女子高生のミクはふとしたきっかけで社会人サークルに参加することになった。一足先に大人の世界の仲間入りするつもりで。満たされているはずなのに満たされない、思春期の女の子の心を描く辻原登奨励小説賞佳作の新鮮なビルドゥングスロマン!
by 金魚屋編集部
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「このサークルの人で、ブティックの店長で、センスの良さをかわれて自分でもバイヤーをしてる人がいるから会ってみてほしいんだ。私の場合は、自分が着たい色と、客観的に似合う色が全然違って目からウロコって感じだったよ。もちろん、それでも好きな色を着てるけどね」
エリアさんと服を買いに行く日は、朝から晴れだった。最初は断っていたけれど、大学は私服だし、今からアドバイスをもらっておいたほうがいいというエリアさんの言葉に説得された。外れた服装をして行くと引かれてしまうので、ファッション雑誌を買って家でゆっくり読んでみた。待ち合わせの時間より十分早く着くと、エリアさんも同じ場所にいた。赤と黒の上下の組み合わせに、赤いハイヒールで歩くエリアさんは、前回よりもとても大人っぽく見えた。服装で印象がガラッと変わる。言っていることには説得力があったけど、私に似合うかどうかは別。フツーの高校生だし。
「寒くなってきたから、秋服を買いたいだけなんだよね」
と消極的な姿勢を示す。エリアさんは、そんな言葉に耳を貸さず、前に進んでいく。センター街の間をすり抜ける。サイズの合わないベロベロな服を着た不良集団が、周り中を睨み付けながら無差別な悪意を振り撒いている。
「あの店」
エリアさんが、センター街を抜けた先にある店を指差した。しっかりとした造りの店構えで、外から内部が見える。どの人も早足で歩いていて、忙しそうだ。
「彼女は店長だから、多少は時間の融通が利くみたい」
私の心を読んだかのように、エリアさんが言う。店内に入ると、制限時間三十分で自分自身に似合うコーデを探してほしいと言われた。三時に一階エスカレーター前で集合。WOMENの階は三階で、だからどうせ二人とも顔を合わせるのに、エリアさんは私がいないかのように黙々と服を物色している。私もフロア中をうろうろすることにした。
掛けてある服は高級そうに見えた。七千円持ってきたけど、足りるだろうか。清潔感のある白と青のストライプのワンピースが目についた。けど、スカート丈が短い。他のサイズを手に取ろうとしたら、横に立っている人に持っていかれてしまった。仕方なく、サイズが合わないものをキープする。シンプルな白いシャツに、レースのつけ襟。どの服にも合わせられるから、デニムのスカートも追加する。店員さんが着ているボヘミアンっぽいワンピースも気になったので、色違いのモスグリーンを確保した。左右でツートーンになったペールピンクとピンクベージュのシャツ。ワイドリブのベージュのVネックカットソーにキャミソール。フューシャピンクのジャケットは、好きな色だけど似合うのがムリそうだから戻した。
そろそろカゴが一杯になっていたので、試着室に移動する。土日は来客が多く、試着するのも順番待ちだ。こんな時、他の人はなにを考えているのだろう。私はただ周りを眺めて、それについて思ったことを心の中でツイートする。輪郭のない曖昧な発想が浮かんでは消えていく。空っぽの容器みたいで自分が嫌になる。並んでいる人の服装を眺める。意外な色合い同士も上手に組み合わせている人がいる。結局、センスなのだ。またしても凹んでしまう。
「試着されるのは、カゴに入っているもの全てですか?」
店員さんに聞かれる。黙って頷く。紙のフェイスカバーを渡され、試着室に案内された。
「終わったら入口の札をお持ちになって、店員にお声がけください」
カーテンが閉まる。エリアさんは、自分に似合うものを身につけて集合って言っただけ。センスを試しているわけじゃない。一人で頭をぶんぶんして、気を取り直す。鏡の前で、それぞれの服を当ててみた。
レースの付け襟は大げさすぎて浮いているし、ストライプのワンピは平凡すぎた。というより、半年前と似合うものが変わってきている。自分のことなんてそんなにまじまじ見てなかったけど、脂肪が厚めだった頬も落ち着いてきてちょっとお姉さんらしくなってきている。
Vネックカットソーは身体の線を拾いやすくて海外っぽすぎたし、結局はツートンのシャツとデニムのミニスカートの組み合わせにした。普段よりも派手だけど、休みの日だからと思うと大胆になれる。足元は来るときに履いてきたパンプスのままなので、急いでサンダルを探すことにした。
「制限時間まで、あと五分だよ。もうそろそろ行かないと間に合わない」
私の行動を読んでいたのか、試着室の前で待っていたエリアさんにピックアップされる。テキトーなサンダルを手に持ってエスカレーターをダッシュする。
一階エスカレーター前には人がたくさんいた。けれどすぐにどの人か店長かわかった。目立つ人だったのだ。近くに寄ってみると、中肉中背で、顔立ちも薄めなことが判明した。でもパッと見の印象は華やかに見える。
「初めまして」
自分から挨拶する。
「エリア、久しぶり。横の女の子は、ピンク系が好きなの?」
じっと見つめられる。服装について考えているようだ。
「グルドです。似合うね、って友達から言われたことがあって」
「リオナです。グルドさん。自分ではどう思う?」
「ビビッドな色よりは似合うと思います。優しい色で、周りの人も安心するかなって」
「たしかに、あなたくらいの年齢の子はそう思いがち。彼氏に会う時はその服装でいいと思う。日本の男って普通の女が好きだから。つまり、ちょっとの個性で満足する女。けど、どこかでフラストレーションを抱えてない? あなたは、自分で自分を普通のところに設定してしまってるの。それってすごく勿体ないことだと思う。あなたは目の光が強くて、背が高くて、色が白いことが圧倒的なアドバンテージね。手足も、日本人にしては長いし、脚もまっすぐだわ。それに、顔も小さい。神様からのプレゼントといってもいいわね。私、嘘はつかないから、ほんとうよ」
エリアさんも、大げさに頷く。褒められて、悪い気はしなかった。
「性格も、その年齢で周囲を和ませようとするくらいだから決して幼くなんかないわ。包容力もあるし、順応力も高い。けど、必要な時は自己主張するべきよ。声に出して言うんじゃなくて、言い換えれば自己表現ね。ファッションは容易にそれを可能にしてくれるの。激しい言葉は人を傷つけるけど、奇抜な服装をしても、最悪でも笑いを誘うだけよ。だから私もこの職業を選んだ。学歴なんか関係ないし、センスがものを言う世界。さっきも言ったけど、あなたは恵まれているわ。無限の可能性を持ったキャンバスよ。ビビッドな色だって、組み合わせによっては似合うはず。自分の殻を破って、発信し続けるべきよ。誰からも無視されないように。ちょっと、左端から三番目に吊るしてある服、持ってきて。違う、その隣。早くしてちょうだい」
店員に指示しながら、リオナさんが言う。ラメの入った、立襟の固い素材のジャケットを手渡される。キャメル色。リオナさんが動くと、甘い香水の香りがした。
「シャツの下はキャミソールよね? だったら上に羽織るだけで大丈夫だわ」
そっけなくて、男物のように見えるジャケットが私に似合うのだろうか。
「スカートはこれね。早速、着替えてきて」
黒のタイトスカート。着たことがなくて、戸惑う。けど、プロが言うことなので従うことにした。試着室で、ジャケットを羽織ってみる。ボタンを留めると身体にピッタリになるくらいタイト。ウエストはだいぶ絞ってあり、とても細く見えた。スカートもカットがきれいなのか、もともと凹凸のない体型にメリハリがあるように演出してくれていた。全身を鏡で見るのが嬉しかった。背が高いのは短所だと思っていたけど、服を着るには長所かもしれない。
「どう?」
リオナさんが、試着室の外から声をかける。
「なんだか大人の女性になったような気分です」
カーテンを開けながら言う。
「えー! 私、負けてるかも」
エリアさんが、悔しそうな声を出す。
「今だったら五分五分。引き分けってところね。本格的なメークをしてもらうまで、女は自分の資質に気づかないから。今日は特別にイベントでメーキャップアーティストに来てもらってるの。さっき終わったけど、大盛況よ。女優の専属だったから、交渉するのが大変だった。まだバックヤードにいると思う。勉強になるから、メークしてもらうといいわ。その前に、今回のアドバイスね。若い女の子がよく履いてる、スクエア型のデニムスカート。あれは手抜き以外のなんでもない。あなたを責めてるんじゃないのよ? 日本人の脚は膝が出ているし、わりと真っ直ぐな人でも曲がっているから、布を横で一直線に切ったスカートは無理がある。貧相に見えるわ。むしろ、スカートを履くなら柔らかな素材で視線を分散させるべきね。ハイヒールで少し長さを足してあげることも忘れないで。あのタイトスカート、黒に見えるけど実はかなり紺寄りなのよ。よく見てみて。ちょっとのスリットも特徴ね。縦のラインが強調されるの。だから、普段よりも美脚に見せられる」
たしかに、リオナさんの言うことは間違っていなかった。私の脚は、デニムのスカートを履いている時よりもほっそりして長く見えた。
「もっと伝えたいことがあるのだけど、予約のお客さんがいるから今日はここまで。ここだけの話、オーダーメイドじゃないとサイズがない方もいて、そういう人の相談に乗ってあげてるの。私ったら、言い過ぎね。あなたは幸せ者ってことよ。あと、これあげる。あなたに似合いそうなコーディネートのところに、付箋をつけてコメントを書いておいたから。私がじゃなくて、さっきいた女の子がだけどね。聞きたいことがあったら、また来て。歩くときは胸を張って堂々とね。POSは打っておいたから、バックヤードでメイクが終わったらそのまま帰ってもらっていいわよ。またね」
「ありがとうございました」
POSってなんだろうと思いながら、バックヤードに向かう。店の外にセレブ感のある、まるまると太った女性がいて、リオナさんが笑顔でドアを開ける姿が目に入った。
メイクには二十分費やしてもらった。エリアさんはさらに美人になり、私は自分史上最高の自分に満足していた。
「日々のケアが美しい人を作るの。自己愛のない女に魅力はないっていうのはシャネルの言葉だけど、まさにその通りね。十代の肌はそのままでもとてもきれいだけど、早めのケアを心がけるに越したことはないわけ。これを使ってみて。フランスのルルドの水が使われている化粧水。あなたの内面の輝きが肌に現れるから。付け心地もすっきりしていて、お休み前に塗っても肌が軽く感じるわよ。一週間で、肌が喜んでいるのが実感できると思う」
透明なボトルが一本。振ってみると、中に小さな円いガラス球が入っているのがわかった。カラカラカラ、と音を立てながら移動する姿はとても可憐で、気持ちを明るくさせた。
「たった一人しかいない自分を大切にね」
店の外に出て、駅に向かっている途中であることに気が付いた。
「私、お会計してない。服、着たまま外に出ちゃってる」
エリアさんは平然としていた。
「POS打ちはしたって、リオナさんが言ってたじゃん」
「ってなに?」
「バーコードを通す処理。カフェでバイトしてるって言ってたけど、POSって聞いたことない? だから、会計済ってこと」
「払ってないよ?」
「リオナさんがいいって言うんだから、いいんじゃない?」
「なんで? 本も貰ったし、悪いよ」
「それがリオナさんのプロ意識っていうのかな。グルドがファッションに興味を持ってくれて、楽しいって思ってくれればそれでいいんだよ。そういう人だから」
私にはまだ理解できない感情で、やっぱり自分は未熟なように思えた。ショーウインドウに映る自分だけが背伸びしていた。あと一年もしないうちに違う環境の中に飛び込まなくてはいけなくなることが、不安だった。でも今は女子大生になった自分の姿を想像できる。その先はわからないけど。好きなことを見つけて、働いて自分自身を守ることもできるかもしれない。見た目から入ることも重要なのだ。
「グルド、この後も時間ある? せっかくキレイになったのに、このまま帰っちゃうのもったいなくない?」
「クラブとか? 言っとくけど私、踊れないよ」
クラブに出入りしていることがわかったら、推薦が取り消しになる。進学先を迷ってると言いながら、入学できるように保身している自分をずるく感じる。
「そうじゃなくて。すごい人に会わせてあげられるんだよ。さっきグルドがメイクしてもらってる間にメルさんから連絡があって、今日はちょっと時間を割いてもらえるみたい。普段は忙しくて、なかなかつかまらないような人なんだよ。グルド、すごいツイてるよ! せっかくだから、メルさんが住んでるマンションに行ってみない?」
「初対面の人の家に行くのはちょっと……」
「部屋じゃなくて、共有スペースだから心配ないよ」
「うーん」
「チャンスなのに、歯切れが悪いなあ。わかった、じゃあメルさんの家の近くのカフェにしよう。将来のこととか、相談に乗ってもらったら?」
「そこまで言うなら」
渋谷から六本木に移動する。地方出身ではないけど、六本木に行くときは身構えてしまう。街がオシャレで、カッコよくない人のことは拒否しているような気がするから。制服を着た人たちと、エスカレーターですれ違う。当たり前のように英語で会話していた。地上に出ると六本木ヒルズがあり、その中にメルさんの住んでいるマンションがあるという。
「この近くにインターナショナルスクールがあるみたい。意外と自然も多いし、一度は住んでみたいよね」
「そうだね」
「あのイタリア料理店で待ってるって」
エリアさんははしゃいでいた。歩く速度が早い。店内は薄暗く、淡い青い光に照らされている。高校生の私は出入りしたことがない雰囲気。昼間なのに、夜っぽいムードが漂っている。透明なガラスで区切ってある個室スペースに、背の低い男性がいた。ガラスの中は熱帯魚が泳いでいて、チープだけど幻想的な空間ができあがっていた。中に入ると案外狭く感じない。メルさんの対面のソファに座る。ふかふかだ。
「メルさん、グルドさんを連れて来ましたよ」
「おお、お疲れ。グルドさん、今日は急だったのによく来てくれたね」
「さっきまでエリアさんと遊んでたので」
「俺はここの敷地内に住んでるから全然遠くなかったけど、君は遠かっただろうし勇気もいったと思う。リラックスして、食事しながら話そう。今日は奢りだから、好きなものを食べていいよ。もちろん、エリアもな」
メニューを広げる。見たこともない料理が載っている。食べ物に対しては保守的なので、無難に数種類のピンチョスとチーズの盛り合わせにした。エリアさんはイベリコ豚とキャビアのなにかをオーダーしている。
「遠慮しなくてもいいのに。まあ、あとで追加もできるからいいか。グルドさん、今日はどうだった?」
「楽しかったです」
「なんで楽しいと思った?」
質問を重ねられるのはしんどかった。自分の内面を見つめないといけないから。なので、なるべく短く答えようと思った。
「新しい自分を発見できたというか。大学生になったらもっと自由になれるような気がしたからかもしれないです」
話している途中で、まとまりがないと感じた。
「自由ね。大学生になったら、自由になるのは服装だけじゃないんだよ。どんなバイトをするかも選べるし、極端なことを言うと起業もできる。僕は大学生の時にアルバイトで資金を貯めて、人脈を作りはじめた。サークルのみんなは早いって言ってくれたけど、僕自身は遅すぎたと思ってる。やっぱり、グルドさんの家と家庭環境が似てる部分もあるのかもしれないけど。親の発言の影響が大きかったから就職するのが普通って固定観念があった」
どうして初対面のメルさんがうちの家庭環境のことを知っているのだろう。ザラッとした違和感があった。けど、特に考えずに流すことにした。メルさんはなおも続ける。
「でも一度だけの人生だから、させられてる人生は送りたくないと思った。それで生活できるのかとか心配されたこともあるよ。でも、今では生活できるどころか実家よりも裕福に暮らしてるよ。なにが言いたいかっていうと、最初から不安をベースに考えていたら上手くいくはずのこともダメになってしまうって話」
メルさんのオーダーしたムール貝がきたので話は中断された。代わりに、エリアさんが口を開く。
「どうせならさ、自分にしかできないことをしようよ。夢はないって言ってたけど、欲しいものくらい見つけられるんじゃない?」
「アパレルでバイトして、社割で服を買いたいかな。リオナさんがしてくれたことを、自分一人でできるようになりたい」
促されてつい口から出たけど、自分でも意外だった。
「はっきりしないな、もう。でも、前よりは成長したと思う。今日は特別な一日だね」
ワインとノンアルコールビールが運ばれてきた。
「いいタイミングだな。そうだ。特別な一日に乾杯」
特別という言葉は甘くて淡い。その場でノートをもらい、夢を百個書いてくるように言われた。緑の地に金色のアラベスク模様が箔押ししてあるノートを見ていると、なんでも叶いそうな気がしてきた。魔法の絨毯みたいだったから。けど、自分が口にしたことは単なる思いつきなのかはっきりとした願いなのか、さっぱりわからなかった。
(第03回 了)
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