日本文学の古典中の古典、小説文学の不動の古典は紫式部の『源氏物語』。現在に至るまで欧米人による各種英訳が出版されているが、世界初の英訳は明治15年(1882年)刊の日本人・末松謙澄の手によるもの。欧米文化が怒濤のように流入していた時代に末松はどのような翻訳を行ったのか。気鋭の英文学者・星隆弘が、末松版『源氏物語』英訳の戻し訳によって当時の文化状況と日本文学と英語文化の差異に迫る!
by 金魚屋編集部
夜顔(「夕顔」)
明くる朝の帰り道、再び屋敷の前を通り掛かると夕顔の花が目に入り、昨夕の扇盆のことなども思い出されて、顔を見てみたいものだと胸が疼きました。
惟光が源氏を訪ねたのはしばらく後のことでした。無沙汰を詫び、あれから母の具合が思わしくなくてと切り出すと、「承りました件の詮索につきましても、界隈に詳しい者を尋ね回りなどしましたが、捗々しくありません。五月の頃より身を寄せている女人がひとりあるというのは判りましたが、家内の誰も素性を存じないとか。いかさま、ときに中垣越しに若い女人の影を見掛けることがございますが、女童が付き添っておりますのと、粧いの感じからも卑しい身分とは思われません。そして昨日のことです、暮れ残りに筆を執るのが見えました。そのまことしおらしく物思う面持ちと、控えます女童の顔を伏せて頻りにすすり泣くところ、この目でしかと見たのはこればかりにございます」
源氏は莞爾とし、他に手がかりはないかという催促顔を向けると、惟光が続けます。もうひとつ探りを入れたいと思っていたところに、折好く隣に文使をする用が出来ました。送った傍から返書があったのですが、その筆の運びの達者なこと。諸々の事と併せて鑑みても、中垣の向こうには誼の結び甲斐のある御方が囲われているらしく存ぜられ。「それを確かめといで」と、源氏がすかさず口を挟みます、「尚のこと判らずじまいでは済まなくなった」そして左馬頭の言にあやかれば、人知れぬ下々のうちに咲いて心惹かれる花とはこれなのかもしれない、そうであれば気も晴れようにと心ひそかに思うのでした。

今なお折々に蝉の君を恋しく想いながら、それでもかような操と身の上の人に執着する恋の外道に及ばぬのは源氏の天稟の潔さでございましょう。されど、例の女人談義で種々の女性論を聞かされれば、己が心癖を省みるようになり、かえって恋の色色を験してみたいという望みを抱いてもおりました。かような折も折に出で来たりしが、伊予守でございました。上京するやいなや源氏の許に挨拶をしに参じたのでした。色の浅黒く虫の好かない外見に、老耄と長旅の窶れがありありとしておりました。しかし人柄と振舞いには何ひとつ穢しいものを感じませんでした。源氏は気の向くままに話をしながらも、どこか気詰まりを感じ、打ち解けられないままでした。伊予のような老ぼれの誠につけ入れば罰が当たる、と源氏は思い直しました。左馬頭の言う通りだ、邪な望みを遂げんと働くことこそ悪業也。冷たくあしらわれたのは応えたが、見方を変えれば見上げたものだ。
この謁見ののち、伊予守が妻を連れて伊予へ帰るという報せがありました。女ばかり残していくのは嫁ぎ先があるためとか。
まこと面白くない報せを受けて、源氏はいま一度、ひと目でいいから衣被の姉君を見納めたいと思い、小君とともに逢瀬の計を企てたものの、当の姉君はまるで聞く耳を持ちません。どうしてもというのであれば時に文を受け取ります、稀に返事をするかもしれません、姉君より賜った餞はその一言きりでございました。
(第25回 了)
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