佐藤知恵子さんの文芸誌時評『No.010 オール讀物 2014年09月号』をアップしましたぁ。長部日出雄さんの映画批評『「新・紙ヒコーキ通信」幕引きの弁』を取り上げておられます。長部さんは直木賞作家ですが、最近ではエセーや評論を数多く書いておられます。映画批評の達人でもあります。『紙ヒコーキ通信』は何年くらい続いたんだろ。断続的に30年くらひは書いておられるように思ひます。それが今号のオール連載分で最終回なのであります。悲しひ(涙)。

 

佐藤さんは「長部先生の映画評は大人の魅力ね。映画がとにかく観客を映画館に呼びたい興行で、監督よりも役者が花形で、でも芸術であることを重々ご理解なさった上でサラリと批評を書いていらっしゃるわ。それは・・・「新・紙ヒコーキ通信」の最終回なのに、あのトム・クルーズを取り上げていらっしゃる肩の力の抜けようからもわかるわぁ」と書いておられます。確かに最終回にトム・クルーズを選んだところに、長部さんのお人柄や映画批評に対する姿勢が表れていると思います。長部さんのトム・クルーズ論、面白いのでちょっと引用しておきます。

 

 トム・クルーズの当時の主演作には、設定に幾つかの共通性があった。

 まず恋人役の女性が大抵年上か、知的な洗練度、学歴、社会的地位において、かれより優位に立つこと。(中略)

 知的に優越する女性との対比において、頭は余りよくないけど、運動神経と動物的な勘のよさ、闘争心の旺盛さなど、雄(おす)としての優秀性が強調される。(中略)

 前略。男の相手役との関係でいえば、古強者対若者、という構図が目立った。(中略)

 力演してもいつも同じ顔にしか見えないトム・クルーズに引き立てられたせいか、ポール・ニューマンはそれまでどうしても取れなかったアカデミー賞主演男優賞をその作品で初めて獲得し、ダスティン・ホフマンにも二度目のオスカーを齎(もたら)した。

 

佐藤さんは長部さんの映画評を、「長部先生の文章を読んで、トム様のイメージが固まっちゃった読者の方も多くいらっしゃると思うわ。映画・演劇の華は今も昔も役者なのよ。・・・そういった基本を抑えることってとっても大事よ。長部先生の映画評がアテクシを含む読者に愛されたのは、映画の一番基本的な魅力から始めて、その上に先生の鋭い認識をちょっとだけ付け加えたためだと思うわ。その案配が絶妙なのよ」と批評しておられます。まったくその通りですね。連載の再開を不肖・石川も心から待ち望んでおりますぅ。

 

 

佐藤知恵子 文芸誌時評 『No.010 オール讀物 2014年09月号』 ■