さやは女子大に通う大学生。真面目な子だがお化粧やファッションも大好き。もちろんボーイフレンドもいる。ただ彼女の心を占めるのはまわりの女の子たち。否応なく彼女の生活と心に食い込んでくる。女友達とはなにか、女の友情とは。無為で有意義な〝学生だった〟女の子の物語。
by 金魚屋編集部
3 食卓(二)
深夜、私のジュリアン・ソレルから電話がかかってきた。目覚まし機能と併用しているから、寝るときはいつも枕元に携帯を置いている。こんな時間にかけてくるのは、彼に決まっている。私は、彼にとってレーナル夫人なのだろうか。夫もいないのに。じゃあ、間チルドか。持参金目当てのずるい男めが。なるほど。だから、手を出さないのね。納得。私に魅力を感じているわけじゃないんだもの。でも、うちはそれほどお金持ちじゃないしね。そもそも、私はフランス人ではない。余計なことに思いを巡らせることはやめよう。少なからず、授業の影響を受けている。
受話ボタンを押す前に、私は深呼吸する。モード切り替えをしているのだ。穏やかに話せるように。
「あ。こんにちは」
電話口から聞こえる声が、彼と違う。画面を見る。三木と表示されている。三木さんなんて知らない。苗字だけで登録しているので、だれだかわからない。本人に聞くのは失礼だろうか。
「宮田と同じゼミの三木だけど。覚えてない? テニス行ったときにアドレス交換した」
合コン、紹介。数々の場面で男子には遭遇してきた。だれとも親しくないし、いちいち覚えているわけがない。
「あ。宮田君がお世話になってます」
「いきなり、ごめんね。いや、たいしたことじゃないんだけどさ……」
たいしたことない話、は三十分にも及んだ。高校時代、宮田君から電子辞書を奪われて、隣のクラスで販売されてしまったこと。テニス部仲間だと思っていたにも関わらず、彼は練習が終わると先に帰ってしまって、三木君にラケットを磨かせていたこと。前の彼女とは揉めて別れたこと。尽くし型の、端正な顔出ちの人だった。と、三木君は溜息をつきながら、こちらの反応を確かめつつ言った。けど、彼がそんなことをするのも、家庭が複雑だからなんだ。わかってあげてくれよ。という言葉で話は締めくくられた。彼の母親は、彼に興味がなく、いつも虚無的な表情をしている、ということを高校生のときの彼に聞いたらしい。
もってまわった悪口だ。人の恨みはこわい。宮田君は、同級生に恨まれるような人格だったのだ。なのに、私の中には新たな感情が生まれていた。同情、である。私はかわいそうな人に弱い。自分が傷ついているのに、他人の世話をするほど余裕を見せたがる彼に対する印象は確実に変化していた。恋愛かと聞かれたら、もっと不純なものだと答えざるをえない。身近にいて、くちばしでつついて観察してやりたい気持ちも。喜んでいるところより、哀しがる様子が見たかった。表情が変わるところ。その移り変わりの過程。全てを掌握したいと思った。理由はわからないけど、そうすることで自分も癒されると思ったのだ。
週末、宮田君に会った。タコウインナーとか、うさぎりんごを詰めたお弁当を持って。あと、購買で売っていたクッキーも包みなおして持参した。動物の形。はじっこが欠けていて、いかにも手作りっぽいから。
どんな用事だろうと、出かける前はゆううつになる。コンビニまでだったらいいけど、それ以外のときは化粧していかないと外に出られない。無意識のうちに、他人に対して身構えているのかもしれない。ヒアルロン酸配合の化粧水をつけて、その上にパール感のある下地を塗る。ピンク系のコンシーラーでクマをかくす。CCクリームを重ねる。skin foodのものを使うと自然に仕上がる。と、ゆかに教えてもらった。そして最後にパウダーをはたく。パウダーは、色々試してみてlaura mercierのものに落ち着いた。アイシャドウは三色づかい。チークとマスカラと口紅もつける。これでおしまい。全部で十五分くらいかかる。習慣になっているから、やめると違和感がある。家では、とにかくばたばたしている。
「昨日、彼氏とおうちデートだった」
電車内での会話。対面の人が、友人と話している。年下に見える。恥ずかしながら、私はまだ男の人と性的な体験をしたことがない。期待しているわけでもないし、それを人生のテーマにする気もない。ただなんとなく、機会を逃してしまったのだ。理性をなくさないと、そこを飛び越えられないのだと思う。私は、ため息をついた。水に入れなくて、プールサイドに腰かけている人みたい。
待ち合わせの駅に着いた。ワンピースのボウタイがだらしなくほどけていた。自分の顔を見るのがこわい。デパートに入り、鏡をのぞいた。リボンがきれいに結べていたら、美人になれるわけじゃないのに。何度もやりなおした。白のワンピース。CanCamに載っているのに似たのを買った。悩んだあげく、ありふれた格好になっちゃうんだけど。パールのネックレスは母が買ってくれた。
オズの魔法使いに出てくる魔女みたいに、顔をまるごと取り外してローテーションできたらいいのに。系統がそれぞれ異なっていて、みんな美形。そうしたら手間もかからないし。
時計を見る。待ち合わせまであと五分しか時間がない。毛穴が油っぽいのではないか。お手洗いに行く。ポーチからパウダーを取り出す。パフの粉の量を調節し、鼻の頭にはたく。今度は、肌が乾燥しているように思える。どうしよう。考えてもどうにもならないので、ハチ公の前へ向かう。
「あれ? 今日は早いじゃん」
彼の間の抜けた声で、緊張感がほぐれた。
「来てあげたの。忙しいのに」
「俺はいつも、沙耶ちゃんのこと考えてるよ」
「昨日、電話しても出なかったくせに」
「バイトだよ? ひがみっぽいよな」
「嘘つき」
私はどんな表情をしているだろうか。
「シフト表、渡したじゃん」
彼が手を差し出した。手をつなぐと、とても暖かかった。父親が、幼い頃にそうしてくれたのを思い出した。
「離したら、どこの子だかわからなくなるから」
冗談で言った一言が、今でも忘れられない。頻繁に振り返って、他人のバッグが頭に当たったりしていないか確認してくれた。あのときは身長がとても小さかったから。
父はゆるく手を握る人だった。手が大きいので、私の手がその中で泳いでいた。早足になって、人ごみにまぎれないようについていくだけで、必死だった。とても背が高くて、引っ張るように私の手をひく人。それが、父だった。私は、枕元にだれかがいてくれないと寝つけないような子供なのに、父はぬいぐるみを買ってくれるだけだった。
渋谷は人が多い。人間なんて、いくらでもいる。女の子も、いくらでもいる。いつかはきっと、独占できる日がくる。
私は彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「大胆だな」彼が言った。
「違う」
「同伴だと思われるかもな」
私の様子をうかがっている。
「なにそれ?」
水商売の人みたいってこと? いちいち言われると、腹が立つ。
「いや、俺が地味男だからさ。怒るなよ」
「自覚してたんだ。さすがだね」
「けっこう言うな」
もっと傷付けばいいのに。
彼はたまに、両手で揺さぶってやりたくなるようなことを言う。本気で悲しんで、表情がゆがむところを見るのを楽しんでいるのかもしれない。水に墨汁を垂らしたときのように、私の感情はどんどん濁っていって、不安が波紋のように広がる。叫びたくなるのを抑えて、彼にしがみつくと、彼は笑って迎え入れてくれる。ただの冗談なんだ。そう思わないと、恋人同士でいられない。一人になってしまう。
「でも、すごく頭がいいと思ってるよ」
抽象的な表現だけど。本当に、そう感じているときもある。彼は、ここぞのときに結果が出せる人だ。勉強だけじゃなくて、運動神経もいい。歩いているだけでわかる。なめらかな身のこなしに、見とれることもある。
「俺も、沙耶ちゃんと一緒にいるだけで癒されるよ」
「私、みーくんといるとどんどん馬鹿になっていくような気がする。頼りすぎてるのかもしれない」
「冷静に見えるけどな。どうせ、今日も帰るんだろ?」
「知らない」
信用できれば、いつでもついていくのに。
「副都心線に乗ったら、一本だから」
彼は話題を変えた。
「赤レンガ倉庫」
指を指してみた。道路沿いを歩いている。彼が車道側。いつもそうしてくれる。
「中、入ったことある?」
彼が言った。
「ない」
「まあ、ルミネと変わらないけどね。オシャンティーなルミネ」
「じゃあ、いい」
「そういう言い方するなよ」
「公園に行きたい」
声のトーンを上げてみた。
「わかった」
いきあたりばったりに歩いているように見えるのに、必ず目的地に着く。私は地図がよめない女だから、こういう一見どうでもいいことにも感動してしまう。
「レジャーシート、持ってきた」
「お。気遣いがあるな。どうしたの? 急に」
「お腹すいてる?」
「うん」
頷いている。
「お弁当も作ってきてあげた」
宮田君の顔がほころんだ。
「え? 本当?」
紙袋から、包みを取り出す。公園のベンチ付近。ゆっくりと、結び目をほどき、ふたを開ける。
「これがお箸。飲み物は、水筒に入ってるぶんしかないから」
紙皿とプラスチックのコップを渡す。
「案外、優しいよな。いただきます」
普段からですけど。
「でしょ?」
彼がタコウインナーを箸でつまむ。食べ方が雑なのが気になる。母親がいちいち注意しなかったのだろう。全然嫌いになれない。
「すげーな。今日の服も、よく似合ってるよ。可憐だな」
簡単に、褒めてくれる。受け取ってほしい通りのイメージ。私になんてだまされちゃってかわいい、と思う。どうでもいいだけかもしれないけど。私が、おもしろかった授業の話をしても上の空だけど、こういうことには素早く反応する。嬉しいと思うべきなんだ、きっと。彼は口をもごもごしている。はずかしいので、目をそらす。人がものを食べているところって、なんだかいやらしい。
「もっと食べて」
箱を彼のほうに押しやる。私も、たまご焼きを口に運ぶ。ちょっと醤油が辛いかもしれない。
「俺さ」
「うん」
「さやちゃんのことが好きなんだ」
「知ってる」
けど、毎日言ってほしい。
「素直になれないときもあるけどさ。守ってあげたいと思ってる。沙耶ちゃんが笑ってるところを見てるだけで、幸せな気持ちになるんだ。だから、もっと笑っててほしい」
「私、そんなに不機嫌そうにしてる?」
「してるよ。正直」
「心の中では笑ってるから」
「だったらいいけど。表明してくれよ」
「なつかしい? ごめんね。子供っぽいのばっかりで」
再び表情をのぞきこむ。
「庶民的だな。普段、こういうの食べつけてるの? 俺の家では、箱もお重だったな」
強がりを言ったあと、抱きよせられて、キスをした。子供が、目の前で走りまわっている。最近、子供が視界に入ってくることが多くなった。なんでだろう。唇がべたべたした。シートの上で、バッタが跳ねていた。
*
深夜。彼から電話がかかってきた。
「内定式があった」
電話だから、表情がわからない。
「で、どうだった? 変な人とかいた?」
「同期にラグビー部の奴がいてさ。僕はなんにでも全力投球です、受け止めてください。とか言って、課長にタックルしてた」
「え? 課長、驚いてなかった?」
「若いエネルギーをもらいました。とかとっさに返事をしてたけどさ。しかも、微妙によろけてたし。俺は目立たないようにしてたから、内心ひやひやしたよ」
携帯を充電器に差し込む音がした。
「なじめそう?」
「部長に気に入られちゃってさ。OBだから、うまくやっていくしかないよな。はー。ストレス溜まりそうだ。その後、飲みに誘われてさ。断れない雰囲気だから、終電で帰った」
「どんなこと、話した?」
「趣味がゴルフだから。勤めはじめたら週末には、一緒にゴルフしようって。休みの日まで浸食するなっての。俺はデートしてたいよ」
社会人になる。彼が。就活のときに会ったのに、実感がわかない。
「お疲れさま」
「若さを吸い取られた。七歳は老けたな。ヨボヨボだぜ」
「玉手箱っぽいね」
お姉さんがいる店での接待もあるのだろうか。
「男性だけで飲んでるの?」
「いや。一般職の女子もいるよ。部長とデュエットさせられてた。あれを楽しいと思えるようになったら、オヤジだな。三年目の浮気とかいう曲、知ってる?」
テレビを観ていて知った。懐かしの曲ランキング。
「馬鹿言ってんじゃないよー。でしょ?」
歌ってみた。
「馬鹿言ってるのはテメーだろうが。クソじじい」
一瞬、間があったのは私の歌唱力のせいだろうか。
「普通の感覚だと思うよ」
「口には出せないけどな」
「そうだね」
若いときは個別の自我があるのに、いつのまにかオヤジになってしまう。だれもかれもが。どうしてだろう。スーツを着た、グレーの集団。家庭生活を粗末にして、妻のことまで冗談の種にする、鈍い人。
「まー。さやちゃんに愚痴っても、疲れさせるだけだし」
「OLさんと交流しないの?」
「お互いに、いるなってかんじ。恋愛対象じゃないよ。俺は福山雅治じゃないからさ。心配するなよ」
「心配なんかしてないよ。木村拓哉じゃないし」
「古いな」
「でも、私は石原さとみじゃないし」
「俺は福山になっても、沙耶ちゃんのことだけが好きだよ」
「私は、石原さとみになってみないとわからない」
「正直だな」
「みーくんよりはね。私、そろそろ寝る」
「俺も。あのさ。旅行しようよ」
「しない」
「やましいこと抜きで」
「近所まで」
「友達と変わらないじゃん」
「一緒にいられればいいって言ってなかった?でも、考えとく。鎌倉行きたい」
「江ノ電、閉塞感があって嫌なんだよ。沖縄行こうよ。車、修理代が半端じゃなかったぞ」
「暑いし、害虫がいそう」
「わがままだな。わかった。また電話する」
このまま時間が止まってほしい。不可能なことがわかっているから、私は布団にもぐりこむ。眠りについても、自分の思考が止まるだけ。目覚まし時計の秒針が、カチカチと音をたてる。
*
キーを差し込んで、右にまわす。震えるようなエンジン音。ブレーキから足を軽く離す。ゆっくりと坂を下ると、信号が見える。目的地まであと四十分。道が混んでいる。なかなか進まない。対向車線をすれ違う車のライトが、地面を照らす。指でハンドルを叩く。
さっき、彼から電話がかかってきた。「早く家に帰るように、言ってくれ」「そしたら俺は歩いてでも帰宅するから……助けてくれ」彼の隣にいたらしき人が、替わって「こいつ、酔ってるんで。すみません」と言って切ろうとした。私は、店の名前を聞いてそこに向かおうとしている。ほとんど、なにも考えずに。
彼に助けを求められたのははじめてだった。恩を返す、という発想がないにもかかわらず。気付いたら車に乗り込んでいた。並木道に並ぶ木は、暗闇のなかで輪郭しか浮かびあがらせていない。本当は、心細い。会いに来いって、呼ばれたわけではないから。迷惑がられるかもしれない。
考えごとをしていたら、前の車との間隔が空いていた。クラクションを鳴らされる前に、距離を縮める。どこでもドアがあればいいのに。直線を辿ったあと、カーブにさしかかる。楽々と通過できる。神様は、運動神経のない私に運転の才能をくれた。教習所でも、ほとんど注意されたことがない。周りの生徒にも、意外がられた。夜中のドライブは快感だ。こんなに大きな乗り物を、私が操作しているなんて。思わず、鼻歌を歌う。窓ガラスに自分の姿が映った。寝転がっている格好に、マフラーとコートだけを着て出てきてしまった。。しかも、コートはセールで買った似合わないほう。トレンチコートに挑戦してみたくなって、つい購入してしまったのだ。色が、無難なベージュなのがせめてもの救いだった。自分でも、思いもよらなかった。地元でしか着ていなかったのに。髪の毛だって、くしゃくしゃだ。エンジンの部分に、キーケースがそのままぶら下がっている。ありのままの私は、だらしがない。それなのに気持ちが加速する。なんでもこい、と思える。夜は恐ろしい。心地よい罪悪感とともになにもかもを隠してしまう。
東京は、昼間以上に夜もにぎやか。親しそうに話す男女が、横断歩道をゆっくりとわたっていく。恋人同士では、なさそうだ。Nマークのリュックを背負った子供たちの集団は、ガードレールのふちで肉まんを食べている。若いサラリーマンが、鞄を背中の後ろに預けながら歩く。車道沿いの家の電気が消えた。なかなか進まない。進路を変えるべきか悩む。信号が、青になった。焦りとともに、メーターが上がっていく。私の家の近くにはない、近代的な建物が目に入る。だいぶ遠くまで来た。たぶん、もう少しだ。「あと十メートル先を左です」カーナビが勝手にしゃべった。
着いた店は、ただの居酒屋だった。乱暴にドアを閉めて、狭い灰色の階段をのぼる。運動不足なせいか、息があがる。三階。やっと着いた。
「あの。団体のお客さん、いますか? 学生っぽい」
最初に目に入った店員に声をかけた。時計を見る。十一時半。もう、帰っているかもしれない。私が血気せまる勢いだったからか、店員は心当たりのある個室を一緒にまわってくれた。五番目の部屋の前に、彼の靴があった。いつも、丹念に磨かれた革の靴を履いているから、すぐにわかる。奥に宮田君が寝そべっていた。座布団が三枚、頭の下に敷かれている。襖を半分開ける。私はなにも言えなかった。室内の人がこちらを見た。
「あ。宮田、彼女が来たよ」
電話を取り次いでくれた男子が、宮田君の隣に座っている。宮田君は肘を顔の上に乗せている。問いかけには無反応。私に悪口を吹き込んできた三木君も同席している。テーブルの上には、何種類もの飲み物を混ぜたのだろう。不思議な色のお酒がグラスの中に入っていた。嵩がだいぶ減っている。高校時代の仕返しに、これを飲まされたのだろうか。
「宮田はダメなパターンだから。こっちこっち」
ミニスカートを履いた可憐な女の子が、立膝しながら手招きする。ワイルドだ。もしかしたら、アルコールのせいかもしれないけど。私は靴を脱ぎ、畳の上に上がった。
「彼女も、飲みなよ」
グラスを用意して、デカンタからカシスオレンジを注いでくれる。
「ごめんなさい。関係ないのに、来てしまって」
「いいよ。ゼミの飲みだし。先生は先に帰ったし。なんて名前?」
「さやです」
口調は和やかなのに、周囲から好奇心をもたれているのがわかる。私は、闖入者なのだ。せめて、もっとましな服装で来ればよかった。宮田君は、細いいびきをかきはじめた。木枯らしのような音が口から洩れる。
「宮田のやつ、内定式が終わったあたりの時期からなんか変で…」
「内定式のあとの飲み会で、手品したんだって。そういうタイプ、出世しないよ? いいの? 宮田で」
「っていうか。発表のときのレジュメ、適当じゃなかった?」
「レベル低かった。あれが実力なんじゃないの?」
寝ているのをいいことに、言いたい放題言われている。これが共学スタイルなのだろうか。私は、普段の宮田君を知らない。授業中のことも、バイトのことも。本人から聞くことしかできない。
「案外、飲めるタイプ?」
三木君が、勝手にお酒を追加する。気付けば三杯目だ。視界がぼやけて、判断力が鈍ってきた。
「宮田君、どうしちゃったの?」
口に出したことを後悔するような言葉だった。頭が悪そう。おもむろに、宮田君を揺さぶる。起きない。
「うわ。もしかして沙耶ちゃんも酔ってる?」
女の子が、声をあげる。
「三木、責任とれよ」
「え、俺?」
「彼女を虐めるな!」
宮田君が、なんの脈絡もなく身体を起こした。が、五秒もしないうちにまたもとの体勢に戻った。今度は深い眠りについている。
「そもそも、宮田のせいだから」
「さやちゃん、宮田に気をつかわなくていいよ。実態はこんなだし」
「これは、そのうち振られるな」
三木君は、腕組みしている。
「いいよ。宮田はこのままで」
「さすがにかわいそうだろ」
男子全員で、宮田君は担ぎだされた。タクシーを呼び、行き先を告げたあと車内にねじ込まれる宮田君。あんまりだった。とにかく、迎えにきた私はなんの役にも立たなかった。
(第06回 了)
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