〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
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僕たちには、僕たちの旅行の計画が、水面下でずいずいと、大きく波を押し分けて進んでいくのが感じられる。僕は彼女の手を掴んで、体幹に力を入れ大きくふくらはぎを動かしている自分を想像した。僕の膝下の二本の足が、彼女みたいに、僕の大きな力に付いてきて、力を補助しながら動いている。
この2、3年、大切に心に憧憬を持って思い浮かべてきた大好きな、本当にタイプな女との旅行を実現させるまでの過程を今僕は歩んでいる。-2、-1、0、そして1へと飛び立てるように。彼女を見つけた。彼女と話を決めた。代理店へ来た。旅のコースを決めた。0地点までもう少し。僕は彼女を幸せにするために生れてきたんだ!(Yeah)
白い空白の部分を、ヤドカリからもらったマーカーで線を引っ張っていくと、文字が反転し文字が浮かんだ。
ナサイ シナサイ キニシナサイ マゼナサイ ハガシナサイ ヌギナサイ オヨギナサイ ステナサイ はなしシサイ よごシナサイ(よく)マチナサイ(適当に)ハナシナサイ ステナサイ カワイイ イキナサイ(街で)キキナサイ(軽く)オドリナサイ(それを)ヨミナサイ ハキナサイ ヨゴシナサイ コエナサイ みなサイ くだサイ うるサイ シナサイ ステナサイ マワリサイ おちナサイ ゆきナサイ こえナサイ
よく見ると、カタカナと、マーカーで塗りつぶした部分の間にも、なにやら文字が書いてあるのが見えた。文字通り、文字の間に挟まっていた。
「なんだろう?」「なんでしょうね」ヤドカリ女は言った。
「この旅の心得です」彼女は言った。
次はヤドカリ女の質問攻めだった。しかしこの間にも僕は、この旅行への道筋を進んでいる実感を、ひしと味わっていた。
「どのぐらいの期間、ご旅行を計画なさっていますか」
「10日です。今年大学を出たのですけど見習いの身分で」
「何を勉強なさっていたのです」
「建築です。彼女はジャーナリズムを。この夏が終わればロシアに行ってしまうのです」彼女の方を向いた。僕を認めるような微笑みをくれて、女の方を向きなおすと「サンクトペテルブルグがわたしの憧れの都市なんです」と言う。
「わたしもです。それはお寂しいでしょうね。絆を深める旅行を、ぜひ私たちがお作りしましょう」
「ところで、コラージュの国とは何なのですか。これだけの説明では僕たちは何もまだ掴めていません。この国を旅行することが、未来永劫僕たちの未来に明るい光を照らしてくれる可能性があるのだと認めてくださいますか。それほど、素晴らしい旅程なのでしょうか。もしも危ない土地へ行って、不気味な思いをして帰ってくるのでは、僕たちの淡い青春に不穏な影を落としますからね」
「いくつかの国を生地のように選び、仕立てるのです。それは、ヴィンテージの洋服のようにあなたたちだけの一点ものでしょう」
あなたたちはまず3つの国を選びます。世界の国々、163か国を3つのグループに分けました。そのグループのそれぞれのリストから、一か国ずつ選んでいただきます。もちろん、私たちは要素を組み上げて再構築させていますので、紛争地域、外国人の入国を法律で禁止している国、観光が認められていない国や地域もそこに含みます。選ばれた3つの国はランダムに、そして時には似たもの同士が引き合い、時にはよりかけ離れた要素のコントラストを映えさせながら、よく混ざり合います。土地の風景、人々、有名な観光地。それだけでなく、人々の風習や価値観、物の見方、言語、が様々な形で切り取られ、貼られ、再構築されて世界として現れます。ただし小さな単位、小動物や、植物、昆虫、サッカーボールよりも小さなものは、決してそれ以下の大きさで混ざり合うことはなく、単体として独立しています。コラージュの国を制作するプログラムの「混合機」の能力では、人間の頭よりも小さいサイズのものは認識されませんので。詳しいことは言えませんが、現時点では技術も時間も追いついていません。後、数年も経てばバージョンも上がり手間暇が追いつくようになると思いますが…現時点ではなんともいえません」「今、どのバージョンか? そうですね、こちらのプランはⅢになりますね。初回が出たのが2008年のことです。1~2年単位で新しいものが出ておりますが、次は半年後にⅣに刷新される予定があります。そして、原則として人には改ざんを加えないことにもなっております。今の法律では、中世の頃に錬金学者の姿とともに写本に描かれたような奇妙な人間を、実際に生命を吹き込んで再現することは禁止されています」
ということで、僕たちは、(グループA)(グループB)(グループC)の国のリストに目を通した。この3つのグループは、経度によって簡単に分けられていた。ロンドンのグリニッジ天文台を通る0度の線から、120度ずつ世界を切り分けて行く。ロンドンからヨーロッパ、アフリカ大陸の西の端を切り取りつつ大西洋を渡り、グリーンランドを北方に据えつつ通り過ぎるとブラジル、ボリビア、アルゼンチン、カナダ、北アメリカ、メキシコが見える。メキシコ湾、バフィン湾、ハドソン湾、デービス海峡。ニューヨークを北西に添えたバミューダ諸島。聞きなれない名前に好奇心がそそられる。提示された地図の上で朱色の太線となって記されている経度120度に突き当たる。もちろん、このポールをするすると下に降りていくと、そこには南極海と、白い南極大陸の大地が広がる。南極大陸の上方の輪郭は、水に引き寄せられたマーブル模様の一部のように揺らめきながら突き出たサウスシェトランド諸島から、振動に震えているような細かく入り組んだ複雑な輪郭線を持っている。この地図を見ていると、神の指の震えの痕跡のような、細かい輪郭に気持ちが引かれる。この震えを持った国が他にもないか探すと、チリの南の尾骨のような形をした海岸線とか、グリーンランドの周囲、アメリカ大陸のカナダ、アラスカの下方がこの振動を誇っていた。
120゜Wの線はちょうどロサンゼルスの左側をかすめる。バンクーバーとシアトルの、襟もとの二つの小さなボタンのように並ぶ位置を過ぎると、アメリカ合衆国の本土は終わるがカナダの西部、アラスカの土地は爬虫類のきれいな首元のカーブを描いてまだまだ延びる。150°Wの線はアンカレッジというアラスカの都市を通る。アンカレッジからマッソンかポロックの線のように絶妙に延びたアレウト列島の連なりが美しい。この列島の30度南にはハワイ諸島があり、緯度15°南の位置まで下ると右側にゴーギャンが余生を過ごしたタヒチ島、左側にクック船長が発見したクック諸島がある。
120°西からさらに120度進み、120°東と印の打たれた箇所まではこんな国々がある。ロシア、日本、朝鮮民主主義共和国、韓国、中国の上海も含めるし、マニラまでを含んだフィリピン、まっぷたつに割るように120°Eの通ったインドネシア、東ティモール、パプアニューギニア、そしてオーストラリアの大部分、蠅の多い広大な乾燥地帯を含む。これらの国々が、グループBには含まれる。
120°東からはロシアの広大な大地、アジア、アフリカ、ヨーロッパが含まれイギリスの0°でちょうど一周する。これらがグループCである。
ここで、僕は一つ疑問を持った。赤く太い線で強調されたグループの境界線、0°、120°W、120°Eの経度にかかっている国は、それぞれグループAとB、グループBとC、グループCとAに属することになる。それでは二重になってしまう。ヤドカリ女に聞いてみると、「二重でよいのです。実は、古いバージョンまでは経度にかかった国は、線の左っかわ、つまり西側のグループに含めることにしていました。例えば一見、地図上では大きくグループAに写っているカナダ、アメリカ合衆国とメキシコも、グループBの国々のリストに含まれていたのです。グループBの領域にかかっているロシアや中国、インドネシア、オーストラリアはグループCに含まれました。ヨーロッパの中でもイギリス、フランス、スペインはグリーンランドや南米諸国を含めるグループAに入っていました」
「そのグループ分けではヨーロッパ地域、アフリカ地域、アジア地域、オセアニア地域という一般に使われている世界の区分分けは全く関与していないということですね」と僕は言った。スペイン、ポルトガルは何食わぬ顔で南米の国々に仲間入りしていたと思うと、既にこの〝コラージュ〟という意味に触れた気がした。それがオリジナルのコラージュの区分だった。「しかし今は、」と女は言った。
「今は単純に全ての国々の名前をA、B、Cのリストに連ねております。重属する国もありますが。バージョンⅢで改案された規約からそうなったのです。複雑なのは国そのもののイメージだけで十分、というお声が多数出ていましたので。ただ、決まりで同じ国を一つの国のプランに二度引用してはいけないことになっております。これからお客様には一つの国を作っていただくためにイメージの元となる三つの国を選んでもらいますが、そこに二度アメリカを選択することは出来ません。グループAにも、グループBにもアメリカ合衆国の記載がありますが、どちらかのグループで、一度だけお使いください」
「では、これから国を選んでいただきます」と言うと、今まで白い箱だと思っていた、ペン立ての隣にあったブロックメモの固まりから、一枚スムーズに切り離し、こちらへと渡した。白い紙の上には、括弧が三つあった。
-国選び-
よく考えてみたら、古いバージョンの区分けより、新しいバージョンの区分けの方が、より選択の幅が広がっていることが分かる。0度の線が通るイギリスは、グループAに属していた時、ブラジル、ボリビア、パラグアイ、カリブ海の国々やグリーンランドとは掛けられなかった。今では、グループCに属しているイギリスを選択し、グリーンランドでもボリビアでも、プエルトリコでもニカラグアでもイースター島とでも掛けることが出来る。もちろん、グループAに属しているイギリスと、グループCに属しているイギリス以外の国々と掛け合わせることも可能だ。まぁそれなりに意味があってこの区分けになったのだろう、と僕は納得した。
さて、どの国を選ぼうかと思った段階で、あまりにも多くの国の羅列の中、どれを選べばより面白い国へ行けることになるのか、より鮮烈なイメージを味わうことが出来るのか、効果的な組み合わせになるのか、全く見当が付かなかった。好奇心をそそる国はいくつもあるが、まずは自分の好きな国から簡単に選んでいくことにした。僕たちは、10日の旅の中で3か国を巡ることに決めていたので、一つの国のために3つずつ、3パターン、合計で9つの国を膨大なリストから選ぶことになる。
「どこにする?」アンヘラに聞いた。一つ目の国のために、彼女はチェコやスペインを挙げた。
彼女は、「ヨーロッパから2つの国を選べないの?」と聞いた。「だって、私はまだまだ自分の生れた…」(彼女がH&Mで買ったという黒い幅広の帽子が、今や僕の膝の上にあった。)「国の周りを知らないの。まずはヨーロッパ、自分の生れた土地のことをよく知りたいわ。他の国を知るためには、まずは自分のことからってよく言うでしょ?」
「いい案だね。でも、それなら違う機会に試してみない? これからいつでもヨーロッパを旅する機会はあるよ」
「3つともヨーロッパから選んでは、確かに一つずつヨーロッパの国々を周って、少し前の国の味を覚えておきながら、次の国へ進めば、このコラージュの国の味を再現できるかもしれないわね。それだったら、他の機会でも出来るものね。せっかく初めての旅行だから、確かに特別な旅行に行ってみたいわ。だったら、これならどう? 1つだけ、遠い国から選びましょう。それで確かにその国がスパイスのように働いて、一風変わった国が出来るはずね。
そうすれば、いきなり刺激の強い真新しい国が登場するのではなくて、私達に馴染みのある風習や、文化、建物の中に異空間が現れるわ。2つは、やっぱり西洋の国がいいわ」
「アンヘラ、怖いのかい?」
彼女の意図を汲むことにした。僕はといえば、常日頃からUSに憧れていた。10代の頃抱いたアメリカのイメージを、そのまま今にまで引きずっていて、憧れを持ち越していた。ルート66を走ってみたい。コミューンの痕跡も見てみたい。僕はUSを選び、彼女はスペインとチェコを選んだ。ヤドカリ女は、スペインとチェコと北米のパンフレットを持ち出してきた。では、ここから、行きたくない都市がもしあれば教えてください。外すことが出来ます。逆に、気に入った都市のみを登録、訪問することも出来ます。予測しがたい場所を選択することが魅力ではありますが。
こうして僕たちの旅する一つ目の旅の、いたって凡庸な組み合わせによる記念すべき第一国めが仕込まれた。「これで本当によろしいですか」とヤドカリ女は念を押すので、僕も彼女も二重にうなずき、合計で4つの首振りによって補強された固い同意を彼女に渡した。
しかしヤドカリは引かなかった。北米の下から別の冊子の顔を覗かせて「これでは、コラージュの国の本来の力を堪能しきれません。なるべく遠い国々を一緒に掛けた方がよいのです。ケニア、はどうでしょう」という。
結局、(アメリカ)(ケニア)(スペイン)と書き直された用紙を目にして、彼女は満足げに移動について説明をし始めた。
Image courtesy of Matthew Cusick and Pavel Zoubok Gallery
(第02回 了)
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