%e4%bb%99%e7%94%b0%e5%ad%a6_%e3%83%84%e3%83%ab%e3%83%84%e3%83%ab%e3%81%a1%e3%82%83%e3%82%93%ef%bc%92-_19_cover_01イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。

早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!

by 仙田学

 

 

 

第七章 吊り橋の手塚様(下)

 

 

裏口からホテルの外にでるやいなや、頭から顔から体から、吹きつける雪に覆われた。

踏みこむと脛のあたりまで雪に埋まった。

「大丈夫か、羊歯、無理すんじゃないぞ!!!」

おれは声を張りあげる。

風の音は耳が痛くなるほど強まっていた。

まだ夕方のはずなのに薄暗く、数メートル先の見通しもきかなかった。

「円山くん、こっち……」

斜め後ろから、かぼそい声が聞こえてきた。

暴風に煽られている、羊歯の華奢な体が目に入る。

おれはその手を握った。

「羊歯、帰ってろ。おれが必ず探してくるから」

おれがいい終わらないうちに、羊歯は大きく首を振った。

「私が行く。円山くんこそ、帰ったほうがいい」

こちらを見あげてくる大きな切れ長の目には、強い決意が浮かんでいた。

吹雪はしだいに強くなり、風と雪の冷たさに、顔の肌からは感覚が抜けていくようだった。

ゲレンデの麓の、さきほど未来が池王子に特訓をほどこしていたあたりに辿り着いた頃には、伸ばした手の先も見分けられないほどになっていた。

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――……これじゃあ、ミライ捕りがミライになっちゃうな。

ミイラとミライをかけた駄洒落をおれは思いついたが、不謹慎すぎて口にだせなかった。

やみくもに探していても、未来と池王子を発見できるとは思えない。

下手すりゃ自分たちがぶじに帰れるかどうかも危うい。

羊歯も似たような心境だったに違いない。おれの手を握る手に痛いほどの力がこもっていた。

どれくらいの時間が経っただろう。

じっさいにはほんの十数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。

時間の感覚はすっかり麻痺していた。

寒さと吹雪に体力を奪われ、歩いているのがやっとの状態になってもいた。

……どこだ、ここ?

見渡すかぎりの雪景色、というか吹雪景色だった。

目印になりそうなものは草木一本見あたらない。

残してきたはずの足跡も降り積もる雪に覆われ、跡形もなく消え失せていた。

いったん引き返すか。

なにもかも話して大人たちに任せたほうが。

おれは身振りで羊歯にそう告げ、もと来た方角へ戻りはじめた。

そこからさらに、どれくらい歩いただろう。

体の芯から体温を奪われ、歩き続けてるうちに脚もあがらなくなってきていた。倒れそうな体を支えているのは、すぐそばを歩いている羊歯の存在だった。

羊歯をこんなところに置き去りにするわけにはいかない。

その思いだけが、おれの脚を動かしていた。

「おい……どこだ、ここ……」

おれの喉はからからになっていた。

風向きが変わり、視界が開けたかと思うと、目の前に広がっていたのは、深い谷だった。

雪に覆われているせいで距離感がつかめないが、吸いこまれそうなほどの深さだ。

谷には吊り橋がかかっていた。

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「見たこともないとこに出ちゃったぞ」

「大丈夫」

「羊歯……おまえ」

信じられないことに、羊歯は鼻歌を歌っていた。

「それって」

「『シャイニング』のテーマ曲」

「不吉すぎるだろ!」

おれの叫びをよそに、羊歯は谷のほうへ歩きだす。

「お、おいどこ行くんだ。おまえまで遭難するぞ」

慌てておれもあとを追った。

またもや風向きが変わり、おれは吹雪に押されてよろめいた。

そのまま何歩か引きずられたところで、バランスを崩して倒れかけた。

「わあああああああああああああ!!!!!」

崖っぷちで足を滑らせ、まっさかさまに落ちていくところだったおれの、腕をつかんだのは羊歯だった。

激しいちからで引っぱりあげられ、おれは羊歯の華奢な体に覆いかぶさるように倒れこむ。

「ご、ごめん」

おれはすぐに羊歯の上から動こうとするが、崖から落ちかけた恐怖から、ノロノロとしか動けない。

「ここにいると危ない」

羊歯がまたおれの腕をつかむ。

腕を引かれるまま、おれは羊歯と一緒に崖を離れ、吊り橋のほうへと歩いていった。

「こっちのほうが、もっと危なくねえか?」

おれは唾を飲みこんだ。

吹きつける風に、吊り橋自体がブランコのように揺れている。

欄干代わりのロープはいまにもちぎれそうなほど張りつめていて。

「ってか、ちぎれてる!」

「歩くとこも、板がはずれてボロボロになってる」

「恐ろしいな。さ、帰ろうぜ」

背を向けたおれの腰のあたりを、羊歯がつかんだ。

「あのふたり、ここ通った」

「えっ」

羊歯の指さすほうへ目をこらすと、吊り橋の途中に白いマフラーが引っかかっていた。

まぎれもなく、おれが未来のために買いにいったものだった。

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「何でまた、こんなややこしいところを……」

おれは口をつぐんだ。

吹雪を通して、対岸にちらちらと、明かりが揺れていたのだ。

「……ホテルか?」

「たぶん」

「崖沿いにぐるっとまわってきたってことか。だったらこれ渡るより、来た道を戻るほうが」

「来た道わかる?」

おれは振り返った。

ビュゴーッッッッッッ、ゴ――――――ッッッ!!!

吹雪はいちだんと激しくなっていた。

おれたちのつけたばかりの足跡が、跡形もなく消えていた。

もと来た道を戻るうち、ほぼ確実におれたちは行き倒れてしまうだろう。

「だからって、羊歯―――っ」

はやばやと、羊歯は吊り橋を渡り始めていた。

突風が吹き、吊り橋がイヤな音を立てて軋む。

おれは目をつぶって足を踏みだした。

――こ、怖すぎる……。

おれは腰が砕けそうになるのをこらえようとするが、脚が震えまくって力が入らない。

なにしろ、踏んでいる板の踏み心地がきわめて頼りないのだ。

仏様マリア様手塚様トイレの神様!!

思いつくかぎりの神様の名前をとなえながら、おれは探るように足を動かす。

吹きつける吹雪に対岸は見えない。

辿り着くのに一年はかかりそうな気がした。

とりあえず羊歯に万が一のことが、なんてことだけは避けなきゃならない。

まあ、羊歯ならこれしきのこと、なんともないような気もしないでもないが。

あれ?

羊歯?

目の前から羊歯の姿が消えていた。

まさかもう渡りきった?! どんだけ素早いんだあいつ!

「そうでもない」

「羊歯!」

飛びのいたおれは、橋げたを踏み抜きかけて、欄干代わりのロープにつかまった。

羊歯の声が聞こえてきたのは、おれの足もとからだったのだ。

おれの足もとの、橋げたを突き破って、羊歯の下半身は、深い谷に宙吊りになっていた。

「なにやってんだおまえっっ」

勢いよくしゃがみ、羊歯に手を差し伸べた……弾みで、おれの片足も、橋げたを突き破る。

正直にいおう。

おれは軽くちびった。

「あぶない。動いちゃだめ」

目の前に、羊歯の小さな顔があった。

ゴーグルの奥で、切れ長の目が苦しげに歪んでいた。額には脂汗が浮いていた。

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羊歯の切羽詰った表情に、おれはわれに返った。

「ちびってる場合じゃねえ!」

「ちび……?」

「なんでもない」

おれは羊歯の両脇に腕を入れ、全力を振り絞った。

羊歯もおれの首に腕をまわし、しがみつく。

――軽い。

おれは羊歯を抱きあげたまま、後ろへ倒れこむ。

学校の行き帰りに、遊びに出かけた先で、疲れた眠たいとぐずりだす未来をおぶりまくってきた腕には、羊歯のからだはあまりにも軽かった。

軽くて、華奢で、ガラス細工のように脆くて。

触れれば指先が切れそうな、氷でできた花を抱いているようだった。

「危ない」

おれに覆いかぶさった羊歯が、片腕でおれの頭を抱きかかえる。

頭の下で鈍い音がして、橋げたの板が一枚、谷底へ落ちていった。

「なんだよこれ、ボロボロじゃねえか」

「全体的に腐ってるんだと思う」

おれと羊歯は、互いに互いを抱きかかえるような格好で、あたりを見まわした。

橋げたは半分ほどがなくなっていて、その下のネット状に張られたロープが剥き出しになっていた。

「無理だ。戻ろう」

「戻ってどうするの」

おれはもと来た方角へ目をこらしてみた。

すでに吹雪に呑まれ、橋のたもとも見えなくなっている。

「戻って遭難するくらいなら、吊り橋を渡りきったほうがいいってか?」

おれの腕のなかで、羊歯はうなずいた。

「そのほうがホテルに帰れる可能性は高い、かもしれない」

羊歯はそろそろと腰をあげ、進みだした。

手を引かれるまま、おれも一緒に足を踏み出すしかなかった。

片手で羊歯の手を握り、片手で欄干代わりのロープを握って、一歩ずつ進んでいく。

風が強まるたび、うずくまらなければならなかった。

「おれら……なんの罰ゲームやってんだろうな。はは」

「笑えない」

羊歯は振り返りもせず、スカスカの足場を器用に渡っていく。

――なんか、おれらって罰ゲーム似合ってるよな。

そんな自虐ネタが浮かんだが、口には出せなかった。

罰、という言葉から、羊歯のスキンヘッドを連想したからだった。

だがなんでいつも羊歯は、こういう役まわりばかり引き受けちゃうんだろう。

日頃から未来にこき使われているおれはともかく。

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「ありがとう」

「えっ」

「ウィッグ一緒に選んでくれて。あたたかい」

おれの手を引き、風によろめきながら、羊歯は背中を震わせたように見えた。

この猛吹雪のなか、ヅラ一枚ではそう体感温度も変わらないはず。

冗談か? おれは反応に戸惑った。

そもそも、おれが付き添って一緒にウィッグ専門店へ買いにいったとき、羊歯の選んだのは、剃る前と同じ、重めのボブのウィッグだった。

いまかぶっているウィッグは、肩より下までの長さのものだ。

おそらく別の日に、自分で買いにいったものだろう。

しかしなんで、わざわざウィッグを着替えてきたんだ?

一緒にウィッグを買いにいったときの、羊歯の服装をおれは思い出した。

意外にも花柄のワンピースなんて着てきたんだよな。

なぜだか、おれとふたりでいるときの羊歯は、いつものド地味な羊歯から、ちょっとイケてる羊歯に変身しがちだ。

「ごめん、未来の尻拭いを一緒にさせてるみたいで」

「どうして謝る?」

羊歯は足を止めた。

「だって」

おまえはなにも関係ないのに、という言葉を、おれは続けることができなかった。

胸がきりきりと痛んで、言葉が出てこないのだ。

「羊歯、おまえ、なんで頭剃ったんだ?」

代わりに口をついて出た言葉に、おれは心臓が止まりそうなほど驚いた。

誰もが気にしているはずなのに、口には出していなかった問いだった。

だって女の子だもん。

ちょっと私服のセンスが微妙だったり、鼻毛が出ていたりしても、誰もつっこまないだろう。

それどころか、スキンヘッドだ。

斜め上すぎて、なにをどう聞いていいのかすらわからない。

つい最近までスキンヘッドが静かなブームを呼んでいた。

羊歯がスキンヘッドになる、そのきっかけを作ったのは未来だった。

たまたま拾った兎実さんの手帳が、未来の潔癖症に火をつけたのだ。

未来はその字の汚さに激昂し、きれいな字で書き直しをするようおれに命じた。

同時に、兎実さんの髪をつるっつるに剃りあげようと企てたのだ。

企てに気づいた兎実さんは、先手を打ってみずからスキンヘッドにしたと公言した。

さらになんの罪もない通行人の髪を剃ってまわる、通り魔剃毛活動に乗りだしたのだ。

しかも、未来まで巻きこんで。

被害者が数十人に及びはじめた矢先に、スキンヘッドで登校してきたのが羊歯だった。

兎実さんや未来にとっても、そのインパクトたるや絶大なものがあったらしい。

ただちに通り魔剃毛活動は自然消滅してしまった。

羊歯はいわば、犠牲になって通り魔剃毛活動を止めたようなものだった。

いっさい後ろ暗いことには手を染めていないのに。

他人の罪をかぶって罰を受けたようなもの。

口にはださないものの、誰もがそう思っているようだった。

未来と兎実さんが金をだしあって羊歯にウィッグをプレゼントすることにしたのも、そのせいだろう。

「うらやましかったから」

「えっ」

「先斗町未来がうらやましかったから」

羊歯は背を向けて立ち止まったままだった。

風に散っていきそうな声だったが、おれにははっきりと聞き取れた。

「未来がうらやましいって?」

美少女だから?

羊歯だって、ぐるぐるメガネをはずしてちゃんとした格好をすりゃ、未来に負けないくらいの美少女だった。

現役JKモデルだから?

地味だ地味だと思っていたが、羊歯ってモデル志望だったの?

「違う」

羊歯は、顔の半分だけで振り向いた。

ゴーグル越しに、泣いているのがわかった。

「映一といつも一緒にいる先斗町未来がうらやましい」

「おれと一緒にいる未来が?」

つないでいた手を離し、羊歯は両手でロープにつかまった。

「いつも映一と一緒にいて、転びそうになったら手を貸してもらえて、歩けなくなったらおんぶしてもらえて、テストのヤマ張ってもらえて、プロレスの相手してもらえて。すごく、すごく、うらやましい」

羊歯はつっかえながら、だがいちども中断することなく話した。

まるで長いあいだ練習をしてきた芝居のセリフのように。

これほど長く羊歯がしゃべるのを聞いたのは初めてだった。

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「羊歯、おまえも……プロレスしたかったのか?」

「まったく違う」

羊歯はぶんぶん首を振った。

「安心したいだけ。わたしにも、支えてくれるひとが欲しいだけ」

「羊歯……」

おれは気がついた。

羊歯のことをなにも知らないことに。

家族は? 転校してくる前はどこの学校だった? いつも学校のあとや休みの日にはなにしてる? 好きな食べ物は?

誰かに聞かれても答えられないだろう。

ここ数ヶ月、ほとんど毎日一緒にいたのに。おれの頭は、未来と兎実さんのことだけでいっぱいになっていたんだ。

それって、友だちっていえるのかよ。

「でも、わたしはそれにふさわしくない」

羊歯はすっかりこちらを向いていた。

ゴーグルの奥の目は、少し赤かったが、もう泣いてはいなかった。

「映一に気にかけてもらえるような人間じゃない。だから、髪を剃った」

羊歯は片手を自分の顔にあてた。

親指と人さし指で頬を押しあげ、唇の両端を持ちあげ、手を離す。

無理やり、羊歯は笑顔を作ったのだった。

羊歯の笑顔を見たのも、これが初めてだった。

「わたしは、罰を受けなければならない人間だから」

「なんだよそれ、なにいってんだよっ」

おれは頭に血がのぼり、叫んでいた。

胸に渦巻いていたのは、怒りと悲しみと寂しさと、いいようのない感情だった。

おれの声を聞いたとたん、羊歯の体からは力が抜け、ぐらりと揺れた。

吊り橋の上に崩れ落ちる寸前に、おれは手を伸ばし、羊歯の体を支える。

羊歯になにがあったのか知らない。

どんな過去を背負っているのかもわからない。

でもおれは、羊歯を守らなければならない。

未来を守らなければならないのと同じように。

おれの胸に渦巻いていた感情は、一色に染まっていた。

哀れみの一色に。

(第19回 了)

 

* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 仙田学さんの本 ■

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