学園祭のビューティーコンテストがフェミニスト女子学生たちによって占拠された。しかしアイドル女子学生3人によってビューティーコンテストがさらにジャックされてしまう。彼女たちは宣言した。「あらゆる制限を取り払って真の美を競い合う〝ビューチーコンテストオ!〟を開催します!」と。審判に指名されたのは地味で目立たない僕。真の美とは何か、それをジャッジすることなどできるのだろうか・・・。
恐ろしくて艶めかしく、ちょっとユーモラスな『幸福のゾンビ』(金魚屋刊)の作家による待望の新連載小説!
by 金魚屋編集部
五 貝殻爺い
次にステージに上がったのは、貝殻爺いだった。
貝殻爺いとはどういう意味かというと、貝殻のなかに潜んでいる爺いという意味である。つまり、貝殻の方が大きく、そのなかから人間っぽいものがこっちを覗いているという感じだったわけだ。
波打つような形状から、貝殻はおそらくシャコガイと思われた。大きさはおよそ二メートルほどもあっただろうか。貝殻はまっ白で、中にいる老人の褐色の肌ときれいな対照をなしていた。身長百六十センチほどだったので、縦に立った貝殻の割れ目の、真ん中あたりからこっちを覗いている感じだった。老人は白いひげをもじゃっとはやしており、白髪ももじゃっとなっていた。
「おぬしらは貝」
老人のたわごと? 誰もがそう思った。
「すべては貝じゃ」
やっぱりそうだ、誰もがそう思った。
「この世界は貝で始まり、ワシでできておる。お前らはワシじゃ」
なるほど、単なる貝殻のゆるキャラというわけではなさそうだ。病院に行く必要がありそうだぞ、救急車はまだかな? 誰もがそう思った。
「はいはいはいはい、みなさん、こう思っておられますねえ」
司会の稗田がしゃしゃり出てきた。
「きっと皆さんは、この方を、ちょっと行っちゃってる汎貝主義者だと思っておられる、そうではありませんか」
多くの観客がうなずいた。
「そして、一刻も早く病院送りにすべきだと、そう考えておられる」
さらに多くの者がうなずいた。
「しかーしであります。しかしながらであります。この方のおっしゃることはむべなるかななのでありますよ。この方はある意味世界の創造者であられるのです。その名をタンガロア、あるいはカナロアと呼ばれるお方です」
「知らなーい」
声が上がった。
「むべなるかな~」
稗田がうんうんとうなずいた。
「そうでありましょう。ギリシャ神話や古事記などの逸話は、多くの方の知るところではありましょうけど、場所がポリネシアとなると、その神話体系もほとんど知られていないというのが現状ですからね」
「ポリネシアってどこぉ」
などという声すら上がる始末だった。
「わかりやすく言うとですね、ハワイと、ニュージーランドと、イースター島をつないだ三角形のなかにあるのがポリネシアなんですよ。その西側にさらにミクロネシアとメラネシアがあるんですけどね」

「うわっ、なんかマイナー」
「そう、マイナーではありますが、この現代、つまり文化相対主義の時代におきましてはですね、あらゆる神話が対等の権利を主張することができるわけであります。そして、本日ここにおいでくださった方は、ポリネシア神話においては神のなかの神、すべての神の大元にして世界の原型ともなられた大御所というわけなんです」
「ええっ、でもオーラがないなあ」
「なんかしょぼい爺さんにしかみえない」
「どこがビューチーなのぉ」
懐疑の声が後を絶たなかった。
「ええっとですね」
稗田は頭をかいた。
「まあそういうこともあろうかと思ってですね、・・・えっと、準備オッケーかな?・・・」
関係各所に確認を取りつつ、稗田がうなずいた。
ステージの真ん中にゆっくりと巨大なスクリーンがおりてきた。
「ええっ、それでは準備が整ったようです。なんといっても視覚の時代、映像の時代というわけで、有志の方が作っちゃったんですよね、映像作品。これ見ればタンガロア老人の偉業がわかってもらえると思うんで。・・・えっと、プロジェクターの方、オッケーですかあ?・・・それでは、アニメ版タヒチ版創世記『世界作っちゃいました』始まり始まりぃ」
ステージの照明が落とされた。暗くなったステージのスクリーンに映像が映し出された。さっきの老人は、すっかり貝殻のなかに潜り込んでしまった。ステージの端に巨大な貝殻がそそり立っている感じだった。
ハワイアンを思わせる、ゆったりとした弦楽器の調べに乗って、陽気な歌声が鳴り響いた。打楽器の力強い響きも加わって、踊りだしたくなる気配が醸し出された。
真っ黒闇の真ん中にある巨大で真っ白な貝殻。ちょうど、先ほどの老人が入っていたのと同じような形状だった。
「ふわああああっ」
声がして貝殻がぬううっと開いた。ぷっ、と屁をひる音も聞こえた。
「よく寝たあ。無限の半分くらいの時間を寝てたかなあ」
中から現れたのは、なるほど、いかにも先ほどの老人をモデルとしたと思しいキャラクターだった。褐色の肌に白髪白髭の痩せたじいさんだった。
「おい、誰かお茶」
エラそうな口調で言ったものの、誰も答えない。
「誰かおらんのか? 神じゃぞ、神がおめざめじゃぞ。ほれ、茶をもたんか、酒でもいいぞ」
でも誰も答えない。
「なんてこった、ここにはどうやら誰もおらんらしい」
再びぷっと屁をひると、
「屁をこいても一人、なんつって」
ひとりでくふふと笑ってから、神であるらしいタンガロアじいさんは、さらに呼びかけた。
「おーい、それじゃあ岩はおらんか。ちょっと歩きたいのじゃが。地面を用意してくれんかなあ」
しーん。
「じゃあ、風よ吹いておくれ。涼を取りたいんでな。台風並みはやめてくれよ。風速二、三メートルで頼むわ」
しーん。
そのあと、「雨よ!」「雲よ!」「光よ!」「えっと、蛍光灯よ!」「エアコンよ!」「自動車よ!」「ふかふかのベッドよ!」「湯気を立てる食卓よ!」「微笑よ!」「ミニスカポリスよ!」「えっと、えっと、揚げたてのコロッケよ!」「それから、えっと、ちべたいかき氷よ!」などと森羅万象に呼びかけた。だけど、どこからも返事がなかった。
「なんてこった、ここには貝殻しかない」
もう一度ぷっと屁をこいたが、やはり一人なのだった。
「なんにもないなんにもない」
かまやつひろしの歌を口ずさんでみせてから、ふっと思いついたように、自分が寝ていた貝殻の上半分を持ち上げた。背伸びしてジャンプして持ち上げたら、それは半球状の空になった。
「うーん、でも上だけじゃなあ」
タンガロアはちょっと迷った。だって残り半分の貝殻を使ってしまうと寝どこがなくなるからだった。
「ええい、ままよ」
叫ぶとタンガロアは下半分の貝殻を殴りつけ踏みつけぎとんぎとんにたたきつけして粉々にした。貝殻はくだけちり、無数の岩となって積み重なって大地となった。
「うひゃひゃあ」
ヘンテコな叫びをあげるとタンガロアは、自分の背骨をぬぼおっと抜き出した。それを岩の大地に置いて山脈に見立て、あばら骨で渓谷や崖を作った。
「ほほう、ええ感じやん」
うなずいた。でもまた眉間にしわを寄せた。
「そういえば、生き物がおらんな」
タンガロアは、自分の筋肉をむぎゅむぎゅむぎゅっと引きずり出すと、岩の大地にまといつかせた。それは肥沃な土となってそこにもこもこと植物が生えだし、さらにはふつふつと動物たちが湧き出した。タンガロアの爪からは甲羅や殻をもった亀とか海老とか蟹とかうろこを持つ蛇や魚が現れた。だけど、そのうち植物も動物も喉が渇いたと文句を言い始めた。亀たちや魚たちは泳ぐ場所がないとブーブー不平を言った。

「なんだよ、この世界、どうなってるわけ? おれら魚なのに陸の上で何をしろっての?」
それは造物主に対する、じつにもっともな苦情であった。
「あちゃあ、そういえば水がなかったわ。わしとしたことが」
にゅうっぽんずるりんっぽんと音を立てながら、タンガロアは自分の内臓をずりずりずりと引きずり出して空に投げた。それらは胃袋、腎臓、胆嚢、膵臓、肝臓、小腸、大腸などの形をしたもこもこの雲となった。雲はふくれ上がっては雨を降らせた。雨は川となり、湖となり、やがて海となった。
タンガロアの体からは骨も筋肉も内臓もなくなっていたが、まだ血が残っていた。
「ふふっ、これで世界を装飾するのがよいよなあ」
タンガロアは自分の血をてのひらですくっては投げ、すくっては投げした。それはまるでアクションペインティングの絵の具のように空に飛び散って、朝焼けや夕焼けとなった。花びらの赤も、口紅の赤も、合成着色料の赤も、この世にありとある赤は、この時発明されたのであった。
とうとうタンガロアは空っぽになった。外から見るとわからないけど、体の中身はからっぽなのだった。なぜなら、内なるものを外にぶちまけることで、世界を作ったからだった。つまりこの世界は、タンガロアの体そのものなのだ。
「これでおぜん立ては整ったな」
タンガロアは、かつて収集していたフィギュアのコレクションを参考にしながら、ニンゲンなるものを作ってみた。うまく作れたのもあったし、ちょっと失敗しちゃったのもあった。今日美形のニンゲンと、美形と呼ぶのはちょっとなあと思うニンゲンがいるのは、タンガロアのせいなのである。タンガロアがお手本のフィギュア通りに精魂込めて作ったか、あるいはほかの神々と雑談猥談放談しながら適当に作ったかの違いというわけである。時にはタンガロアはテレビのお笑い番組を見ながら、時には眠りながら作ったこともあり、そんな時は笑いで手元がぶれたり、ほんとに無意識に作っていることもあった。その結果、たぐいまれな傑作が生まれたこともあるということは、申し添えておこう。だいたい悪魔のたぐいは眠りながら作る気もなく作ってしまったものだと、タンガロアは後に言い逃れをしたということである。
というわけで、タンガロアこそが世界なのである。みなさんはタンガロアのなかで暮らしているのであり、タンガロアによって生み出された者らの子孫、つまりタンガロア・チルドレンなのである。ちゃんちゃん。
映像の上映は終わったが、観客はみなきょとんとしていた。
「いや、そんなこと言われても」
ってやつである。
「いや、そんなこと言われても、ってみなさんお思いですね?」
ステージに現れた司会者稗田が問いかけた。
「創成神話なんて、キリスト教のアダムとイブ的なのもあれば、古事記のイザナギ・イザナミみたいなのもあるし、そんなローカルな創世神話もってきて、信じろって言われてもぉってやつですよね」
激しく同意という空気が会場に渦巻いた。
「それにあれですよね、この貝殻のなかにいるおじいさん、ほんとにタンガロアなのお? って疑いの念もわきますよね。ただの貝殻大好きじいさんじゃないのお? みたいな感じで」
これまた皆がうなずいた。
「じゃあ、ちょっとタンガロア爺さん、その実証みたいなの、やってもらえませんかね。まあ、いまは実証主義の時代でしてね、口先だけじゃあどうにもこうにも人の心は動かないんですよ。再現可能性っていうのか、事実だっていうのをね、ちょっとここでね、みんなに教えてあげてもらえるとね、ほら、助かるっていうか」
ぷうっ。おならの音がした。
「はは、失敬失敬」
貝殻の中から声がした。
「うれしいのお、もう屁をしても一人じゃないんじゃから」
爺さんは貝殻のなかから出てきた。
「じゃあ、そこの司会者、このナイフでわしの体を切り裂いてみよ」
「ええっ」
いくらなんでもそんなことはできない。さすがの稗田もしり込みをした。
「なんじゃあ情けないのお。じゃあ見とれよ」
爺さんは自分の胸にナイフを突きさした。
「きゃあああっ」
会場に悲鳴が鳴り響いた。
でも、血は出なかった。
爺さんは裂けめに指を突っ込み、両手で胸をばっと開いた。空っぽだった。爺さんの体のなかはほんとうに空っぽだったのだ。
「わかったかなあ。じゃあ、ひとつ戻してみようか?」
爺さんは天に向かって小声で言った。
「世界よ、わしの血を返してくれまいか」
するとどうだろう! 太陽は急に色を失いなんか黄色い感じの丸い円になってしまった。会場の装飾からも赤の部分が消えた。ステージの周りの気配も変わった。客の服から赤い色が消え、口紅の色が消えていた。

「ほら、見るがよい。わしの血が戻ってきた」
老人が体の中を見せた。空っぽの体のなかにたっぷんたっぷんに血がみなぎっていた。
「では、もう一度わしの血を世界にぶちまけよう」
老人は体に手を突っ込んですくいあげた血を空に、会場に、そして地面にぶちまけた。世界に赤色が復活した。
「もう一つやって見せよう」
老人は、空にぷかぷか浮かんでいる雲に呼びかけた。
「おーい、わしの内臓諸君、久しぶりに戻ってこまいかあ」
すると、空の雲がひゅいーっひゅいーと舞い降りてきて老人の体のなかに入っていった。
「うーん、内臓を内蔵してるって感じぃ」
しょうもないおやじギャグを一発かまして、老人はステージの方に体を向けた。空っぽだった老人の体の中で、胃袋、腎臓、胆嚢、膵臓、肝臓、小腸、大腸といった面々が元気いっぱいに活動していた。代わりに空は真っ蒼になった。雲一つない青空である。
「うわっ、なんか太陽がまぶしい」
客席からはそんな声があがった。
「はい、じゃあ、内臓諸君、また空に戻って雨の調達よろしくぅ」
老人の言葉とともに内臓諸君はこぞって空に舞い上がり、再び雲となってほんの少しだけ太陽の光を陰らせた。
「どうかな諸君。この大地はわしの筋肉、山や谷は骨格なわけじゃが、それを戻したら諸君らの足元が不確かになるからのお。これくらいにしておくとしよう」
拍手が巻き起こった。
「はいはいはいはいはい、はーいはい」
司会者稗田が戻ってきた。
「いかがでしたか? 納得されましたかあ」
「なんか、マジックショーみたい。イリュージョンっていうか、そういうの見せられてる気がする」
「でも、スケールが大きすぎるよね。世界創造のイリュージョンだもん」
「正直、面食らってる。ついていけてない気がする」
「でもすごい。なんか感動した」
「うん、お爺ちゃん、憎めないキャラだし」
「こういう人が神様なんだったら、まあ許せるかなって感じ」
「おいおい、お前たち」
胸の裂け目をガムテープで止めた貝殻爺いが、不満げな声をあげた。
「これだけのものを見ておいてまだ信じないというのか?」
「いや、信じます信じますって」
このままでは大地を構成している筋肉や骨をずりずり引き上げて、居場所を奪ってしまいかねなかった。その気配を察した稗田が、あわてて仲裁に入った。
「ほんとすごいです。あなたはマジで神です。この世界そのもの、生きたこの世界、生きたわれわれ皆の親なんです。そんなあなたにこの曲を捧げましょう!」
稗田の合図とともに、音響係が曲を流した。
ルイ・アームストロングの「イッツ・ア・ワンダフル・ワールド」。
緑の木がみえる
赤いバラも
咲いている
ぼくと君のために
こう思うんだ
なんて素敵な世界なんだって
青空と
白い雲が見える
祝福に満ちた明るい昼と
暗くて神聖な夜
ぼくはこう思うんだ
なんて素敵な世界なんだって
虹の色が
空にとてもきれい
それは行きかう人々の
顔にも映えている
みんながあいさつを交わしてる
調子はどうだいって
ほんとはこう言ってるんだ
愛してるよって
赤ん坊の声が聞こえる
その子たちが育っていくのが見える
たくさんのことを学ぶだろうね
ぼくが学ぶすべてよりたくさん
ぼくはこう思うんだ
なんて素敵な世界なんだって
そうさ、ほんとに思うんだ
なんて素敵な世界なんだって
効果はてきめんだった。耳を澄ませていた貝殻老人は徐々に笑顔になり、やがてその目が細くなり、眼を閉じ、そして眠ってしまった。眠った老人を両側の貝殻がやさしく包み込み、そしてぴったりと閉じた。
「はい、たったいまタンガロア老人は満足して眠りにつかれました。次に目覚めたとき、そこにはこの世界が続いていることでしょう。だからもう新しい世界を作る必要はないはずです。そうこの世界は素敵なんだから。美しいんだから」
ルイ・アームストロングの歌が再度流されるなか、数人のスタッフが巨大な貝殻をよっこらしょと持ちあげてステージから降りて行った。会場からはおのずと大きな拍手が沸き上がった。
「ありがとうございました。世界の創造者タンガロア老人でした!」
稗田が見事に最後を締めくくった。
(第05回 了)
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