学園祭のビューティーコンテストがフェミニスト女子学生たちによって占拠された。しかしアイドル女子学生3人によってビューティーコンテストがさらにジャックされてしまう。彼女たちは宣言した。「あらゆる制限を取り払って真の美を競い合う〝ビューチーコンテストオ!〟を開催します!」と。審判に指名されたのは地味で目立たない僕。真の美とは何か、それをジャッジすることなどできるのだろうか・・・。
恐ろしくて艶めかしく、ちょっとユーモラスな『幸福のゾンビ』(金魚屋刊)の作家による待望の新連載小説!
by 金魚屋編集部
九、審判(前編)
「あ、ありがとうございましたぁ」
稗田が満面の笑みで登場した。
「ほんとうになんということでしょう。こんなことが起こるなんて、そしてこんな日に司会を務めさせていただけるなんて、わたしは高揚を禁じ得ず、興奮を治め得ず、幸運をとどめ得ない状態にあります。ほんとうに、そんじょそこらのどこにでも転がっているようなありふれたミスコンの司会者だったはずのわたしが、ひょんなことからこのような全地球的、汎神話的、さらには宇宙からの介入まで引き起こすような美の祭典の司会者となってしまったわけですから。
とはいいつつではありますが、もう日も傾いてまいりました。
これ以上の出演者はもうおられないでしょう。
いよいよ、本日のこの晴れがましいイベントも終幕へと近づいている。そうではありませんか。残すは最後の審判あるのみ。
果たして究極の美の栄誉を勝ち取るのは誰なのか?
それでは、皆様、どうか審判員の席をご覧ください!」
っておい、こら稗田、余計なことを! みんながこっちを向いたじゃないか! うわ、怖い、やばい、あせる、びびる、こまる、ちぢむ、ちぢこまる! まったくお前というやつは。目立たないこと路傍の石のごとく、チューリップ、水仙、ヒヤシンス咲き誇る花壇の隅の雑草のごとく、ひっそりと生きてきたこの日陰を好む生き物を白日の下にさらすとは!
観客の目はいっせいにぼくを見ていた。稗田の懸命のアジテーションがあったにもかかわらず、そこにはやはり称賛や期待の色はうかがえなかった。みんなきっと、こんなこと思ってる。間違いなかった。
「は~ん、やっぱ改めて見てもボンヨー」
「なぁんでこの人が、あの輝くお三方によって審判員に選ばれたわけ~」
「え、どこ、どこにおるん。オーラがみえないんやけど、そこには誰もおらん気がするんやけどぉ」
「なんか、権威ないなあ。こんなすごいイベントを、こんなしょぼい審判がしめていいわけ?」
きっとそうなのだ。ずっとそうだったのだ。これからもそうに違いないのだ。どうせ俺なんかそうなんだ。っていうか、そうなるように、そうしかみえないように生きてきたのだ。
だからやめてくれ。透明人間を見ようとするのは! 透明人間に光を当てても、そこには光しか見えないのだから。
だけど、稗田のやつは、そんな俺のどぎまぎを完全に無視した。当然のごとく、いつものごとく立て板に水で喋りつづけた。

「そうなのです。
実のところ、彼こそが本日の影の主役といっても過言ではありません。
わが竹馬の友にして、水魚の交わり、さらには刎頸の友である針巣一郎君であります。
針巣君はいつも目立たぬように目立たぬようにと生きている。そんな隠者的、あるいは忍者的、しかして実のところは賢者的なやつなんです。わたしにはわかっていました。彼が自分を消そうとするのには深い理由があるのだと。そうなのです。彼はなにかとてつもなく大きな役割を担っているがゆえに、逆に目立つわけにはいかなかった。そう言うことだと思うのです。そう、彼はなにか途方もなく大きなものとつながっている。そして、いつかその根っこへとたぐり寄せられる日がくる。そんな気がしてならなかったのです。なんというのでしょう。彼にはなにか重要な使命が託されているのですが、それはその時が来るまで決して明かしてはならないものであるということ。そして、そのことは彼自身によって、あるいは彼自身を超えた何らかの力によって、彼自身に対しても伏せられている。そのために彼は無意識の内に自らの巨大なるオーラを懸命になって隠そうとしてきた。その結果、逆に目立たなさすぎて目立つという逆転現象が出来したものの、保護色発動したカメレオンのごとくさらにそれを押しかくして彼は生きて来たという次第。・・・なのではなかったと推測する次第なのであります。
でも、それはとうとう今日、この日に発現した。彼が隠しに隠してきたものが発動した。なるほど、きっかけを作ったのは橋田由香さんとブロークン・ヒールズでした。けれども、
それは単にミスコンを破壊しただけです。
そこから新たなイベントを立ち上げたのは、あの三美神でした。そして彼女らを招き寄せたのが、まさに針巣君だったわけです。彼女らの手によって、ミスコンという差別的性格を孕んだイベントは、この公明正大に過ぎる、あまねく森羅万象のなかの美を探求せんとするビューチーコンテストオへと生まれ変わった。あるいはこういってよいでしょうか。幼稚園時代に発案されたビューチーコンテストオへと生まれ変わったと。ビューティーとビューチーは何が違うのか。実際には、まだ発音が不自由な幼児のいい違えということになるでしょう。しかし、ビューチーなる耳慣れない響きは、単なる美を意味するビューティーを異化してはいないでしょうか。単純な概念に、もっと別の意味を含みこませる結果になっていないでしょうか。本日皆様が目撃なさったようなイベントには、なにかこの通常の美の概念を超えたものが潜んでいるようにわたしには思われるのです。そして、わたしはそのいわく言い難い性格をビューチーと表現したい。もしよろしければ、本日のこのイベントはビューチーコンテストオであったとすることで、凡百のイベントとの差異化を図りたいのです。いかがでしょうか?」
「いいぞ!」
「異議なし」
「確かに今日ここであったことは、単なる美、わかりやすいビューティのページェントじゃなかったからな」
「そうだね、もっとかき回される、もっと振り回されるなにかだった」
「考えさせる、振り返らせる何かだった」
「ひっくり返し、でんぐり返すなにかだった」
「それが、ビューチー?」
「いいんじゃない?」
「うん、賛成。歴史上唯一絶対唯一無二のビューチーコンテストオ。それでいこうよ」
「古今未曾有、空前絶後、全体未聞、千載一遇のビューチーコンテストオ!」
「今日この場にいられたことを感謝します!」
会場から沸き起こるビューチー!コール。
「ありがとうございますみなさん」
稗田は深々と頭を下げた。
「さあ、そんなビューチーコンテストオですから、その判定もいわゆる権威にゆだねるような類のものではない。それはおわかりですよね? ここまでの前置きをしておいてから、再び審判員に話を戻すとしましょう。
いかがでしょう? みなさんの目にはもしかしたら一見、針巣君はとってつけたような存在に見えるかもしれません。無関係な存在に見えるかもしれません。
でも、違うのです。実のところは、針巣君こそが引き金、運命の歯車の回し手だったのですよ。影の功労者が彼なのです。彼なくして今日のこのイベントはなかったといえます。なぜなら、あの三美神が、イチロー君がその昔に交わした約束を果たす日として設定したのが今日だったからなのです。
それでは、ここにいたる経緯を説明するとしましょう。みなさん、しばしの間、お耳を拝借いたします。
彼の秘めたる力の片鱗を見たのは、小学校の時の遠足でした。
そこは井出山にある「ハイジの丘」という一種の自然公園で、たくさんの山羊や羊が放牧されている丘陵地でした。ぼくたちのお目当ては、公園内にある巨大アスレチックでした。巨大すべり台やら、山のようにそそり立つジャングルジムやら、子供だったぼくたちにとって、そこは夢のような場所でした。夢中になって遊んでいた途中で、ぼくははっと気づきました。さっきまでいっしょにターザンロープで「あ~ああ~っ」ってジャンプしてたはずのイチロー君の姿が見えなくなっていたのです。

「あれ、イチロー君は?」
ぼくが聞くと友達が牧場の方を指さしました。その方角を見やると、なんとイチロー君は牧場の柵を越えて牧場のなかに入り込んでいるではありませんか。まあ、柵のなかにいるのは羊や山羊といったおとなしい動物たちだから特に危険はないとはいえ、いつもおとなしいイチロー君が、そんな単独行動を取るなんて、とても奇妙なことだったんです。
しかも、驚きはそれだけではありませんでした。山羊や羊たちが、イチロー君の周りに集まっていたのです。イチロー君が歩き出すとその後を皆がついて行き、イチロー君が左手を挙げると左へ散開、右手を挙げると右へ散開といった具合に、まるでイチロー君が飼い主ででもあるかのごとく、従順に従っているのでした。
「おーい、イチロー何してんのぉ!」
ぼくは柵の所まで行って、大声で呼びかけました。すると、それまで鮮やかな手つきで動物たちを操っていたイチロー君が、はっと我に返ったような顔になりました。
「え? あれ?」
なんで? ってイチロー君はぼくに問いかけました。
「なんでって、なにが?」
「なんでぼくこんなところにいるの?」
「ってイチロー君、自分で行ったんでしょ」
「ううん、違うよ。ぼく亜礼君たちと遊んでたよ」
「そうだけど、いなくなっちゃったじゃない」
「変だなあ」
イチロー君は目の前にいる山羊や羊たちの群れを見て急に怖くなったみたいでした。あわてて駆け戻ってきて、柵を越えました。
「覚えてないの?」
「うん、覚えてない。ぼく何してた?」
「羊や山羊をなんかこう、あやつってるみたいだったよ」
「ぼくが?」
「うん」
「まさかぁ」
まあ、ぼくたちは子供でしたから、その時はそれ以上そのことについて深く考えることはなく、他の友達に呼ばれるまま元通りアスレチックでの遊びへと戻っていったわけです。でも、そのことはぼくの記憶の深いところに刻まれていたのでしょうね。そう、井出山で羊たちを導いた針巣君は、やがてわたしのなかで、あのイデ山の羊飼いのイメージとつながることになるわけです。ご存じありませんか? イリオス王プリアモスの息子の物語です。」
「知らない」
「教えて!」
会場から声が上がった。
「そうですか。では、極めて簡略に、お伝えいたしましょう。ギリシャ神話のお話です。テティスという海の女神と、ペーレウスという人間の英雄との結婚式が催されました。まあ、ただ名前だけ挙げてもイメージできないよって言われかねないから、ちょっとだけ補足しておくとですね、新婦のテティスは何にでも変身できる能力持ってたんですね。あとゼウスとかヘパイストスとかディオニューソスを危機から救ったりする保護の女神さまでもあったみたい。
ヘパイストスの方はね、ゼウスの奥さんであったヘーラーが単為生殖で産んだっていわれてるんですけど、生まれつき両足が曲がった障害を持ってたんです。で、ヘーラーったら、母親のくせに障害をもった我が子を嫌ってヘパイストスを天から捨てたんですよね。でも、テティスたちが九年もの間彼を保護したんですよね。
新郎のペーレウスはね、もとはアイギーナ島の王子だったんですよ。でも、猪狩りの時に投げた槍がエウリュテリオーンに当たっちゃって、殺人を犯しちゃうんです。その罪を清めてくれたのはペリアース王アカストスなんだけど、その奥さんのアステュダメイアがペーレウスを好きになっちゃうんです。困ったね。恩人の奥さんだもんね。
「いや、それはないっしょ、それはあかんっしょ」
ってペーレウスがこれを拒否っちゃったもんだから大変なことになったわけです。キレたアステュダメイアは、ペーレウスの奥さんのアンティゴネーに、
「ペーレウスったら、わたしの娘に言い寄ってるんですよ、もうどうにかしてくださいよ」
なんて大嘘をかまし、これを真に受けたアンティゴネーは自殺。なんて悲劇。ペーレウスにとっちゃ大打撃ですよね。アステュダメイアはそれでも気持ちが収まらず、自分の旦那に、
「ねえあなたあ、助けてぇ。あのペーレウスがしつこく言い寄ってくるのぁ」
さらにも嘘をかまして、夫にペーレウスを殺させようとまでしたわけです。逆恨みは怖いですねえ。
でまあ。
「なんでこうなんねん」
嘆きながらペーレウスは山に逃げるわけだけど、今度はケンタウロースたちに襲われちゃう。つまり、下半身が馬で、上半身が人間のあの人たちにね。で、
「もうあかん、わやや」
って思ったときに、野蛮なケンタウロース族のなかで唯一知的な存在であったケイローンに助けられるわけです。
で、このケイローンにペーレウスはいろいろ教わるわけです。教わったことの一つに、自在に変化するテティスみたいな存在の捕まえ方みたいのもあったという伏線ありなわけです。まあウナギのつかみ方みたいな極意を教わったと思えばいいんじゃないですかね。
で、テティスとペーレウスが出会ったとき、
「捕まらないわよ」
ってテティスは炎に変化したり、ライオンになってがおおってやったりいろいろ変化したわけですが、ケイローンにウナギのつかみ方じゃなくて、変化する女神の取り押さえ方を教わっていたペーレウスはついにテティスを捕らえて伏線回収。かくして結婚に相成ったというわけです。
えっと、これで話の発端なわけなんですけど、大丈夫かな。あのね、ぼくは司会の稗田亜礼っていいますけどね、ええ、そうなんですよ、あの『古事記』のね元になった人のね、直系の子孫なんですぅ。稗田阿礼はさ、もう記憶力抜群で、なんでも覚えてたみたい。で、阿礼が死んじゃったらその記憶が全部失われるってんで、天皇が慌てて阿礼の口述を書き残させたのがいわゆる『古事記』なんだって言われてますよね。

それとおんなじでね。ぼくもなんでも一度見聞きしたことは忘れないんですよね。数学とか物理みたいな応用が必要な科目は苦手だけど、暗記が必要な科目はもうすいすいすらすらって朝飯前にできちゃう。だって、見る端から聞く端から覚えちゃうからね。苦手な数学だって、例題を千も覚えちゃえばもう応用も聞くわけで、そんな感じでこの記憶力にはお世話になっているわけですよ。
はい、閑話休題。テティスとペーレウスの結婚式に戻りましょう。
二人の結婚式は、「すべての神様をご招待!」って触れ込みだったのに、不和と争いの女神エリスのとこにだけは招待状が来なかった。まあ、そりゃそうですよね。結婚式に不和とか争いは持ち込みたくないからね。
エリスといえばイソップ物語に面白い逸話があるんですよね。あるときヘラクレス、そうあの怪力で知られたヘラクレスです。そのヘラクレスが狭い道を歩いてるとなんかリンゴっぽいものが落ちてたんですよね。リンゴじゃないんですよ。リンゴっぽいもの。で、ヘラクレスは
「なんじゃこの、リンゴみたいだけどリンゴじゃないものは。見ているだけで居心地悪い、気色悪い」
とそのリンゴっぽいけどリンゴじゃないものを踏みつぶそうとしたんですね。ところがヘラクレスが踏むと、そのリンゴのようだがリンゴでないものはぶわっと膨れ上がった。
「うぬぬ、ますます面妖なやつ!」
怒ったヘラクレスはそのブラっと膨れ上がったリンゴめいたものをさらにも踏みつける、膨れる、もっと踏むもっと膨らむ、こん棒で殴る、ごごごっと膨れあがる。という具合にしてとうとうヘラクレスよりも巨大になり、道を完全にふさいでしまったわけです。
「なんなん?」
ヘラクレスは呻きました。
「なんなんだ、このリンゴめいてはいるもののやはりリンゴではありえないものめ!」
立ち往生しているところに、アテーナーが現れてこういうわけです。
「やめときなはれ、ヘラクレスはん。相手にしたらあかんで。こいつはアポリアでありエリスなんやから」
「アポリアにしてエリス?、アポリアにしてエリスとはいかに?」
わけわからんヘラクレスが問うとアテーナーは、わかりやすくこう言い変えてくれたわけです。
「つまりは、困難と争いっちゅうわけや」
「困難と争い?」
「そやで。首突っ込んで相手になるからどんどん増長するんや。ええか、相手にせんと無視しといてみ」
憤懣やるかたない気持ちながらもヘラクレスは、スピッツの「ロビンソン」なんかを口笛で吹き、それから「ケセラセラ」なんか口ずさんで見せて、巨大にふくらんだリンゴにみえなくもないものの前で寝そべったり、屁をこいたり、数独に夢中になったりして時間を過ごしました。さらにさっきコンビニで買ってきたおにぎりやらお菓子やらを道の上に並べ、
「うん、うまいうまい、やっぱりお握りはシャケに限るわ」
とか、
「ジャガリコの『野沢菜こんぶ味』、なかなかのもんやなあ」
とか、
「キャラメルコーンに『レモンスカッシュ味』があるとはあ!」
とかどうでもいいことに夢中になりつつ、道を塞いでた巨大なるリンゴ的なるものをチラチラ見ていた。なるほど、相手にされなくなったリンゴ風のそれは、じれったそうにもじもじし、かまってほしそうにこっちを見てたけど、徐々に縮んでいった。
ヘラクレスは最後に雑誌から『フラッシュ』を取り出して、
「あはあ、ついに三千人いるというオーケアノースとテーテュースの娘の一人、海のニンフ、オーケニアデスのメーティスが脱いだかあ。三千人のなかで一瞬でも人目を惹いて輝きたいって気持ちはわからんでもないけどなあ」
などといいつつページをめくっているうちに、とうとう元のリンゴ並みの大きさへと縮んでしまった。
「さあてと、旅でも続けるかなあ」
何事もなかったかのようにヘラクレスは歩き出し、
「ほら見てよ、わたし見てイライラしない? リンゴみたいだけど、リンゴじゃないんだよお」
と挑発してくるそれを蹴りたい気持ちをこらえにこらえ、無視して通り過ぎた、というわけです。まさに、触らぬ神にたたりなしってわけです。
ところがですね、テティスとペーレウスはこの祟る神に触っちゃったわけですよね。いや、触らずに済ませようとして逆に触っちゃったっていうべきでしょうか。だって、不和と争いを結婚式に持ち込むまいとしてエリスをハブにしちゃったおかげで、ハブにされたエリスの怒りを買っちゃったわけだから。
エリスはそりゃもう怒った怒った。
「きぃぃぃぃぃ、何よ何よ、わたしだけ呼ばないってなにそれ、あるのそういうこと、あっていいわけ? そりゃさ、あたしからの結婚祝いはいつだって不和のリンゴと争いのリンゴって決まってるわよ。式場に一波乱巻き起こすわよ、そりゃあね。だってしょうがないじゃない、わたしったらそういう女神なんだから。それがあたしのアイデンティティってやつだし、争いせんとや生まれけんってのがあたしなんだから。それを受け入れてこその結婚式じゃないの、不和と争いのない夫婦生活があるとか思ってんのかしら、あの甘ちゃんたち。んもぉぉぉぉ、頭来た。何がムカつくって、あたしだけハブってことよ。もう許せなさ過ぎて、怒りのベスヴィオス大噴火って感じぃ」
みたいな感じぃでエリスは噴火しながら呼ばれてもないのに結婚式場に姿を現し、
「てめえら、これでも食らいな!」
叫ぶや、金色のリンゴを式場に投げ込んだ。
「この黄金のリンゴ、つまりはリンゴに見えるけどリンゴじゃなくって、全部黄金でできたリンゴ、あるいはリンゴのかたちをした黄金をあげるわよ。ここにいる客のなかで一番きれいな女にね!」
ひひひひひぃ、そう高笑いを残すと足早に立ち去った。仕込みは完璧。女たちを一番刺激するところに、まるでかゆいところに手をとどかせるように触れていった。
そう、黄金のリンゴそのものが欲しかったわけじゃない。神様だから、そんなもんはいつだってなんぼでも手に入る。だけど、問題は、エリスがその黄金のリンゴに所有者の条件として付けていったものだった。
一番美しい女。
リンゴ、いやリンゴっぽい金の塊はその証に過ぎない。
「欲しい!」
そこにいたすべての女神、ニンフ、人間たちが思った。
「わたしこそが、一番美しい女でありたい!」
かくして、結婚式は大混乱に陥った。
「わたしよ、わたしこそがこの称号にふさわしいわ」
「なにをおっしゃるウナギさん。あんたなんかウナギよ。ウナギじゃないの。泥のなかで泥パックしながら寝てなさい」
「なんですって、きぃぃぃぃ。オカメみたいな顔してるくせに。さっさとヒョットコ探しの旅に出なさいよ。破れ鍋に綴じ蓋のいいカップルになれるわよ、きっとぉ」
「あのさ、悪いけどあたしなんか、子供のころおじいちゃんの目のなかにいたのよ。おじいちゃんったら、『かわいい、かわいい。この子はかわいくて目に入れてもじぇんじぇん痛くない』って、いっつもあたしを目の中に入れてくれたくらいなのよ」
「ふん、それがなによ。ガキのころの話でしょ。ガキのかわいさと美しい女をごっちゃにしてんじゃないわよ。その点あたしなんかさ、あっちこっちのランウェイ出ずっぱりだしさ、ディオールもクロエもマックイーンもみんなあたし頼みってかんじなのよね。ね、言いたいことわかるでしょ」
「いやさ、ハイファッションのモデルはさ、そりゃ最先端化もしんないけどさ、ちょっとあれじゃない。オシャレ通の間じゃそれなりのアイコンなのかもしんないけどさ、やっぱもっとごく一般的にっつうか、まあ世間一般の男子っつうか、その辺に受けるのはやっぱあれじゃない、あんたみたいな起伏のない棒みたいな小枝体形じゃなくってさ、ボンキュッボンなわけじゃないの。そこんとこいくとさ、あたしなんかもう出るとこ出てて引っ込むとこ引っ込んでてさ、水着なんか着てムーサの山近くの泉なんかで涼もうものなら、自分大好きナルキッソスでさえ目が点になって、鼻血ぶっこいてわたしのボディに夢中になるのは百パー請け合いだし、海で泳げばトリトンが法螺貝吹き鳴らしながら追いかけてくるのが目に見えるわけさ。ってなわけでさ、よりユニバーサルな視点で考えたら、どっちが美しいってことになるか明白じゃね?」
などなど、次々としゃしゃり出るわ、のさばりだすわ、うなるわ、がなるわ、吼えるわ、金切り声あげるわでもうぐっちゃぐっちゃ。いがみ合った女同士が式場のごちそうを投げ合うわ、せっかくのジャンボ・ウェディングケーキにも次々投げられた女たちが飛び込んでいくわ、ケーキまみれの女どもが、生クリーム満載のスポンジ生地ちぎりとっては
「食らえ、どブス」
「てめえのほうこそ、醜女だろうが」
「あらぁ、あんたそれ顔なの、靴底かと思ったわ」
「へん、なにを言うやら。てめえのはケツの穴じゃねえかよ」
などなど耳を覆いたくなるような罵声を浴びせあいつつ、たがいの顔にケーキをぶちかますスラップスティック状態とあいなった。新婦テティスは、さっきまで
「あは~ん、おめでとおテティスっちぃ~」
とか
「ほんとよかったよねぇ、イケメンに見初められてぇ」
とかベタベタ褒めてた友人たちから、
「へへぇ、あんたも大したことないのに結婚できてよかったねえ」
「ほんと、結婚と顔は関係ないのねえ」
などとケーキをぶつけられて泣き出した。
「ちょ、ちょ、みんな落ち着いて、みなさんどうか落ち着いてぇぇぇ」
新郎ペーレウスはなんとか場を鎮めようとするものの、何の効果もなくておろおろするばかりだった。
われもわれもと美の頂上を目指すなか、最終的に多数決的な方法がとられた。結果、同票で三人の女神、すなわちアフロディーテ、アテーナー、ヘーラーの三名に絞り込まれた。女神たちも、票を投じた男神たちも自分の推しこそが一番だと一歩も譲らず、黄金の林檎はまるで壮絶なラグビーの試合のごとき奪い合いの対象となった。

「悪いが、カオスよちょっと席を外してくれないか」
業を煮やしてついに立ち上がったのは、神々の長ゼウスであった。
「いいけど、あとで一回おごりだぜ」
「わかった。白木屋でいい? それか鳥貴族?」
「ええ、俺はできたらアメリカのフーターズで飲みたいなあ」
「ちぇっ、ブレストラン(Breastaurant)かよ。この助兵衛が。わかったよ」
「よっしゃ、おっけ」
混沌の神カオスが立ち去ると、場がやや鎮まった。
「諸君、この三つ巴の状態は容易には解決しそうにない」
ゼウスはみなに告げた。
「たとえば、ジャンケンを思い浮かべてみればよかろう。グーはチョキに勝つがパーに負け、パーはグーに勝つがチョキに負け、チョキはパーに勝つがグーに負ける。つまり永遠に決着はつかないということだ。でもそれではこの争いは終わらぬであろう。そこで、わたしが一計を案じた」
「どんな?」
場は静まり返り、皆が息をのんだ。
「イデ山の羊飼いパリスに審判役を任せようと思う」
「え、誰って?」
「パリスって誰よ?」
「知らんなあ。マイナー系神様」
「でもいま羊飼いって言わなかった」
「言った言った絶対言った」
「じゃあ人間じゃん」
「いいのかな、そんなんで。ゼウスの決定がそれなの?」
「もしかしてあれじゃないの、またゼウスったら」
「あ、不義の子的な? ほんとお盛んなんだからねえ」
せっかく落ち着いた場が浮足立ってしまったので、ゼウスは慌てて説明した。
「いや、違うから。わしの隠し子じゃねえから。かわいそうな奴でなあ。トロイアの王の息子だったんだけど、奥さんのへカペーが燃える木の夢を見たんだと。その火が燃え上がってトロイアが燃え落ちる夢だったらしいね。それで、例によってさ、ほら金持ちとかにありがちなあれよ、怪しげな預言者騙るやつに相談しちゃったわけ。そしたら、そいつ無責任なやつでさ、『ふーん、なるほど、この子はトロイアに災いをもたらしますな』とかぶっこいちゃったもんで、『そらあかん。即刻始末して』と王様も王女様も一緒になって生まれたばっかりのパリスを殺すように兵士に命じたわけ。でもさ、赤ちゃんだよ? 誰だっていやだよね、そんなの殺すの。で、その兵士はイデ山に行って誰にも見られてないことを確認の上、その子を捨てて帰ってきたわけ。『しっかりぶっ殺して来ましたぁ!』とか大ウソついたわけよ。で、捨てられたその子は運よく通りかかった羊飼いに拾われて、羊飼いとして育ったとこういうわけよ。
(第09回 了)
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
*『ビューチーコンテストオ!』は毎月13日にアップされます。
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