イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第五章 網走まで、背の順で?(下)
「ほらそこっ! よそ見しない!」
ダイナミックなフォームでチョークを力投したのは、ロドリゲス蓉子だった。
チョークは最後列の男子の頭を掠め、後ろの壁に激突した。摩擦熱で煙がのぼる。
葬式のように静まり返っていた教室が、さらに宇宙空間のような静寂に包まれた。
黒板の横で椅子に腰かけ、うなだれているのは、担任の御殿場なたね、通称チャッキーだ。
燃え尽きたボクサーのように、全体的に灰色っぽく見えた。
開いたパンツスーツの両脚のつけ根では、今日もチャックが全開になっている。
今日のパンツは焦げ茶色のゼブラ柄だ。だが誰ひとり気にしちゃいない。
授業後のホームルームの議題は、一週間後に迫った修学旅行の最終打ちあわせだった。
なたねが激しく意気消沈しているのは、行き先をパプアニューギニアにしようと職員会議で激論を交わしたがまったく賛同を得られなかったからだとか。
行き先に決まったのは、
網走。
「二泊三日のスキー強化合宿だ。プログラム確認してくぞ」
盛大にチョークを軋ませながら、ロドリゲスは黒板にプログラムを書いていく。
一日目。午後に網走到着。全クラス合同で刑務所の見学。
夕方、ペンションに到着後ただちに入浴。夕食後は、校長の講話が三時間。
終わるやいなや消灯。
二日目。午前中に個別練習。午後からクラス対抗スキー大会。
夜はキャンプファイヤー。
三日目。早朝から雪合戦。終了後、雪だるまとカマクラ作成。
記念撮影後、雪だるまとカマクラをぶち壊して現地解散。
すべてが、学年会議で強弁をふるったロドリゲスの提案だった。
よっぽど心が折れたのか思考能力のなくなったチャッキーに代わって、軍隊式のスパルタ旅行を企てたのだ。
もちろん、ほぼ全員が猛反対をしたが、全国規模の弁論大会で何度も優勝しているロドリゲスにかなう者はいなかった。
「班決めするぞー。背の順だ」
クラスじゅうがざわめきはじめた。
背の順って。
班決めは、三日間を有意義にすごせるかどうかの生命線だ。
おかしな相手と相部屋になろうものなら、楽しいはずの修学旅行が修行旅行に変わってしまう。
だがロドリゲスに反論できる猛者などいない。
万が一論破できたとしても、ロドリゲスはクラス委員長の権限をフル活用して、どんな罰を与えてくるともわからない。
異をとなえられる者はいなかった。ひとりを除いては。
「背の順もいいけどさ、だと刑務所見学するとき、見えないやつもでてこねーか」
腕組みをしてふんぞり返ったまま発言したのは、池王子だった。
「そこっ。発言するときは挙手するっ。心配は無用だぞ。刑務所見学は背の低い班から順繰りにやってくから……」
「じゃあおれら、いちばん後まわしかよ! 凍えちゃうよ!」
クラスいち背の高いバスケ部の男子が口をとんがらかして抗議する。
連鎖的にブーイングが起こりはじめた。
「ええい男らしくないっ。私だって最後尾なんだよ!」
ロドリゲスは机をこぶしで叩く。
イタリア人とのハーフなだけあって、ロドリゲスはブーイング男子も含めたクラスの誰よりも高身長だった。
「そいつはよろしくねえなあ」
と、またもや池王子が、今度は立ちあがった。
「ってことは、ゲス子はいちばん後ろに並ぶんだろ。見えねえじゃん」
「わ、私は、クラス委員長として、最後でいいぞ、しまい湯で」
ロドリゲスは口ごもる。
対応に困っているようだった。
無理もない。クラスの連中から恐れられこそすれ、気遣われたことなどなかったに違いない。
「じゃなくて。おれらがゲス子を見えないんだって。花より団子、刑務所よりゲス子だよ」
池王子はラミネートされたことが丸わかりの、白すぎる歯を剥きだして笑った。
「や、やめ、私は団子じゃないぞ」
「だよな。美しすぎるクラス委員長だ」
笑顔のまま欧米人のように肩をすくめると、池王子はあたりを見まわしながら紙鉄砲のような音をたてて拍手をした。
「あっいやっ。あふん。はんっ」
予想外に色っぽい声で鳴きながら、ロドリゲスはすらりとした身をくねらせる。
池王子の意図を察したらしい他の連中も、援護射撃にまわる。
「宇宙一かわいいよな」
「ウィキペディアの、かわいい、って項目に画像アップしようぜ」
「はいよーごめんよー!」
一眼レフ片手にしゃしゃり出たのは、もちろん蛸錦。
「や……あんっ。はぁー……」
塩をかけられたナメクジのように、ロドリゲスはその場に縮こまってしまった。
いわゆる褒め殺しというやつだ。
二年近くクラスを制圧してきたロドリゲスの弱点を掴んだ皆は、唾を飛ばしてロドリゲスを褒め倒す。
やがて、ロドリゲスはうずくまったまま動かなくなった。
「おしっ! 改めて班決めするぞ」
池王子がこぶしを振りあげたのを合図に、クラスじゅうが地響きのような音をたてて沸いた。そのど真んなかから、両手を広げて飛びだしてきたのは兎実さん。
すぐに池王子は身構えたが、兎実さんが駆け寄っていって飛びついたのは、未来にだった。
「いーちゃんいーちゃんいーちゃん!!! 一緒の班だょ★枕投げ楽しみだね~!!」
机に頬杖を突き、よだれを垂らして熟睡していた未来は、椅子からずり落ちかけて両手をばたつかせる。
「ふわっ、ど、どしたのふらりん」
兎実さんは未来に抱きついたまま、首すじをくんかくんかし始めた。
「おんなじ班なったんだょ★ずーっと一緒だょ(はあと)なに着てく? 自由行動のときプリ撮り行こーょ」
兎実さんまだ班は決定してないよ! さっきのプログラムによると自由行動なかった気が。それから網走にプリ機あんのか。
それよりもなによりも、ついこないだ、悪意満タンで未来の15点の答案を見せびらかしてまわってたのはなんだったんだ? 女どうしの友情は、mol計算より難解だ。
「ほんと?! やったね! あれ着てこうよ、こないだ原宿で買った色違いのワンピ。旭山動物園でペンギン見て、マーライオンで遊んで、夜は蟹食べながらオーロラ見ようよ!!」
未来は目を輝かせて立ちあがる。
完全に旅行の趣旨を履き違えている。ってより、どこに行くつもりなんだこいつは?
「せ、背の順で、班決めする、ぞ……」
床にへたりこんだまま、ロドリゲスが蚊の鳴くような声を絞りだした。
だが誰も聞いちゃいない。
クラスは思い思いの仲良しグループに分かれていた。
旅行の件はどこへやら、昨日の深夜アニメやら近くで変質者が捕まった事件やらの話に花が咲きはじめている。
「ねえねえみんな★ちょっといいかなぁ?!」
よく通る声を張りあげたのは兎実さんだった。
未来の腕に腕を絡ませ、手を繋いでぴったりと寄り添っている。
「2―Fって、三十六人じゃん? 男子と女子で半々だからぁ、三人、三人、で、六人ずつグループ作ったら割り切れるょね?」
さらさらストレートの黒髪を揺らせ、三日月形に目を細めて、兎実さんは首をかしげてみせる。
「聞こえたか皆の衆! ふら様のお達しだぞ! 三、三で六人グループ作って割り切れろいっ」
両手を広げてしゃしゃりでてきた蛸錦のダミ声は、だが男子たちの野太い歓声に掻き消される。
「さすがはふらちゃん、あったまいー!」
「ほんとだ、なんで誰も思いつかなかったんだよ」
「ってことだから、ほら、一緒の班なる?」
「なんであんたらなんかと」
「だって女子入れなきゃ割り切れないからさ」
「ぜったい嫌!!」
クラスの空気は一気に班決めをめがけてヒートアップした。
どいつもこいつも、興味のないふりをしつつ、隙あらば一ミリでも異性とお近づきになりたいお年頃。
そんな欲求を公然とかなえてくれた兎実さんは、超絶美白天使なうえに、極東の、いやいや東アジアのマザー・テレサだ。
クラスメイトたちの心の声とともに、兎実さんの株がさらに跳ねあがる音が、おれの脳内にこだました。
「だからぁ、ぃけくん、ふらとおんなじ班なろっ(はあと)」
未来の腕を引っ張ったまま、兎実さんは池王子のほうへとにじり寄っていく。
池王子は俊敏なフットワークで兎実さんをよけ、おれの背後へとまわりこんできた。
「ジュニアも一緒なら、円山を誘わないとだろ、円山を」
力任せに背中を押され、おれはよろめいたあげく、おなじく兎実さんに引っ張られてよろめいた未来と正面衝突をした。
「なにすんだこのっ、石頭っ!!」
こっちのセリフだ。
「ここ四人で、班作ればいい」
おれの肩を叩いてきたのは、羊歯だった。そのまま両腕を広げ、池王子の背後にまわりこむ。
小柄な羊歯の体に、池王子に群がり寄ろうとしていた女子たちは阻まれた。
「嬉しい(はあと)羊歯ちゃんも、おんなじ班なろーょ★」
未来の手と繋いだ手をぶんぶん振りまわしながら、兎実さんはもう片方の手で羊歯の手も握り、池王子の前で飛び跳ねる。
「私は……」
いつになく羊歯が口ごもる。
体育館裏での覆面デスマッチいらい羊歯と未来がギクシャクしていることに、兎実さんが感づいていないはずはない。
休みがちな生徒の家に、クラス全員の寄せ書き色紙を届けにいったこともあるほどの、仲間思いの兎実さんだもの。
班決めを利用してふたりの仲を修復するなんて、さすが兎実さん! 超絶美白天使!!
「はいよ~話もまとまったところで、記念撮影だはははははは!!!」
一眼レフを構えておれたちの前に立ちふさがったのは、もちろん蛸錦。
手早く三脚を立てながら、慣れた様子で指示をだし始める。
「未来様とふら様はどうぞ真んなかへ。羊歯ちゃんも。そそそ、三人で寄り添って。円山、未来様の横だろ! 池王子はふら様の横!」
「ぁはっ、それいー★タコくんてばほんと思いで作り好きなんだからぁ。みんなぁほら、集まろ♪ゃあんぃけくん、近い! そんなくっついちゃやっ」
「おまえのほうから近寄ってきてんじゃねえか」
「早く固まってみんな! 目線くださーい!」
唾を飛ばして叫ぶ蛸錦と無邪気にはしゃぐ兎実さんに押し切られ、おれたちは掃除用具入れの前で一列に並ぶ。
嫌がっている割にはガッツポーズでキメ顔を作る池王子。
未来の肩にもたれかかって横チョキをだす兎実さん。
職業病か、反射的にモデル立ちになり笑顔をつくる未来。
無表情棒立ちの羊歯。
手をあげたもののどこへやっていいかわからず、髪の寝癖を直すおれ。
その中央へ、
「五秒後にシャッター落ちまぁす!!」
カメラの設定をセルフタイマーにして滑りこんできたのは、蛸錦。
……えっ?! おまえも入るの。
不安すぎる修学旅行の幕開けは、このようにして始まったのだった。
(第13回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
■ 仙田学さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■