【 ALSとはどんな病気でしょう?】
筋萎縮性側索硬化症 ( Amyotrophic Lateral Sclerosis : ALS)は主に中年以降に発症し、上位および下位運動ニューロンに選択的かつ系統的な障害を来す神経変性性疾患です。
経過は症例により異なりますが、片側上肢の筋萎縮に始まり、反対側上肢、両下肢へ筋萎縮が進行し、その間に言語障害、嚥下困難などの球麻痺症状および呼吸筋麻痺が加わる経過をとります。人工呼吸器による呼吸管理を行わないと、発症後2~5年で呼吸不全のため死亡に至ることが多く、ALSは神経疾患の中で最も過酷な疾患とされています。
ALSの原因はいまだ不明ですが、発症に関連する要因がすこしずつ分かってきました。なかでも家族性ALSからみつかった活性酸素の解毒に関連するSOD1遺伝子の突然変異説、グルタミン酸過剰説は有力とされています。ただしこれらはいずれも有力な仮説にすぎず発病の真の原因やそのメカニズムは不明です。したがってALSに対する有効な治療法はありません。
ALSは国の指定難病のひとつで2018年に特定医療費支給認定をうけた患者さんは9805人となっています。患者さんのおよそ9割は原因不明の「孤発性」、残りの1割弱が遺伝の関与が考えられる「家族性」に分類されています。病気は進行性でいったん発症すると止めることはできません。
国内で発症する人は10万人当たり1~2.5人と多くありませんが、著名人が罹患を公表し亡くなる報道などでALSに対する社会的な認知がすすんでいます。
【 ALSに対する治療薬にはどんなものがありますか? 】
現在、ALSの治療薬として認可されているのはリルテックⓇ(グルタミン酸拮抗薬)内服およびラジカットⓇ注(フリーラジカル消去薬)の点滴のみです。
これらは冒頭に述べた、活性酸素やグルタミン酸の過剰説に基づいて設計されたものですがいずれもALSの進行を止めることはできません。
一方、別の病気に使われていた既存薬をALSに試めすことも行われています。
国内では肝細胞増殖因子(HGF)(東北大学)
抗がん剤・「ボスニチブ」(京大)
ドパミン作動薬・「ロピニロール」・(慶応大)
海外では「tofersen」(米バイオジェン)、「AMX0035」(米Amylyx社)、
抗炎症剤「MN-166」(メデイシノバ社)、HIV治療薬「OBP-601」(オリコス・バイオファーマ社)があります。
これらの薬の目標は病状の改善ではなく進行を遅らせることです。
【 ALSに対する幹細胞治療(再生医療)は? 】
2000年代から研究がはじまった幹細胞治療はあらゆる難病の治療法として期待が集まり、当然ALSに対しても多くの臨床研究が行われています。
これまで行われた主なALSに対する幹細胞治療の論文報告は以下のとおりです。
造血幹細胞(Deda, H. et al.: Cytotherapy, 2009)
骨髄由来間葉系幹細胞「NeuroNata-R」(韓国で承認2015)
骨髄由来間葉系幹細胞(札医大)
脂肪由来間葉系幹細胞(Shigematu,K.et al : Eur.Rev.Phamacol.2021)
ミューズ細胞(LSII社、2021)
神経栄養因子分泌間葉系幹細胞「NurOwn」(BrainStrom社/2021)
これらの論文の結論を要約すると、ALSに対して「有効」あるいは「無効」が混在し、評価が定まらない状態でした。
ところが2020年英国の調査会社Cochrane Library がALSに対して行われた151件の幹細胞治療を有効性、安全性、実現可能性などの観点から分析し、「ALSの治療法として幹細胞の使用を支持しない」と結論ずけました(C.M.Gabriella.,NeuroRehabilitation,2020)。
幹細胞治療でよい結果が得られなかった理由は、幹細胞を脳・脊髄に投与する方法が難しい(頭蓋骨に孔をあけなくてはならない)こと、十分な数の活性の高い間葉系幹細胞をえることができない(培養がむつかしい)こと、脳に到達したとしても幹細胞の生着率が低いこと(幹細胞表面の接着分子が少ない)ことによると考えられます。
【 培養上清治療とは? 】
ALSに対する幹細胞治療に逆風の吹くなか、幹細胞が分泌するさまざまな生理活性物質(セクレトーム:secretome)に注目が集まっています。
セクレトームとは幹細胞の分泌する生理活性をもつ分子の総称ですが、具体的にはサイトカイン、成長因子、ケモカイン、細胞外小胞(エクソソーム)、細胞外基質(ECM)などをさします。これらすべては幹細胞の培養液から細胞成分、代謝沈殿物をのぞいた培養上清中に存在します。セクレトームのなかのどの成分がALSに特効性を有するかまだ不明ですが、BNDF,GDNF,IGF-1,VEGF,HGF、Siglec-9, miRNAなどいくつかの生理活性物質が有効成分として同定されています。しかし共通する作用としては以下のものが考えられています。
・神経保護作用
・アポトーシスの抑制作用
・グリア細胞からの神経栄養因子の分泌促進作用
・酸化ストレスの中和作用
・マクロファージのM2極性転換作用(抗炎症物質の遊離)
培養上清中は上記の作用をする成分をすべて包含していることから、われわれは、2020年1月よりALSに対して乳歯幹細胞由来の培養上清(Conditioned Medium)を用いて臨床研究を実施しています。
【 乳歯幹細胞由来培養上清を用いた再生医療 】
乳歯幹細胞、脂肪幹細胞、骨髄幹細胞、臍帯血幹細胞などは間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう)とよばれ広く研究が行われ、その安全性が証明されています。
間葉系幹細胞の一部はすでに臨床応用され、神経を含め様々な細胞に分化(形態や機能を獲得)することで、損傷した細胞や老化した組織の修復などに効果が認められています。なかでも乳歯幹細胞はその起源は神経幹細胞と同じ神経堤(Neural Crest )で両者は近似した特性を持ち、それゆえ神経再生の効果がいちばん高いとされています。
乳歯幹細胞の神経再生のメカニズムは細胞が産生するサイトカインと呼ばれる物質の抗炎症作用や神経再生効果です。
このサイトカインは脳内に残存する神経幹細胞に働きかけ、増殖と分化を促し変性した脳を再生させます。
名古屋大学医学部の研究グループが行った一連の研究によって、このサイトカインは乳歯幹細胞の培養上清中に含まれていて、その種類は2000以上にのぼるといわれています。
われわれの行った臨床研究の結果より、培養上清(SHEDCM)の静脈内投与が安全に行えることが確認されました。また短い観察期間(約3か月から18か月)でしたが、治療を行った15例中、重症例1例で症状の改善が、中等症2例で症状の著明な改善がみられ、7例で疾患の進行が停止し、5例で進行スピードが鈍化ました。最も重要なことは、全症例で、治療終了後でも患者の自覚症状が改善していたことです。今回の結果はALSに対する培養上清治療が有効であることを強く示唆しています。
これまでのALSに対する薬物療法または幹細胞治療では、病気の進行スピードを抑制するにとどまり、症状進行の停止や改善につながる結果はえられていません。しかしわれわれの臨床研究ではALSに対する培養上清の投与で症状の改善や進行の停止という前例のない結果がえられました。以上よりALS治療法として乳歯幹細胞培養上清治療の有効性が明らかになりました。
【 ALS治療の費用対効果について 】
つぎに培養上清治療の費用対効果についてお話します。幹細胞治療が広く普及しなかった理由のひとつに費用対効果の問題があったといわれていう。つまり費用のわりに期待した結果がえられなかったのです。培養上清治療においても費用対効果の検討が必要です。培養上清の製造工程は幹細胞のそれとほとんど変わらないので培養上清の製造にも相当な費用がかかります。
最近、特定のサイトカインやエクソソームを分離・濃縮して使用すれば効果がたするに高くなるのではないかという議論がさかんです。しかしこれらの成分の精製には原材料である幹細胞と培養上清を大量に必要とし、それらの回収作業にも高度な技術、時間(8~30時間)と設備費用(超遠心機など)がかかるのです。
ALSの治療費用の負担は一義的には国が保障するべできですが、私的なサポートシステムとしては2014年に米国で始まり世界的な反響を呼んだ「アイス・バケット・チャレンジ」などがあります。
この運動は参加者が氷水を頭からかぶり、撮影した動画を公開していくものでオバマ大統領やビルゲイツ氏(マイクロソフト元社長)など有名人が参加し閲覧した人による寄付が集まりました。2014年から2018年までの5年間に、世界で9000万ドル、日本円でおよそ100億円の研究助成が実施されています。
一方で心配なこともあります。培養上清治療には世界的にも規制がなく、野放し状態にあることです。現在、世界中で安全性の確保に向けた活発な議論が進められています。日本においても、厚労省が「エクソソームを含む細胞外小胞(EV)を利用した治療製剤に関する専門部会」、医薬品機構は「エクソソーム関連医薬品の開発状況等について」検討をすすめており、どちらも議事録をネット上で見ることができますので是非ご一読ください。
コストダウンにむけた研究もはじまっています。
Dengらは超音波刺激によってヒト星状細胞からのエクソソーム放出量が約5倍に増加することを示し(Deng,H. etal.DOI:10.7150/thno.5243),また同様にわれわれも乳歯幹細胞に対する超音波刺激によって、培養上清中のMCP-1, Siglec-9, HGFなどのサイトカインやエクソソーム(miRNA)量が増加することを明らかにしました。
安全性と有効性の確保は新規治療法の開発で最優先です。同時にこれからの治療法の開発では費用対効果の議論は避けて通れないでしょう。
第5回実教授の再生医療外来【 筋萎縮性側索硬化症ALS その(1)「どうして私が!」】
第6回実教授の再生医療外来【 筋萎縮性側索硬化症ALS その(2)「ふたたびヨーロッパへ!」】
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