エズラ・パウンド、T・S・エリオット、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドらと並ぶロスト・ジェネレーションを代表する作家、e.e.カミングス。優しくて人嫌いで、前衛作家で古典作家でもあったカミングスの処女作『The Enormous Room』の星隆弘による新訳!。

by 星隆弘

 

 

 

序文

 

〝この我が子、死して復生き、失せて復得られたればなり〟

 

 我が子は、ノートン・ハージェス救急隊に奪い去られ

 当局の流した誤報のために死亡者扱いにされ

 フランス政府によって墓に葬られたのである。

 その我が子を見つけ出し、墓から救い出すのにはこの三ヶ月の大半を費やし ––––逞しく義理堅い友人達が大西洋の東西で力を尽くしてくれた。下記の手紙はその一俉一什を伝えるものだ。

 

 

ケンブリッジ市アーヴィング街一○四番地

一九一七年一二月八日

 

コロンビア特別区ワシントン市

ホワイトハウス邸

ウッドロウ・ウィルソン大統領閣下

 

謹啓

 多忙極まれる大統領閣下の御身を一瞬間でも煩わせますことは罪深いことと存じますが、この度アメリカ人たるものの権利と義務を侵害したある犯罪について閣下に直訴しますのを一刻でも猶予することこそまこと罪深きものと意を決し申し上げます、フランス政府がこの犯罪行為に手を染めてから何週間も経ちました、パリ駐在のアメリカ大使に何度訴えても無駄でした、友人である – – – 殿の主導のもと合衆国国務省が要請をしてもまるで甲斐がありません。

 犠牲者はアメリカ人救急車運転兵で、マサチューセッツ州ケンブリッジ市のエドワード・エストリン・カミングズとW – – – S – – – B – – – の二名です。

 この二人の若者が逮捕されたのは二ヶ月以上も前のことです、それから幾度となく尊厳を踏みにじられ、罪人のようにフランス国中を引き回され、ラ・フェルテ・マセの収容所に監禁され、最後に受けた報せでは、いまなお二人は囹圉の身 ––––委員会なるものが十月一七日付でとっくに終えたはずの取調べの結果に対する、内務大臣の最終判決を待っているということです。

 カミングズに関しましては、パリから届いた私信にも当局の報せにも、無罪放免とあります。それでも彼がこのような非道な処遇に甘んじておりますのは、ひとえに親友であるB – – – 君を捨て置けないがためであります。そのB – – – 君の罪状と言いましても ––––伝え聞いたところですが–––– アメリカの友人に宛てたいくつかの手紙が気負い過ぎのフランス人検閲官の行き過ぎた解釈の餌食となった、ただそれだけのことです。

 この虐待と皮肉な情況をいや増すことに、若きカミングズはフランスを熱烈に愛しております、そしてフランス軍の友人たちへの忠義に篤い男なのです。たとえ正義に悖る監禁を受け心身を痛めつけられようと、命懸けで奉仕した国家のこの忘恩行為さえも許す男なのです、フランスが外国の諜報員のために被ってきた痛手を思えば人心が疑心暗鬼と不信感に囚われているのもしかたがないというのです。

 お聞き届けください、大統領閣下、ついに閣下を煩わせる賭けに出るまで、私は長い間待ち暮らし ––––長年のことようにも思われます–––– 頼れるものは藁にもすがりましたがもはや万策尽きました。

 一 パリ駐在のアメリカ大使に掛け合って有効な手立てを講じてくれるように訴えた数週間の努力が徒労に終わると、二人の所属していたノートン=ハージェス救急隊のリチャード・ノートンさんは意気沮喪し、本国で助けを求めたほうがいいと言って寄越しました。

 二 合衆国国務省からの働きかけの成果は以下にご覧の通りです。

 (一) カミングズは無罪放免で速やかに解放されるだろうというパリからの電報。

 (二) その少し後に届いた、エドワード・エストリン・カミングズを乗せた船がアンティル諸島近海を航行中に消息を絶ったことを報せる第二の電報。

 (三) その一週間後に届いた、前報の目も当てられぬ誤謬を訂正し、大使館ではカミングズの所在を突きとめようと改めて調査を開始した ––––が、いまだ監禁場所の特定にも至っていないことを報せる第三の電報。

 かくのごとく心を痛めてすり減らす日々を送った果てに、ついにお願い申し上げるのです ––––現下の世界的危機に対し、かつて誰も背負ったことのないほどの重責を背負われている閣下に、さらなる厄介事を押し付けますことは百も承知です。

 しかし手前勝手なお願いはまた別の理由もあってのことです。倅のためばかりではありません、倅とその友人のためだけに言っているのではないのです。倅には母親がいます ––––大義に燃える一人息子を見送ってきたすべての母親のように気丈で祖国を愛する母親です。フランスで戦う若者たちの母親は若者たち自身と同じだけの権利を持っています。倅の母親にも権利があります、倅の理不尽な逮捕と監禁のために苦しんだ数週間の何も手につかない恐ろしい不安から保護される権利があります。倅の船が潜水艦によって沈められたなどというめちゃくちゃな電報のためにこの世の終わりのような苦しみを味わわされずに済む権利があります。(この誤報はノートンさんが六週間前に気づいて訂正の電報をくれました。)倅の母親、いや全アメリカ人の母親が苦しまなくてもいいはずの不安や悲しみから保護される権利を持っています。

 生意気を言わせていただければ、閣下、かりそめにも手前が大統領で、閣下の御子息がフランス国家の手によってあのように長引く人権侵害を被っており、その母親が手前方の母親のように何週間ものあいだ謂われ無い地獄の苦しみに喘いでおりますれば ––––手前はとても手をこまねいてはおられますまい、ローマ人の権利と義務が古の人々の目に神聖に輝いていたようにアメリカ人の権利と義務の神聖さをもってフランス人の目を覚まさせんとするでしょう。古の時代ならばこう問うだけでよかった、「いみじくもローマ人を責め苛み、そのうえで御咎めなしなどという話がまかり通る法があるか?」と。ならば現にフランスではどうです、アメリカ人を罪人のごとく扱っておいて御咎めなしはおろか廉潔の士とさえみなされているなどという話が、法のもとでまかり通っていようとは!

敬白

エドワード・カミングズ

 

 

 ホワイトハウスはこの手紙を受け取った。それが共感を呼んだか、無言のまま捨て置かれたかは杳として知れない。ワシントンの役人のひとりに、このような苦境でも真に頼れる友人がいて、念入りに使者を出して届けてくれた。さもなければ、「配達中に紛失」などという目に遭ってやしないかという嫌な予感が、ただでさえ当局の繰り返す誤報と沈黙に振り回された父母を苦しめている、いつになったら終わるとも知れない比類なき拷問のその不確かさという苦痛に拍車を掛けていたところだ。そして、時も時なら国家の聴診器は世界の心臓を診るのに忙しかったのだろう、一国民の心痛になんの効き目もない葉書が一葉届くことさえも、期待しすぎというものだった。

 なにはともあれ、先の手紙が行方知れずの若者たちの捜索場所の手がかりとなった ––––パリのアメリカ大使館がどんなに圧力をかけても、二人の誘拐をゆるしてしまったノートン=ハージェス救急組合のリチャード・ノートンさんがどんなに奔走しても、頑としてフランス政府が公表できなかった、あるいはしようとしなかった手がかりである。

 ほどなくして二人は解放された、その顛末はパリの法務総監属寮 – – – 少佐に宛てた下記の手紙が伝える通りである。

 

 

一九一八年二月二〇日

 

拝啓 – – – 少佐殿

 一月三〇日付の貴殿の手紙、電報を受け取って以来今や遅しと心待ちにしていた手紙が、今朝になって届きました。倅は一月一日の元日にニューヨークに帰還しました。監禁されていたせいでぼろぼろにやつれておりました。目方がぐっと落ちて、肌にはひどい感染症を患っていました。収容所でうつされたものです。しかし留置所の、難病を患うのにうってつけの常軌を逸した設えを思えば、倅などはむしろ最小限の健康被害で逃げ延びたことをお祝いされてしかるべきでありましょう。収容所の医療は当地の一般的な衛生基準に見事に準じたもので、おかげで倅は解放されたのち輸送船内でまともな外科治療を受けるまで回復の見込みはありませんでした。一ヶ月に渡って十分な治療を受けまして、ようやくフランス当局のもてなしを刻んだ痛ましい傷が癒えたようです。いまはニューヨークの友達を訪ねております。倅がうちにおりましたら、親身になって御尽力くださった貴殿に母ともども感謝の言葉を書き添えたものと存じます。

 W – – – S – – – B – – – 君についてもうれしいお知らせがありまして、今週にもナイアガラ号でニューヨークへ帰還するはずです。彼の解放とその後の出国の連絡が電報で届いています。貴殿からお聞きした彼の神経衰弱のこと、つまりフランス当局が不審を抱いた手紙の話ですが、何から何までじかに裏づけがとれました。若い身空にあのような嫌がらせを受ければ彼より神経の図太い男でも逆上するのは無理もないというものです。どのような環境に置かれていたかを想像するに余りある話でした、あのような仕打ちを受けて仲間うちのただ一人が義憤に駆られてしまった、これは人として当然の同情心の発露です、それさえ「不審人物」と見なされる。もしも人がB – – –君の精神状態を多少なりともヒステリーが入っていたのだなどと言うものなら、彼と仲間たちが蒙ったあのような非道がまかり通る状況を何と言えますか。手前は、B – – –君が大使館宛てに正論至極な男らしい訴えを送りつけたことを貴殿からお聞きして胸がすっとしました。彼と腹を割って話すことができれば、ある事柄についての手前なりの結論にまた一歩近づけるかと存じますが、現時点では意見するのを差し控えます。

 ただひとつ言えますのは、倅の受けた仕打ちに対してそれで済んだのだから御の字だという貴殿には迚もじゃないが共感しかねます。まぎれもない事実として貴殿がおっしゃったのではありませんか、倅は無罪、しかし委員会の取り調べを受け内務大臣に無罪相当との報告が上がったのちも数週間に渡って嫌疑をかけられ監禁された、この事実を受けて手前はどうしても貴殿とは対極の結論に行き着くのです。手前にはとても信じられません、秩序に基づく政府ともあろうものがあのような非道な行いがまかり通っているのに気がつかなかったなどということがありますか。いや、「嫌疑者の拘留」などは事の真相のほんの一部です。ひとつ例を挙げます、考えてもみてください、情報集めのために何週間も奔走し続けた挙句、大使館はちっとも状況をつかめなかった、あまつさえ倅がアンチル諸島近海を航行中に消息を絶ったなどという電報を寄越した。それが誤報だとはっきりするや、今度は倅の居所の再捜索を始めたという電報。それまでにだって、フランス当局が無実のアメリカ人の監禁場所を合衆国大使館に教えてくれようという気もないことはわかろうものです。その結果、倅が死亡したという誤報が行方不明のちょうどいい口実になってしまった。手前がこの報せを真に受けて引き下がっておりましたら、倅がまだ生きていることを知る由はなかったでしょう。

 言わせてもらいますが、手前に言わせれば、誇りある政府ならば、なんの罪科もない一国民があのようにいつまでも続く尊厳と心身の虐待に晒されているのを、まして友好国による所業を激しい抗議もせず黙って見ているわけがない。手前は祖国を愛する者の義務と思えばこそ、また一個人の誇りのためにも、そうした抗議がなされるようにできる限りのことをする所存です。いまなお手前は我が国の政府もフランスの政府もあきらめておりませんゆえ、あのような災難にしかるべき真摯な対応が取られるものと信じております。それが手前の思い違いで、アメリカ国民は他国の政府によって尊厳と心身を虐待されることを覚悟せねばならず、祖国の政府には抗議も救済も何ら期待してはならないというのなら、国民は恥ずべき真実を知らしめられねばなりますまい。おもしろい読み物になるでしょうとも。さてどう出るか、あとは倅が決めることです。

 貴殿の御子息も帰ってこられるようでなによりです。御子息とお話しできる日を今か今かと楽しみにしております。

 貴殿と友人たちより賜った思いやりと御支援には何と申せばよいのやら、感謝の言葉もありません。手前と倅のためになんらかの損失を被られましたならば、是非とも喜んで償わさせてください。貴殿は永遠に手前どもの恩人なのですから。

 今後ともどうぞよしなに。

敬具

エドワード・カミングズ

 

 

 私もまた人後に落ちずフランスの掲げる大義に熱狂したひとりだ。フランスの大義は我々の大義、而して人類の文明の大義である。ただ、それがわかるまでに時間がかかってしまったために悲劇が起きた。私とてフランスのために喜んで命を懸けただろう、我が子がそうしたように、しかも我が子は一度ならず二度までもそうしたはずだ、所属する進駐連隊の出発が休戦で取り止めにならなかったとすればの話だが。

 フランスは内部も外部も敵に包囲されていた。「不審人物」の幾人かは政府の身内の者だった。内務大臣が投獄された。恐怖に正気を失っていた。国家存亡の危機だった。そのような状況下ではやり過ぎるのも避けられない。しかしアメリカ国民が最も困窮し、自国政府の庇護を欲したのも、まさしくこの時代だったのだ。

エドワード・カミングズ

 

 

(第1回 了)

 

 

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