月まで_01_cover_01

「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに  その意味を理解したため」
「僕」は観念として世界に対峙する。孤独から滲む透明な抒情──。「僕」とは切り取られた世界そのものでもある。画像によって喚起されたペルソナ手法による、小原眞紀子の連作詩篇。 

by 小原眞紀子

 

 

 

 

 

世界は線路に沿って 内側に巻き込まれる

両縁はちりちり焦げて、と

借りた本に書かれていて

腑に落ちず 地を踏みしめたら

コンクリに落ち葉の痕跡

目を凝らせば三葉虫が這い

読めない文字をたどる

でも もう少し

あとちょっとで読めそうな

傷んだページをめくる

線路脇にぺんぺん草が揺れ

右左 どっちへ

陽が溶けかかる

鉄に耳をあてると音が響く

人類を追いつめ

根絶やしにする音が

空の果てから転がってきた

僕は草臥れた一個の赤血球

坂にかかれば見あげる

僕が生まれたところは

空虚な(穴)

いつか鉄路がめくれて

ころころと落ち込む

闇に紅い火がともり

僕は打たれてほとばしる(悲劇)

世界に二筋の血が流れる

僕が泣くのは痛みのためでなく

たった一人で生まれたため

今まさに その意味を理解したため

月まで_01_01

 

 

 

 

目の端を走り抜けてゆく

白い靴の小人さん

足もとに今、もぐり込んだ

黄色いセーターの小人さん

とことこと線を引く

地面は分かれて 世間ができる

僕は眺めている

緑の垣根を

鉄条網を

ベルリンの壁の跡を

何ひとつ越えられないので

空を見上げる

僕は息をして 立っている

ガリバーのごとく 足を縛られ

小人さんと目が合う

世間に生える民草は

中ぐらいの大きさで

木々の蔭から蔭に広がる

人々が影を重ねてはびこる

僕はしゃがみ込み

地の細胞を見つめる

蠢き輝くもの

生死の境を揺らすもの

僕のかたちに切り抜かれた

光に横たわり

僕は初めて温む

ぬくぬくと

僕のなかの小人さんのひとりが

僕という民草を引き抜こうとしている

月まで_01_02

 

 

 

 

すべてのものは

僕といっしょに星を目指す

九歳まではそう思っていた

世界はそんなふうにできている

僕の背は伸びるし

人の言葉は空から降ってくるから

僕は上ばかり見ていた

なかば口を開けて

人にぶつかって怒られた

人々は糸のようなものを手繰りあったり

鏡で隣りを覗き込んだりしているので

僕もそうしはじめた

ティーンの頃は

女の子と手を繋いだり

映画を観たりするものだから

はたちまでは

放っておいても背は伸びた

溜め込んだ言葉がときどき溢れる

朝は疲れ果て

夜は全能の力に満ちていた

だからやっぱり上を見て

すべてのものを地に捨て去り

僕はひとりで星を目指す

決意は繰り返され

そのたび袖を引かれたり

映画がはじまったりする

男が歩いてゆく映画だ

詐欺師や醜女に阻まれながら

矢のように真っ直ぐな道を

月まで_01_03

写真 星隆弘

 

* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。

 

 

 

 

水の領分メアリアンとマックイン