さやは女子大に通う大学生。真面目な子だがお化粧やファッションも大好き。もちろんボーイフレンドもいる。ただ彼女の心を占めるのはまわりの女の子たち。否応なく彼女の生活と心に食い込んでくる。女友達とはなにか、女の友情とは。無為で有意義な〝学生だった〟女の子の物語。
by 金魚屋編集部
5 フランス(下編)
*
真夜中なのに、親以外の人が隣にいる。その感覚が新鮮だ。私はもう一度寝返りを打って友人の横顔を眺めた。
「ん?」
寝返りを打つしぐさ。
「ごめん、起こしちゃった?」
「気づかなかった。寝てたんだ、私。っていうか、いま何時?」
「もう深夜十二時近く」
「やだ。やばい」
まいまいは、髪をかきあげる。たぶん、当惑しているのだろう。
「亜希ちゃんたちは?」
「もう寝てるんじゃない?」
「なにしてた?」
「隣の部屋のメンバーと話したりとか。あと、周辺をぶらぶらしたりとか」
「なんか悔しい。いつから寝てた?」
「わかんない。もう、戻ったときにはうつぶせになってた。テレビがつけたままだった」
「そーだ。音楽番組観てたんだった」
「うん。たぶん。やることないし」
「なんか、喉渇いちゃった」
「ごめん。無い。飲み物は、ゆかが部屋に持っていっちゃった」
「うそー。最悪。やることなすこと」
「近くに、終夜レストランがあるけど。空いてると思うから行く?」
「行くー」
そう言って、まいまいはバッグの中から財布を取り出した。ピンクのエナメル。
「準備が早いね」
オートロックのドアを閉めて、宿のエントランスへ向かう。受付には、だれもいない。そのまま通りすぎる。幅の広い道。青とオレンジの文字を組み合わせた看板。口笛を吹く音。ガイドブックで見るよりも、生活感にあふれたフランス。ジャケットのポケットに、手を突っ込みながら歩く。私は旅行者だ。
「ア・バ・ル・シャー」
「それぺルセポリスでしょ? 上田先生、なつかしい」
半年前の授業の話ですら、すごい過去のことみたいに語る。まいまいは、この先どうするのだろうか。
「あのさ」
「うん」
「卒業したら、どうするか決めてる? 亜紀ちゃんが帰っちゃうの、知ってる?」
卒業という言葉に動揺した。
息苦しくて、お互いに境界線を侵食しあっているみたいで、長い時間一緒にいたあとは、一人になりたいと思っていた。けれども、私たちはもともと他人なのだ。いままで、はっきりと意識しないですんだ。たった一つ、学校という共通点があるだけで。
中学、高校と、今までに何度も卒業という出来事をくりかえしておきながら、そのことを考えないようにしていた。
「まいまいは、この後どうするの?」
「看護の専門に通おうかなって。親には反対されてるけど、資格とれるし」
資格。考えていなかった。私はうかうかしているのかもしれない。
「たらは? どうするか聞いてる?」
「家事テツしたあと嫁でいいやって」
「ゆかは?」
「事務で働くって言ってた。けど、もう結婚相手決まってるから、すこしの期間だと思うよ」
「さやねえは?」
「院の説明会には行ってる。けど、受けていいって言われるかはわからないし。それが将来につながるのかも微妙。結局、決められてない。親戚には、毎日がタイムリミットみたいに言われてる」
「そっか。じゃあ、みんなそれぞれってことになっちゃうね」
「卒業したくない?」
まいまいが答えに詰まるのは予想している。聞いたあとで、追いつめているようで罪悪感がわいた。
「わからない」
「実は私も」
狭い空間で、お互いに同じ立場だと確認しあっていた。それがお互いを救ったのか、そうでなかったのかはわからない。
「あ! すごくあの店オシャレじゃない? 入ってみたい」
それまでの会話はどこかへ消えた。
*
いくつもの朝を越えて、旅行もあと二日になった。初日のさわぎのことも、なにも話さないまま。
「荷物、日本に送る人いる? まだスーツケースに余裕あるけど。さやねえのお土産も、一緒に入れちゃわない? 配るやつでしょ?」
たらの声。
「じゃあ、おねがい」
「やだ。こんなの買ったの?」
たらが、笑った。
アルミにメッキをしたエッフェル塔のキーホルダー。モンサンミッシェルで売っていたサブレ。どれも「らしいもの」ばっかりだ。類型的でつまらないけれども、フランスならではのもの。
まるで、女子大生生活みたい。チープでありふれているけれども、今だけ限定だ。親戚のおばさんも、だれもかれもが「あの頃が一番幸せだった」という。だから、私たちは幸せじゃないといけない。
「やだ、だっさ」
「えりさとか、絶対喜びそうじゃん。じゃあ、たらは? 何選んだの?」
「つめ切り、見る?」
made in Japanの刻印。
「見る?」
口調を真似して、裏を見せる。
「うわ。全然気づかなかった。さやねえ、意地悪くない?」
「だって、私が作ったんじゃないもん」
ゆかが、呆れたような顔でこちらを見ている。ゆかはたまに、妙にお姉さんっぽい表情をする。入学当時の私は、本気でそういうことを悔しがっていたような気がする。
二部屋とってあるのに、数日前から寝るときは片方の部屋しか使っていない。全員で同じ空間にいる。同じ部屋で四人寄り添っては写真を撮りあった。シャッターを切るたびに、今が思い出に変わっていくような気がした。
「撮って」
ゆかが、携帯に私に渡す。まいまいとのツーショット。二人とも、いつもみたいにひたすら前髪を整えたりしない。
「はいっ。チーズ」
「ごめん。もう一枚」
写りを確認しない。
「お土産と一緒に撮るから、笑って」
亜紀ちゃんの声。
「私に言ってるの? ムリ」
わたしたちは女子大生とひとまとめに呼ばれてしまう存在。それ以上でも、それ以下でもない。けど、私たちのお互いの距離は、外国よりも遠いんだ。だって、私たちはこんなにもひとりぼっちだから。お互いが侵食し合うなんて、幸せな幻想でしかない。たまになにかを共有できればいい。感情と時間は流れていくものだから。それでも今、同じ場所にいるということは事実だ。卒業したら、私は私でしかなくなる。取り残されたのではなくて、自由になるのだ。
私は、自分のカメラを手に取った。ボタンひとつでレンズが開く。
「こっち見て」
ファインダーの中で、私たちは同じ方向を向いている。
(第14回 了)
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*『学生だった』は毎月05日にアップされます。
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