かつて三日月美術館に併設されたレストラン・クレッセントで幼少期に未知なる味覚と料理への情熱、自らの食い意地を発見した三日月クイイジーヌ。27年の経験を活かし、古今東西の文学に描かれた一皿を、確かな技術と自由な解釈で蘇らせる。行間に隠された美味が五感を刺激し、一口ごとに物語の新たな風景が広がる。形は変われど本質は変わらず、エプロンを締めて五感を研ぎ澄まし、素材と向き合おう。食卓に夢と文化のスパイスを添えて。
by 金魚屋編集部
ヘミングウェイを読んでいても、やたらと腹が減る。露伴とは、その腹の減り方がまるで違う。露伴の場合は、文章の密度と体温に引きずられるようにして空腹になるのだが、ヘミングウェイの場合はもっと即物的だ。登場人物たちが、これでもかというほどよく飲み、よく食うのである。
『日はまた昇る』のジェイク・バーンズたちがパリからスペインへ旅をする場面を思い出してほしい。汽車の食堂車でバスク地方のワインを飲み、パンフローナの宿に着けばまた飲み、闘牛の合間に食堂に入ってはまた飲む。食べ物の描写は簡潔きわまりないのに、なぜかその場の空気ごと伝わってくる。冷えた白ワインのグラスが汗をかいている様子、チーズとパンだけの昼食の充足感、食堂の窓から差し込む南欧の強い光。ヘミングウェイが書くと、粗末な食事でさえ豊かに見える。それはひとえに、彼が「食べること」を「生きること」と切り離して考えてないからだ。
ヘミングウェイの食描写の真骨頂は、しかし長編よりも短編や、パリ時代の回想録『移動祝祭日』に現れると私は思っている。なかでも印象深いのは、若き日のヘミングウェイがパリの安アパルトマンで、金のない日々に自炊をして食いつないでいた場面である。彼は貧乏だったが、食べることへの敬意は失わなかった。オムレツをちゃんと作る、スープをちゃんと温める、ワインは安物でも選ぶ。そういう態度が文章の端々から滲み出ている。

男が料理をする、という主題は、ヘミングウェイ作品を貫く隠れたテーマのひとつでもある。釣りをして自分で魚をさばく、キャンプで缶詰を温める、ひとりの朝に卵を焼く。そこには自分の手で食べ物を調達し、自分の手で調理するという誇りがある。ヘミングウェイの主人公たちはおしなべて口数が少なく、感情を表に出さないが、食べ物の前だけは正直だ。旨いものを旨いと言い、まずいものには手をつけない。それが彼らの率直な表現だ。
オムレツとは料理の中でもとりわけ誤魔化しが利かない一品だ。材料は卵と塩とバターだけ、所要時間は二分たらず、それなのに作り手の腕と集中力がそのまま皿の上に出る。フランスの料理人の世界では、オムレツを見ればその人の技量がわかると言われているらしい。ヘミングウェイがパリで覚えた料理がオムレツだったかどうかは定かでないが、彼が書く食の場面の簡潔さと緊張感は、このオムレツという料理の性格に似ている。余計なものを足さない、引き算の美学。飾らない、でも手は抜かない。
以下に、私なりのヘミングウェイ的オムレツを記す。バターは惜しまないこと。これだけは守ってほしい。
【パリ風バターオムレツ(一人前)】
材料
・卵 3個
・バター 20g(多いと思うかもしれないが、これが正しい量である)
・塩 ひとつまみ
・黒こしょう 少々
・好みでエルブ・ド・プロヴァンス、またはタイム少量
作り方
① 卵をボウルに割り入れ、塩を加えてよく溶く。泡立てすぎない。均一になれば十分。
② フライパン(できれば小ぶりのもの)を中火で温め、バターを入れる。バターが泡立ち、その泡が落ち着いてきたところで卵液を流し入れる。
③ 箸またはゴムベラで大きくゆっくりかき混ぜる。スクランブルエッグを作るつもりで、ただしそれよりずっとゆっくりと。
④ 表面がまだ半熟のうちに火を止める。フライパンの端に寄せながら、手前から奥へ折りたたむ。
⑤ 皿に滑らせるようにして盛る。表面はつやつやと黄色く、中はとろりとしているのが理想。
仕上げに黒こしょうをひと挽き。付け合わせはバゲットだけでいい。ワインはボジョレーかミュスカデ、または気に入った安いものを冷やして。
【応用:ヘミングウェイの翌朝サンドイッチ】
前夜のオムレツが残ったなら(残らないとは思うが)、翌朝バゲットに挟む。マスタードをうっすら塗り、あればコルニッション(小さな酢漬けきゅうり)を添える。コーヒーは濃く、砂糖なしで。
これだけで、どこかパリの安宿の朝になる。窓の外に何が見えようとも。
次回もまだ決めていない。本は積んである。腹も減っている。
三日月クイイジーヌ
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■


