イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第五章 網走まで、背の順で?(上)
授業が終わり、いつものように未来と羊歯と一緒に帰ろうと、教室をでたときだった。
「ジュニアー、落としたぞ、これ」
「え。あ、ありがと……」
振り返った未来は口を引きつらせた。
丸めた紙を差しだしているのは、池王子だった。
「あんた……頭大丈夫?」
未来は羊歯の顔を横目でうかがう。
おれも池王子の正気を疑った。うかつに羊歯に近づいて、なんかの弾みでスイッチが入れば、今度こそどんな目にあわされることか。
「おまえよかだいぶマシだよ。ほら、これさっき落としてったぞ」
池王子は丸めた紙を広げてみせる。
数学のテスト用紙だった。
「イケチンっっ!!」
びりびりに引き破らんばかりの勢いで、未来はテスト用紙を奪いとり、
「誰にも見せてないでしょうね? ねえ! ねえ!!」
と池王子の胸倉をつかんで激しく揺さぶった。
「み、見せてねえ。ってか、おれも見てねえよ」
「いーちゃん! ぃけくんがせっかく拾ってくれたんだから、ちゃんとしまっとかなきゃだょ★ほら、皺になってる」
未来の手からテスト用紙を強引に奪ったのは、兎実さんだった。
小さな手で勢いよくテスト用紙を広げる。
「あ」
「え?」
「ちょ」
ご開帳されたテスト用紙の右上には、赤ペンの文字で、15、と大書されていた。
「いーちゃんのテスト15点だって! ヘンだょ★せんせーにぃぃに行かなきゃだょ」
兎実さんは小首をかしげながら、15点のテスト用紙をラウンドガールのように掲げて、並みいる女子たちに見せびらかした。
「えっ嘘」
「あの未来ちゃんが」
「採点ミスにしてもありえなくない」
ざわつきはじめる女子たちの前で、未来は兎実さんに後ろから抱きつき、テスト用紙を奪還しようとする。
「ぁははははははっ。いーちゃんくすぐったぃ★」
「ふらりん! 違うんだって」
美少女JKモデルと学校のアイドルが顔を上気させて絡みあっている香ばしい図に、観衆たちからどよめきがあがる。
「ふら様! 未来様! 目線ください! いまのお気持ちは?!」
自慢の一眼レフ片手にしゃしゃりでてきたのは、もちろん蛸錦。
伸びあがり、這いつくばり、転げまわりながらけたたましくシャッターを切りまくる。
兎実さんは15点の答案に顔をくっつけて顎ピースを決めてみせた。
「いやぁぁぁぁぁっ!! ふらりんダメ――――!!!」
後ろから手を伸ばす未来の肩に、兎実さんは腕をまわして引き寄せる。
「いーちゃん★思い出作ろ♪」
両腕を伸ばして目を剥いた未来。
15点の答案。
上目遣いで顎ピースを決める兎実さん。
「タコくん、この写真後で送ってね★シイッターでつぶやくんだぁ(はあと)」
「もちろんす! 引き伸ばして廊下にも貼りだしますっす!」
「………」
未来は声も出さず、その場に倒れこんだ。
まさか未来が赤点をとるなんて。
高校入学いらい、未来の成績は学年トップをひた走っていた。
その陰でひと一倍の努力を続けてきたのは、このおれだ。
ふだんからノートを整理し、テスト前にはヤマを張った部分だけをまとめたお手製のあんちょこプリントを提供してきたのだ。
記念撮影を続ける兎実さんの肩越しに答案を覗きこんだおれは、またもやびっくりした。
ほぼすべての解答欄には丸がついている。大きくばってん印がついているのは一箇所だけ。
他ならぬ、名前を書く欄だ。その欄の下にはでかでかと、-85と書かれている。
……名前を書き忘れて85点減点されたらしい。
全身から力が抜け、おれも未来も隣にしゃがみこんだ。
「いーちゃん、15点のテスト、先生とこに持ってこうょ★」
兎実さんのよく通る声が廊下に響き渡る。
向こう三軒両隣のクラスから数十人が顔をだし、未来を指さしてざわめきはじめた。
15点の答案を両手で捧げ持ち、兎実さんはのんびりと職員室へ向かっていく。
適宜立ちどまり、蛸錦の一眼レフへピースサインやアヒル口をしてみせることも忘れずに。
一瞬で、先斗町未来が15点をとったという噂は学年中に広まった。
恥ずかしすぎる!!
自分のことのように、おれは両手で顔を覆った。
あのふたり、ほんとに親友なのかよ。
いや、兎実さんは超絶美白天使だ。
この仕打ちにもなんらかのポジティブな意味があるに違いない。
おれはそう思いこもうとしながら、兎実さんを追って立ちあがる。
とりあえず答案とり戻さないと、後で未来にどんな目にあわされるか……ん?
おれはわが目を疑った。
池王子が兎実さんを追いかけまわしている!!
廊下にひしめいている生徒たちのあいだを、兎実さんはモンシロチョウのように軽やかに笑いながら通り抜けていく。
その背後を、池王子がゾンビのように手を伸ばしながらつきまとっているのだ。
「おい、それよこせってば」
「やぁん★ぃけくんだぁめ(はあと)これいーちゃんのだもんっ」
……兎実さん。じゃあ未来に返しなよ。
兎実さんは顔を赤らめ、アヒル口でウインクをしながら池王子の手を逃れる。
いつもなら、逃げられても逃げられても向かっていく池王子から、兎実さんは身をかわし続けている。女ってわかんない。
しかも、全力で逃げている。
かなりの全力だ。
丸めた答案をバトンのように掴み、いつのまにか兎実さんは前傾姿勢で全力疾走していた。
桜貝のような唇から白い歯をこぼれさせているが、目は笑っていない。
息を切らせてあとを追う池王子との距離は、アキレスと亀のように縮まらない。
なにしろ兎実さんは陸上部のエースだ。短距離走で敵う者はこの学校にはいないはず。
「ぅわっっっ!!」
とつぜん、目の前にいた男子が飛びのいたかと思うと、おれの胸に誰かが倒れこんできた。
ちっちゃくて細くて柔らかくて、甘いミルクのような香りを放っていて、まるで兎実さんみたいな……
ってか、兎実さんだ!
「映一くんごめんね★これ、先生んとこに届けにいかなきゃなんだぁ。いーちゃんのためなんだょ?」
おれを押しのけ、兎実さんは強行突破しようとする。
「預かっとくぞ」
兎実さんの肩越しに手を伸ばし、答案を奪い返したのは池王子だった。
息を弾ませながら、床に落ちていた未来の鞄を拾ってなかに答案をしまい、おれに渡してくる。
「おまえから返してやれよ。ったくほんと世話が焼けるよな、あいつ」
池王子は胸ポケットからコンパクトミラーを取りだし、髪の乱れを整えはじめる。
もしかして池王子のやつ、答案をネタに未来をからかいにきたわけじゃなく、本当にただ落し物を届けにきただけだったのか?
あれだけ犬猿の仲だったのに。
プロレスで引き分けたあとに生まれた友情は、本物だったらしい。スポーツの効能や恐るべし。
いや、たぶんそれだけじゃない。
似た者どうしといえるくらい、負けず嫌いなふたりは、きっかけさえあればすぐ敵対関係に戻っていたはず。
そうならずに済んでいるのは、おそらく羊歯のおかげだろう。
もしまたいがみあえば、羊歯がまた暴れるんじゃないかという不安が抑止力になっているに違いない。
似た者どうし同族嫌悪で対立していたのだとすれば、裏返せば強力な味方になるってことだ。
「ぃけくん、早く行こうよ★自家用セスナもぉ来ちゃってるょ」
兎実さんが軽く舌打ちをしたのをおれは聞き逃さなかった。
(第12回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
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