
灯台はずっとそこにある
海岸から五〇〇メートルほど離れた島に
学校のグラウンドほどの岩礁にポツンと立っている
高さはそれほどでもないが
どんな建築物よりも頑丈だ
建てられてから百年になるが
海が荒れ狂う嵐の夜でも
光を発し続けている
ヴァージニア・ウルフが『灯台へ』を出版したのは一九二七年
百年はあっという間に過ぎる
「百年待ってください
また逢いに来ますから」
女は約束を守った
「大きな赤い日が東から昇り
西の水平線に沈んだ何度も
真っ白な百合の花が鼻の先で
骨にこたえるほど匂った
遙か上の方から
ほたりと露が一滴したたった」
漱石はそう書いている
大きな戦争と
もっと大きな戦争の合間も
灯台の見える浜辺に
波は打ち寄せ続け
「出征した医大生の兄は
砲弾の欠片が頭に直撃して亡くなった
誰もがこの子は美人になると言った姉は
大輪の花が開くように美しくなり
最初のお産で亡くなってしまった」
冷蔵庫の白いカンヴァスを埋めるために
少年が雑誌の広告を切り抜いている
華やかさが足りない
だから真っ赤なスポーツカーを切り抜く
意識は流れる
流れ続ける
世界樹のような灯台が描かれた
一冊の本の中で
女を待っている
動かない人の中で
百年の時間を溯る
僕らの中へと
冷蔵庫の扉に
赤いスポーツカーをマグネットで留める
「木曜日の出来事を
日曜の午後にゆっくり思い出して」
そう書かれたメモの隣に
永遠の宿題と隣り合わせにして
一度配置したメモや切り抜きを
しばらくそのままにしておく
秩序を壊すと富める者はさらに富み
醜い者はさらに醜くなってしまうから
人間の無意識の悪と
人間の意識的な悪が
とめどもなく溢れ出してしまうから
怖れていることは必ず起こる
天災であれ
悲惨極まりない戦争であれ
近親者の死であれ
僕らは虚の器だ
際限もなく世界が雪崩れ込む
巨大で複雑な世界に飲み込まれ
世界と一体になる
秩序を作り出すのではなく
世界の中に秩序はある
「あそこに行くんだ
光の源に
灯台に」
すぐそこに見えるのに波が荒いので
凪いだ日の昼下がり
漁船をチャーターして灯台島に行く
錆びついた重い鉄の扉を開く
潮の匂いが立ちこめ
無数の船虫が走り回っている
螺旋階段が天辺まで続いている
灯台の中は空っぽ
闇が詰まっている
遅くなったけど
君との約束を果たしたよ
扉を閉め
陽の光の下で
白い灯台を真下から仰ぐ

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