佐藤知恵子さんの文芸誌時評『大衆文芸誌』『No.099 オール讀物 2016年03月号』をアップしましたぁ。第154回直木賞を受賞された青山文平さんの時代小説『逢対』を取り上げておられます。逢対(あいたい)は江戸時代の武士の就職活動の一つです。無役の武士が、幕府要職を務める貴人の元にご機嫌伺いに行き、役人に取り立ててもらおうとするのです。貴人側も、そういった武士と定期的に面談する義務があったようです。詳細はコンテンツをお読みいただければと思いますが、青山文平さんの『逢対』には時代小説にありがちな現実離れした理想や救いなどが描かれていません。むしろ絶望に近い権威の批判がテーマかもしれません。

 

時代小説は現代を写す鏡です。青山先生の、簡単に押しつぶされてしまうような救いの設定は、現代社会の秩序がもはや信用するに足りないものだという思想を示唆しています。社会は公正で一定の正義が行き渡っているのなら、個人が身を律する倫理は意味があります。しかし泰郎と義人の期待や努力は水泡に帰したのです。青山先生は耐える武士を描くのがお得意ですが、もうすぐ大乱が始まるかもしれませんわね。

(佐藤知恵子)

 

佐藤さんが書いておられるとおり、現代社会では権威(オーソリティ)が揺らいでいます。70代、80代で本当に尊敬に値する作家が年々減っています。俗な言葉で言うと、文学の世界では年寄りだから尊敬される時代は終わったと思います。高齢作家は若者にはない知恵や経験則を持っているから尊敬されたわけですが、それが見当たらなくなっていると言ってもいいですね。先が見えず迷っているのは若者も高齢者も同じです。

 

例にするのは申し訳ないですが、村上春樹さんは本を出すたびにベストセラーになります。しかし彼がどう老いてゆくのかぜんぜん見えない。彼は今年で67歳ですが、70になっても80歳になっても、30代から40代の、ちょっと年を取った迷える青年を主人公にし続ける気配が濃厚です。春樹さんは時代を代表する作家ですが、その傾向はどの作家にも指摘できると思います。乱暴に言えば、みんなどう年を取り成熟していけばいいのか、その方向性が掴めずに迷いまくっているのが現代かもしれません。

 

この先の見えない不透明感が権威の失墜につながっているでしょうね。この傾向は当面は止められないと思います。既存権威のいくばくかは解体され、質的変化を余儀なくされるはずです。また新たなヴィジョンを提示できる者が次の時代でリーダーシップを取ることになるはずです。この混乱に乗じて、古めかしい権威を笠に着て権威を僭称する者も現れてくる。しかし混乱は、新たな秩序を求めてのものでなければ意味がない。基本、金や地位と無縁な人間の純精神活動である文学では、それが実社会よりもドラマチックに起こっていいはずです。

 

 

佐藤知恵子 文芸誌時評『大衆文芸誌』『No.099 オール讀物 2016年03月号』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

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