エズラ・パウンド、T・S・エリオット、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドらと並ぶロスト・ジェネレーションを代表する作家、e.e.カミングス。優しくて人嫌いで、前衛作家で古典作家でもあったカミングスの処女作の星隆弘による新訳!。
by 星隆弘
第五章 大部屋の面々
修理屋という小男(彼自身に言わせれば腕無しの老いぼれ、麻痺して萎びた左腕に掛けてるわけだ)はまるっきり異質な人で次はこの人のことを紹介せずに誰をってものさ。ガリバルディよりはちょっとでかい、オーギュストさん五分ってところかな。彼とオーギュストさんが並んでいる様は壮観でね、俺は巨人族の末裔なんじゃないかって気になる。Bと俺が修理屋のことを気の毒がってたのは多少なりとも巨人族の目線が入ってたんじゃないかって思うよ――でもこれは俺たちばかり非があるわけでもないぜ、なんせ修理屋が俺たちに悩みを打ち明けにくるときなんてさながら一人じゃ何もできないちびっ子が体も大きくてなんでもできるガキ大将になきついてくるようだったからね。それに神に誓って言うけど俺たちは気の毒がるばかりじゃなかった、彼のことは気に入ってたんだ――大概はばかげてると言われるような手段でも修理屋の助けになるってときは、ほとんどいつだって手を貸したよ。助けと言っても完全に精神的なやつだけ、ちびっ子修理屋の巨神像のごとき自尊心は物質的援助を申し出る隙を一切排除していたから。俺たちがしたことといえば、ほぼ一晩置きに、我らが寝床で彼をもてなしたぐらいだった(ほかの囚友をもてなしたようにね)、どういうことかというと、彼は毎晩遅くか一晩置きに遊びにやってきた、その日の労働を片付けた後でね――ガリバルディと共同で掃除係していて仕事熱心な男だったよ、あんなに真面目に一生懸命に働くやつは見たことないな――彼は細心の注意を払って恭しく、大部屋の片隅にある俺たちの寝床のどちらかに腰を下ろすと、黒い小さなパイプを吹かしながら、ラ・フェルテや彼自身のことや俺たちのことについて盛んに熱を込めて激しい口調で喋り散らして、しきりに苦々しく呻き声を上げたり、ときには大きなブーツのほとんど四角形の底面で苛々をぶつけるようにマッチを擦ったりした。彼の卑小でぶっきらぼうで誠実で苛酷で気難しい自我はいつもたった一つの局面に生きていた――哀しみという美しくもある局面だ。彼はベルギー人だった、俺が生涯で興味のキの字も示さなかった二人のベルギー人のうちのひとりだ、だって国籍が彼の魂に影響するってことならば修理屋はポーランド野郎だったかもしれないしどこぞで拝まていた偶像だったかもしれないしエスキモーだったかもしれないだろう。大まかに言って、これが悩みの種なんだ――修理屋に魂があるせいなんだよ。ただの平凡な男に手錠をかけて、この悪党めと言ってみな、そして乱暴に扱って、刑務所かそれと同等な場所にぶちこんでみな(俺が監督官様の自負する微妙だけど無くてはならないラ・フェルテと刑務所の間の線引きにいつも敬意を表しているのがおわかりかな)、そいつはいずれ三種の動物のどれかに成りさがる――ウサギ、臆病者のことだ、そしてモグラ、これは愚鈍のこと、あとはハイエナ、これはオランダ人ハリィの別称。だがもし、なにか致命的な、類を見ないほど致命的な巡り合わせによって、その人に魂があるとする――そう、すると俺たちは感じとるんだ確かに感じる何より恐ろしくも感じてしまうラ・フェルテ・マセの自覚ある連中の間でこう呼ばれていたものを、悲惨を。オーギュストさんの果敢に元気を出そうとする試みと人に親切でもともと落ち込まない性格はかろうじてオーギュストさん自身を悲惨から守っていた。修理屋はだめだった。彼は根っからひどく敏感だった、ほんとうに敏感な魂の権化みたいな人なんだ。その敏感さのせいで彼自身が苛まれた許しがたい不正行為だけでなく皆がそれぞれに苛まれ今なお大部屋にてひとまとめにされ昼となく夜となく苛まれている比類なき怒涛の如き不正行為を丸ごと背追い込んでいた。彼の苦悩は、もしその一切が現実の苦境の産物でなかったとしたら、被害妄想の一種だとでも思われただろう。ひとたび苦悩が生じればもうそれを取り除く手立てはない――取り除けるとすればたったひとつ、釈放しかない。彼一人釈放したってだめだ、囚人仲間のひとりひとりが同じように解放されなければおさまらない。彼の並外れた一身上の苦悶は、彼ひとり分の虐待が償われたところで我が身かわいさに和らぐようなものではなかった――言うに言われぬほどおぞましく徹底的に報復されてしかるべき虐待――俺たちの共同生活の永久不易な醜悪さを閉じ込めた忌々しく堅牢なる象徴の壁の中で飯を食って眠って泣いてトランプをした皆の分がある。その苦悶を和らげるには、眩い光の柱が突然目一杯に差し込んで、俺たちの不潔で痛ましい自我と無罪放免の得も言われぬ清らかさの間にいつも立ちはだかっていた人間と構造物の壁を打ち拉いでやらねばならなかったんだ。
(第38回 了)
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
* 『伽藍』は毎月17日に更新されます。
■ e・e・カミングズの本 ■
■ 金魚屋の本 ■