さやは女子大に通う大学生。真面目な子だがお化粧やファッションも大好き。もちろんボーイフレンドもいる。ただ彼女の心を占めるのはまわりの女の子たち。否応なく彼女の生活と心に食い込んでくる。女友達とはなにか、女の友情とは。無為で有意義な〝学生だった〟女の子の物語。
by 金魚屋編集部
3 食卓(一)
「着いたよ」
駐車場に車が停まる。私は窓の外をながめていた。彼は運転に集中していて、口数が少なくなっていた。
反対側のドアが開く音。後ろからまわってくるつもりだ。いつも先に外に出て、こちらのドアを開けてくれる。彼が背中を向けたので、ガラスに映る自分の前髪をなでつけた。ガラス越しに彼の顔が見えた。
対面に駐車してある車から、女性が出てきた。黒いニットのミニワンピースが、綺麗な脚を際立たせている。ドアが開くのが遅い。彼が、女性を目で追っていた。なんでこんなときに。内側からノックするべきか。数秒まよったあげく、私は思い切りドアを開けた。彼は右によけた。先には柱がある。鈍い音がした。
「あっ。やっちゃった」
注意をひく。怒るかどうか、表情が見たかった。こういう方法でしか、愛情を確認できない。
「もしかして、わざとぶつけた?」
「なんで?」
私はふたたび笑みを浮かべる。
「そっと開けてって前に言ったのに」
「覚えてない」
「そうだよな」
一瞬苦しそうな表情をしたあと、彼はなにごともなかったかのようにふるまった。あきらめたのだ。夕方と夜の境目の時間。周囲が暗くなりはじめている。
彼と会う日は、普段よりも早く起きてしまう。なのに、十五分は遅刻する。不思議だ。服を選んでいる時間が長いからかもしれない。悩んだあげく、わりとコンサバで無難なところに落ち着く。今日はバイカラーのカーディガンにグレーのミニスカート。
「お台場、はじめて?」
まさか。都民なのに、そんなわけがない。私はあえてなにも言わなかった。デートスポットにはあまりバリエーションがないみたいで、男の子たちとはよくお台場に行った。一人でひたすらしゃべっている人。すぐに怒りっぽくなる人。他人の悪口を言ってばかりの人。色んなひとがいた。
付き合ってるわけでもないのに、「沙耶さんは、無口なのが美点ですね。お酒をあまり嗜まないのも決め手でした」なんてコメントしてくる男子もいて、その人とは二度と会わなかった。自分は条件がいいと思っていたらしく、連絡しなかったら逆切れされた。選んであげたのにどうのこうの……だという。早く家に帰りたいと思った。
彼とは、就職活動のときに会った。
「就職活動はしているのか?」
家に帰ると、食卓に祖父が座っていて、くりかえし同じ言葉を言われていた。
「なんで? まだ三年になったばっかりだよ」
「そういうことはな、早いにこしたことはないんだ」
「知ってる」
「だから、早め早めに準備しろ」
「で、どうするの?」
「勤めたら、働くってことがどれだけ大変か、理解できるだろう」
「はあ。わかった。就活する」
「就活するんだな? な。な」
「はいはい」
自分だけが賢くて、周り中の人間のことを低能だと思っている。どんな生き方が褒められるかなんて、だれにでもわかるのに。祖父は、定年まで道を踏み外すことなく働いて、今は仏頂面でテレビに貼り付く日々。全然幸せそうに見えない。こうなりたいとは思えない相手から、アドバイスされても聞く気にならない。
「あなた、今日はもう散歩に行かなくていいの?」
「いや、一日に三度も行かないよ」
祖母に邪魔にされていることにすら、気付かない。愛されてないのに。見えないものはないも同然なのだろうか。
とはいえ、祖父のしつこさは尋常ではない。逆らったら、何千回でも同じことをくりかえしてくる。私は、形だけのシューカツをはじめたのだった。
ネットは便利だ。就活サイトにプロフィールを登録すると、メールが来る。その中のある企業の筆記試験をパスして、グループディスカッションをした。なぜか総合職の枠で受けていたのだ。帰って、頑張ったけどダメでしたと報告するために、その会場にいた。やっぱりできそこないだと説教されたら、すべてスルーしようと決めていた。
本社の十二階。第一会議室に集合した。試験官が、資料を配った。過疎なかんじの街の写真がプリントされていた。A4の用紙を五枚。主要な特産物、なし。町長の名前。どこの県か。そういうことが、印刷されていた。隣に座っている男子が質問した。
「特産物ですが、食用の梨ですか? それとも、該当するものがなしということですか?」
「特になしということです」
胃の中に電流が走ったかのように、ピリピリしたものが横切っていった。私はこの空間にいるだけで、ほぼ関係がないのに。臨場感だけを体験していた。当事者意識が欠如していた。リクルートスーツを着ていても、コスプレのように感じた。
「十分間時間を与えるので、この町をアピールするためにどのようなことができるか、考えてください。そのあと、ディスカッションしていただきます」
狭い空間に、はりきった声が響いた。
ページを繰って写真を眺めた。考えているふりをするためだった。都会でも、田舎でもないのではないかと予想した。特徴はないけど、住むには案外快適かもしれない。感想が頭の中に浮かんでくる。けど、それではディスカッションなんてできない。興味を持っているふりをしているだけなんて、逆に失礼なのではないかと思った。
頬杖をついて、人をひとりずつ視界に入れた。試験官と目が合いそうになったので、机の上を見る。落ちるな。絶対に落ちる。ペンケースからシャーペンを取り出し、芯を出しては引っ込めた。脳細胞が壊死しはじめているのではないかと思った。十分が経過した。まともな議論はできそうになった。思いついたことをべらべらしゃべった。
終わったあと、会場にいた人たちと食事をした。お互いに励ましあおう、という流れで連絡先を交換した。一週間ほどして、お祈り通知が届いた。すみません、これが結果ですとボールペンで書いたあと、黙って食卓に置いておいた。
「おい。不採用だったのか」
祖父が憮然とした表情でこちらを見ていた。
「そうだけど」
「もっと的確に自分を捉えろ。人間はそこからだろう」
仁王立ちしている。
「あっ。はい。すみません。自分がわかってなくて」
「就職するために大学に行くんだよ。哲学科や仏文科を専攻する奴は、クズ以外のなんでもない。それで男だったら、目もあてられないよ。落伍者だ。たいした頭の中身だとは思えない。聴講生と変わらんよ。天ぷら学生だ。意味がわかるか? 衣だけが学生なわけだ。実態は、カスカスのエビだよ。何度も揚げているから、大きく見えるんだ。おじいちゃんは若い頃、そういうエビを食べ続けてきた。ロレックスの時計をしている奴の横でな。そいつは、会社をつぶしてしまったよ。お粗末な奴だった。自業自得なんだ」
「かわいそう」
「バナメイエビを五度揚げたような奴さ。腐った脳味噌のな」
責められているのに、私は優越感を感じていた。働く気など、最初からなかったのだから。
部屋のポトスに水をあげていたときのことだった。就活のときに梨の質問をした男子から、電話がかかってきた。試験から二週間くらい後のことだ。曇りで、毛穴がふさがってしまいそうな湿度の日。
「どうだった?」
電話越しに聞こえる声が好きだ。特に男の人の声は。
「なにが?」
「結果」
「わかるでしょ?」
「今、なんとなく気づいた。知ってて聞くほど、性格悪そうに見えた?」
「まーね」
すこし八つ当たりしてみた。
「誤解されたままになるのもなんだし。食事にでも行かない?」
「映画がいい」
そういう流れで、何度か会っているうちに彼氏になった。付き合うかどうか迷っていたら
「誕生日にはロブションにつれて行ってあげるよ。僕の車でドライブしよう。欲しいものがあったら、買ってあげる」と言ってきた。計算高いのを見抜かれていたのだ。
彼が私のどこを気に入ったのかは、いまだにわからない。期待と失望とが入り混じって、私は少しだけ不機嫌になる。
「めずらしいものがある店、見つけたんだ」
「あ。楽しみ」
ほとんど考えずに、言葉を返す。
多国籍料理のお店で、花茶を飲んだ。乾燥した球根のようなものにお湯を注ぐと、その円形が開いて花になる。たった、それだけだった。細長い透明のグラス越しに、窮屈そうに咲く花。お茶はあまりおいしくなくて、普通のウーロン茶と変わらなかった。感動とかはあまりなかった。けど、彼は私を喜ばせようとしてくれたのだ。それだけは感じた。
「きれいだね」
「だろ?」
会う前はそわそわしているのに、目の前にいるとなにを話していいのかわからない。だから、大半は黙っている。本当は、聞きたいことがたくさんあるのだ。どうして私のことが好きなのか、とか。前の彼女とはどうして別れたのか、とか。単なる気まぐれなのはわかっているから、いちいち質問するのもばかばかしいのかもしれない。好きだというのが事実で、今は別れる可能性がないんだから考える必要なんかないじゃない、と女友達は言う。どう思われていようと、私が彼のことを好きにならなければおあいこなのだし。
「フジテレビ、行かない?」
「うん」
だって、あとはジョイポリスしかないし。ため息をおさえて、目に力を入れる。そうすると、笑っているような表情になる。泣きたいときでも。
慶應の彼氏。流行の靴。ヴィトンのバッグ。ファッション雑誌に載っているものを集めれば、幸せになれる気がした。なのに、ヴィトンのバッグは重たいし、慶應の彼氏は思うようにならない。ヴィトンだって、ただの塩ビ素材なのだ。彼が普通の男なのと同じように。
白のワンピースの裾が、風でひるがえる。細かなラメが入っていて、下にフリルが付いている。無駄にふりふりしてて、馬鹿みたい。ストッキングが脚に貼り付いて不快。私だって、普通の女。だから我慢しないと。
早く帰ること。あまりしゃべりすぎないこと。彼を問い詰めないこと。深刻なところを見せてもだめ。ママから言い聞かされた言葉を、頭の中で再生する。そうすれば、幸せが手に入るはず。幸せとは、今よりもいい暮らし。それ以上のことはない。頑張れ、私。嘘ついたっていいじゃない。
チケットを手渡されて、エスカレーターをのぼる。「ありがとう」できるだけ、柔らかい口調で答える。うんざりするくらいの人出。邪魔だから、家でおとなしくしていればいいのに。壁面が透けていて、地上から遠ざかっていくのがわかる。高所恐怖症ではないけれども、閉塞感と足元がすかすかする感覚で不安になる。三階で、彼は私の手をとった。おもちゃの展示がされているらしい。幼稚でつまらなそう。無邪気なふりをさせられるかも。手をつないでいるのに、彼は私の気持ちにも気付かない。
ウインドーの中に、おもちゃが並んでいる。律儀に男の子と女の子のコーナーに分けられて。彼がミニ四駆を指差した。エンジン音の真似をしている。
「なにそれ?」
思わず、口に出してしまった。
「セルシオ」
「ほかのは?」
「フェアレディ。聞いてくれる?」
頷く。先ほどと変わらない音声が繰り返された。
「すごいね」
「だろ?」
けど、褒めたら誇らしげにしていたので黙っておいた。車好きなのに、ドアを傷付けてしまったことに罪悪感が沸いた。性別が違うと興味の対象も異なるのだ。ある意味新鮮。男子用のものは、あとは鉛筆とカードゲームしかなかった。女子のコーナーまでだらだらと進む。
女子と書かれたそっけないピンクのプレートの下に、リカちゃん人形が並んでいた。セルロイドの均一な肌。無限に与えられる服。フランス人のパパと、元スチュワーデスのママ、ハーブ研究家のおばあちゃんを持つ、裕福な家の娘だ。決してエスタブリッシュメントではない、新しいタイプのお嬢様。一応、理想的な家庭ということになっているのに、実際に近所にこんな人が住んでいたら主婦たちから浮き上がるだろう。私はリカちゃんがすこし羨ましい。いつまでも女の子だし。甘やかされて、気楽なところだけつまみ食いできる。人形だから、パーマネントに清潔でいられる。まわり中、自分にしか関心がないから「ワタル君と結婚するの?」なんて聞かれないだろうし。彼氏がたくさんいるのも、リカちゃんの世界では普通らしい。
横には、リカちゃんハウスが置かれていた。幼稚園のときの誕生日に買ってもらったのと、同じものだ。
「こういうタイプの女の子、沙耶ちゃんの学校にけっこういそう」
なんの感情も交えずに、彼が言う。
リカちゃんは、黒地に白い音符が付いた、シフォンのスカートを身に付けていた。トートバッグを持っている。説明書きがしてある。
きょうはホームパーティー。あたらしいふくに、あたらしいおともだち。しあわせすぎてこまっちゃう。
私だって、今日は新しい服。彼氏だって、そのうち新しくなるかも。どうしていいのかわからなくて、こまっちゃう。
*
「テニサーの子、最近見なくない?」
話題がないので言ってみた。粉っぽい教室。マリークワントのバッグから、クリアファイルを取り出す。ルーズリーフが五枚。昨日、彼が花はじきを買ってくれた。算数の時間のときに使った、シンプルな花形のおはじき。ピンボケなプレゼントだけど、私が喜ぶと思ったらしい。いなくなったと思ったら、すぐに戻ってきて手渡してくれた。裏に、マグネットが付いていた。ふたつは冷蔵庫に貼り付けて、ひとつだけペンケースに入れておいた。あとは、家の机の中。使い途がない。
「妊娠して、おろしたらしいよ。噂だけど。奥さんいる人が相手だったんだって。隠してたから、知らなかったらしい」
マスカラを塗りながら、ゆかが言う。ラウンド型の黒のポーチが無造作に置かれている。agnes.bのやつ。化粧品を三千円以上買うと、おまけが付いてくるのだ。同じのを私も持っているけど、まぎらわしいので学校に持ってくるのをやめた。
「あっ。そうなんだ」
私にはなにもできない。昨日も早く帰ってきてよかった。女の恋愛って、穴ぼこのふちで踊っているみたいで危なっかしい。隣の人がいつのまにか消えていて、ふと見たら大変なことになっている。考えてもどうにもならない。せいぜい、気をつけないと。左手の中指に視線を移す。ベビーパールの、華奢なリング。バイトしてもなかなか貯金できないのは、細かな消費癖のせいだ。
「で? やったの?」
ゆかの質問のしかたはそっけない。
「どうでしょう?」
私は頬杖をついていた。
「興味ないけど」
「なにそれ?」
「どうせ普段通りだったんでしょ?」とゆか。
「まーね。なんでわかったの?」
「色気ないし」
「は? それとこれとは関係ないよ」
「じらしてばっかりだと、だれかに取られるよ」
「そしたら別れるよ」
先生が黒板の前に現れた。仕立てのいいスーツ。布に光が当たると、かすかにブラウンなのがわかる。恵まれている人特有のおっとりした、しかも傲慢な雰囲気を発散している。白髪が混じった髪の、上品といえなくもない外見。背も低くはない。
突然、話しはじめる。『赤と黒』について熱弁している。ジュリアン・ソレルの純愛。社会的地位を捨てて愛に生きた人間がどうのこうの。捨てる地位もない人間が他人を愛しても、感動を呼ばないのか。同じ愛でも、立場によって重さが違うわけね。利用されていたことに気付いても。ありがたみがないってわけですか。漠然と、私は考える。
「テニスサークルの子って、知ってる?」
「あー。馬鹿だよね。自己責任だと思うよ」
だれかが噂している。
ゆかが、クレージュのバッグからコンビニのおにぎりを出した。具はシーチキンだ。後ろからは、カレーパンの香りがしてきた。ビニール袋をばりばり引き裂く音。斜め前の子は、お寿司を箸でつまんでいる。まぐろと卵焼きだ。ぎざぎざの、偽物の葉っぱが添えられている。醤油をかけすぎな気がする。
続いて、先生は疑似科学と科学の差異を説明しはじめた。靴の先を見ながら話しているから、だれも聞いていないことに気付かないのだろう。でかでかと、板書している。そんなことより、どう生きたらいいのかを教えてほしい。どうしたら私は幸せになれるのでしょうかね、先生。
プリントにメモ書きを加える。生物年齢なんか、なかったことにして勉強していられたら悩みなんてないだろう。きっと。
私には毎月生理があるので、定期的に自分は哺乳類だということを思い出す。悪い気はしない。けど、自分のことを知的な存在だとは思いづらい。風邪のときとは違う、根源的な怒りのようなものが沸いてくるからだ。体力はないのに、手負いの虎のように、だれかに食ってかかりたくなる。そんなかんじ。野生が目覚めてしまったとでも言うべきか。お腹の内膜にガムテープを貼られて一気に剥がされるような感覚。痛い。もっとゆっくりやれよと叫びたくなる。まるで、中でだれかがガムテープではがしているかのよう。妙に眠たくなるのも特徴で、周囲のことへの関心も薄れがちになる。吐きそうだし、急激に体温が上がって、倒れそうになったこともある。あのときは死ぬかと思った。
そんなことが重なると、教科書を持ってキャンパスをうろうろしているのが間違いな気がしてくる。だからといって、早く子供が欲しいとは思わないけど。動物を育てるのも面倒なのに、子供なんて手がかかりすぎる。よだれのついた服で歩きたくない。きれいにマニキュアしていたい。たまには通行人に振り返られたい。女だということと、動物の一種だということを両立できない。すぽっと産まれて、一週間で成人する子供が欲しい。
学生はものすごく気楽な身分だ。自己紹介するときも、「学生です」と言えば許してもらえる。たとえ、授業中にほかのことを考えていようと。先生が板書をやめたので、私も青字に水玉の、細身のシャーペンを机に置いたままにした。必要なことだけ暗記すれば、Aがとれる。
先生の話は高尚すぎて、違う世界の人が喋っているかのように思ってしまう。地上から遠く離れて、空気から食べ物を取り出したい。けど、仙人にはなりたくない。大学教授って、私からしたらそのくらい遠い存在だ。努力、というのも私が行っている実体のないものとは別種のものだろう。毎日、点数の入らないゴールポストにボールを投げ込むようなことではなくて。
「質問は、ありますかね?」
残り五分。
「せんせっ」
斜め前から、甘ったるい声が聞こえてくる。襟開きの広いVネックを着た女の子だ。女子大だから、女の子しかいないけど。
「質問をどうぞ」
うふっ。とでも言いたそうな表情を浮かべている。内気で声を出せないと思ったのか、彼女のほうに先生が寄ってきた。
「この単語の意味って、なんですか?」
「どれどれ」
先生は、のぞきこみ、当惑し答えを飲み込んだ。
「あっ。わかりました。ありがとうございます」
なにを聞いたのかなんとなく予想がついて、他の女子たちもにやにやした。いつも葛藤の中心にいて、どうにもならなくて。周囲に戸惑いをまき散らす。それが、女の子だ。
ゆかからルーズリーフの切れ端がまわってきた。
――動揺しちゃって、バカじゃないの?
チャイムが鳴った。テキストを即座にバッグの中に突っ込んで、私たちは解散する。
「じゃあ、またね」
ゆかが、カフェテリアのテーブルから立ち上がった。
「デート?」
そういえば、コテを教室のコンセントで充電していた。彼がお手洗いに行った隙に、巻きを直すのだろう。
「まあね」
返事をする前に、ゆかはこちらに背中を向けている。だんだんと遠ざかっている。彼氏がいないと、お座敷がかからない芸妓になったような気分になる。中途半端に取り残されるから。だから、私も彼氏を作った。ファッション雑誌をめくっていても、デート服の箇所をスルーしていると損した気分になる。彼氏がいる人と同じ料金を払っているのだ。私には関係のないことだね、で済ませたくない。私は妙にいじきたないのか、人がやっていて楽しそうなことは片っ端から真似してみる。
高校生のときは、原宿でマリオンクレープを食べて全身プリクラを撮るのが日常だった。それに飽きると、気に入らないクラスメートのことを「古くなった木のしゃもじに似ている」と形容して、にこにこしていた。スクールバッグの紐を両肩にかけて、担任に怒られたり、上履きのかかとを踏んで歩いたり、やたらと大きいストラップを携帯に付けるのが日々の楽しみ。下手をすると、携帯本体よりも大きくなってしまう。その傍らで、ディズニーショップで小物を揃え、「マリーちゃんは私のキャラクターだから、ほかの人は使わないでね」と、クラス中を威圧していた。金城武みたいな彼氏が欲しいからあえて現実の彼氏は作らない、と公言するという神をも恐れない行為をも行っていた。合唱コンクールのときには、学級委員に「お腹から声を出せ」と言われて、練習をサボるようになった。「お腹から声が出るわけないじゃん。そんなことがあったら、怪奇だよ」と反論して。よくいるアタマの弱い女の子だった。
デートは単調だし、型通りだ。日中は友達同士で行くようなところで遊んで、深い仲の人たちはその後ホテルに行くのだろう。いちいちコントラストをつけるのも、意味がわからない。白々しくて、笑ってしまう。セックスしたいだけなら、初めからホテルに籠っているだけのほうが言いわけがましくなくて潔い。私は嫌だけど。
(第05回 了)
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