世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
鏡
そこにわたしはいる
水に囲まれて
冷たさを知らず
流れの中で
揺れることもなく
欲している
ただ欲している
ここにいるわたしを
わたしの手が
水をすくい
誰かの口に含ませるのを
わたしの足が
踏み出しながら
別のどこかへ抜けていくのを
そこにわたしはいる
ここにあるテーブル
ここにある赤い椅子
古い鳥籠
木のかたちのランプに
囲まれながら
感知せず
関知もせず
わたしを見ている
雲の上縁のような
輝きに包まれて
欲している
ただ欲している
赤い椅子に腰掛ける(わたしを
テーブルで葡萄を食べる(わたしを
日が落ちる頃に
ランプを点ける
壁に木の枝が
黒い指のように這って
そこにいない鳥が鳴く
そこにいるわたしは
耳を澄ましている
ここにいるわたしの
耳に囁く
わたしは欲している
欲する人々の
わたしは思惑でできている
わたしは欲している
欲する人々の
わたしはイマージュであり
わたしは欲している
欲することを
欲されることを
あなたは、と呼ばれることを
わたしの背に
わたしの影が
薄く貼りついて
陽炎のように
幻のように
揺れている
ある日
とん、と足を踏み鳴らして
わたしは振り返った
わたしを騙して
顔を覗き込む
少しうつむいて
そこにあなたはいる
水に囲まれて
冷たさを知らず
流れの中で
揺れることもなく
鏡の後ろは
文具と書類の棚になっている
わたしは物差しを出して
正確にはかる
アインシュタインの予言通り
あなたとわたしの距離は
伸び縮みする
昨日のこの時間までと
一昨日のこの時間までも
伸び縮みする
あなたは雲の上で
あやとりをする
わたしは床の上で
ままごとをする
時が過ぎ
時が縮み
ほんとに食べられる
夕飯をつくる
雲の上のあなたは
いつの間にか
流しに立っている
水を欲して
水に欲されて
わたしを振り返る
あなたは関知しない
あるいは感知しない
夕飯のことなんか
わたしは待っている
あなたが囁くのを
それまで待っている
よほど言い出すのを
わたしは欲している
欲するあなたの
わたしは思惑でできている
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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