女子高生のミクはふとしたきっかけで社会人サークルに参加することになった。一足先に大人の世界の仲間入りするつもりで。満たされているはずなのに満たされない、思春期の女の子の心を描く辻原登奨励小説賞佳作の新鮮なビルドゥングスロマン!
by 金魚屋編集部
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バイトとバイトの日々。お小遣いが足りない。高校生がムリをして社会人サークルに出入りするとこういうことになるのだ。サークルのメンバーとは、しばらく連絡を取り合っていない。きっと、日帰り旅行をして距離感が縮まったから、その反動なのだろう。家に帰ってソファでくつろいでいると、タカヒロから電話があった。
「テレビ観てみて。六チャンネル」
タカヒロの声ってこんなだったっけと思った。そのくらい、久しぶりに感じた。部屋にテレビがないから、居間まで移動する。リモコンのスイッチを押し、チャンネルを六に合わせる。女子アナが、深刻そうな表情でニュースを読んでいる。その下には
有限会社ネクストステージの代表取締役 鳴島哲容疑者を商標法等違反の容疑で逮捕
とテロップが入っている。
連行されるときの様子ではわからなかったものの、犯人画像に映っていたのは紛れもなくメルさんだった。鳴島容疑者|メルさんは集めたメンバーに偽名を使わせ、様々なコミュニティで物品の直接販売を行わせていたという。テレビ画面には、正規品と並行輸入品の違いが図示されたボードが映し出されている。シールが剥がされ、模造品という赤い太文字が現れた。正規品とは輸入ルートしか変わらない並行輸入品と偽り、ブランドの模造品を販売していたようだ。
「ミクが引っかかりそうになったの、これと似たようなやつじゃないかと思って」
「……かもね」
さすがに、そのものだとは言えなかった。
「早めに気づいて良かったじゃん。下手したら加害者になってたかもしれないし」
「うん」
ありがとう、の言葉が出てこない。
終話ボタンを押すと、ツーツーという音だけが耳の奥に響いた。机の上に新聞の朝刊が置いてあった。普段は読まないけれど、広げてみる。やっぱり、同じニュースが載っていた。十代から三十代の若い世代を集めてパーティをして……。
けど、私はだまされていたわけではない。自分の意思であのサークルに行った。
スマホのアプリでDiscordを開くと、グルグルグルドのコミュニティがなくなっていた。当然、エリアさんとも連絡が取れない。個別のアイコンですら、見当たらなくなってしまったから。私は打ちひしがれていた。グルドが、いなくなってしまう。特別な私が、いなくなってしまう。
エリアさんの言葉を思い出す。周りに公認されていないからといって、人間関係がなくなるわけじゃない。
あきらめの悪い私は次の日、渋谷のあの店まで行った。
「リオナさん」
正面から、声をかけてみる。カシュクールワンピースを着たリオナさんはまるで、なにも聞こえなかったかのように私の横を通り過ぎ、ブランド物で身を固めた女性に接客をした。笑顔はだれにも向けられていなくて、まるで空気に話しかけているようだった。
月曜日は学校だった。週五日の通学はやっぱり忙しくて、期末試験も近かったから私は忘れることができた。
「試験三日前の生活を毎日続けることができたら、もっといい大学に入れたのに」
とか言いながら、ミライと駅までの道を歩く。
反対側のホームで、ミライはセンター試験の問題集とにらめっこしている。ホームに滑り込んできた電車は空いていた。座席に座って、カバンを横に置いてローファーのカカトだけ脱ぐ。各駅停車はゆっくりすぎるから、余計なことを考えてしまう。きっと、ほかの人たちもみんな、なにもなかったような顔をして日常生活を送っているのだろう。本当の名前を知られたら死んでしまう魔法つかいのように。
何度も人が入れ替わって、乗り換えの駅に着いた。駅のアナウンスを背にして、地上への階段を登る。外はただ寒くて、今はまた春が来るなんて思えなかった。人を乗せていないバスが私の横を通り過ぎて、やがて追い抜いていった。
(第10回 最終回 了)
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