学園祭のビューティーコンテストがフェミニスト女子学生たちによって占拠された。しかしアイドル女子学生3人によってビューティーコンテストがさらにジャックされてしまう。彼女たちは宣言した。「あらゆる制限を取り払って真の美を競い合う〝ビューチーコンテストオ!〟を開催します!」と。審判に指名されたのは地味で目立たない僕。真の美とは何か、それをジャッジすることなどできるのだろうか・・・。
恐ろしくて艶めかしく、ちょっとユーモラスな『幸福のゾンビ』(金魚屋刊)の作家による待望の新連載小説!
by 金魚屋編集部
八、オッド・ヒューマン(虹彩異色片鰭足有翼有鰓緑髪二形)
「到達不能の美、それもよいでしょうね。でも、それはそれでひとつの可能性にすぎません」
「なんだと」
巨大なる円盤の下はいま明るかった。一度は円盤の影に入って真っ暗になったのだが、円盤からちょうど木漏れ日のような暖かく心地よい照明が照射されたために、ふたたび光が戻っていた。その光の下では、あらゆるものが通常より美しく見えるように思われた。実際、観客たちには隣にいる皆の顔がまぶしく、美しく見え始めていた。ぼくも、ステージのスタッフ、司会の稗田、その他会場の皆の顔が実に美しいと感激ひとしおだった。
すでにかぐや姫は、例によって雲に乗った一団の迎えを受けて去っていた。眩しくて見えないというのは、それがビームによるホログラムだったからだということが、この日ようやく地球人たちに了解されたのだった。
まばゆい美を辺り一面に振りまいていたかぐや姫が去った後のステージ上に現れたのは、黒いウェディングドレスの一団だった。そう、今日の午後、このイベントの開始時に、激変のきっかけを作ったブロークン・ヒールズの面々だった。
「なるほど、かぐや姫はあらゆる点において、地球の美の基準を越えている。それは確かです。でも、そこにはある種の不毛さがないでしょうか?」
「なんだと」
宇宙船が眉をひそめた、なんてことはありえない。宇宙船に眉毛なんかないからね。それに宇宙人だって結局顔出ししてない。だから眉毛があるかどうかすらもわからない。とは言いつつであるが、宇宙船から発せられたのはそんな眉ひそめ系のイントネーションを帯びた声だったわけだ。
「かぐや姫っていうのは、ビッグデータの産物ですよね? 地球上のもしかしたら全人類の美の基準を算出して、そのすべてを微妙に凌駕するように組み上げたアリゴリズム、それがプロジェクト・カグヤの正体ですよね?」
「ま、まあ、そういうことだ。つまりは、われわれの科学力の」
「そう、科学なんです。理性なんですよ」
「そうだ、それのどこがいけない?」
「それは絶対の美ではないということです。やはり相対の美でしかない」
「というと?」
「もしあなたたちが、地球の美の基準をはるかに凌駕した存在を作り上げたとしたら、どうなったと思いますか?」
「そりゃあ、理解されなかっただろうね。もはやそれは地球人の理解を超えた美ってことになるからね」
「でしょう? そういうことなんですよ。かぐや姫は、あくまで地球仕様の美、地球という宇宙の辺境にある星、ローカル極まるど田舎」
「いや、どどどどどどど田舎くらいだな」
「いいでしょう。どどどどどどど田舎の住人が『こらあえれえこったはぁ、とんでんないべっぴんさんだばぁ。すんずられねえくれえだぁ』とかびっくらこくレベルの美に仕立てあげられたものに過ぎなかった。つまり、あくまで地球基準の美に過ぎないわけですよ」
「でも、越えてるのは確かだろ?」
さすがはフェミニズムの論客と恐れられた橋田由香であった。宇宙人を相手に対等に渡り合っていた。

「ええ、理性において、計算においてです。けれども、それ以上ではない。それ以下でもない。そういう意味ではつまらない、予測可能な存在なのだともいえるでしょう。そこにはあるものが欠けている」
「なんだ、なにが欠けているというのだ」
なんてこった。こともあろうに、橋田由香ときたら、宇宙人から問いを引き出すことに成功しやがった。宇宙人にもわからない謎をふっかけたのだ。
「あら、万能の宇宙人さんでもわからないことがあるのね」
じゃあ教えてあげるわ、という態度で橋田由香がふっと微笑んだ。
「ハップニングですよ」
「ハップニングだと?」
おうむ返す宇宙人。
「ええそうです。偶然ですよ。驚異ですよ。予期しなかったなにか。思いもよらなかった何か。聞いてびっくり見てびっくりななにか。それが欠けている。ドラマが欠けていると言っても良いかも知れませんね、あるいはロマンが」
「ほお、いうね、君」
「ええ、いいますとも。わたし弁舌だけは達者ですので」
「そのようだな」
「ついでにいいますとね」
「うん」
「あ、あなたにじゃありません。今度は、わたしに代わってこのステージをジャックした、三人の女学生たちに向けて申し上げます」
「え、わたしらに」
桜木泡がびっくりしたように立ち上がった。
「なんじゃらヒョイ」
香月梟が目を丸くした。
「なんとまあ高慢な女だこと」
天川石榴が嘲笑を浮かべた。
「ええ、あなた方にです。あなたがたが自信の根拠にしているのは、いわゆるパリスの審判よね。幼稚園時代の同窓生だっただけの気の弱そうな男子を、無理矢理審判役に据えたりして。まるでそれが天命っていうか、絶対の定めなのですってなノリでさ。でも、パリスの審判なんて、しょせんはギリシャ神話のエピソードの一つにすぎないわけでしょう? たとえばジョイスが『ユリシーズ』の背景にギリシャ神話を据えた理由はうなずけるわよ。だって、ヨーロッパ文明にとってヘレニズムは直系の過去だから。精神的バックボーンだからさ。でも、それも二十世紀前半までだから、つまり西洋絶対主義みたいなのが残ってたから、それが当然視されたんじゃないかしら。いまジョイスが生きててそれやっても嘲笑の的になったんじゃないかな。つまりは西洋絶対主義って、植民地的思考の延長線上なわけだから。だからさ、どうかしら、どんなものなのかしら、この文化相対主義の時代に、エーゲ海の一地方の神話を持ってきて普遍的真理であるかのようにそれを掲げるのは時代錯誤っつうか、愚かの一言に尽きるのではなかとや?」
なぜか語尾を変な方言でしめる橋田由香であった。
「なにを言うやら、アジアの一小国の、一小大学の、一小フェミニスト風情が」
「ちゃんちゃらお菓子の国だワン」
「われらに物申すとは、この身の程知らずが!」
三人三様にむっとした感情を表現したら、こんな感じ。
「あら、お言葉ですが。ギリシャの神々だって、一小国の、一女神たち、一男神たちの寄せ集めにすぎないんじゃないでしょうか? 征服民族ヘレーネスが周辺地域の神々を自らの神話体系に取り込んでいった過程でできあがった諸地方の神話のアマルガム、それがギリシャ神話でしょ? そもそも、アフロディーテはキュプロスの、アテーナーはミノア文明の、ヘーラーはサモス島のローカル女神、いわばご当地アイドルみたいなもんだったわけっしょ。それぞれが違う地域の、違う種族の女神だった。それがギリシャ統一に伴って取り込まれ、強引にひとつの神話のメンバーになった。たとえるなら、強引にスカウトしたメンバーでアイドルグループ、ギリシャ神話四六を強引にでっちあげた感じ? そもそもは、何のゆかりもないメンバーの寄せ集め。それなのに、「ギリシャ神話四六」ってグループが売れて、名前が定着したら、あたかもそれが最初から確固たる体系をもった神話であったったかのように一人歩きし始めた。それだけのことでしょ? 一皮むいたら、ギリシャ神話だって統一性のないアマルガム、いずれ劣らぬ方言丸出しのローカル神たちの寄せ集めに過ぎないじゃないの?」
一本取られた感じの桜木泡が腰に手を当てて、橋田由香を睨んだ。
「いうねえ、さすが口先女。それじゃあなにかい、あんたはそれ以外のなにかを提示できるって言うのかい?」
「ええ、わたしが絶対とはもちろん申しません。でも、多少のハップニング、多少の驚異は提示できるかと思いますわ」
「というと何ニャ?」
香月梟が首をかしげた。
「人間って不思議よね。微妙にズレているだけで、受け入れることができなくなる。そうじゃなくって?」
「肌の色とか、宗教とか、そういうもののことか?」
天川石榴が問うた。
「ええ、そうね、そういうものがわかりやすい例よね。すべてが相対的なものでしかないとしたら、そこもちゃんと抑えとかないとためだと思うのよね」
「興味深いな。地球人よ、地球の女よ、ではそれをここでしめしてもらおうか」
一連のやりとりを耳をそばだてて聞いていた宇宙船から声が届いた。いやそんなわけはない。宇宙船に耳はないし、ぼくたちはまだ宇宙人の姿を見ていないから、そもそも「そばだてる」ことができる耳があるかどうかも未確認だ。だけど、その声音にはそんな「耳をそばだてて聞いていました」的な興味津々感があふれていた。
「いいえ、今の時点であなたたちはすでに間違っているわ」
黒いウェディングドレス集団の長である橋田由香は宇宙船に向かってそう答えた。
「まずはご覧なさい」
そう言って頭を外した。いや、頭が外れるわけはない。それは長い黒髪のカツラだった。その下から現れたのは緑に染まったベリーショートの髪の毛だった。
「えっ、緑?」
「あの橋田さんが染めてたなんて」
「いいえ、染めてるわけじゃないんです」
橋田は首を振った。
「これがわたしの地毛なのです。生まれたときからわたしはこの髪の毛とともに生きてきました。どういうわけなのか、わたしのこの髪はいかなる洗髪料も受け付けないのです。強引にカラーリングしても、翌日にはきれいに剥落してしまう。そういう特殊な髪の毛なのです。しかもです。興味を持ったある医師がわたしの髪の毛の細胞を調べてみたところ、極めて特殊な性質のものであることがわかったのです」
「まさか?」
天川石榴には、なにか思い当たるところがあるようだった。
「その強い色合いからすると、キボシサンショウウオ的なあれか?」
「ええ、そうなんです。キボシサンショウウオは、背中の黄色い斑点に緑藻を宿していて、そこで得られる光合成の産物を栄養として取り込んでいる。そして、わたしの場合も、髪の毛のなかに葉緑素をもった緑藻がてんこ盛りみたいなんです。そして、そこで作られた酸素や栄養が脳に影響を与えてるっていうんですよね」
「へえ、すごいね、それ」
「なんか、普通の人は活性化していない部分に集中的にその栄養が送られてるらしくて、それがわたしの人格形成に大きな影響を与えてるのかも知れません」
「なるほど、橋田さんは、人間と植物の架け橋だったんだ」
「はは、そんな大したもんじゃありませんけどね。でも、それだけじゃないんです」

橋田はステージの上に置かれた椅子に座ると、踵の折れたヒールと、インソックスを脱いだ。メンバーの一人がビデオカメラを持ってかけつけ、橋田の足下を映した。その映像が、ステージ後方に降りてきたスクリーンに映し出された。
細くすらっとした指。ペディキュアも塗らないままの素足。でも、橋田が指に力を入れて開いたとき、会場から驚きの声が上がった。指と指の間に薄い膜のようなものが。えっと、これはなに? そんなばかな。でもほんとだ。これってつまり、水かき?
「これだけじゃないんですよ。背中には、羽の付け根のようなものもあるんです。生まれたときは羽があったそうなんです。世間体を気にした両親が赤ん坊の時に切除手術をしたらしいです。そのせいなのかな。いまでもよく飛んでる夢を見る。すごくリアルで、羽ばたいて上昇するところから、上昇気流に乗って滑空するところまで、すごく鮮明に思い出せるんです。そう、夢を見てるというより、思い出してる感覚。確かに自分は空を飛んだことがあるっていう気がしてならないんですよ」
「鳥人だったってこと?」
桜木泡が、泡を食った顔になった。
「水かきがあるから、カモノハシとかビーバーの仲間ともいえるにゃん。かわいいにゃん」
香月梟はうっとりした顔になった。
「カモノハシか。そうかもね。足の水かきも取ったんだけど、すぐに元通りつながっちゃうんですよね。そのせいかしら、わたしプールで水をひと蹴りするだけで、すうっと十メートルくらい進んじゃうんです。習ってもいないのに水泳は自然にできたんですよ。それにね、海に入ったとき気づいたんですけど、わたし水中でも呼吸ができるんです。首の所に普段はぴったり閉じてる割れ目があって、そこが開くとエラになるんですよ」
「っていったい、あんた何者?」
さすがの天川柘榴もはかりかねるという表情になった。
「でしょ。植物なのか、哺乳類なのか、鳥類なのか、両生類なのか、魚類なのかはっきりしないでしょ?」
「でも、橋田ちゃんは橋田ちゃんだよ」
会場から声が上がった。
「最後にもうひとつ、わたしの秘密を教えましょう」
ふたたび折れたヒールを履いた橋田が立ち上がった。
「わたしは、橋田由香。つまり女の子の名前を持っています。すでに見ていただいたとおり、人間なのかどうかすらあやういというか、人間をベースにしつついろんな変奏が加わってるわけだけどね。でも、それだけじゃないの。わたし、生物学的には女でも男でもないの。っていうか、むしろこういうべきかもね。男でも女でもあるって」

「えっ?」
「どういうこと?」
「そんなバカな!」
「すごすぎる」
会場は混乱に陥った。
「そうよね。みんなが困惑する気持ちわかるわ。これまでブロークン・ヒールズのメンバーにしか教えてなかった秘密だから。でも、今日のような場が用意されたことで、わたしもカミングアウトする決意ができたの。
そもそもわたしがフェミニズムに関心を持ったのは、この特異体質のゆえなのよ。あらゆる差異にとても敏感なわけ。実は自分がほかの人とは大きく異なっているっていう事実に、わたしは幼少期からずっと向き合わざるを得なかった。わたしはなんなのか、何者なのか? わたしは人間であると堂々と口にしてよいのか? もしかしたら自分が人間の定義を外れているのかもしれないという恐怖にわたしはずっと支配されてきた。
でもこうした差別は日常的にあるものなんだって、フェミニズムに接して初めて気が付いたわけ。だって、男性(man)イコール人間の世界では、女性(woman)は、子宮(womb)という余分なものがくっつくことで男性からずれてしまった存在(womb+man=woman)だとされていたわけよね。
実際には、生物学的にはメスが先に存在して、オスは遺伝子のバリエ増やすための道具として作られたものだったにも関わらず。あるいは、男性の側はそういう負い目を、権力を握ることで隠蔽したかったのかもしれないわね。いずれにせよ、かつては、子宮がくっつくことで人間の定義から外れたのが女性だったということを知ったわたしは、すごく安心した。それと同じで、わたしも光合成する髪の毛、空を飛ぶ翼、水中を進む水かきやエラ、そして両性の性器が余分にくっついてはいるけど、やはり人間なんだって納得することができたから。
かといって、そんな自分を全面的にさらけ出すのはあまりにもショッキングだってわかってたから、思春期を過ぎてどんどん女性的な体形になっていったわたしは、フェミニズムを選択したわけ。女性のために戦うということは、同時に自分のために戦うことでもあったってこと。
どうかしら? わたしは、いつも悩みがないように見えるかもしれない。自分の正義のために敢然と闘ってるように見えるかもしれない。でも、わたしもわたしでいろいろ悩んでるってこと、誰もがその人なりの悩みを抱えて生きてるってこと、わかってもらえたらそれでいいのよ」
混乱は拍手に変わった。
「なんてすごい話なんだ」
「うん、わかった。すてきだよ、教えてくれてありがとう」
「今日はほんとうにすごい一日だった。世界がぐるぐるする感じ。目眩がするほど凄いことが起こりすぎだわ」
「感謝、感謝。ただ感謝だわ」
誰の目にも満足の色があった。
「そして、地球の女よ! いや女でもあり男でもあるものよ」
突如として宇宙船から熱いエールが贈られた。
「あるいは、地球上のあらゆる生命体の範疇を取り払うものよ! 宇宙的な視野から見て、わたしは、そんな君をとても美しいと思うぞ! あなたは地球人の定義を広げてくれるたぐいまれな存在だ」
喝采が巻き起こった。
「馬鹿にしたこと、哄笑嘲笑失笑したことをここに詫びよう。こんな宇宙の辺境で、こんな意外な体験ができるとは予想だにしなかった。今回の宇宙逍遥の旅は、わたしにとってとても貴重なものとなった。それでは、地球の諸君、君たちに幸あらんことを。そして、今日のこの実り多きイベントに感謝をささげよう」
時空ワープというやつなのだろうか、きゅいんという鋭い耳鳴り音を残すや、学園の上空を覆っていた巨大な円盤は跡形もなく姿を消していた。
「このバケモノめ! ようやく正体を現したなあ」
すべてが円満に解決しようとしたとき、円満をことのほか嫌う男が壇上に姿を現した。誰あろう、槍杉教授、いや元教授であった。その後の彼の転落人生については、さまざまな噂を耳にしていた。いわく、場末のキャバレーの呼び込みを天職としてイキイキ生活を送っている、いわく、借金がかさんでマグロ漁船に乗り込んだものの使い物にならず海に捨てられた、いわく、その巧みな弁舌能力を活かして検事となり微罪の者を重罪に変え、重罪の者を死刑に追いやることに情熱を燃やしている、いわく、なぜかトランスベスタイトに目覚め西新宿の女装じじいとして知られている、いわく、実は地上征服の先兵として派遣された地底人であったのであり、いまでは地の底の故郷に帰ってあることないこと報告して、地上征服軍の将校に任じられている、いわく、フグの胆にあるテトロドトキシンが猛毒だというのは嘘だと示すのだと言って胆をたらふく食らった結果フグ人間に変異して海の底でふくれている、いわく、某地方の市議に立候補当選し自作の『槍杉憲法』を日本国憲法と入れ替えるという野望に燃えている、いわく、ロトくじで十億円のキャリーオーバーを獲得し南の島を買い取って悠々自適の槍杉生活を送っている、などなどいずれもありそうにないけど、もしかしたらあるかもなあという感じの尾鰭はひれまみれの都市伝説的なものばかり。ちなみに、尾鰭はひれの「はひれ」って正体不明の部位らしいね。
「おやおや、なんという厚顔無恥。あれほどの醜態をさらしておいて、のこのここの学園に舞い戻ってこれるとは、あんたの心臓には剛毛がぼうぼうに生えてるみたいね」
まったく動じることなく両手を腰に当てて対峙する橋田由香。
「ふはははは。わたしはもはや大学などへの帰属を必要としない身。運命の女神はどうやらわたしにぞっこんなようでね」
「ほう、宝くじでも当たったか?」
「いかにも。十億円のキャリーオーバーをなんと二回も引き当ててしまったのだ。それまでは、キャバレーの呼び込みしたり、新宿二丁目で働いてみたり、マグロ漁船に乗り込んだり、市議に立候補してみたりといろいろおのれの可能性を試してみていたのだがな」
なんてことだ。ありえないと思われていた都市伝説のいくつかはどうやら事実だったようだった。
「しかし、いまでは南の島に豪邸を構え、何不自由ない生活を送らせていただいている」
「貴様のような悪党にそのようなフォーチュンを恵むとは、運命の女神も皮肉屋だな」
「さっき言っただろ。その運命の女神は、俺にぞっこんなんだって」
「いや、それはアゲてオトすための布石だと思うな。ほら、新しいニュースが入ってきたぞ」
橋田由香は、スマホの画面を槍杉元教授に突き付けた。
「ふん、なんだというのだ」
受け取って、高慢な目つきでそれを見た槍杉の目が点になった。
「あんたが作り上げた極私的楽園槍杉アイランドは消滅したようだな」
「そんな馬鹿な!」
会場の皆は慌ててスマホをスクロールした。
「〇〇〇が、核実験禁止条約に背く新型水爆実験強行。南洋の複数の島が消滅!」
とあった。〇〇〇は、それらの島が無人島であることを確認の上で実験を挙行したと宣言していた。そして、我が国の新型水爆は七つの島を一瞬にして消滅せしめた。我が国に立てつくものは消えるのみ!と高らかに宣した。
「お前のものはもうこの地上にはないということだ。地底に帰ったらどうかな?」
「ふざけるな、この非人間めが。お前には、俺に偉そうな口を利く権利などない。そもそも、お前がこんなバケモノだと知っていたら、あの日お前に・・・」
「手を出そうなどとは思わなかったと、そう言いたいのか」
「そうとも」
卑劣の上塗りのようなことを平然とやってのける。それが槍杉だった。すべてを失った彼にはもう恐れるものなど何一つないようだった。
「いいか、テクスト批評のプロたる俺から見ればお前は破れたテクストだ。あちこちが破綻した物語だ。人間という美しい有機体の物語が、葉緑素によって、翼によって、水かきによって、エラによって、そして半陰陽によって穢され破綻された物語、汚染された物語だ。コワレモノ、ハズレモノ、ゴミクズ、イタンシャだ。フランケンシュタインの怪物のようなアマルガムなのだ。恥じて生きるがいい、お前などに偉そうにフェミニズムを語る資格はない。いろんなゴミが混じりこんだお前は何者でもないのだから。さあ、退場したまえ、人間様の世界から」
ブーイングが沸き起こり、ヤジが飛んだ。
「引っ込め、この変態じじいが」
「お前のいう人間の定義は古いんだよ」
「そうだ、そういう意味での人間はもう終わったんだよ」
「わたしたちはすでにハイブリッドなのよ。コンタクトをつけ、人工臓器を装着し、臓器を移植し、遺伝子治療を施し、LGBTQの認知によって二つの性という縛りを脱し、スマホという新しい身体機能を獲得している。それだけでも、すでに古い人間像からは外れているのよ」
「橋田さんは、そういう人間の新しい未来、言ってみればすべての生命が共存しうるSDGs的な世界像のひな型、そういうポストヒューマンの見本として存在しているのよ」
槍杉元教授は頬をぴくぴく動かした。いらついているようだった。
「愚かな。ここまで人間の概念は崩れてしまったのか。混ざりもので濁りはて、ブレ果てた人間の世界というわけか。わたしは純粋なる人間の概念に興味を持ち、この地上に居を定めてきた。それなりに人間の生活には敬意を払ってきたつもりだった。しかし、その人間はもういない、もう終わったとお前らはいうのだな。それならば、もうこの地上に興味はない。そして、滅ぼすにも躊躇はない」
槍杉元教授は、ステージから降りた。地面が揺れた。
「な、なんだ」
「まさか」
「あの噂が・・・」
皆が驚くなか、槍杉元教授の足元の芝生の地面がぱっくりと割れた。幅一メートルほどの真っ黒い亀裂がそこに発生した。槍杉元教授は、
「帰りなんいざ。田園将に荒れんとす、なんぞ帰らざる」
カッコつけて帰去来の辞なんか口ずさみながら、その割れ目に足を踏み出した。
「荒れたる田園のオワコンの人間どもよ。以後足元に気を付けることだ。不意の地割れ、不意の地震を恐れて暮らすがいいぞ、恐れて暮らせ元人間どもよ」
元教授は高笑いをしつつ穴に両足を踏み入れ、続いて、
「あれ~~~~~~~ぇっ」
悲鳴を上げつつ地の底へと落ちていった。
元教授を飲み込むと、地面はすうっと元通りにつながった。
「まあ心配することはないでしょう。あんな奴の言うことを地底人たちが真に受けるはずはありません。人間の世界でのクズは、地底人の世界でもクズでしょうからね」
橋田由香は平然とそう言ってのけ、にこやかに手を振りながらブロークン・ヒールズの黒烏たちを引き連れてステージを降りて行った。
再び拍手と歓声が巻き起こった。
(第08回 了)
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*『ビューチーコンテストオ!』は毎月13日にアップされます。
■遠藤徹の本■
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