安井浩司新句集『烏律律』(うりつりつ)

発行 平成二十九年(二〇一七年)六月五日

定価 三千九百円(税抜)

発行所 沖積舎

 

 

 その方法はあらゆる意味で俳句形式と作家自我意識を対立・対峙させることなく、作家の私性をぴったり俳句形式に重ね合わせることにある。この私性は郁乎の「えくとぷらすま=霊的昇華現象」と似ているが質が違う。メタレベルの私性(自我意識)ではないのだ。安井さんはまず俳句形式を私有する。安井さんの私性が俳句形式に完全憑依するのだと言っていい。完全私有化された俳句形式世界ではもはや私性を意識する必要はない。「(私の)精神のコスモロジーが、そのまま俳句形式の宇宙開を促す」(句集『宇宙開』「後記」)ことになる。これもまた俳句文学を知り尽くした俳人による高度な〝秘儀〟である。

 

 安井さんの方法は私小説に似ている。私小説では自我意識を限界まで肥大化させ、それによって自我意識を相対化する。自己をあたかも他者のように捉え、自己の愚行をも他人事のように記述できるようになるのだ。ただ私小説で自我意識の肥大化が可能なのは、恋人や家族関係など狭い世界に限定される。これに対して安井さんが憑依(自我意識肥大化)するのは俳句形式である。

 

 郁乎が明らかにしたように、俳句形式は不定形の外面(形式)を持っているが内面は存在しない。内面は憑依した私性によって形作られる。そして俳句形式への憑依である以上、私性はコギト的な自我意識を失っている。私性は私のものであり俳句形式のものである。安井さんが精神界を表層意識と深層意識の綜合と捉え、現実事物だけでなく非即物的元型イメージをも自在に取り合わせることができるのは、自己の私性を俳句形式の私性として客体化して捉え、その表層から深層までを行き来できるからである。

 

 この安井俳句の方法論は、新興俳句から重信・郁乎まで続いた前衛俳句(自我意識俳句)の夢の実現でもある。前衛俳句の夢とは、常に俳句形式が主体となってしまう俳句芸術において、作家が主体となる俳句作品を、理論と実作の両面で実現することだった。この夢は俳句形式と作家自我意識が対立・対峙する限り必ず失敗に終わる。安井さんはこのアポリアを私性の俳句形式への完全憑依という形で解消した。私性は俳句形式の私性という形で客体化されるが、私のものでもある。つまり俳句形式=私性が主体となる俳句作品が成立している。安井さんのいわゆる〝宇宙開〟によって、従来的な「俳句生成史は終熄」したと言ってよい。あるいはオルタナティブな俳句生成システムが成立している。

 

日洩れ撫いずれ途中で終わる道(Ⅰ)

雪山河一者のゆえに撃たれたり(Ⅰ)

ただ無為の生存通知を送る春(Ⅱ)

凍天を突いては光洩らさんと(Ⅱ)

無意のまま春の落葉を掃き居たり(Ⅴ)

来し道を忘れて天山頂上に(Ⅵ)

米代の川に浮かばん墓要らず(Ⅶ)

 

 これらは安井さんのいわゆる述志の俳句である。自己の俳句探求は「いずれ途中で終わる道」だろうという嘆息が洩れ、いや、誇り高く「一者のゆえに撃たれ」るのだと詠っている。また安井さんの生家は、ほとんど海のように広い米代川河口の川岸にあった。「米代の川に浮かばん墓要らず」は、彼の素直な望郷を表現している。

 

薄雪にけさ毟られし雉子の跡(Ⅱ)

春昼の盗人眠れる妙心寺(Ⅳ)

秋深く馬上散骨行く山河(Ⅳ)

盆の(さと)川に入りくる海のいろ(Ⅴ)

(のぼ)る米代川の片濁り(Ⅴ)

 

 安井さんはまた端正な有季定型俳句も詠んでいる。前衛俳人という先入観を取り除けば、写生俳句と言っていい作品もある。私性を俳句形式に憑依させるということは、作家が俳句創作においてほぼ完全な自由を得るということである。もちろん俳句形式=私性=主体である以上、安井俳句は私有化された俳句形式から生み出される独自のものでなければならない。しかし厳格(リゴリスティック)な俳風の俳句宗匠の結社のように、〝ねばならない〟という制約は一切ない。

 

 作風から言えば前衛俳人だが、安井さんは従来的な文脈での前衛俳人ではない。前衛俳人は寡作だ。俳句形式と自我意識を対立させ、形式的にであれ内容的にであれ、自分独自の文体(俳風)を作り上げ、守ろうとするからである。この場合、一度ひとつの文体(俳風)をつかむとそれを変更するのは難しい。郁乎は彼らしい大胆で破廉恥な方法で江戸俳句に回帰した。しかし大岡頌司は一行俳句に転換するのに時間がかかった。重信もまた最晩年に一行俳句に回帰しようとしたが、彼の人生の残り時間がそれを許さなかった。

 

 安井さんが自由で多作なのは、俳句形式への私性の憑依を完全に成し遂げているからである。それが腑に落ちなければ安井俳句は理解できない。安井俳句はある種の俳人たちにとって、シュルレアリスムや現代詩の影響を受けた、とりあえず俳壇で目立つことができる奇矯な表現の免罪符にされているところがある。しかしそれでは続かない。いずれ行き詰まって筆を折るか、古典的定型俳句に回帰することになる。

 

ふすま絵の天山微歩の岳がらす(Ⅰ)

地中から湧きぜんまいを解く風や(Ⅰ)

秋夜空浮かぶ月餅追うわらべ(Ⅰ)

唐猫に鏡を与えて梅雨永き(Ⅰ)

夜陰ふと枝に(わた)懸け洗う僧(Ⅰ)

水底の寺見えるまで望の月(Ⅱ)

一人生れ千人(ちたり)死すとも真葛原(Ⅱ)

かもめ未だ海は卵の中に在り(Ⅲ)

二月尽開かれるまで無文字の書(Ⅳ)

祖父の膝寓話の魚を釣る遊び(Ⅳ)

山の念仏海の念仏湧くからす(Ⅵ)

撞く鐘の絶対音に散るかえで(Ⅶ)

 

 『烏律律』ではこういった作品が最も安井俳句らしい。ただ一句一句に作者が全力を込めた深い意味はない。普通の俳句と同様に、言葉が取り合わされて一つの世界が表現されている。意味(解釈)は言葉の取り合わせによって生じるのであり、作者は読まれ方をあらかじめ規定していない。伝統俳句との違いは、安井さんが無意識領域の言葉をも取り合わせていることだけである。なかなか難しいだろうが、安井俳句はもっと素直に読まれていい。「祖父の膝寓話の魚を釣る遊び」や「撞く鐘の絶対音に散るかえで」などは難解に見えるが、多くの人が直感的に理解できるはずである。

 

 なお今回図版掲載したのは、一昨年(二〇一五年)に秋田に安井さんをお訪ねした際に書いていただいたメモである。その時「次の句集は『烏律律』というタイトル(モチーフ)になる」とお聞きして、「どんな字ですか」と、夕食をご一緒した料理屋の敷紙に書いていただいた。とはいえ僕がとても安井さんと親しいというわけではない。若手俳人では高山れおな氏や関悦史、筑紫磐井、救仁郷由美子氏らが安井俳句に強い関心を寄せておられる。年長俳人では志賀康、それに『烏律律』や『安井浩司俳句評林全集』などを編集された酒卷英一郎氏が最も安井さんと親しいだろう。メモは訪問の記念としていただいたのである。

 

 ただ僕は個人的に安井さんに強い思い入れがある。自由詩を書く詩人のほとんどがそうだろうが、僕が最初に魅了された俳人は高柳重信だった。そこから赤黄男に遡り、郁乎、頌司、赤尾兜子らを読み耽り、別格として永田耕衣を読むというお決まりのコースをたどった。

 

 自由詩の詩人は、まあ言ってみれば不遜で怖い物知らずだ。僕が前衛俳句に魅了された理由には、〝自分で俳句を書くにはどうすればいいか〟という問いかけがあった。ただ僕は重信的多行俳句の可能性をどうしても信じ切れなかった。俳句は有季定型であるべきだ、あるはずだという強い予感があった。しかし徒手空拳の自由から作品を作り出すことに慣れた詩人が、伝統俳句のような窮屈な形式に身を沈めることはあり得なかった。もう少し正確に言うと、俳句芸術においてはその第一歩の踏み出しを間違えれば取り返しのつかないことになると思った。特に子供の頃から俳句を書いておらず、人生のある時期に俳句を書くことを思い立った作家にとってはそうである。多行俳句や伝統俳句は自らの資質に合っていない、そこで出発しても間違いなく失敗するだろうことは確信できた。

 

 そういう中で、常に気になっていたのが安井俳句だった。前衛俳句運動の中で、この俳人だけが明らかに毛色が違っていた。僕が安井さんの俳句を、ほぼ完全にスコープのど真ん中に捉えたと感じたのは最近のことである。それは大げさに言えば、俳句文学の全的理解をもたらしてくれた。安井俳句は有季ではないが、定型である。破調だらけではないかという異論は受け付けられない。俳句定型とは本質的には文字数や季語のことではない。俳句定型(ボディ)のことである。有季定型派がいくら俳句史から排除しようとしても、無季無韻でも多行でも俳句は成立する。ただそれらは必ず文体(俳風)として固まり、結局は俳壇のセクショナリズム争いの一員となってゆく。それは心底馬鹿らしい。

 

 安井俳句が定型なのは、それが俳句形式そのものの蠕動だからである。俳句形式は、本来は様々な文体(俳風)の俳句を生むことができる。俳句形式のエッセンスが投影されていれば、どんな文体であろうとも必ず俳句作品として成立する。比喩的に言えば俳句形式を肉体(ボディ)と化せば、作家は自由な表現を得られる。安井俳句は形式(定型)的でありかつ自由である。作家の自我意識のちっぽけな砦のような文体を後生大事に守る必要はないのだ。自由に遊べる。僕は「俳句形式の原理」探求に悩まされ続けた俳句門外漢の一人だが、ウオーミングアップはそろそろ終わりにしてもいいかな、と思う。

 

行く雁にわが涙して人間(じんかん)や(Ⅶ)

 

 『烏律律』末尾の句である。ポスト・前衛俳句の俳人の中で、明らかに優れた仕事をした俳人の作品としてはいささか寂しい。いつの時代でも、どんな作家にとっても「人間(じんかん)」は冷たくつれないものだと思うが、そろそろ安井俳句が正確に評価されてもいい時期だと思う。ネジが食い込むように安井さんが深層心理に下降すれば作品は難解になり、遂には俳句の解体に近い表現をも生むだろう。ネジが緩んで表層意識に浮上すれば、ごく普通の有季定型俳句が生まれる。その往還を理解すれば安井俳句理解は比較的たやすい。(了)

鶴山裕司

 

 

 

 

■ 安井浩司さんの本 ■ 

 

■ 鶴山裕司さんの本 ■ 

 

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