岡野隆さんの『詩誌時評・句誌』『No.065 角川俳句 2016年11月号』をアップしましたぁ。11月号は第62回角川俳句賞の発表号で、松野苑子さんの「遠き船」が受賞されました。端正で格調高い正統派の有季定型俳句です。

 

春の日や歩きて遠き船を抜く

帽子屋に汽笛の届く春の暮

春雷や金平糖の尖りほど

カンナ老ゆその柔らかきところから

家出たき頃の匂ひの毛布かな

桟橋の下の氷も揺れはじむ

(松野苑子「遠き船」)

 

ただま、この御時世では俳句界にも多少の変化は必要でしょうね。岡野さんがまとめておられますが、角川俳句賞の応募総数は748篇(人)で、年代別に見ると40代が14パーセント、50代が22パーセント、60代が29パーセント、70代が16パーセントで、40代から70代の応募者が全体の80パーセント以上を占めます。また予選通過者の37名のうち、結社無所属は3名です、歌壇の新人賞に比べると高齢化が著しく結社所属者が多い。またはっきり言えば、若い俳人たちが角川俳句賞に魅力を感じていないことがわかります。

 

岡野さんは『自由詩や小説の世界でも、新人賞に応募する者は三十代くらいの若手が主流である。短歌や自由詩、小説は〝新しい才能〟を欲しているのである。それに対比させれば俳壇はとても保守的だと言わざるを得ないだろう』と述べた上で、次のように批評しておられます。

 

 じゃあ〝新しい才能〟とは何かということになるわけだが、すごく単純に言えば〝自由な表現を容認すること〟だろう。若者は時に後先考えない無茶をやる。それは従来の文学伝統を壊そうとするだけでなく、勢い余って先行作家たちが作り上げた○○壇をも激しく批判するようになる。年長者は「そー簡単にはいかないよ」と静観するのが常だが、ある瞬間には純な表現欲求に心揺さぶられ、既成概念が少しだけ変わるのも確かである。歌壇はそんな厄介だが、新鮮な波にさらされている。もちろん角川俳句賞は新人賞とは銘打っていないので新しさを評価する理由はないかもしれない。ただそれは詭弁だな。

(岡野隆)

 

岡野さんは角川俳句賞を批判しておられるわけではないと思います。ただ俳人に限らず創作者の視線は概して内向きなんだな。自分が関わるジャンル以外の文学動向にはほとんど興味を持っていません。だからおかしいなーと思っても、それを変える本質的な力が湧いてこない。創作者が既存メディアを批判する場合、たいていは自分に注目してくれないというルサンチマンが透けて見えでしょ。だけど角川俳句にせよ、ちゃんと読んでいる俳人ってほとんどいませんよね(爆)。それではダメです。

 

パブリックな視点とは、自己の関わる表現ジャンルを客体化して俯瞰できる能力のことです。作家の一番の興味は短歌や俳句、自由詩、小説などの創作にあるはずです。それをベースにすれば、他ジャンルの動向から刺激を受けるのは当たり前です。本質的には〝○○壇〟などたいした問題ではないのです。

 

 

岡野隆 『詩誌時評・句誌』『No.065 角川俳句 2016年11月号』 ■

 

 

第05金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第0回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

 

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