〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
-移動-
このコラージュの国への旅行プランでは、移動の手間が省かれることも大きな特徴となっています。選んでいただいた3つの国のうち、あなたたちが移動するのは、自国から始めの国、3つめの国から自国へとなります。一つ目の(1)を埋めてもらった国から(2)への移動、(2)から(3)への移動は、(1)+(2)+(3)が一つの国になっているので当然必要ありません。ですので航空運賃の節約を考え、国を選んでもらった後には自国から近い国を(1)に記入することが旅行を安くまとめるコツなのです。
そして普段の旅行では、例えばこのスペインを旅行する時、首都マドリードから、歴史遺産に登録されたアンダルシアは南にあり、美しい海辺の街、ビスケー湾の真珠であるサンセバスチャンはずっと北東の方にあります。このかけ離れた3つの都市を訪問したいと考える場合、従来の旅行では都市間を移動しなければなりませんでした。しかしこの旅ではあらかじめ全てのイメージが混ざって立ち現れるので、北の要素、南の要素、内陸の景観を移動せず同時に目にすることが可能です。必ずしも全ての土地に行き当たる保障はありませんが国の諸都市はよく混ぜてありますので、通常では多くの旅費をかけて周る東西南北各都市の見どころを、ある一日でガイドブックをめくるように実際に味わうことが可能です。それは大きく時間とお金を節約することにもなり、一風変わった国へのご訪問ということの他にも、この特徴が「コラージュの国」プログラムに参加されたお客様の満足の声として寄せられますよ。
ここで、お客様にお支払いいただく移動運賃のことなどをお話させていただきますね。お客様には9つの国を3つの国として来訪していただきます。その中で、移動が必要となるのは、自国から(1)の間、(3)から(4)間、(6)から(7)間、(9)から自国への旅の間です。従って、その間の旅費が加算されます。当然、特にご希望がなければ航空機にご搭乗いただくことになりますので、該当する航空運賃ということになりますね。この際に、例えば自国から国(1)、そして国(9)から自国までの距離は、より短い方が時間と費用を節約できます。「1の国」の最後(3)から「2の国」の一つ目(4)、「2の国」の3つ目(6)から「3の国」の始め(7)間も同様です。逆に、1つの国の間には到着国からどんなに遠い国を中に挿し入れても、その国を来訪するのに移動料金は一切掛りません。例えば一か国のコラージュの国をご訪問いただくとすれば、極端な話、チェコ、南極大陸、スペインと記入しても往復の旅費はヨーロッパ内の移動料金で済みますね。選んでいただいた「1の国」の内訳、(アメリカ)、(ケニア)、(スペイン)の中からはスペインを第一国に記入していただければ、片道料金は、この中央ヨーロッパの我が国からスペインへの旅費のみで済みます。ここからアメリカへは500ユーロは係りますから、スペインを設定したことで、スペインへの旅費が70ユーロとすれば430ユーロ浮く計算ですよね。もしコラージュの国二か国目に北米、あるいは南米を入れるご予定があれば、アメリカを(3)に記入していただき(4)に北米・南米の国を挙げていただくと良いですよ。
ヤドカリ女の説明は長い。耳の裏でヤドカリの言葉がぐつぐつ煮立っているようだった。沸騰した水があぶれ出しそうだったので、そろそろ話を打ち切って実際に(1)から(9)まで三カ国分早く記入してしまいたかった。
それを察したようにもう二枚、白い大地に括弧が三つ浮かんでいる用紙を僕たちにくれた。
「2の国」のために、僕たちは(モンゴル)(ベネズエラ)(韓国)を選んだ。
「3の国」のために、どこかバカンスの島を記入しようと彼女と話した。すると、突然彼女はフィジー諸島と記入しようとした僕の手を制し、ある事を提案した。あのね、さっきあなたが席を立っていた時にマリ・ヒラリさん(ヤドカリはこういう名前だったのだ!)と話をしたのだけど、実は、恋人たちのために「サプライズ用プラン」というものがあるというの。「サプライズ用プラン」と聞いて、僕はすぐに国の華やかなイメージばかりを掛け合わせて花束でも作るようなプランかと思ったが、話を聞いていけば違った。「サプライズ用プラン」とは記念日などに人気のあるプレゼント用の旅行プランで、彼または彼女が選んだ国を旅するのだが、掛け合わせた国名を伏せて相手にサプライズするだけでなく、その旅の内容まである程度監修することが出来るそうだ。相手を喜ばせようと選んで作った国の内容が少し期待はずれであったら気まずい雰囲気になってしまうのを防ぐためか?
「3の国は、わたしに任せて!あなたにとっておきの『国』をプレゼントするわ」アンヘラは言う。
僕は3つめの国の選択を、彼女に任せることにした。彼女が、僕にサプライズをしたいというのだ。僕は、気が早く、彼女が作る料理をこれから待つような気分になった。アンヘラは「贈り物用」と書かれた国作成手順の冊子を手にすると、「ちょっと外に出ていてちょうだい。おねがい(ウインク)」と言った。
旅行では、彼女が彼女の手で、国をあらかじめデザインすることも可能だということだった。彼女は、ヤドカリ女に手渡されたi PADに入った専門のプログラムで、ピンクに爪を塗った指を立てて、横にスライドさせていく動きではなく、東西南北あちこち目まぐるしく走らせて、少し止まったと思えばまた離れ、ハエのように忙しく動かした。手足を擦り付けるよう、遠くからは見えぬように指先を微動に震えさせ、2度3度タップさせ、つめ先でくるくると細く小さな渦巻きを描くと離れたり、なにやら組立をし始めた。僕は席を立つことにした。彼女は、僕がいない方が落ち着いて考えをその国の中へと表現できるだろう。無論、彼女が作ってくれた文字通り手作りの国ならばどんな国でも嬉しいが。彼女にキスをして、近所のカフェへと入った。
そこで、小一時間、暇をつぶしていたが、その時間は僕の考えを整理するのに良い機会となった。小麦色の肌の僕は、小麦色の壁の前で、完全に己の姿を隠し、瞑想にふけっていた。少しばかり閉塞感のあるカフェで、壁はあちこち水ぶくれたような塗料の膨らみがあって、その多くはすでに破れ、白い内壁が覗いていた。しかしそれがしばしば若者を喜ばせ、彼らを集客するものだった。僕はメロンジュースを飲んでいて、カフェの名前は<黒鉛筆>だった。
代理店へ戻ると、ヤドカリ女は説明した。「空港でのことですが、当日、まずは普通に、この国の空港へ向かってください」「飛行機に乗ると、1つ目に記入をしていただいた国の、ある都市に着くと思います。そこで、ちょっと普通ではない出口を通るんです。詳しいことはゲート出口の係員に訪ねてください。入国審査も、到着した空港で、通常の旅行となんら変わらずに受けてください。目的は観光と言い、それと、このカードを見せてください」
そのカードとは、イエローカードだった。黄色のカードに、僕たちの名前、パスポートナンバー、「コラージュの国」特殊ナンバー、発行日、旅行会社の情報が書かれている。「失くしたら再発行できないので気を付けてください」なぜ?と思ったが、僕は黙っておいた。きっと、航空チケットのように、忘れたときは忘れたときでなんとかなるに決まってる…。
女は、僕の考えを読んだかのように先を続けた。
「これは、ビザのようなものです。くれぐれも気を付けてください」
パスポートの間に挟んでおこう…。
「他になにか質問はありますか」
ある?アンヘラの方を向いた。彼女は鼻の頭が少し赤くなっていた。ニキビが2、3粒のっていた。
「大丈夫」彼女は首を横に振った。僕も明るく、笑いをひきずった声でエージェントの女に言葉を返した。
「大丈夫。大丈夫です。で、料金はいくらなのですか?」
向こうから切り出すのを待たずに、僕は値段を聞いている。
「そうですね…」女は自分の携帯を取り出して、パンフレット、誓約書などの書類と携帯に出した計算機の画面とを交互に眺めながら数字を打ち込んでいる。女が携帯をいじる間、僕は彼女の様子を確認して、落ち着かせるように腰のあたりを撫でた。愛しそうな微笑みを作って彼女の方へと向けた。彼女も、僕の方へその歌うような瞳を向けた。背中にやっていた手を前にもってきて、両手で彼女の右腕を掴むと、それが一本道かのように右手の指を立てその上を往復させた。この丸太の下には水流がある。僕が指を彼女の腕の上に渡らせ往復させている間、二人ではっきりとその下に流れる透明な小川の流れを感じ、それを見つめていた。そして数字が出た。女はピリオドを打つ顔になった。女の顔色は微量だけれどスッキリしたものに変わった。
「980ユーロお願いします。税込です。支払には3つの方法があります。店頭で、クレジットカードで、そして銀行の振り込みがあります」980ユーロという値段の付け方に、弱冠のいかがわしさを感じたことをここで告白しておこう。0.99ショップや、セール品の電化製品のような値段の付けられ方だ。この女が1000ユーロに収まるように値を工夫してくれたのだとしても、旅行の値段が個人の一任によってまけられるのには慣れていなかった。まるで、観光客からぼったくるために相手の様子を見て値段をフレキシブルに決める土産屋のようだ、とも思った。この旅の質を、少し疑った瞬間でもあった。アンヘラは、現金で600ユーロ用意してきていた。前々から、費用を半分で出し合おうと話してはいたのだが、アンヘラの用意の周到さというか、気の早さというべきか、僕は感心してしまった。と同時に、自分が頼りなく見えるのではないか、と気になった。僕は、褐色の革の財布からクレジットカードを取り出し、500ユーロずつお願いします、と言った。
Image 1 : Copyright of Matthew Cusick, Holly Johnson gallery
Image 3 : Original image© Matthew Cusick
(第03回 了)
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* 『コラージュの国』は毎月15日にアップされます。
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