かつて三日月美術館に併設されたレストラン・クレッセントで幼少期に未知なる味覚と料理への情熱、自らの食い意地を発見した三日月クイイジーヌ。27年の経験を活かし、古今東西の文学に描かれた一皿を、確かな技術と自由な解釈で蘇らせる。行間に隠された美味が五感を刺激し、一口ごとに物語の新たな風景が広がる。形は変われど本質は変わらず、エプロンを締めて五感を研ぎ澄まし、素材と向き合おう。食卓に夢と文化のスパイスを添えて。
by 金魚屋編集部
向田邦子の肉豆腐、あるいは台所の記憶について
向田邦子のエッセイを読んでいると、台所の匂いがしてくる。これは比喩ではなく、ほとんど生理的な感覚として、醤油と砂糖が煮詰まっていく甘辛い香りが、活字の向こう側から漂ってくるのである。
向田が書く食べ物は、たいてい地味だ。煮物、卵焼き、酢の物、茶漬け。フランス料理も割烹料理も出てこない。しかしその地味さのなかに、かけがえのない何かが宿っている。それは「家族と食卓を囲んだ記憶」というものの、どうしようもない引力とでも言うべきものだ。向田の食の描写を読むと、決まって自分の子どもの頃の台所を思い出す。そういう文章を書ける作家は、そうそういない。
『父の詫び状』所収のエッセイ群を読むと、向田家の食卓がいかに父親という存在によって支配されていたかがわかる。気難しく、短気で、しかし家族思いでもある父が、好みの味に少しでも外れると不機嫌になる。そのプレッシャーのなかで、母は毎日台所に立ち続けた。向田はそれを、批判するでも美化するでもなく、ただ正確に書く。その正確さが、読む者の胸を打つ。
向田の食エッセイでひときわ印象的なのは、肉豆腐にまつわる記憶である。父が好んだその料理を、母がどれほど丁寧に、どれほど気を遣いながら作っていたか。豆腐が煮崩れないよう火加減を守り、肉に臭みが出ないよう下処理を怠らず、甘辛のバランスが父の好みからずれないよう細心の注意を払う。そこには愛情があり、緊張があり、長年かけて研ぎ澄まされた技術がある。料理とは、作る相手のことを考え続ける行為だと、向田の文章は静かに教えている。
肉豆腐というものは、すき焼きの庶民版であるとよく言われる。確かに材料は似ているが、すき焼きが晴れの料理であるとすれば、肉豆腐は完全に日常の料理だ。特別な日ではなく、何でもない火曜日の夕飯として食卓に出てくるもの。しかしだからこそ、その味が記憶に深く刻まれる。人は「特別な日のごちそう」よりも、「何でもない日のいつもの味」をより切実に懐かしむものだと、私は思っている。
向田邦子は一九八一年、台湾での飛行機事故で突然この世を去った。五十一歳だった。彼女がもっと長く生きていたら、どれほどの食エッセイを書いただろうかと想像するのは、甘く、少し痛い。残された文章から台所の匂いを嗅ぎながら、せめて自分の手で似たような料理を作ることが、読者にできる小さな応答のひとつだと思っている。
【向田風・肉豆腐(二〜三人前)】
材料
・木綿豆腐 一丁(400g)
・牛薄切り肉 200g
・白ねぎ 一本
・春菊 半束
・醤油 大さじ3
・みりん 大さじ2
・酒 大さじ2
・砂糖 大さじ1
・出汁(昆布とかつお) 200ml
作り方
① 豆腐は六等分に切り、キッチンペーパーで軽く水気を拭く。崩れにくくなる。
② 牛肉はひと口大に切り、酒大さじ一をもみ込んで下処理する。
③ 鍋に出汁、醤油、みりん、砂糖を合わせて中火にかける。煮立ったら牛肉を広げて入れ、アクをこまめに取る。
④ 肉の色が変わったら豆腐をそっと加える。斜め切りにしたねぎも加え、落とし蓋をして弱めの中火で十分ほど煮る。
⑤ 春菊を加えてひと煮立ち。火を止めて、そのまま少し蒸らす。
味は濃いめに仕上げるのが正解。ご飯が進む、それが肉豆腐の役目である。
【応用:翌日の玉子とじ丼】
残った肉豆腐を翌日、小鍋で温め直す。溶き卵を二個まわし入れ、半熟のうちにご飯にのせる。三つ葉があれば散らす。
これが、前日の肉豆腐より旨いことがある。煮物は一日おいた方が味が入るというのは本当で、向田の母もきっとそれを知っていた。知っていて、翌日の丼まで計算に入れていたのではないかと、私は思っている。
次回もまだ決めていない。積ん読の山を見ながら、今夜も何か煮ている。
三日月クイイジーヌ
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