)。わたしが出演した『女売り出します』も、すてきな喜劇役者さんが大勢出ていらして出来上がったら、みなさんがいいんですね。あれだけ芸達者の方たちが出演しているのに、作品としてまとまっているんです。これは監督がいいからだとすぐ思いました。わたしはあまりにも達者な方たちが多いから、誰かが突出して、テーマが崩れたりするんじゃないかって、思っていたんです。でもそういうことは全然なくて、皆さんがそれぞれに活きている。それは監督さんの力ですね。感心しました。森崎監督は、俳優がやり過ぎたりしたときは、「それやめてください」と言って演技を止めたりなさるのよ。みんな芸があるから、いろんなことをやりますからね(笑)。そういうことはなかなか言えませんよ。
■演技の激しさについて■
玉田 『女売り出します』で市原さん演じる「お母さん」は、警察に対して憤ったり、チンピラのような男と大喧嘩をしたりするなど、テレビで知っていた市原さんのイメージを打ちこわしてくれるような「激しい」役柄で、そういう意味でも大変印象的な作品でした。
市原 全部その時のことは忘れてしまっていますけど、演技で激しさがどこまで出るかっていうのは、役者の命でもあるんじゃないの。激しく演じても、浮いちゃったり馬鹿にされたりしたら、こんな悲しいことはないでしょ。激しさが見る人の心に届かなければね。一歩間違えば、自己満足、自分に酔っているだけになってしまいますしね。『女売り出します』の中でのわたしの演技がどうだったかは、ちょっと恥ずかしくて自分では判断できませんけど、激しい演技ができるようになるには、自分の中にいかに燃えるものがあるかだと思います。それは俳優の日常生活にかかっているでしょうね。
玉田 市原さんの代表作の一つである『おばさんデカ 桜乙女の事件帖』シリーズでも森崎さんの演出した回(第二回「残された謎の遺書」)がありますが、ここでの市原さんは『女売り出します』の見た目にも明白な激しさとはまた質の違う、いわば内面的な激しさが表現されていてとても素晴らしいと思います。
市原 『おばさんデカ』の役作りとしては非常に愛情のある主婦なんですよ。常に主婦として、女として、妻としての優しさを出すようにしました。ちょっと考えればこういうことにはならなかったのに、どうしてこんな過ちを犯してしまったの、どこにあなたの間違いがあったのって問いかけるような優しさですね。罪人を見つけるとか裁くとかということよりも、そういう優しさの方を大事にしましたので、ああいう演技になったんです。
『うた語り2013たそがれの舞踏会』稽古中の市原氏とミッキー吉野氏。
玉田 主人公の桜乙女は、売れない官能小説家(蛭子能収)と二人暮らしですよね。
市原 そう、売れない、寂しいエロ作家の女房でね。彼女は一つ一つ推理していくんですが、ものすごく切れるわけじゃないんです。むしろダサイ、のろい女で、職業婦人としては、むしろ職場で足手まといになるような設定です(笑)。でもあの女の人は、小さな幸せを知っていますよね。だから優しい。そういう役作りでした。
玉田 印象深いのは、夫といる時と、刑事として働いている時の雰囲気があまり変わらないことなんです。夫に対する時と同じような優しさで周囲にも接している。
市原 みなさんあの主人公の女の人は好きだったみたいよ。身近に感じるんじゃないかしら。
小原 これは余談ですが、編集部の方からこれはぜひ聞いてくれと言われまして、『家政婦のミタ』はごらんになりましたか(笑)。
市原 ないのよ。それで困ってるの。みなさんに聞かれるから(笑)。すごい視聴率だったっていうことは知っていますけど、なぜか見るチャンスがなくって。
小原 そうですか(笑)。わたしはあまり感心しなかったので、余計なことを言ってしまいそうでこの話はここまでとさせていただきます(笑)。
■対談集『やまんば』と最新舞台『たそがれの舞踏会』について■
小原 『やまんば』で市原さんは、舞台やテレビ、映画を作るさまざまな方とお話をされています。わたしたちは舞台や映像作品を見るときには、俳優と監督さんくらいしか意識しないことが多いのですが、この対談集を読ませていただくと、それが大勢の素晴らしい方たちに支えられていることがよくわかります。市原さんの興味が非常に広い範囲に拡がっていることにも驚きました。
市原 わたしにとっては、ほんとうに嬉しい本ができたと思います。対談していただいた皆さんと現場でお会いしていても本に収録したようなお話はしていませんから。わたしもそうですが、皆さんお仕事お仕事で、目の前の仕事に追われています。この対談では初めてのお話がとび出して、みなさん本音をストレートに言ってくださった。こういうことは仕事場では話しませんし、個人的なお付き合いがあって、どこかに一緒に遊びに行ったことのある方もいらっしゃいません。でも今回、これだけのお話をしてくださったっていうことは、わたしにとっては本当に嬉しいことでした。
でもこの本を作るのは大変だったんですよ。四十三人の方との対談が収録されているんですが、皆さんとそれぞれ二時間おしゃべりをしてそれをテープ起こししたんですが、六回に渡ってカットしてようやく本の形になったんです。それでも五百ページでしょう。
そういう苦労はありましたけど、それぞれの方の魅力も伝わって、とてもよかったと思います。で、最後にはわたしがまな板の上の鯉になって、自分自身が焙り出されるという結果になりました。歓びと恥ずかしさがいっしょくたになった本です(笑)。
スタッフも役者も、表現者はこんなことを考えて作品を作っているんだなぁとわかって面白かったです。そしてみなさん、何年たっても迷って右往左往しているところも面白いと思います(笑)。
『やまんば 女優市原悦子43人と語る』表紙と金魚屋にいただいた市原氏墨書サイン
【書籍データ】
春秋社 2013/9/20刊 ISBN 978-4-393-43644-8 定価 本体2200円+税 ソフトカバー 512ページ
小原 今回の舞台『たそがれの舞踏会』についてもお願いします。
市原 いろんな表現を使って自分のイメージをお客様にお伝えしたいんです。だからちょっとへんてこりんなショーライブの形を取っています(笑)。歌あり、踊りあり、お芝居あり、朗読ありの舞台なんです。そこに演劇に非常に興味を持っておられるミッキー吉野さんが加わってくださって、音楽監督をして、演奏もしてくださっています。初老というとミッキーさんに怒られてしまうかもしれませんが、初老の男女の結び付きをこの舞台でどうかもし出すのか、そこに長く生きてきた二人の人生観も出て来ますよね。それがお客様に伝わればいいなと思います。
「夢とごはんの木」という歌を歌います。夢とごはんの木が必要だと。夢は見なくちゃいけない、でもごはんを食べることも考えなくちゃいけない、特に子供たちにとって、夢とごはんが一番だということもテーマの一つになっています。そうねぇ、パッと舞台のコンセプトが伝わるようなキャッチフレーズを考えていなかったわね。残念!(笑)。
小原 それはテープ起こしのゲラが出た時に付け加えていただいてけっこうですよ(笑)。今日は舞台稽古がお休みになった中、このインタビューのためにお越しいただき大変恐縮です。舞台稽古は撮影かたがた、また日を改めて見学させていただきたいと思います。今日は長い時間、ほんとうにありがとうございました。
(2013/11/07)
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