エズラ・パウンド、T・S・エリオット、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドらと並ぶロスト・ジェネレーションを代表する作家、e.e.カミングズ。優しくて人嫌いで、前衛作家で古典作家でもあったカミングズの処女作『The Enormous Room』の星隆弘による新訳!。
by 星隆弘
第四章 新入り
その後の半時間、聞けば終わったばかりの朝の散歩と予定表の次の項目であるお昼御飯のつなぎだというこの時間を使って、俺は此処ラ・フェルテの日課に関する相当量の情報をこつこつと集めて回った。基本的には一日が看守の号令によって以下のように仕切られるということだ。
(一)『コーヒーだ』毎朝五時半に看守がひとりあるいは複数で部屋に上がってくる。部屋にいた誰かひとりが炊事場まで降りていき、バケツ一杯のコーヒーをもらって、戻ってくる。
(二)『水仕事だ』部屋の住人が不定期に仲間内から一人「宿坊長」を選出する、要するに親分だ。看守が戸を開け、コーヒー係をひとり階下に行かせる、そこで何人かをたたき起こすのが宿坊長の仕事で(だいたい六人、順番に当てられる)、当番の連中は起き抜けに大小便のバケツをつぎつぎ戸口まで運ぶ。コーヒーが戻ってくるのと入れ違いで、宿坊長と当番一行は例のバケツと、水用のきれいなバケツを二三持って、一階へと「降っていく」、その先で看守がひとり待ち受けていて女用の庭のほんの二三ヤード先に設えてある所謂下水溝まで一行に付き添う。ここでバケツを皆空っぽにしていく、がたまに例外があって、小便のバケツを一個か二個、監督官の指示なんだろうけど噂じゃ娘さんのために薔薇を育てているとかいう所長お手製の小さな菜園にぶちまける。それから雑用組は下水溝から水汲み場に付き添われていき、そこで水用のバケツを一杯にする。部屋に戻ってくると、空のバケツをひとつ便所に戻しておき、残りは戸口の脇の壁沿いに並べる。水用のバケツもそのすぐそばに置く。戸はもう鍵を降ろされている、看守も階下に降りていく。
雑用に駆り出された連中がお勤めに励んでいる間ほかの住人たちはコーヒーを味わう。雑用帰りがそこに加わる。宿坊長は自分と当番一行の朝の一杯のためにいつもだいたい十五分は一服する。そのあと次のように指示を出す。
(三)『部屋の掃除だ』ひとりが汲んできたばかりの水のバケツから床に水を撒く。ほかの当番が床を掃き掃除し、めいめいに掃き集めたゴミは戸口の掃き溜めにひとかたまりにする。一連の掃除にだいたい半時間かかる。
掃き掃除が終わると、七時半まではとくにやることがない、その時刻になると看守が上がってきて、口を開くなり
(四)『散歩だ男ども』雑用当番が先ほどの仕事の産物を階下に運び出す。ほかの住人は中庭にまっすぐ降りて行ったり行かなかったり、そのへんは人による、朝の散歩は強制じゃないんだ。九時半になるとまたその看守が命じて
(五)『上がれ男ども』朝の散歩時間に興じた連中は部屋に連れ戻される、雑用当番は散歩時間中に溜まった排泄物を捨てに降りていく、それからまた全員閉じ込められるのが半時間あまり、つまり十時になれば、また看守が上がってきて号令を下す。
(六)『食事だ男ども』皆が女用の庭の向かい側に伸びる獄舎の一翼に降りていく、十時半かそこらまでは楽しいお昼御飯だ、その後は次の命令
(七)『全員上がれ』が下される。部屋で二時間半腹ごなしの昼休みを過ごす。一時になると看守が上がってきて、口を開くなり
(八)『男ども散歩だ』(こっちだった場合午後の散歩に出る出ないは自由だ)じゃなきゃ『全員降りろ』とくる、こちらは全員降りなきゃならない、否応無しだよ、『芋の皮むきだ』––––じゃがいもの(例の「食事」の主菜になるんだ)皮むきと薄切りは男と女で日替わりで行う。三時半になると
(九)『全員上がれ』がまた下される、世界中の人間が部屋に上がり、雑用当番が排泄物を持って降り、全員閉じ込められて四時になり看守がやってきて口を開き
(十)『食事だ』これはつまり夕食のこと、晩餐といってもいい。食事後希望者は一時間ほど散歩に出てもいい、部屋に戻りたい者は戻ってもいい。八時になり看守が最後の巡察を済ませて言う。
(十一)『消灯』
じゃあ一番きつい号令は何かと言うと、日課の看守の号令一覧には含まれてないんだけど、この台詞なんだ。
『風呂だ男ども』––––これが来ると一人残らず、病人も死人も死にぞこないも関係なしに、風呂場に降りていく。風呂は二週間に一度のこととはいえ、その度に看守が藁布団を引っ被って死んだほうがまだマシだったような連中すら寝床から追い出さないでは済まされないというのだから地獄を味わう思いがする。
水仕事が最悪に滅入る仕事にほかならないという話をしているとき、しかし得な面もあると聞いた、即ち、下水溝への行き帰りの際にはその時間にいつも無理してでも窓際に待機してくれている女たちと簡単に秘密の合図を交わせるということだ。たぶんこうした下心に駆られて、ハリィとポンポンには仲間の雑用をわずかな駄賃で引き受ける習慣ができたんだろう。女たちは、ついでに教えてもらった話じゃ、雑用(と食事)は男たちが済んだすぐあとにあるらしい、となれば看守どもの奇跡的な間抜けさをもってすれば男女二人はすべからく鉢合わせするというわけだ。
ここで誰かが風呂は満喫できたかと訊いてきた。
俺の口を衝いた計り知れない恥辱に対する訴えは身の毛がよだつようなガチャガチャガタガタという戸口の解放を知らせる騒音に掻き消された。次の瞬間には完全に開け放たれ、戸口には牛頭様が立っていた、前足にはばかでかい鍵の束、そして大音声でのたまう。
『食事だ男ども』
(第22回 了)
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